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57.言わなきゃ

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「いいけど…処分しなくていいの?」

「え?」

私が座っているソファに近付いてきて、ユリアスが跪いて見つめてくる。
少しだけ前髪がかかる琥珀の入った緑色の瞳。
それに見慣れてきているけれど、この距離は少し近い。
頬に手をそえられて、身動きができなくなる。

「この証明書がある限り、ロージーは俺と結婚してることになるよ。
 それは、嫌じゃないの?」

「…ユリアスは嫌だから処分してってこと?」

他国の名誉国民としての婚姻証明書。
それにどのくらい効力があるのかはわからないけれど、私はうれしかった。
おままごとのような本当のような、それでも二人の名前が並んだ婚姻証明書。
浮かれてしまったのは…私だけ?

「あぁ、違うよ。そうじゃないんだ。」

「え?」

焦るような声で抱きしめられ、何が起きたのかと思う。
抱きかかえられて運ばれるのには慣れて来たけど、
こんなふうに正面から強く抱きしめられるなんて。どうして?


「俺が…ちゃんと言わないからいつもいつも…。」

「ユリアス?」

「ロージーが好きだ。
 ルーニア国の名誉国民としてマリージュ様に用意されるんじゃなく、
 この国で、ちゃんとロージーと結婚したい。」

…本当に?ユリアスが私を好き?
守ってくれるだけじゃなく、結婚したいって思ってくれるの?

「ずっと好きだった。もっと早く言いたかったけど、言えなくて。
 素顔を見せなかったことも気が付かないくらい間抜けだけど、
 もう言わないことで誤解させるのは嫌だ。
 好きだ。俺と結婚してほしい。」

「…いいの?本当に?
 こんなにめんどくさい私でいいの?」

「何がめんどくさいのかわからないけれど、
 ロージーのことなら、何もめんどくさいなんて思わない。」

「守ってもらってばかりの私で…料理も出来なくて…
 馬にも一人で乗れないし、怖がりだし…
 それに、前世のことだって…」

「ストップ。
 俺は…ロージーが辛い思いしてきたことも知ってる。
 それもあって、今のロージーがいるんだろう?
 だから、全部守らせてくれないか?身体だけじゃなく心も。」

「…いいの?望んでもいいの?
 本当に?

 …私もユリアスが好き。
 ずっと、ユリアスに好きだって思われたかった。」

想いを伝えたら、こらえきれなくて涙がこぼれた。
それをユリアスが手で拭ってくれる。とても優しい手で。

「…ロージー。良かった。同じ気持ちで…。」

「ずっと、好きな人に思われたいって願ってた。
 願ってダメだったらまた苦しむって思って、隠してた。」

「…もう隠さなくていい。
 言って?どうしたかったの?」

「好きなユリアスに好きだって思われたい。
 ユリアスのそばにずっといていいって言われたい。
 抱きしめていいって、私が必要だって…」

「好きだよ。俺の隣にずっといて。
 いつでも抱きしめるし、抱きしめてくれるならうれしい。
 ロージーが必要だって、何回でも言うから。」

「ん…。」

キスで口をふさがれて、その先は何も言えなくなったけれど、
もう言葉にすることがなくてもわかりあえた。
手で、ふれる肌で、体温で、お互いのすべてを混ぜあうように。

その優しい手が服のボタンをはずすことに戸惑いは無かった。
ユリアスの名を呼んで応えてもらうのに必死で…
あの時の一人ぼっちでいた私の心の傷も、いつの間にか消えていた。





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