上 下
55 / 60

55.話し合い

しおりを挟む
父様がジラール王国とブラウエル国との境に結界を張り終えたのは、
独立宣言をした二週間後だった。

その頃から、王都の表屋敷にいた使用人や私兵たちが、
数名ずつジラール王国に戻ってきていた。
一度に戻ってこないのは、ジラール家の者だとわかられないためと、
王都の様子を報告させるためらしい。

その報告によると、王都の生活はまだそれほど影響は出ていないが、
王太子の命令で王都に人を集めているという。
各領地から集められた平民の男性を兵にして、
ジラール王国へ攻めようとしているらしい。

それを聞いた父様は予想していたようで笑っていた。

「兵を集めれば、それだけ食料が必要になる。
 蓄えはあまりない。焦って攻めてくるだろう。
 ジラール王国に入れないとわかったら、どうするかな」

「貴族は入れなくても、平民は入れるんでしょう?」

父様の結界は精霊術を使ったことがある者は通さない、だったはず。
集められている兵は平民男性だ。
関係なく入ってきてしまうんじゃないだろうか?

「指揮官が入れなかった場合、兵だけを進ませることはしないだろう」

「どうして?」

「集めた兵に信用がないからだ。
 与えた武器を持って逃げられたら大損害だし、
 食料を持っていかれたら、指揮官たちが飢えることになる」

「そうなんだ」

たしかに食料は兵が運んでいるはず。
兵だけが先に行ってしまったら……困るよね。

毎日のように戻ってくる使用人と私兵から情報が入るため、
兵が今どのあたりにいるのかまでわかる。
今日の昼には先頭がジラール王国に入ってくると言われた日。
バルコニーでブラウエル国の方向を見つめる。

ここから見ても見えるわけではない。
だけど、何かしなければ落ち着かなかった。

じっと見ていたら、ルシアン様もバルコニーに出てきた。
私を探しに来たらしい。

「どこにいるのかと思ったら。ずっとここにいたのか?」

「うん。なんだか落ち着かなくて」

「そろそろ動きがあるはずだ。叔父上のところに行こう。
 何かあれば叔父上のところに知らせが来る」

「うん」

手をつないで父様の執務室へと向かう。
執務室には伯父様と母様もいた。

三人とも落ち着いていて、優雅にお茶を飲んでいる。
それを見たら、私だけ焦っていても仕方ないかと力が抜ける。

「心配しなくてもいいぞ。
 戦いにはならないし、話し合いもすぐに終わるだろうから」

「父様、私も話し合いの場に行ってもいい?」

「見届けたいのか。いいぞ」

私が行っても何かできるわけではないけれど、
ブラウエル国との決別はきちんとしたい。

少しして、ドアがノックされる。
入ってきたのはパトと知らない男性だった。

「ブラウエル国からの使者が来ました」

「あ、あの、私は使者なんて大層なものではなく、
 騎士たちはこの国に入れなかったものですから、
 手紙を届けるように言われただけです!」

「そうか。では、その手紙を」

「は、はい!」

貴族がジラール王国に入れないから、平民に手紙を届けるように命じたのか。
普段、貴族と関りがない男性は震える手で手紙を差し出した。

それをパトが受け取り、父様へと渡す。
手紙を開いて読んだ父様は、近くにあった紙に何かを書いて、男性に渡す。

「これをそちらの代表者に渡してくれ」

「わかりました!」

折りたたんだ紙を受け取ると、男性は急いで出て行った。

「あの人、あんなに焦っていたけど、大丈夫なのかな」

「殺されるかもしれないと思ってたんだろう」

「殺される?」

「ここは攻め込む予定の場所だ。
 いわば戦地になるところに手紙を届けろと言われたんだ。
 手紙の内容が気に入らないと切り捨てられる可能性も考えただろう」

「気に入らないようなことが書いてあったの?」

手紙を読んだのは父様だけ。
何が書かれていたのかと思ったら、手紙を渡される。
読んでみると、話し合いがしたいと書かれていた。

王命を出して娘を差し出させようとしたのは悪かった。
ルシアンと結婚させてかまわないから、独立するのはやめてほしい、
今後もブラウエル国の公爵領として国を支えてほしい。

そんな訴えが長々と書かれていた。

「父様は何を書いて渡したの?」

「ん?話し合いがしたいというなら、しようと思って。
 王太子が来ているようだし、国境のところで話し合おうって。
 三日後の昼にね」

「三日後?今日じゃなくて?」

「すぐに話し合いをしたら、面白くないだろう。
 三日間、あの場所で寝泊まりさせてからでも遅くはない」

「三日間、野宿させると……」

ジラール王国とブラウエル国の国境は街道で、その近くには何もない。
ジラール王国の隣の領地はエンラ伯爵領だが、伯爵家の屋敷は少し離れた場所にある。
アンドレ様だけなら屋敷に滞在することもできるだろうけど、
寄せ集めの兵たちを管理するのは大変に違いない。

おそらくアンドレ様をいらつかせて、本音を引き出したいんだと思う。
きっと悪いなんて思っていないし、精霊の愛し子をあきらめたとも思えない。

それから三日。
父様は本当にのんびりと過ごしていた。
精霊たちに様子を見に行かせていたようだけど、
変わりはないと言って普段通りに生活していた。

話し合いの日、馬車に乗って国境へと向かう。
馬車には父様と伯父様、私とルシアン様。
母様は屋敷にいるといって残った。

国境が近くなると、ブラウエル国側から騒がしい声が聞こえる。
窓から見ると、兵の集団がいるのがわかる。

父様は国境を越えることなく、馬車を止めさせた。
馬車から降りると、国境の向こう側にアンドレ様とバシュロ侯爵がいた。

父様が国境に向かってゆっくり歩きだすと、アンドレ様が父様を見つけて叫んだ。

「ジラール公爵、来たか!この壁の中に入れてくれ。
 これは公爵がしたんだろう」

「いや、こっちには入れないよ」

「なんだと?どういうことだ!」

「話し合いだろう?このままでもできるじゃないか」

父様は国境を挟んで話し合いをするつもりらしい。
国境の近くまで行くと足を止めた。
アンドレ様は話し合いという名目でこちらに入るつもりだったのか、
悔しそうな顔をしている。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完】あの、……どなたでしょうか?

桐生桜月姫
恋愛
「キャサリン・ルーラー  爵位を傘に取る卑しい女め、今この時を以て貴様との婚約を破棄する。」 見た目だけは、麗しの王太子殿下から出た言葉に、婚約破棄を突きつけられた美しい女性は……… 「あの、……どなたのことでしょうか?」 まさかの意味不明発言!! 今ここに幕開ける、波瀾万丈の間違い婚約破棄ラブコメ!! 結末やいかに!! ******************* 執筆終了済みです。

婚約破棄ですか???実家からちょうど帰ってこいと言われたので好都合です!!!これからは復讐をします!!!~どこにでもある普通の令嬢物語~

tartan321
恋愛
婚約破棄とはなかなか考えたものでございますね。しかしながら、私はもう帰って来いと言われてしまいました。ですから、帰ることにします。これで、あなた様の口うるさい両親や、その他の家族の皆様とも顔を合わせることがないのですね。ラッキーです!!! 壮大なストーリーで奏でる、感動的なファンタジーアドベンチャーです!!!!!最後の涙の理由とは??? 一度完結といたしました。続編は引き続き書きたいと思いますので、よろしくお願いいたします。

私の知らぬ間に

豆狸
恋愛
私は激しい勢いで学園の壁に叩きつけられた。 背中が痛い。 私は死ぬのかしら。死んだら彼に会えるのかしら。

今日は私の結婚式

豆狸
恋愛
ベッドの上には、幼いころからの婚約者だったレーナと同じ色の髪をした女性の腐り爛れた死体があった。 彼女が着ているドレスも、二日前僕とレーナの父が結婚を拒むレーナを屋根裏部屋へ放り込んだときに着ていたものと同じである。

好きだと言ってくれたのに私は可愛くないんだそうです【完結】

須木 水夏
恋愛
 大好きな幼なじみ兼婚約者の伯爵令息、ロミオは、メアリーナではない人と恋をする。 メアリーナの初恋は、叶うこと無く終わってしまった。傷ついたメアリーナはロメオとの婚約を解消し距離を置くが、彼の事で心に傷を負い忘れられずにいた。どうにかして彼を忘れる為にメアが頼ったのは、友人達に誘われた夜会。最初は遊びでも良いのじゃないの、と焚き付けられて。 (そうね、新しい恋を見つけましょう。その方が手っ取り早いわ。) ※ご都合主義です。変な法律出てきます。ふわっとしてます。 ※ヒーローは変わってます。 ※主人公は無意識でざまぁする系です。 ※誤字脱字すみません。

婚約破棄の前日に

豆狸
恋愛
──お帰りください、側近の操り人形殿下。 私はもう、お人形遊びは卒業したのです。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

【完結】物置小屋の魔法使いの娘~父の再婚相手と義妹に家を追い出され、婚約者には捨てられた。でも、私は……

buchi
恋愛
大公爵家の父が再婚して新しくやって来たのは、義母と義妹。当たり前のようにダーナの部屋を取り上げ、義妹のマチルダのものに。そして社交界への出入りを禁止し、館の隣の物置小屋に移動するよう命じた。ダーナは亡くなった母の血を受け継いで魔法が使えた。これまでは使う必要がなかった。だけど、汚い小屋に閉じ込められた時は、使用人がいるので自粛していた魔法力を存分に使った。魔法力のことは、母と母と同じ国から嫁いできた王妃様だけが知る秘密だった。 みすぼらしい物置小屋はパラダイスに。だけど、ある晩、王太子殿下のフィルがダーナを心配になってやって来て……

処理中です...