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4.前世を思い出した日

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それまで普通の子爵家令嬢だったはずの私は、その日を境に一変した。


「え?ちょっと待って、どういうこと?」


ただ座って本を読んでいただけだったのに、膨大な記憶が頭の中を駆け巡る。
自分じゃない、もう一人の自分だったころの記憶。


ふわふわの銀色の髪が自慢だった。
ちょっと釣り目の瞳だって猫みたいで可愛いと思っていたし、
胸は小さいけどその分腰は細いし、十分だと思っていた。
公爵家の令嬢であり、王太子の婚約者として。

ある日、婚約者の隣にはまっすぐな黒髪でたれ目の小柄な令嬢が座っていた。
恋人同士のように顔を近づけて笑い合っている。嘘…。
信じられなかったけど、二人の逢瀬はいろんなところで目に付くようになった。
王太子の心をつなぎとめておけなかった私は日に日に痩せていった。
身体が重くなって、何もしたくなくなって、学園を休むようになって。
お父様がそれに気が付いた時にはもう手遅れなほど、心を病んでしまっていた。

学園に通うことができなくなり、寝たきりの生活になっていた。
それなのに婚約者とその側近たちに引きずられるように王宮まで連れて行かれ、
質素な部屋着姿で這いつくばる私を取り囲むように罵倒された。
いつまでそんな醜い存在で俺の婚約者でいようとするのだ、身の程を知れと。
無理矢理に婚約破棄の署名をさせられた後、冷水を頭からかけられ放置された。

冷たい綺麗な石がならべられた王宮の床は冷え、身体からどんどん熱を奪っていった。
耳には罵倒された言葉が残り、
目をつむれば婚約者だった王子が新しい恋人を伴って去っていく場面ばかり。
連れ出されたことを知ったお父様が探しに来てくれた時にはもう虫の息で。
屋敷へと帰る馬車の中で息を引き取った。



「嘘でしょう…。」

前世持ちが生まれることがあるのは知っていた。
何がきっかけなのかはわからないが、思春期に思い出すことが多いということも。
ロージー・ベルファイン。これが今の私の名前だ。
ベルファイン子爵家の長女として生まれ、少し年の離れた兄が一人いる。
特に力があるわけでもないが、
領地が穀倉地帯で富んでいるためにそこそこ裕福な子爵家。
もうすぐ13歳。春が来たら学園に入ることが決まっていた。

金色の髪に青い目。魔力の属性が外見に出るので予想通り、属性は光と水だった。
光属性は清廉な魂に宿ると言われ、もう一つの属性がつくことが多い。
たいていは水だ。それだけ光と水の相性がいいということでもある。
子爵家という身分から考えると、高位貴族や王族に妻として求められることは少ない。
その例外として、光属性の者は身分を問わず妻とすることができる。
清廉な魂と言われているからだった。

今までは学園に行けば出会いがあるし、
もしかしたら身分の高い令息に見初められるかも…なんてのんきなことを考えていた。
でも今は、王族だと思うだけで王子たちには苦手意識があるし、
子爵家の者が王族に嫁ごうとするなんて、
どれだけ他の令嬢から蔑まれることになるか。
それこそ、身の程を知れと罵られるに違いない。


よし、学園ではこっそりと地味でいよう。
そして、できれば手に職をつけて、見初められても逃げられるようにしよう。

そう思うのも無理はなかった。
社交デビューはしていなかったが、ロージーは美しい令嬢だった。
光り輝くような髪に大きな濡れた青い瞳、はっきりと赤く染まった唇。
前世を思い出す前は自信過剰なくらい美人だと自覚していたのだ。

「ミラー、地味に見える研究をするわ。手伝ってくれる?」

「はいぃ?」

幼いころから姉のようにそばにいてくれる侍女のミラーは、
突然のロージーの提案に頭を抱えた。
今まで目立つように美しくなるように、そればかりを考えて仕えていたというのに、
その逆を考えろとは…。いったいお嬢様に何が起きたのか。
だが、お嬢様から前世の話を聞いて、理解してしまった。
あぁ、もうお嬢様は今までのお嬢様ではないと。
前世持ちが前世を思い出すことで全く違う性格になってしまうことはよくある話だった。
そのため、子爵家当主へとすぐさま報告に行き、
ロージーの願い通りにするようにとの指示を受けることになった。

「さぁ、頑張るわ。目指すのは自立よ!
 お兄様に頼らずに自活の道を歩むんだから~!」



春になり、学園に入学したロージーはくすんだ色の髪になり、眼鏡をかけていた。
制服も通常の学生がするような着方で、
変に真面目過ぎることもなく、おしゃれにすることもなく。
どこにでもいるような子爵家の令嬢として学園生活に溶け込んでいた。

ただ、学園から卒業後は働こうと思っていたために、
魔術に関してだけはトップクラスの成績を保っていた。
魔術の成績が良くても、外見が地味で子爵家の令嬢では見初められることは無い。
王宮の魔術師団に推薦されることもできたが、それは断っていた。



学園の隣にある魔術師学校の講師。それがロージーの卒業後の勤め先だ。
卒業式を終えた今、卒業パーティを終えれば、もう高位貴族たちと関わることも無い。
魔術師団からの誘いを断ったのも、高位貴族と関わらないように生きるためだ。

同じ学年に第二王子とその婚約者である公爵令嬢がいたために、
今までずっと存在を消すようにしていた。
魔術師学校に行けばほとんどが平民だし、元の姿に戻っても大丈夫だろう。
そうしたら誰かと恋愛して結婚することもできるかもしれない。
ようやく解放されることに、ロージーは浮かれていた。

その数時間後に、
自分の前世の思いをもう一度確認させられることになるとは思わなかった。

どこの世界にも馬鹿王子は存在する。
それがロージーの出した答えだった。



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