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27.夜会の開始
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馬車が王宮に近づいていくにつれ、心臓の音がうるさい。
どれだけたくさんの貴族が集まっているんだろう。
学園で人に会うのに慣れたと言っても、規模が違いすぎる。
ジルベール様に出会うまで、ほとんど人と関わってこなかった。
そんな私が王宮の夜会に出席することになるなんて、
私が一番予想していなかったことだ。
本当に人前に出て大丈夫なのかな。
黒髪を隠さずに外にでるなんて。
ジルベール様のことは信じている。だけど、怖い。
馬車から降りようとして、足が震えてうまく動けない。
先に降りたジルベール様が待ってくれているのに、
手を差し出すことすらできない。
「シャル」
「は、はい……すみません、今うごき」
「焦らなくていい。だけど、今だけは自分の力で降りてこい」
「え?」
「抱き上げて外に出すのは簡単だ。
だが、それでは夜会中おびえたままで終わるだろう。
ゆっくりでいい。覚悟を決めて降りてこい。
馬車を降りたら、シャルは俺の婚約者として見られる」
馬車を降りたら、そこはもう社交界。
ジルベール様の婚約者が出席すると、
情報を得ている人も多い。
今も、ロジェロ侯爵家の馬車が到着したのに気がついて、
婚約者が誰なのか見ようとしている貴族がいるかもしれない。
「ゆっくりでいい。
どうしても無理なら、ここで帰っても構わない」
「帰る?」
「ああ。今日じゃなきゃだめなわけじゃない。
次回でもいい。無理なら俺も帰ろう」
見捨てられたわけじゃなかった。
私だけ帰れと言われたのかと思った。
そんなわけないのに。
今も、ジルベール様はちっとも怒っていない。
私が外に出られるまでいくらでも待っていてくれると思う。
学園に通うようになって、
ジルベール様がまわりからどう思われているのか知った。
令嬢だけじゃなく令息にも冷たい人、
家族や一族にたいしても優しくない非情な人。
魔術以外には興味が持てない変人。
そんなことはない。
たしかに口は悪いのかもしれないけれど、
マリーナさんやルイさん、ルナさん。トムにベン。
身近にいる人にはとっても優しい。
大きく息を吸って、ゆっくりと吐いた。
怖いけれど、ジルベール様と同じ場所に立ちたい。
閉じこもっていた図書室から、
黒だと虐げられてもジルベール様の隣へ。
「……ジルベール様、手を貸してもらえますか?」
「ああ」
差し伸ばされた手に私の手を重ねる。
まだ震えている足をそのままに踏み出した。
地面に着いてふらついたら、
支えるようにジルベール様は私を抱き寄せた。
足にうまく力が入らなくて、
ジルベール様に寄りかかるようにしてようやく立つ。
どこかで小さく悲鳴が聞こえた。
黒髪の私になのか、ジルベール様の婚約者になのかはわからない。
それにはかまわずに王宮の中へと歩き出す。
ロジェロ侯爵家の入場の順番を待って夜会の会場へと入る。
会場の中にいる全員がこちらを向いている気がする。
ざわつきは次第に大きくなって、あからさまに顔をしかめる者もいた。
「シャル様!シャル様よね!?」
「え?」
はしゃいだような令嬢の声に振り向いたらエレーナ様だった。
一緒にミラ様もいたようで、ふたりがこちらに向かってくるのが見えた。
華やかな薄黄色のドレスを着たエレーナ様は、
私の前まで来ると、私の両手を取った。
「やっぱり。シャル様は綺麗なはずだって思っていたの。
今日は顔を隠さなくていいのね!このほうがずっとずっといいわ!」
「……エレーナ様は嫌じゃないのね?」
「嫌って、何を?」
きょとんとするエレーナ様に、
わざと気がつかないでいてくれるのだとわかった。
黒色が嫌がられているのを知らないわけはない。
そのうえで、侯爵家のエレーナ様が嫌がっていないと示した。
ジルベール様とエレーナ様が嫌がっていないことに、
大っぴらに嫌がる顔はできない。
ざわめきは小さくなって、聞こえなくなった。
「エレーナ嬢、久しぶりだな。
シャルが世話になっていると聞いた」
「ふふふ。マリーナ姉様に頼まれたのがきっかけでしたが、
今となっては役得だったと思います。
こんな可愛いシャル様と一番先に友人になれたのですから」
「友人……」
「あら、シャル様ってば。違うの?」
「いえ、そうじゃなくて……あの。
初めての友人ができたんだって思って、うれしくて」
エレーナ様が私の友人。
物語の主人公には必ず一緒に喜んで苦しんで悲しんでくれる友人がいた。
それがすごくうらやましかったのに、私にも友人ができるなんて。
感激していたら、エレーナ様の後ろからミラ様も顔を出した。
「私も友人ですわよね!シャル様!」
「ありがとうございます。
エレーナ様もミラ様も友人になってもらえて、うれしいです」
三人で笑いあっていたら、離れたところから男性たちの声が聞こえた。
「黒が友人だなんて、どうかしている」
「ジルベール殿が黒に呪われたという噂、
まさか本当だったとは思いませんでしたよ」
「だから言ったでしょう。
ジルベール様は黒の幼子を育てると言ったり、黒猫を拾ったり。
残念ながらおかしくなってしまったようなんですよ」
「まったく、偉大な魔術師が残念なことだ」
話している男性たちの中にエクトル様がいるのが見えた。
ジルベール様を見たら、首を横に振られた。
「あれは放っておいていい」
「わかりました」
「ほら、そろそろ王族が入場する。
夜会が始まるぞ」
ジルベール様の言う通り、王族の入場が始まっていた。
王太子と第二王子、そして陛下と王妃。
陛下が壇上に上がり、夜会の開始を宣言する。
「皆の者、今宵の夜会を始めよう」
どれだけたくさんの貴族が集まっているんだろう。
学園で人に会うのに慣れたと言っても、規模が違いすぎる。
ジルベール様に出会うまで、ほとんど人と関わってこなかった。
そんな私が王宮の夜会に出席することになるなんて、
私が一番予想していなかったことだ。
本当に人前に出て大丈夫なのかな。
黒髪を隠さずに外にでるなんて。
ジルベール様のことは信じている。だけど、怖い。
馬車から降りようとして、足が震えてうまく動けない。
先に降りたジルベール様が待ってくれているのに、
手を差し出すことすらできない。
「シャル」
「は、はい……すみません、今うごき」
「焦らなくていい。だけど、今だけは自分の力で降りてこい」
「え?」
「抱き上げて外に出すのは簡単だ。
だが、それでは夜会中おびえたままで終わるだろう。
ゆっくりでいい。覚悟を決めて降りてこい。
馬車を降りたら、シャルは俺の婚約者として見られる」
馬車を降りたら、そこはもう社交界。
ジルベール様の婚約者が出席すると、
情報を得ている人も多い。
今も、ロジェロ侯爵家の馬車が到着したのに気がついて、
婚約者が誰なのか見ようとしている貴族がいるかもしれない。
「ゆっくりでいい。
どうしても無理なら、ここで帰っても構わない」
「帰る?」
「ああ。今日じゃなきゃだめなわけじゃない。
次回でもいい。無理なら俺も帰ろう」
見捨てられたわけじゃなかった。
私だけ帰れと言われたのかと思った。
そんなわけないのに。
今も、ジルベール様はちっとも怒っていない。
私が外に出られるまでいくらでも待っていてくれると思う。
学園に通うようになって、
ジルベール様がまわりからどう思われているのか知った。
令嬢だけじゃなく令息にも冷たい人、
家族や一族にたいしても優しくない非情な人。
魔術以外には興味が持てない変人。
そんなことはない。
たしかに口は悪いのかもしれないけれど、
マリーナさんやルイさん、ルナさん。トムにベン。
身近にいる人にはとっても優しい。
大きく息を吸って、ゆっくりと吐いた。
怖いけれど、ジルベール様と同じ場所に立ちたい。
閉じこもっていた図書室から、
黒だと虐げられてもジルベール様の隣へ。
「……ジルベール様、手を貸してもらえますか?」
「ああ」
差し伸ばされた手に私の手を重ねる。
まだ震えている足をそのままに踏み出した。
地面に着いてふらついたら、
支えるようにジルベール様は私を抱き寄せた。
足にうまく力が入らなくて、
ジルベール様に寄りかかるようにしてようやく立つ。
どこかで小さく悲鳴が聞こえた。
黒髪の私になのか、ジルベール様の婚約者になのかはわからない。
それにはかまわずに王宮の中へと歩き出す。
ロジェロ侯爵家の入場の順番を待って夜会の会場へと入る。
会場の中にいる全員がこちらを向いている気がする。
ざわつきは次第に大きくなって、あからさまに顔をしかめる者もいた。
「シャル様!シャル様よね!?」
「え?」
はしゃいだような令嬢の声に振り向いたらエレーナ様だった。
一緒にミラ様もいたようで、ふたりがこちらに向かってくるのが見えた。
華やかな薄黄色のドレスを着たエレーナ様は、
私の前まで来ると、私の両手を取った。
「やっぱり。シャル様は綺麗なはずだって思っていたの。
今日は顔を隠さなくていいのね!このほうがずっとずっといいわ!」
「……エレーナ様は嫌じゃないのね?」
「嫌って、何を?」
きょとんとするエレーナ様に、
わざと気がつかないでいてくれるのだとわかった。
黒色が嫌がられているのを知らないわけはない。
そのうえで、侯爵家のエレーナ様が嫌がっていないと示した。
ジルベール様とエレーナ様が嫌がっていないことに、
大っぴらに嫌がる顔はできない。
ざわめきは小さくなって、聞こえなくなった。
「エレーナ嬢、久しぶりだな。
シャルが世話になっていると聞いた」
「ふふふ。マリーナ姉様に頼まれたのがきっかけでしたが、
今となっては役得だったと思います。
こんな可愛いシャル様と一番先に友人になれたのですから」
「友人……」
「あら、シャル様ってば。違うの?」
「いえ、そうじゃなくて……あの。
初めての友人ができたんだって思って、うれしくて」
エレーナ様が私の友人。
物語の主人公には必ず一緒に喜んで苦しんで悲しんでくれる友人がいた。
それがすごくうらやましかったのに、私にも友人ができるなんて。
感激していたら、エレーナ様の後ろからミラ様も顔を出した。
「私も友人ですわよね!シャル様!」
「ありがとうございます。
エレーナ様もミラ様も友人になってもらえて、うれしいです」
三人で笑いあっていたら、離れたところから男性たちの声が聞こえた。
「黒が友人だなんて、どうかしている」
「ジルベール殿が黒に呪われたという噂、
まさか本当だったとは思いませんでしたよ」
「だから言ったでしょう。
ジルベール様は黒の幼子を育てると言ったり、黒猫を拾ったり。
残念ながらおかしくなってしまったようなんですよ」
「まったく、偉大な魔術師が残念なことだ」
話している男性たちの中にエクトル様がいるのが見えた。
ジルベール様を見たら、首を横に振られた。
「あれは放っておいていい」
「わかりました」
「ほら、そろそろ王族が入場する。
夜会が始まるぞ」
ジルベール様の言う通り、王族の入場が始まっていた。
王太子と第二王子、そして陛下と王妃。
陛下が壇上に上がり、夜会の開始を宣言する。
「皆の者、今宵の夜会を始めよう」
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