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53.変わる王都

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あれから数か月が過ぎ、騒がしかった王都も静かになってきた。
忙しい時期も終わり、交代で休みを取れるようになり、
今日は私とルークが休みの番だった。

のんびりと朝食を取った後、
ルークが連れて行きたい場所があるというので、
竜化したルークの黒い背中に乗る。

ルークに乗せてもらって飛ぶのはレンダラ国の時以来。
あの時とは違い、うきうきした気持ちで飛び上がる。

空から見下ろす王都は少しずつ建物が消えている。
借金奴隷となった五家と分家十二家の家族が、
休みなく壊しているからだ。

あの時、借金奴隷となることを知らされた一族は、
数人が納得せずに暴れ、犯罪奴隷に落とされた。
女性もいたので少しだけ同情したけれど、
その人たちは身分が下のものを虐げていたと聞いて、
今までのことが自分に返ってきたのだと思った。

王都にいた竜族たちは、借金奴隷を残してほとんどが消えた。
最初に消えたのはやはり下位の身分の者たち。
それから上位の身分の使用人だった者たち。

それらが消えて、残った者たちはようやく気がついた。
自分たちだけが残っても生活できないことを。

属国から運ばれていた食料はもう届かない。
生活するには、食料を他国から調達しなければいけない。
竜人たちは自分たちで調達するが、竜族には渡さない。
今までずっとそうしていたのだから、今さら渡すわけはない。

ジーナの家族の三人は残ったものの、
姉から奪った婚約者は分家十二家のものだったため借金奴隷になっている。
頼りにするはずだった五家と分家十二家が消え、
食料も手に入らない。
家具などを売ろうにも、売る相手がいない。
売って金になったとしても、食料は売っていない。

竜族のほとんどが消え、やっと竜王国にいられないことに気がつき、
先日三人で荷車を押して出ていったようだ。
これから竜族の国に行っても、もう人がいっぱいで居場所はない。
ジーナが行くはずだった修道院がある国へ向かうことになる。
そこでも受け入れてもらえるかどうかは不明だ。

誰もいなくなった王都の街に、
ようやく竜人たちが戻ってきたのか竜の姿を見かけるようになった。
竜族嫌いの竜人も多い。
竜族がいなくなったことで、隠れ里にいる竜人も少しずつ戻ってくるだろう。


王都から外れ、竜王国の山が連なる場所まで来て、
ようやくルークは地面に降りた。

「ここはどこなの?」

「見せたほうが早いと思って。こっちだ」

ルークに手をひかれ、森の中を歩いていく。
少し山を下ったところで小さな湖が見えた。

「湖?」

「ああ。上流の川が一度ここにせき止められて湖のようになっている」

「魚とかもいる?」

「いると思うけど、見せたいのは湖じゃなくて、こっち」

ルークが指したところには小さな家があった。
まだ建てている途中に見える。
こんなところに住む人がいる?

「誰かを訪ねてきたの?」

「ここは俺とリディが暮らす場所」

「私たちが?」

「そう、巣ごもりの期間、住むところだよ」

「巣ごもりってなに?」

ルークは笑いながら私を家の中に引っ張り込んだ。
小さな家だと思ったけれど、中は意外と広い。
まだ建てている途中だから、木材が積み上げられている。

「竜人は番を見つけると落ち着くまで番を誰にも見せない、
 しばらく番と二人だけで過ごす。それが巣ごもり。
 竜人の男は番を探す時期になると、巣ごもりの場所を自分で用意する。
 ここは俺がリディのために用意している場所」

「え?ルークが自分で建てているってこと?」

「そうだよ。夜中や早朝の時間で少しずつ用意して、
 やっとここまで形になったんだ。
 一度リディに見せておきたくて。
 リディが竜化して番だとわかったら、
 一緒にここに来てくれる?」

「もし……番じゃなかったら?」

竜人は番を見つけて結婚する。
私とルークは番かわからないけれど、結婚する。
私もそれでいいと思っていたけれど、
結婚した後、番じゃなかったらどうするんだろう。

「俺は、もし番じゃなくてもリディに番になってほしいと思ってる」

「……ん?どういうこと?」

番じゃなくても、番に?

「リディはどうして竜人の女が外に出ないか知ってる?」

「番の人が嫌がるからでしょう?
 エリナが王宮で働いているのは、番が警備隊長で、
 家に置いておくよりも自分が守ってる王宮にいるほうが安全だから、
 特別に許されているって聞いたわ」

「それも当たりだけど、番がいない竜人の女が一人でいるのを見たことがある?」

「……ないわ」

エリナ以外の竜人の女性が一人でいるのを見たことはない。
女性の数がそんなに少ないのかと思ったけれど、
竜人の男性の三分の二はいるという。
そんなにいるなら、もう少し会っても良さそうなのに。
夜会でも男性と一緒にいる女性しかいなかった。

「竜人の女は、番になっても他の男の子を身ごもることができる」

「え?」

「番契約って、竜人の男の鱗を女に飲ませるんだけど、
 女が男に鱗を飲ませることはあまりしない」

「どうして?」

「女が男に鱗を飲ませると、もうその男の子しか産めなくなる。
 でも、飲ませなかったら、番の男が死んだときに、
 新しく番を選ぶことができる。
 だから、鱗を飲ませる女はほぼいない」

「信じられない」

相手は自分としか子が作れなくなるのに、
自分は相手が死んだ時を考えて鱗を飲ませない。
そんな不公平なことが許されるんだろうか。

「それが竜人の女の本能だと言われている。
 なるべく子を産み、育てたいという欲求。
 番になる男はそれを受け入れなくてはいけない」

「そんな」

「竜人の女なら番を自分で決めることができるんだ。
 神が決めた相手じゃなくても、番になることができる。
 だから、俺がリディの運命じゃなくても、
 リディが俺を番にすると決めて鱗を飲めば、番になる」

「ルークの運命の相手はどうするの?」

「鱗をリディに飲ませたら、もう会ってもわからない。
 リディも俺が生きている間は次の番は作れなくなる。
 だから、俺を選ぶかどうかはリディが決めてほしい」

「……」

私が選んだら、ルークはもう本当の番には会えなくなる。
そんな重大なことを私が決めていいんだろうか。

「リディが好きだよ。
 番じゃなくても数年だけでもそばにいられたらいいと思っていた。
 だから、番契約を断ったとしてもかまわない。
 俺はそれでもリディが好きなんだ」

「ルーク……」

そっとふれるくらいの口づけをされ、抱きしめられる。
毎日のようにこうしてふれられて、ルークの腕の中が誰よりも安心する。
だけど、番の本能がわからない私が今決めていいかわからない。

この気持ちは嘘じゃないと思うのに、竜人になるのが怖い。
竜化したら考えがまるで変わってしまうかもしれないと思うと、
今ここでルークに約束することができない。

「結婚して、数年はいっしょにいられる。
 俺はそれだけでも幸せだけど、それ以上も望んでしまう。
 この家を見せたのは俺の気持ちを知ってほしかったから。
 返事はリディが竜人になってからでいい」

「……うん」

もうこれ以上好きになれないほどルークが好き。
このまま竜化しないうちに結ばれてしまえたらいいのに。


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