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73.伝えなくてはいけない(ギルバード)
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リディアーヌになってからも夢でうなされるほど気にしてくれていたのか。
俺たちがあの後どうなったのか心配だったのだろうけど、
自分のことより他人のことを優先するマリエルらしいと思ってしまう。
「そこで旦那様が調べたのです。
リディアーヌ様の過去に何か問題があるのなら解決してやりたいと。
ギルバードとカミルの名前から調べた結果、
ラフォレ家の令嬢が令息を助けようとして亡くなったとわかり、
旦那様はリディアーヌ様が話すまで知らないふりをすると決めました。
これは自分たちが何かしても救われないだろうと」
「だからリディアーヌは知らないのか」
「ですから、できるかぎりラフォレ家のことは話題に出さず、
南の地方貴族に近づかせることもしなかったのですが、
学園の入学直前でギルバードが教師になったのは誤算でした。
まさかあんな形で二人と再会させてしまうとは思いませんでした。
……心配だったのです。リディアーヌ様がどう思うかわからなかったので」
「それそうだろうな。亡くなった原因に会わせることになるんだ。
会わせないほうがいいと思われても当然だ」
陛下に教師になるように言われたのも直前だったし、
学園に行ったのも直前だった。
エドワール様に連絡が行ったのは入学後だっただろう。
「私が気がついたのは倒れたリディアーヌ様を迎えに行った時でした。
筆頭魔術師が教師になっているとは思わず、しかも担当教師。
リディアーヌ様は魔力切れで倒れているし……」
「す、すまない」
「エシェルの学園に転入したほうがいいか旦那様に確認しようとしたら、
リディアーヌ様はギルバードを奥棟に住まわせると言い出すし…」
「あぁ、トマスには本当に迷惑をかけたな……」
「本当ですよ。まぁ、結果としては良かったと思いますが」
あの時のことを思い出すと未だに何をしでかしたんだと思う。
……マリエルとは言い合いになることも多かった。
ついむきになって……あぁ、本当に何してんだ俺。
十年たっても成長していないと思われても仕方ないな。
「リディアーヌ様が光属性を発動させたことで、
旦那様はギルバードをそばに置くことを決めました」
「そうか。エドワール様は発動条件を知っているからか」
「ええ、リディアーヌ様は今でもギルバードを心から信頼している。
それならばそばに置いたほうが安心するだろうと」
俺は誤解していたけれど、エドワール様は正しく理解していた。
リディアーヌが初日で発動したことを。
……今考えると恥ずかしいな。
俺のことをそんなに好きなのかなんて思ってた。
深い信頼関係は恋愛感情がなくてもありえるのに。
「それで、どうするんですか?」
「どうする…?」
「知ってしまったとリディアーヌ様に伝えますか?」
「……伝えなくてはいけないだろう。
黙っているのは無理だ。嘘がつけるほど器用ではないんだ」
「確かに、そうでしょうね」
知ってしまったからには黙っていられない。
だけど、何を言えばいい。
マリエルに会えるのなら文句を言ってやろうと思っていた。
……言って、どうするんだろう。
言わなくてもリディアーヌが一番わかっている気がする。
俺もカミルもマリエルが亡くなったことを引き合いに出して説得していた。
もう死なせたくないから守らせろと。
本人にそんなことを言うなんて、どれだけ苦しい思いをさせたことだろう。
謝らなくてはいけないと思うけれど、謝って済むのか?
心の中がぐちゃぐちゃで、何をすればいいのかわからない。
俺が考え込んだのを見て、トマスが小さくため息をついた。
トマスは最初からわかっていて俺たちを見ていた。
俺が何を悩んでいるのかもわかっているのかもしれない。
「食事は部屋に届けさせます。
今は一人になって考えたほうがいいのでは?」
「そうだな……少し時間がほしい」
「リディアーヌ様にはうまくごまかしておきます。
旦那様が仕事を頼んだことにしておきましょう」
「ありがとう。悪いな」
「いいえ、その代わりに一つ仕事を頼まれてくれませんか?」
「仕事?」
トマスに頼まれた仕事は、リディアーヌにホットミルクを持って行くことだった。
おそらくカミルに知られたことで寝付けなくなるだろうと。
夜遅くになって使用人からホットミルクを受け取り、リディアーヌの部屋へ向かう。
ノックをしたが返事がない。もう寝てしまったのだろうか。
眠れたのならいいが。
念のためドアを開けて中に入って見ると、寝台にリディアーヌはいない。
テラスに向かう大きな窓が半分開いたままになっていた。
もしかしてテラスに出ている?
部屋の中からのぞくと、リディアーヌはテラスにいて光属性の魔術を使っていた。
幻影で作られたたくさんの蝶が飛んでいる。
薄ぼんやりと光っていて、夜光蝶のように見える。
あぁ、あの頃三人で見に行ったな。
夜にこっそり抜けだしたことを、後から叱られたっけ。
「なんだか懐かしいな」
「え?ギルバード?」
思わず声に出してしまったら、リディアーヌが驚いたように振り向く。
夜着の上からガウンを羽織っただけの無防備な姿。
屋敷内の警備が完璧だからって、安心しすぎていないか心配になる。
小さくて華奢で、か弱そうに見えるのに芯がしっかりしていて。
いつも人の心配ばかりして、強くて優しかった。
あぁ、リディアーヌはマリエルだ。
「驚かせて悪い。懐かしいなと思ったんだ。夜光蝶。
カミルと三人で見に行ったよな」
「え……?」
「あれを思い出してたんだろう?幻影がそっくりだった」
「……」
リディアーヌから微笑みが消える。
表情が抜け落ちたようになって、俺をじっと見つめる。
俺が知っていることに気がついただろうか。
「今まで気がつかなくて悪かった、マリエル」
「ギルバード……」
俺たちがあの後どうなったのか心配だったのだろうけど、
自分のことより他人のことを優先するマリエルらしいと思ってしまう。
「そこで旦那様が調べたのです。
リディアーヌ様の過去に何か問題があるのなら解決してやりたいと。
ギルバードとカミルの名前から調べた結果、
ラフォレ家の令嬢が令息を助けようとして亡くなったとわかり、
旦那様はリディアーヌ様が話すまで知らないふりをすると決めました。
これは自分たちが何かしても救われないだろうと」
「だからリディアーヌは知らないのか」
「ですから、できるかぎりラフォレ家のことは話題に出さず、
南の地方貴族に近づかせることもしなかったのですが、
学園の入学直前でギルバードが教師になったのは誤算でした。
まさかあんな形で二人と再会させてしまうとは思いませんでした。
……心配だったのです。リディアーヌ様がどう思うかわからなかったので」
「それそうだろうな。亡くなった原因に会わせることになるんだ。
会わせないほうがいいと思われても当然だ」
陛下に教師になるように言われたのも直前だったし、
学園に行ったのも直前だった。
エドワール様に連絡が行ったのは入学後だっただろう。
「私が気がついたのは倒れたリディアーヌ様を迎えに行った時でした。
筆頭魔術師が教師になっているとは思わず、しかも担当教師。
リディアーヌ様は魔力切れで倒れているし……」
「す、すまない」
「エシェルの学園に転入したほうがいいか旦那様に確認しようとしたら、
リディアーヌ様はギルバードを奥棟に住まわせると言い出すし…」
「あぁ、トマスには本当に迷惑をかけたな……」
「本当ですよ。まぁ、結果としては良かったと思いますが」
あの時のことを思い出すと未だに何をしでかしたんだと思う。
……マリエルとは言い合いになることも多かった。
ついむきになって……あぁ、本当に何してんだ俺。
十年たっても成長していないと思われても仕方ないな。
「リディアーヌ様が光属性を発動させたことで、
旦那様はギルバードをそばに置くことを決めました」
「そうか。エドワール様は発動条件を知っているからか」
「ええ、リディアーヌ様は今でもギルバードを心から信頼している。
それならばそばに置いたほうが安心するだろうと」
俺は誤解していたけれど、エドワール様は正しく理解していた。
リディアーヌが初日で発動したことを。
……今考えると恥ずかしいな。
俺のことをそんなに好きなのかなんて思ってた。
深い信頼関係は恋愛感情がなくてもありえるのに。
「それで、どうするんですか?」
「どうする…?」
「知ってしまったとリディアーヌ様に伝えますか?」
「……伝えなくてはいけないだろう。
黙っているのは無理だ。嘘がつけるほど器用ではないんだ」
「確かに、そうでしょうね」
知ってしまったからには黙っていられない。
だけど、何を言えばいい。
マリエルに会えるのなら文句を言ってやろうと思っていた。
……言って、どうするんだろう。
言わなくてもリディアーヌが一番わかっている気がする。
俺もカミルもマリエルが亡くなったことを引き合いに出して説得していた。
もう死なせたくないから守らせろと。
本人にそんなことを言うなんて、どれだけ苦しい思いをさせたことだろう。
謝らなくてはいけないと思うけれど、謝って済むのか?
心の中がぐちゃぐちゃで、何をすればいいのかわからない。
俺が考え込んだのを見て、トマスが小さくため息をついた。
トマスは最初からわかっていて俺たちを見ていた。
俺が何を悩んでいるのかもわかっているのかもしれない。
「食事は部屋に届けさせます。
今は一人になって考えたほうがいいのでは?」
「そうだな……少し時間がほしい」
「リディアーヌ様にはうまくごまかしておきます。
旦那様が仕事を頼んだことにしておきましょう」
「ありがとう。悪いな」
「いいえ、その代わりに一つ仕事を頼まれてくれませんか?」
「仕事?」
トマスに頼まれた仕事は、リディアーヌにホットミルクを持って行くことだった。
おそらくカミルに知られたことで寝付けなくなるだろうと。
夜遅くになって使用人からホットミルクを受け取り、リディアーヌの部屋へ向かう。
ノックをしたが返事がない。もう寝てしまったのだろうか。
眠れたのならいいが。
念のためドアを開けて中に入って見ると、寝台にリディアーヌはいない。
テラスに向かう大きな窓が半分開いたままになっていた。
もしかしてテラスに出ている?
部屋の中からのぞくと、リディアーヌはテラスにいて光属性の魔術を使っていた。
幻影で作られたたくさんの蝶が飛んでいる。
薄ぼんやりと光っていて、夜光蝶のように見える。
あぁ、あの頃三人で見に行ったな。
夜にこっそり抜けだしたことを、後から叱られたっけ。
「なんだか懐かしいな」
「え?ギルバード?」
思わず声に出してしまったら、リディアーヌが驚いたように振り向く。
夜着の上からガウンを羽織っただけの無防備な姿。
屋敷内の警備が完璧だからって、安心しすぎていないか心配になる。
小さくて華奢で、か弱そうに見えるのに芯がしっかりしていて。
いつも人の心配ばかりして、強くて優しかった。
あぁ、リディアーヌはマリエルだ。
「驚かせて悪い。懐かしいなと思ったんだ。夜光蝶。
カミルと三人で見に行ったよな」
「え……?」
「あれを思い出してたんだろう?幻影がそっくりだった」
「……」
リディアーヌから微笑みが消える。
表情が抜け落ちたようになって、俺をじっと見つめる。
俺が知っていることに気がついただろうか。
「今まで気がつかなくて悪かった、マリエル」
「ギルバード……」
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