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2.言えない仕事
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時間が過ぎていたことに気がついて、
慌てて屋敷に帰った時にはもう日が暮れかけていた。
玄関に入ると、お母様が私を待ち構えていた。
あきらかに不機嫌そうな顔をしている。
「何をしていたの!遅いわよ!」
「ごめんなさい」
「早く帰って来いと言ったでしょう!」
「……はい」
帰るなり、叱られてしまった。
もっと早く帰れたはずだから、私が悪いけれど。
それでも屋敷に帰ってくるとゆっくりしている時間がない。
大好きな本を読みたくても、読んでいる暇がないくらい忙しい。
だから久しぶりに本を読み始めたら、楽しくて止まらなかった。
そんな言い訳をしたらよけいに叱られるのがわかっているから、
何も言い返さずに素直に謝る。
お母様はまだ機嫌が悪そうだったけれど、
私を待っていた理由を思いだしたようで、それ以上叱ることはしなかった。
お母様が迎えに出てくるときは、必ず私にさせたい仕事がある時。
黙ってついていくと、いつものようにお母様の私室の隣、作業部屋に入る。
やっぱりこれなのね。
人払いがされている時は、たいていこの仕事の時だから。
作業部屋の大きな机の上に用意されていたのは大量の原石。
大きな木箱に入ったものが二つも置かれていた。
「これが終わるまでは外に出ないように」
「……はい」
「何よ、その不満そうな顔は!
これができないと私は公爵家を追い出されるかもしれないのよ!
その時は養女でも血のつながりがないあなたも一緒に追い出される。
今さら平民になって生きられるとでも思っているの!?」
「思っていないわ……ごめんなさい」
「わかったならいいわ。しっかりやりなさい」
パタンとドアが閉められて、ため息をついた。
これが終わるのはいつになるだろう。
魔石作りは、貴族家の重要な仕事だ。
それはわかっているけれど。
原石に魔力をこめて魔石とするのだが、
普通はこんな量の原石に魔力を込めることはできない。
魔力を使い切れば疲れて動くことはできなくなる。
私なら使い切ることはないけれど、
それでも疲れることに違いはないのに。
この国で魔石が使われるようになったのは、それほど昔じゃない。
つい十年ほど前からだ。
隣国から魔術具が入ってきて、王都に結界が張られるようになった。
魔獣は結界を通ることができず、王都の安全は守られている。
だが、結界を張り続けるには大量の魔石が必要で、
伯爵家以上の貴族家は爵位ごとに決められた魔石を納めることになった。
当然、筆頭公爵家のバルベナ公爵家は一番多く納めなくてはいけない。
本当なら、公爵であるお義父様と公爵夫人のお母様がするべき仕事だけど、
お父様は公爵領の経営と宰相の仕事が忙しくて、ほとんど家には帰って来ない。
公爵夫人と言っても、元は伯爵夫人だったお母様は魔力が少なく、
バルベナ公爵家が納めなくてはいけない量の魔石を作ることは不可能だった。
そこで養女だけど魔力が多い私の仕事となったのだが、
表向きはお母様と義姉のジュディットがやっていることになっている。
ひんやりとした魔石を一つ手に取る。
「冷たい。いつまでかかるかなぁ……」
指先から魔力を流すと、原石に吸い込まれていく。
魔石が完成すると魔力の流れは止まった。
最初に魔石作りをさせられた時は五歳だった。
まだこんなに多くなかったし、一つ作るのにも時間がかかった。
それが慣れてくると一つを作る時間は短くなったけれど、
どうしてなのか魔石の量が年々増やされている。
今では月に三度ほど、この仕事をさせられていた。
最初の頃に比べたら魔石の量は数十倍にもなっている。
養女なのだから、後妻の連れ子なのだから、
役に立たなければ追い出される。
それはわかっているので、嫌だと言ったことはない。
それでも、食事もできずに作業部屋に閉じ込められると、
どうして私だけこんなつらい思いをしなければいけないんだろうと思う。
結局、魔石を作り終わったのは夕食がとっくに終わった時間だった。
私の部屋に食事が届いてなかったので、厨房まで取りに行く。
残っていたのはスープとパンだけだったけど、ないよりはましだ。
部屋まで自分で運んでいこうとしたら、
厨房の者が小声で文句を言っているのが聞こえてしまった。
「ったく、食事はいらないって言ったり、いるって言ったり、
クラリス様はわがままなんじゃないのか?」
「しっ。聞こえるよ!」
「聞こえたって咎められることはないだろう。
奥様がクラリス様には厳しくして良いって言っているんだ。
問題ないだろう」
それはそうだと思う。
こんなことをお母様に言ったとしても咎められることはない。
食事をいらないと伝えたのは、私付きの侍女の誰かだ。
私が仕事をしている時は、部屋にいることにされている。
侍女たちは私が何をしているのかは知らされていないが、
お母様がそうするように指示したのだと思う。
お母様は私に身を弁えさせるために、けっして優しくすることはない。
公爵家の跡取りであるお義姉様のことは大事にして、
私はどうでもいいという扱いをする。
それを見ている使用人たちも同じように、
お義姉様は大事にするけれど、私はどうでもいいという扱いになる。
それも身分の差を考えたら仕方ないことではあるけど。
部屋に戻って、食事を終えるともう寝る時間だった。
着替えて寝ようとした時、誰かがノックもせずに部屋に入ってきた。
綺麗な金髪をくるりと巻いた夜着姿のお義姉様だった。
侍女もつけずに一人で来たらしい。
「クラリス、起きてるわよね」
慌てて屋敷に帰った時にはもう日が暮れかけていた。
玄関に入ると、お母様が私を待ち構えていた。
あきらかに不機嫌そうな顔をしている。
「何をしていたの!遅いわよ!」
「ごめんなさい」
「早く帰って来いと言ったでしょう!」
「……はい」
帰るなり、叱られてしまった。
もっと早く帰れたはずだから、私が悪いけれど。
それでも屋敷に帰ってくるとゆっくりしている時間がない。
大好きな本を読みたくても、読んでいる暇がないくらい忙しい。
だから久しぶりに本を読み始めたら、楽しくて止まらなかった。
そんな言い訳をしたらよけいに叱られるのがわかっているから、
何も言い返さずに素直に謝る。
お母様はまだ機嫌が悪そうだったけれど、
私を待っていた理由を思いだしたようで、それ以上叱ることはしなかった。
お母様が迎えに出てくるときは、必ず私にさせたい仕事がある時。
黙ってついていくと、いつものようにお母様の私室の隣、作業部屋に入る。
やっぱりこれなのね。
人払いがされている時は、たいていこの仕事の時だから。
作業部屋の大きな机の上に用意されていたのは大量の原石。
大きな木箱に入ったものが二つも置かれていた。
「これが終わるまでは外に出ないように」
「……はい」
「何よ、その不満そうな顔は!
これができないと私は公爵家を追い出されるかもしれないのよ!
その時は養女でも血のつながりがないあなたも一緒に追い出される。
今さら平民になって生きられるとでも思っているの!?」
「思っていないわ……ごめんなさい」
「わかったならいいわ。しっかりやりなさい」
パタンとドアが閉められて、ため息をついた。
これが終わるのはいつになるだろう。
魔石作りは、貴族家の重要な仕事だ。
それはわかっているけれど。
原石に魔力をこめて魔石とするのだが、
普通はこんな量の原石に魔力を込めることはできない。
魔力を使い切れば疲れて動くことはできなくなる。
私なら使い切ることはないけれど、
それでも疲れることに違いはないのに。
この国で魔石が使われるようになったのは、それほど昔じゃない。
つい十年ほど前からだ。
隣国から魔術具が入ってきて、王都に結界が張られるようになった。
魔獣は結界を通ることができず、王都の安全は守られている。
だが、結界を張り続けるには大量の魔石が必要で、
伯爵家以上の貴族家は爵位ごとに決められた魔石を納めることになった。
当然、筆頭公爵家のバルベナ公爵家は一番多く納めなくてはいけない。
本当なら、公爵であるお義父様と公爵夫人のお母様がするべき仕事だけど、
お父様は公爵領の経営と宰相の仕事が忙しくて、ほとんど家には帰って来ない。
公爵夫人と言っても、元は伯爵夫人だったお母様は魔力が少なく、
バルベナ公爵家が納めなくてはいけない量の魔石を作ることは不可能だった。
そこで養女だけど魔力が多い私の仕事となったのだが、
表向きはお母様と義姉のジュディットがやっていることになっている。
ひんやりとした魔石を一つ手に取る。
「冷たい。いつまでかかるかなぁ……」
指先から魔力を流すと、原石に吸い込まれていく。
魔石が完成すると魔力の流れは止まった。
最初に魔石作りをさせられた時は五歳だった。
まだこんなに多くなかったし、一つ作るのにも時間がかかった。
それが慣れてくると一つを作る時間は短くなったけれど、
どうしてなのか魔石の量が年々増やされている。
今では月に三度ほど、この仕事をさせられていた。
最初の頃に比べたら魔石の量は数十倍にもなっている。
養女なのだから、後妻の連れ子なのだから、
役に立たなければ追い出される。
それはわかっているので、嫌だと言ったことはない。
それでも、食事もできずに作業部屋に閉じ込められると、
どうして私だけこんなつらい思いをしなければいけないんだろうと思う。
結局、魔石を作り終わったのは夕食がとっくに終わった時間だった。
私の部屋に食事が届いてなかったので、厨房まで取りに行く。
残っていたのはスープとパンだけだったけど、ないよりはましだ。
部屋まで自分で運んでいこうとしたら、
厨房の者が小声で文句を言っているのが聞こえてしまった。
「ったく、食事はいらないって言ったり、いるって言ったり、
クラリス様はわがままなんじゃないのか?」
「しっ。聞こえるよ!」
「聞こえたって咎められることはないだろう。
奥様がクラリス様には厳しくして良いって言っているんだ。
問題ないだろう」
それはそうだと思う。
こんなことをお母様に言ったとしても咎められることはない。
食事をいらないと伝えたのは、私付きの侍女の誰かだ。
私が仕事をしている時は、部屋にいることにされている。
侍女たちは私が何をしているのかは知らされていないが、
お母様がそうするように指示したのだと思う。
お母様は私に身を弁えさせるために、けっして優しくすることはない。
公爵家の跡取りであるお義姉様のことは大事にして、
私はどうでもいいという扱いをする。
それを見ている使用人たちも同じように、
お義姉様は大事にするけれど、私はどうでもいいという扱いになる。
それも身分の差を考えたら仕方ないことではあるけど。
部屋に戻って、食事を終えるともう寝る時間だった。
着替えて寝ようとした時、誰かがノックもせずに部屋に入ってきた。
綺麗な金髪をくるりと巻いた夜着姿のお義姉様だった。
侍女もつけずに一人で来たらしい。
「クラリス、起きてるわよね」
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