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32、森の精霊の吐息

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「自信過剰の妹に控えめな姉か。
 姉妹なのに雰囲気は真逆だね。
 全然似てないんだ」

 フラン様の何気ない言葉に私はピクリと肩をふるわせる。

「私達はお母様が違うんです。
 私の本当のお母様は私が幼い時に亡くなりました」

 そう言ってションボリとうつむく。

「そうだったんだ。
 僕が言いにくい事を言わせてしまったみたいだね。
 ねえ、このへんでちょっと気分転換してみようか」

 フラン様はそう言うとスクッと立ち上がった。

 私をどこかへ連れて行ってくれるつもりかしら。
  
「気分転換って言われても、私は店番があるからここを出られません」

「それは大丈夫。
 君はここにそのまま座っていればいいからね」

 フラン様は悪戯っぽく笑うと、先ほどの小瓶の蓋をシュポンとあける。

 とたんに瓶の中から、うっすらと緑色をした半透明の気体があふれてきた。

 キラキラの粒子を含んだそれは、まるでオーロラのように部屋に光のカーテンをつくる。

「とてもいい香りがしてきました。
 これはどう考えても、ただの空気じゃないですよね」

 さっきから私の鼻孔を爽やかな香りがくすぐっているのだ。

「これは森の精霊の吐息なんだ」

「森の精霊の吐息ですか?」

 小首を傾げてフラン様の言葉をくりかえした。

「うん。
 サクラダの森にはたくさんの精霊が住んでいるんだ。
 なぜか精霊の吐息には人間を癒やす力があるから、サクラダではこうやって瓶につめて皆が持ち歩いている」

「たしかに気分がスッキリしてきました」

 私はそう言うと、ちょっと大げさに息を吸ったり吐いたりする。

「これってすごく貴重な物ですよね。
 なのにマリーンたらあんな失礼な事を言って申し訳ありません」

「気にしないで。
 むしろ勘違いしてくれている方が有り難いしね。 
 あの手の人間が精霊の吐息の事を知ると、きった何だかのトラブルの元になると思うから」

「けど、やっぱりこれだけじゃ僕の気持ちがすまない。
 近いうちにちゃんとお礼をしたいんだ。
 また連絡するから、僕の働いているレストランで会えないかな。
 君の為に僕が腕をふるいたいんだ」

 フラン様が真剣な目をして私を見すえた。

「そんな。
 王子様の手料理なんて、もったいなくていただけません」

「僕はこの国では王子じゃない。
 ただのレストランのボーイだよ。
 忘れたの?」

「いえ、覚えていますけど」

「なら約束だ。
 これからは王子呼びも敬語もナシだって」

 そう言うとフラン様は私の方へ腕をのばして手をさしだす。

「さあ。立って」

 目で合図をされて、フラン様の手に自分の手をそえた時だった。

「ただいま。アイリーン。
 ブランチさんにいっぱいスイーツを買わせてやったぜい。
 あれなんかお店の中がキラキラしてるじゃん。
 どーしてよ」

「これは大事件だ。
 私達がいない間にアイリーンを誘惑しようとしている悪い男を見つけたぞ」

 騒がしい声をあげてミーナとブランチさんが帰ったきたのだ。


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