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36.襲撃

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馬車は快調に進み、何度か休憩を挟んで、
もう少しでラルエット領に入るところまで来ていた。

昼食後だったこともあって、少し眠くなってウトウトしていたら、
向かい側にいるギルバードとトマスの雰囲気が変わったことに気がつく。

「気がついているか?」

「ええ……追って来ていますね」

「…? どうかしたの?」

二人が小声で話している意味がわからなくて聞いてみても答えてもらえない。
そのままギルバードとトマスは話し続けている。

「二十……いや、三十はいるか」

「この先、道が狭くなる場所があります。
 おそらくそこで前後の馬車や護衛と分断するつもりでしょう。
 その前に開けた場所に出るので、そこで」

「わかった」

何が起きたのかはわからないけれど、良くないことだというのがわかる。
最近は笑うようになってきたギルバードが怖い顔をしている。
いつもなら私を優先してくれるトマスも、余裕なく外の気配を窺っている。

「マール、するべきことはわかっていますね?」

「はい。わかっております」

「カミル、後は任せたぞ。……守ってくれ」

「…何があっても守ります」

気がついたら、隣に座るマールとカミルも真剣な顔をしている。
トマスとギルバードに指示され、説明もないのにうなずいた。

何が起きているの?
私以外はみんなわかっているようなのに、誰も私に説明してくれない。

それからすぐに馬車が止まると、ギルバードとトマスは外に飛び出していった。
急なことに驚いている間に、カミルがすぐさまドアを閉める。

「何?何で二人だけ出て行ったの?」

「リディアーヌ様、落ち着いてください。
 襲撃です。リディアーヌ様を狙っていると思われます」

「え?」

襲撃?じゃあ、二十とか三十とか言っていたのは敵の数?
いくらギルバードとトマスが強くても、そんな大人数を相手にするなんて無理だ。
護衛たちもそれほど連れて来ていない。
なのに、こんな街から離れた場所じゃ助けも呼べない。

「リディアーヌ様、少しお顔にふれますね」

「え?」

マールが私の頬に手を当てたと思ったら、魔力に包まれる。
私に何か魔術をかけた?でも、何も変わったように見えない。

「今のは?」

マールは説明する時間がないのか、そのまま自分自身にも魔術をかけ始めた。
薄茶色のマールの髪が銀色に変わっていく。
魔術が終わった後、私を見たマールの目は青色だった。まるで私のような。

「リディアーヌ様はこちら側へ。カミルさん、開けてください」

「はい」

前の座席に移動させられたら、カミルは馬車の後ろ座席の背もたれを前に倒した。
その奥には人が三人うずくまって入れるくらいの隙間があった。
もしかして、ここに隠れるってことなのかな。

「リディアーヌ様、早くこの中に入ってください」

「え、でも」

「早く!」

穏やかなカミルから想像もできないくらい切羽詰まった声に、
考えるよりも先に身体が動いて隙間の中に入る。
私の次はマールが入るのだと思っていたら、入ってきたのはカミルだった。

「え?」

「カミルさん、リディアーヌ様をお願いします」

「わかりました」

パタンと背もたれは元に戻され、隙間は暗闇になる。


「え?マールは?どうしてマールはここに隠れないの?」

「少し待ってください」

暗闇の中、カミルの声だけが聞こえる。
少しして、この空間の中をカミルの魔力が包み込むのがわかった。

「……結界を張りました。もう会話しても大丈夫です」

「結界?」

さっきの魔力は結界を張ったものらしい。
風属性の上級魔術……カミルも王宮魔術師になれるレベルだったのか。

「どうしてマールはここに入らないの?」

「それは…リディアーヌ様の身代わりとして残ったのです」

「え?」

「ギルバード様たちが負けるとは思っていませんが、
 混戦になれば隙をみて馬車に入り込む輩がいないとは限りません。
 その時に、マールさんはリディアーヌ様の身代わりで攫われる役目を負うのです」

私の身代わりとして攫われる?マールが?
銀色の髪に青目。体型は違っても、座っていたらわからない。
魔術を使って私の色にしたのはそのために?

「そんなの嫌!ここから出して!」

「ダメです」

「だって、マールを身代わりにするなんて嫌よ!」

「それが専属侍女の役割です」

「…そんな」

そんな話は聞いていない。
マールを身代わりにしてまで助かりたいなんて思っていない!
いつも私が倒れるのを見ただけで気を失ってしまうくらい気弱なのに。
さっき見たマールには迷いがなかった。
最初から私たちだけを中にいれると決めていたから…?

「マールさんは覚悟の上でリディアーヌ様に仕えているんです。
 それをわかってください」

「……わかりたくない」

「高位貴族の専属侍女は主人のために戦うか、身代わりになるかのどちらかです。
 それができないようでは何のためにいるのかわからなくなります。
 マールさんがいる意味を無くさないでください」

「そんな…そんなの聞いていない……」

その時、馬車がぐらりと大きく揺れた。
この空間に結界が張っていたとしても、馬車が揺れたら動く。
音が聞こえない分、嫌な想像をしてしまう。

今のは、馬車のドアが開けられた?
もしかしてマールは連れ去られたかもしれない?
じゃあ、ギルバードとトマスは?

「……いや。嫌よ!ここから出して!」

「ダメです」

「命令よ!ここを開けなさい!」

「こればかりは何を言われても開けません。
 開けてどうする気なのですか」
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