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1.うんざりな毎日

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「きゃあ!」

小さな悲鳴が聞こえたが、それに気がつかないふりで顔をあげないままでいた。
ここ最近聞き慣れてしまったわざとらしい声に、
顔を上げたら面倒なことに巻き込まれるとわかっているからだ。

「どうした、イザベラ?」

「ベッティル……あの…エルヴィラ様が…」

「またエルヴィラか…大丈夫か?」

「あ、いえ。ちょっとにらまれただけ…ううん、なんでもないわ」

「我慢することなんて無いんだ。何かされたのなら言えよ?」

「大丈夫よ…行きましょ?」

にらまれた、ね…私はそちらに視線を向けてもいないのだけど。
教室内のあちこちからため息が聞こえた。
周りの学生たちも私が席に座って本を読んでいたのを見ている。
何もしていないのはいくらでも証言してくれるはずだ。
なぜなら、イザベラのあのような言動は初めてではない。

にらまれた、嫌味を言われた、突き飛ばされた、などなど。
私がイザベラに嫌がらせをしているかのように言われるため、
周りの学生たちはイザベラが近づいてくると私を見るようになっていた。

最初の頃、学生たちは本当に私が嫌がらせしていると思っていただろう。
そう思われても仕方ない理由はあったから。

婚約者である第三王子ベッティル様につきまとうイザベラに、
私が嫉妬して何か嫌がらせをしたに違いないと。

だが、私がイザベラに何をするかと見ていても実際には何もしない。
イザベラに視線すら向けないのだから、にらむわけもない。
嫌味を言うどころか、挨拶を交わすことも無い。
廊下で突き飛ばされたと言われた時には、かなり離れた場所にいた。
それなのにイザベラは私に嫌がらせをされたと王子に訴える。

そもそも同じ学年とはいえ教室が違うイザベラが、
わざわざ私の教室まで来て嫌がらせされたと言うのはわけがわからない。
そのことを疑問に思わず助けにくる王子も何を考えているのだろうか。

さすがに学生たちもイザベラが嘘をついていることがわかり、
家に帰ってそれぞれの親に報告する。

…つまり、王子を騙しているイザベラと、簡単に騙される愚かな王子。
そう判断されても仕方ない。

イザベラが学園に編入してきたのは十か月ほど前、二学年になる日だった。
侯爵の愛人の子だそうだが、夫人が亡くなったことで愛人と再婚した。
侯爵と亡くなった夫人との間に二人の息子がいるために養子は認められず、
イザベラは実子だとしても戸籍上は連れ子になるので相続権もない。
侯爵家の娘ではあるが侯爵令嬢ではなく、貴族の後見がある平民という扱いになる。

今まできちんとした教育を受けてこなかったせいだと思うが、
イザベラは教養はもちろん、礼儀作法も身についていなかった。
優秀な平民も通うこの学園で一番下のF教室に編入したが、
なぜか私がいる一番上のA教室に現れては騒動を起こしている。

イザベラは編入してから令息とばかり仲良くしていたようだが、
ここ二か月ほどはベッティル様と一緒にいるらしい。
もともと私の婚約者といっても、仲が良かったわけではなく、
勉強が苦手なベッティル様とは教室も違うため話すことも無かった。
だから、ベッティル様がイザベラと仲良くしているという話も、
他の令嬢から聞いて知ったくらいだった。

一年後、卒業と同時に結婚することにはなっているが、
このままでは難しいだろう。
まさか愛人を連れて婿入りするつもりではないと思うが、
あまり常識が通じない二人ならそう考えていてもおかしくない。


できれば争うことなく婚約を解消したい。
ベッティル様と結婚してもうまくいくとは思えない。
そう何度も王家に申し立てをしているのに、いい返事はもらえなかった。
陛下は強引にでも結婚してしまえば問題ないと思っているのかもしれない。

随分とアーンフェ公爵家を馬鹿にしていると思う。
アーンフェ公爵家がなければこの国は終わるというのに、
数年前に代替わりした陛下と宰相は公爵家の重要さをわかっていない。

だが、無理やりにでも王子を婿入りさせようとしている陛下の思惑を知らないのか、
ベッティル様は婚約を解消したがっているように見える。
さきほどの小芝居も、イザベラに騙されているのではなく、
二人で結託して私を婚約者から降ろそうとしているのかもしれない。

私としては解消してくれたほうがいいけれど、
その後のベッティルがどうするつもりなのか疑問に思う。
平民のイザベラを王族に迎えることはできないし、
それ以前に第三王子のベッティル様が王族に残れるとも思わない。

私としては婚約破棄でも解消でもなんでもいいから、
早くめんどくさいことは終わらせてほしいのが率直な気持ちだ。
公爵家を継ぐ者として学ぶことは多い。
あの二人に悩まされているような暇はないのだから。

だが、そんなことよりも今はもっと心配なことがあった。

「なぁ、やっぱりアロルド様は行方不明らしいぞ」

「本当か?」

「あぁ、騎士団にいるうちの兄上から聞いたのだが、
 オーケルマン公爵家から騎士団に捜索要請がきたらしい。
 一週間ほど前から行方がわからなくなっているんだと。
 しかも、アロルド様は部屋にいたはずなのに急に消えてしまったらしい」

「公爵家から連れ去ったというのか?」

「今のところ、事件と家出の両方で調べているようだ。」

「あのアロルド様を連れ去るなんて、できるのか?」

「だからといって、アロルド様が出奔する理由もないだろうし……」

「アロルド様がいなくなってしまったら…この学園はどうなるんだ」

「あのイザベラ嬢が好き勝手にするかもしれないな」

「うえぇ。勘弁してほしいよ」


…アロルドが行方不明?

近くにいた男子学生たちが話しているのが聞こえて、本を読むのをやめる。
同じ教室の少し離れた席が空いている。
もう一週間も学園に来なくなったと思ったら、そんなことに。


あのアロルドが連れ去られるわけはないと思うけれど、
黙って消えるわけもないのに。


婚約者がいるため昔のように親しくすることはできなくなったけれど、
幼馴染のアロルドがいなくなったと聞いて、今すぐ探しに行きたいほど動揺していた。

アロルド…いったい何が起きているの?






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