上 下
35 / 61

35.竜石の秘術

しおりを挟む
ハンスは奥の本棚から古い魔術書を一冊取り出して、竜王様の前に置いた。

「どういうことだ?ハンス、何を知っている」

「実は、アーロン様が竜王国を出て数年後、
 アーロン様から私に使いが来ました。
 先の竜王様やクライブ様には内緒で力を貸してほしいと」

「それは秘術を教えろということか?」

「そうです。竜人であることをやめて、
 人間になるにはどうすればいいのか、と」

「それでか……竜石を無くせば人間になれると聞いたことはあっても、
 俺はどうやれば竜石を取り出せるのかわからない。
 アーロンがどうしてそんな方法を知ったのかと思っていた」

どうやら人間になる方法は知られていないようだ。
竜王様ですら知らないのであれば、ルークやラディも知らない。
そんな方法をどこで知ったのかと疑問に思うのも当然。

五百年以上生きているハンスだから知っていた。
アーロンがハンスを頼った理由もそれだろう。

「最初はお断りしました。
 番のためとはいえ、人間になるなんて。
 アーロン様は竜王になるお方でしたから」

「そうだな。俺も竜王になるのはアーロンだと思っていた。
 数年先に生まれていてもアーロンには敵わない。
 そう思っていたよ。なぜ、その時に止められなかったんだ」

「申し訳ありません。
 直接アーロン様にお会いすることはできず、使者からの手紙を待つだけでした。
 何度手紙をやり取りしても、アーロン様の気持ちは変わりませんでした。
 そのうち、返事を待ちきれなくなったアーロン様は、
 知識もないのに竜石を取り出しかねなく、あきらめて方法をお伝えしました」

ため息交じりのハンスに、しょうがなかったのだとわかる。
身体の中にある竜石を取り出すなんて、知識がなければできることじゃない。
どうしても番と結婚したいアーロンは無理やりにでも取り出しかねなかった。
ハンスはアーロンを無駄死にさせたくなかったんだ。

「どうしても、止められなかったのか……」

「できる限り止めたつもりです」

「そうだよな……すまない。アーロンはハンスにとても懐いていた。
 ハンスとしても無念だったことだろう」

その言葉にハンスの目が潤む。
本当は止めたかったのに止められなかった悔しさだろうか。
結果として、アーロンは処刑されてしまったのだから。

「竜石を取り出して人間になる方法を伝えるとき、
 同時にもう一つの秘術も伝えました。必ず覚えておいてくださいと。
 それが竜石に逃げ込む方法です」

「竜石に逃げ込む?」

「アーロン様は先の竜王様よりも強くなるはずでした。
 だからこそ、強いものに蹂躙される恐怖を知らなかった。
 人間になれば竜人としての力は使えなくなり、殺されることもある。
 ですが、竜石に逃げ込むことができれば、死なずに済みます。
 閉じ込められることになりますが、きっとクライブ様が助け出せると……」

「俺が?」

「隠された竜石は、血縁者だけが見つけられるようになっていたはずです」

皆が一斉に私を見た。
血縁者だけが見つけられるように……。

「竜石が隠されてた本には認識阻害がかけられていました。
 竜人の血をひくものじゃないと見つけられないって、
 アーロンの血縁者って意味だったんですね」

「そうです。先代の竜王様が戦争を仕掛けていたのを止めなかったのは、
 アーロン様と番様を保護しようと思っていたからです。
 竜人をやめてもアーロン様の利用価値は高い。
 他の国にアーロン様の存在を知られる前に保護する予定でした」

「ハンスが父上を止めなかったのはそのせいか」

「ええ、むしろ積極的に動いておりました。
 ですが、世界の半分を属国にしても見つけ出せませんでした。
 あれ以上は竜王国の負担が大きすぎるとあきらめたのです」

「そうだな……これ以上属国を管理するのは無理だ。
 レンデラ国のあたりまで戦争をしかけていたら、
 世界のすべてを属国にする必要があっただろう」

それはさすがに無理だと思う。
今でさえ管理しきれなくて困り果てているというのに。

「今回、レンダラ国にクライブ様が向かった時、
 もしかしたらアーロン様を連れて戻るかもしれないと、
 ひそかに期待しておりました。
 アーロン様が竜石に逃げたのなら、クライブ様は気がつくはずだと」

「だけど、竜石はその前に私が見つけ出したから」

「ええ、それに竜石に入っていたのはアーロン様ではなかった。
 それではクライブ様でも見つけられなかったかもしれません」

ハンスがクレアに近づき、片膝をついた。
恭しく礼をして、クレアに話しかける。

「お会いできてうれしく思います。クレア様。
 アーロン様は自分の命よりもクレア様を選んだのですね」

「……私を?お父様が私を逃がしたというの?
 お父様は助かるはずだったのに、命を捨てて……」

アーロンが逃げるはずだった秘術だったと知って、クレアがぺたりと座り込む。
それを見て、ラディが手を出そうとして、悔しそうに止まる。
支えようとしたけれど、ふれられないのを思い出したようだ。

番が目の前にいて、悲しんでいるのに何もできない。
その悔しさをごまかすためか、ラディの握りしめた手がぎりりと音を立てた。

「処刑の時、助けられたのは二女だけだったとか。
 おそらく、クレア様が処刑されると決まった時に、
 アーロン様はあなた様を守ろうと決めたのでしょう。
 それだけ大事だったのですよ」

「お父様……」

ぽろぽろと涙をこぼすクレアに、私の胸も痛む。
どうしてクレアだけこんなに悲しまなければいけないんだろう。
竜石から出られた後、家族を思って悲しむのを何度も見た。
その度に何もしてあげられず、クレアが立ち直るのを待つだけ。

全員が黙り込んでクレアが泣き止むのを待つ。
その時、竜王様が何かに気がついたようだ。

「なぁ、ハンス。
 お前はアーロンを助けるために秘術を教えたと言ったな?」

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

側妃、で御座いますか?承知いたしました、ただし条件があります。

とうや
恋愛
「私はシャーロットを妻にしようと思う。君は側妃になってくれ」 成婚の儀を迎える半年前。王太子セオドアは、15年も婚約者だったエマにそう言った。微笑んだままのエマ・シーグローブ公爵令嬢と、驚きの余り硬直する近衛騎士ケイレブ・シェパード。幼馴染だった3人の関係は、シャーロットという少女によって崩れた。 「側妃、で御座いますか?承知いたしました、ただし条件があります」 ********************************************        ATTENTION ******************************************** *世界軸は『側近候補を外されて覚醒したら〜』あたりの、なんちゃってヨーロッパ風。魔法はあるけれど魔王もいないし神様も遠い存在。そんなご都合主義で設定うすうすの世界です。 *いつものような残酷な表現はありませんが、倫理観に難ありで軽い胸糞です。タグを良くご覧ください。 *R-15は保険です。

私、女王にならなくてもいいの?

gacchi
恋愛
他国との戦争が続く中、女王になるために頑張っていたシルヴィア。16歳になる直前に父親である国王に告げられます。「お前の結婚相手が決まったよ。」「王配を決めたのですか?」「お前は女王にならないよ。」え?じゃあ、停戦のための政略結婚?え?どうしてあなたが結婚相手なの?5/9完結しました。ありがとうございました。

妹と婚約者が結婚したけど、縁を切ったから知りません

編端みどり
恋愛
妹は何でもわたくしの物を欲しがりますわ。両親、使用人、ドレス、アクセサリー、部屋、食事まで。 最後に取ったのは婚約者でした。 ありがとう妹。初めて貴方に取られてうれしいと思ったわ。

今さら救いの手とかいらないのですが……

カレイ
恋愛
 侯爵令嬢オデットは学園の嫌われ者である。  それもこれも、子爵令嬢シェリーシアに罪をなすりつけられ、公衆の面前で婚約破棄を突きつけられたせい。  オデットは信じてくれる友人のお陰で、揶揄されながらもそれなりに楽しい生活を送っていたが…… 「そろそろ許してあげても良いですっ」 「あ、結構です」  伸ばされた手をオデットは払い除ける。  許さなくて良いので金輪際関わってこないで下さいと付け加えて。  ※全19話の短編です。

婚約者を追いかけるのはやめました

カレイ
恋愛
 公爵令嬢クレアは婚約者に振り向いて欲しかった。だから頑張って可愛くなれるように努力した。  しかし、きつい縦巻きロール、ゴリゴリに巻いた髪、匂いの強い香水、婚約者に愛されたいがためにやったことは、全て侍女たちが嘘をついてクロアにやらせていることだった。  でも前世の記憶を取り戻した今は違う。髪もメイクもそのままで十分。今さら手のひら返しをしてきた婚約者にももう興味ありません。

(完結)妹に病にかかった婚約者をおしつけられました。

青空一夏
恋愛
フランソワーズは母親から理不尽な扱いを受けていた。それは美しいのに醜いと言われ続けられたこと。学園にも通わせてもらえなかったこと。妹ベッツィーを常に優先され、差別されたことだ。 父親はそれを黙認し、兄は人懐っこいベッツィーを可愛がる。フランソワーズは完全に、自分には価値がないと思い込んだ。 妹に婚約者ができた。それは公爵家の嫡男マクシミリアンで、ダイヤモンド鉱山を所有する大金持ちだった。彼は美しい少年だったが、病の為に目はくぼみガリガリに痩せ見る影もない。 そんなマクシミリアンを疎んじたベッツィーはフランソワーズに提案した。 「ねぇ、お姉様! お姉様にはちょうど婚約者がいないわね? マクシミリアン様を譲ってあげるわよ。ね、妹からのプレゼントよ。受け取ってちょうだい」 これはすっかり自信をなくした、実はとても綺麗なヒロインが幸せを掴む物語。異世界。現代的表現ありの現代的商品や機器などでてくる場合あり。貴族世界。全く史実に沿った物語ではありません。 6/23 5:56時点でhot1位になりました。お読みくださった方々のお陰です。ありがとうございます。✨

【完結】妹に全部奪われたので、公爵令息は私がもらってもいいですよね。

曽根原ツタ
恋愛
 ルサレテには完璧な妹ペトロニラがいた。彼女は勉強ができて刺繍も上手。美しくて、優しい、皆からの人気者だった。  ある日、ルサレテが公爵令息と話しただけで彼女の嫉妬を買い、階段から突き落とされる。咄嗟にペトロニラの腕を掴んだため、ふたり一緒に転落した。  その後ペトロニラは、階段から突き落とそうとしたのはルサレテだと嘘をつき、婚約者と家族を奪い、意地悪な姉に仕立てた。  ルサレテは、妹に全てを奪われたが、妹が慕う公爵令息を味方にすることを決意して……?  

私と一緒にいることが苦痛だったと言われ、その日から夫は家に帰らなくなりました。

田太 優
恋愛
結婚して1年も経っていないというのに朝帰りを繰り返す夫。 結婚すれば変わってくれると信じていた私が間違っていた。 だからもう離婚を考えてもいいと思う。 夫に離婚の意思を告げたところ、返ってきたのは私を深く傷つける言葉だった。

処理中です...