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18.ジルベール様の塔

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ジルベール様の研究塔は緑色の屋根で二番目に大きな塔だった。
また階段で上るのかと思っていたら、そうじゃなかった。

一階の扉を開けたら、すぐに部屋になっていた。

塔の中が大きな吹き抜けの一つの部屋になっていて、
壁の内側についている螺旋階段は、
上のほうにある本棚から本を取るためのもののようだ。

「え?もう部屋?」

「院長の塔とは造りが違うんだ。
 いちいち階段を上っていたら時間がもったいないだろう」

「なるほど」

言われてみれば、院長様の部屋のように毎日階段を上るのは大変かも。
その時間があれば研究したいということなんだろう。

壁はぐるりと囲むように全面の本棚。
ここにある本すべてが魔術書なのだろうか。
そして、どこでも研究を始められるように、
広い部屋のあちこちに椅子と机が置いてある。

合間に積みあがっている紙束はジルベール様の研究資料かな。
物が多いのに片付いて見えるのはジルベール様らしい気がする。

「あの椅子がちょうどいいか」

ジルベール様が何かすると、遠くから椅子が飛んできた。
背もたれのない大きな椅子を部屋の中央に置くと、
その椅子の端
背もたれがないから、後ろに転がっていきそう。

「研究中はさすがに抱きかかえているわけにもいかない」

離れるのが嫌だと顔に出してしまったのか、
ジルベール様が申し訳なさそうに言う。
大丈夫だから気にしないでほしいと返そうとしたら、
ジルベール様も同じ椅子に腰かけた。

「俺はこっちを向いて座るから、背中を合わせておけ」

「え?離れなくていいんですか?」

「かまわない。急に離れたら不安になるだろう。
 マリーナ、俺が研究している間、シャルの勉強をみてくれ」

「わかりました。魔術の勉強ですか?」

「それも含めて、だ。
 シャルに学園卒業程度の知識をつけてくれ」

学園卒業程度の知識?
魔術に関してならわかるけど、どうして。

「不思議そうな顔をしているな。
 まぁ、学んで損はないだろう?」

「それは、はい。うれしいです」

驚きはしたけれど、とてもうれしい。
家庭教師がついていたのは数か月だけ。
学園に通うこともできなかったから、どんなことを学ぶのか知りたい。

「じゃあ、マリーナ。あとは頼んだ」

「かしこまりました」

ジルベール様はそういうと、研究のことで頭がいっぱいになったようだ。
机の上に数冊の本を並べ、紙に何かを書き始めた。

私はジルベール様と背中をくっつけるようにして座り、
マリーナさんから勉強を教えてもらうことにした。

「それでは、シャル様。
 学園に入学する前までに学ぶことから始めましょうか」

「ええ、ありがとう」




「そろそろ帰るか」

「あ、はい」

ジルベール様の研究が一区切りついたのか、
立ち上がったジルベール様に抱き上げられる。

塔を出たら、もうすっかり暗くなっていた。
それでも残っている魔術師はいるのか、明かりがついている塔も多かった。

馬車に乗ると、ジルベール様はマリーナさんに、
私の勉強がどこまで進んだのかを聞いた。

「今日は何を教えたんだ?」

「学園入学前に覚えることから始めようと思ったのですが」

「何か問題でもあったのか?」

「いえ、あの。シャル様はほとんど学ぶ必要がないようです」

「は?どういうことだ?」

私も意味がわからず、マリーナさんに首をかしげた。
今日はいろんなことを質問されて終わった気がする。
これは知っているか、この言葉は話せるか、とか。

「教える前にどのくらい知っているのか確認しようと思ったのですが、
 シャル様はこの国の歴史、地理、算術だけでなく、
 古語を含めた五つの言語の読み書きができています」

「古語を?どうして読めるんだ?」

「古語ってなんですか?」

聞き返したら、二人とも真顔になってしまった。
おかしなことを言ってしまった?

「シャル様、この本を読めますか?」

差し出された本を見たら、伯爵家の図書室で読んだことがあるものだった。
受け取って、開いたページを読み上げる。
そのページの半分を読んだところでジルベール様に止められる。

「シャル、それは古語で書かれている本だ。
 今は魔術にしか使われていない、昔の言語なんだ」

「これが古語なんですか?うちの図書室にたくさんありました。
 変な文字だなって思ったんですけど、一緒に辞書もあったので、
 調べて読むうちに覚えてしまったようです」

ずっと家に閉じこもっていたから、
時間だけはあきれるほとたくさんあった。

ドリアーヌはたくさんの友人が遊びに来たり、
お茶会や買い物に出かけていくことも多かったけど、
私にはそういう機会はなかったから。

家庭教師が来なくなった後、私はすることが何もなくなってしまった。
もともと一人で食事をしていたし、話し相手もいない。
忙しい侍女たちは目もあわせてくれない。

屋敷の中庭にすら出てはいけないとお義母様から言われていたから、
一日中図書室で過ごすことが多かった。

そのせいで図書室にあった普通の本はすぐに読み終わってしまって、
違う言葉で書かれている本もそのうち読むようになって。
伯爵家にあった本は魔術に関するもの以外は全部読んだと思う。

「うちの図書室、か」

「あ」

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