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39.反省しない女(ルシアン)
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次に向かった元侯爵令嬢の牢は女性用の牢だった。
身分はわからなくても所作で貴族令嬢かもしれないと思い、
後からもめるのも嫌だから女性用の牢にしておいたという。
女性用の牢は部屋の中に鉄格子はなかった。
奥にある手洗い場などは板で隠されている。
最低限の配慮はされているようだが、
ドアの外に騎士が立っており、逃走することはできない。
俺が牢に入ったのに気がついても、元侯爵令嬢は顔をあげない。
飾り気のないワンピースを着せられているが、
全体的に薄汚れていて、この部屋も臭う。
騎士が食事を運んできたと思ったのか、
こちらを見ようともしない。
「そこに置いて出ていって」
「食事を運んできたわけじゃないぞ」
「……?」
ゆっくり顔をあげた元侯爵令嬢は、
入ってきたのが俺だと認識して立ち上がる。
「ルシアン様!助けに来てくださったの!?」
「助けに?」
「だって、ここまで来てくださったのは、そういうことでしょう?」
「いや、違う。この件は俺に任されている。
処罰を決めに来たんだ」
「では、すぐにここから出してください!」
満面の笑みでそう言う元侯爵令嬢に頭がおかしくなったのかと思う。
一か月も人に会わずにここに閉じ込められていたらそうなるのも仕方ない。
だが、ニナの母上は十年以上も閉じ込められていたのを思い出した。
それを考えたら、たったの一か月だな。
「あの日、何をしようとしていた?」
「……女官として働いてみただけです。
学園の卒業後は平民として働けと言われていたから」
「王宮の女官は平民ではなれないぞ。下働きならともかく、
あの日着ていた制服は平民では着られないものだ」
「そ、それは知らなかったから」
本当に知らなかったのかもしれないが、それを理由にはできない。
「あの制服も盗んだものだな。
女官の制服を着て王宮をうろついていただけで、
処刑されてもおかしくないほどの重罪だ」
「そんな!」
「しかも、高位貴族である俺に関わろうとしていた。
命を狙っていたとみなされる行為だ」
「そんなことしてません。
私はただ、ニネットが浮気しているのを知らせようと!」
「ニネットは馬車にいたよ。
護衛騎士に守られて、何の問題もなく」
「そんなわけありませんわ!絶対にあの部屋にいたはずです!」
「どうしてわかる?」
「だって、間違いなくあの部屋に連れて行ったって……あ」
公爵家の控室からあの部屋に連れて行き、
閉じ込めてオスーフ侯爵家のカルロを部屋に入らせる。
カルロがニナを襲い、ちょうどいい頃に俺を部屋に案内する。
浮気現場を見た俺が激高して婚約解消すればよし、
しなくても大騒ぎすることでニナが傷つければそれでもいい。
そういう計画だったらしいが、
結果はニナが姿を消していたことで何もおこらなかった。
この女の最初の案では犯罪者の男たちに襲わせ、
ニナを本当に汚すつもりだったことも聞いた。
それをカミーユがあんまりだと止めたからいいものの、
そうしたいと思うほどニナを憎んでいる。
「ニネットを襲わせようとしていたそうだな。
カミーユ王子から計画は聞いた。
犯罪者たちに襲わせるつもりだったと」
「……ええ、そうよ。
私とカミーユがこんなつらい目にあっているのに、
ニネットだけが幸せになるなんて許せないもの!」
俺がすべてを知っているとわかったからか、
もう隠すこともなくニナへの恨み言を言い始めた。
ニナさえいなければ、それが理由のすべてなのだろうけど。
「ニネットが愛人の子だというのが違ってもか?」
「愛人の子だとかはもう関係ないわ。
平民の血がまざっているのは変わらないのでしょう?
そんなニネットが私よりも幸せになるなんてありえない」
まだニナは侯爵の娘だと思っているのか。
本当は叔父上、ジラール公爵家の血を引いているのだが、
ここでそれを言うことはできない。
「ニネットは侯爵の子ではない。
精霊教会がニネットをさらってきて、
陛下が侯爵に養女にして育てるように命じたんだ」
「は?……なによ、それ」
「侯爵が愛人の子だと嘘を言ったのは、
お前が夫人の愛人の子だと知っていたからだろう。
当てつけというやつだな」
「……そんなの私には関係ないじゃない!悪いのは私じゃないわ!」
「ニネットは愛人の子だからと虐げたのにか?」
「ニネットが来なかったら、私は幸せなままだった!」
「それはどうだろうな?」
「え?」
ニネットが引き取られたことで運命は変わったのかもしれないが。
「遅かれ早かれ、夫人は離縁されていただろう。
あちこちで浮気していたらしい。金遣いも荒かった。
ニネットが引き取られなかったら、
もっと早くから金の使い道は問いただされていただろうし。
不貞の子だとわかっているお前に侯爵は優しくしない」
「……なんでよ。なんで!なんでなの!
不貞したお母様が悪いんじゃない!私は何も悪くないのに!」
「人を虐げたり、嘘をついたり、制服を盗んだり、
犯罪者たちにニネットを襲わせようとすることが悪くないと?」
「私は悪くない!」
考えることをやめたのか、何度もそう繰り返す元侯爵令嬢に、
これはもう無理だとあきらめる。
黙って部屋から出た後、騎士に聞かれる。
「処罰はどうしますか?」
「さきほどの男と形式的に結婚させて、既婚者として砦に送って。
自分を貴族だと思い込んでいるおかしな女だと説明して、下働きさせるように」
「砦はどちらの?」
「男とは違う砦に。移送する時も別々の時間にして。
処罰後も二人は絶対に会わせないように」
「わかりました」
元侯爵令嬢のニナへの恨みが消えることはないだろう。
できるだけニナとは関わらせないようにしたい。
カミーユ王子と元侯爵令嬢には監視をつけさせ、
ただの平民として別々の砦に送る。
甘い処罰だとは思うが、このまま王都にいさせたら、
どちらも王太子に殺されることになるだろう。
そんなことをニナは望んでいないと思う。
それに、元侯爵令嬢にとっては、平民の下で使われる立場になることが、
なによりの屈辱になるに違いない。
砦は男も女も極限の状態で暮らしている。
そんな場で素直に従わない下働きがいたらどうなるか。
虐げられる立場になっても、おそらく反省などしないだろうが。
身分はわからなくても所作で貴族令嬢かもしれないと思い、
後からもめるのも嫌だから女性用の牢にしておいたという。
女性用の牢は部屋の中に鉄格子はなかった。
奥にある手洗い場などは板で隠されている。
最低限の配慮はされているようだが、
ドアの外に騎士が立っており、逃走することはできない。
俺が牢に入ったのに気がついても、元侯爵令嬢は顔をあげない。
飾り気のないワンピースを着せられているが、
全体的に薄汚れていて、この部屋も臭う。
騎士が食事を運んできたと思ったのか、
こちらを見ようともしない。
「そこに置いて出ていって」
「食事を運んできたわけじゃないぞ」
「……?」
ゆっくり顔をあげた元侯爵令嬢は、
入ってきたのが俺だと認識して立ち上がる。
「ルシアン様!助けに来てくださったの!?」
「助けに?」
「だって、ここまで来てくださったのは、そういうことでしょう?」
「いや、違う。この件は俺に任されている。
処罰を決めに来たんだ」
「では、すぐにここから出してください!」
満面の笑みでそう言う元侯爵令嬢に頭がおかしくなったのかと思う。
一か月も人に会わずにここに閉じ込められていたらそうなるのも仕方ない。
だが、ニナの母上は十年以上も閉じ込められていたのを思い出した。
それを考えたら、たったの一か月だな。
「あの日、何をしようとしていた?」
「……女官として働いてみただけです。
学園の卒業後は平民として働けと言われていたから」
「王宮の女官は平民ではなれないぞ。下働きならともかく、
あの日着ていた制服は平民では着られないものだ」
「そ、それは知らなかったから」
本当に知らなかったのかもしれないが、それを理由にはできない。
「あの制服も盗んだものだな。
女官の制服を着て王宮をうろついていただけで、
処刑されてもおかしくないほどの重罪だ」
「そんな!」
「しかも、高位貴族である俺に関わろうとしていた。
命を狙っていたとみなされる行為だ」
「そんなことしてません。
私はただ、ニネットが浮気しているのを知らせようと!」
「ニネットは馬車にいたよ。
護衛騎士に守られて、何の問題もなく」
「そんなわけありませんわ!絶対にあの部屋にいたはずです!」
「どうしてわかる?」
「だって、間違いなくあの部屋に連れて行ったって……あ」
公爵家の控室からあの部屋に連れて行き、
閉じ込めてオスーフ侯爵家のカルロを部屋に入らせる。
カルロがニナを襲い、ちょうどいい頃に俺を部屋に案内する。
浮気現場を見た俺が激高して婚約解消すればよし、
しなくても大騒ぎすることでニナが傷つければそれでもいい。
そういう計画だったらしいが、
結果はニナが姿を消していたことで何もおこらなかった。
この女の最初の案では犯罪者の男たちに襲わせ、
ニナを本当に汚すつもりだったことも聞いた。
それをカミーユがあんまりだと止めたからいいものの、
そうしたいと思うほどニナを憎んでいる。
「ニネットを襲わせようとしていたそうだな。
カミーユ王子から計画は聞いた。
犯罪者たちに襲わせるつもりだったと」
「……ええ、そうよ。
私とカミーユがこんなつらい目にあっているのに、
ニネットだけが幸せになるなんて許せないもの!」
俺がすべてを知っているとわかったからか、
もう隠すこともなくニナへの恨み言を言い始めた。
ニナさえいなければ、それが理由のすべてなのだろうけど。
「ニネットが愛人の子だというのが違ってもか?」
「愛人の子だとかはもう関係ないわ。
平民の血がまざっているのは変わらないのでしょう?
そんなニネットが私よりも幸せになるなんてありえない」
まだニナは侯爵の娘だと思っているのか。
本当は叔父上、ジラール公爵家の血を引いているのだが、
ここでそれを言うことはできない。
「ニネットは侯爵の子ではない。
精霊教会がニネットをさらってきて、
陛下が侯爵に養女にして育てるように命じたんだ」
「は?……なによ、それ」
「侯爵が愛人の子だと嘘を言ったのは、
お前が夫人の愛人の子だと知っていたからだろう。
当てつけというやつだな」
「……そんなの私には関係ないじゃない!悪いのは私じゃないわ!」
「ニネットは愛人の子だからと虐げたのにか?」
「ニネットが来なかったら、私は幸せなままだった!」
「それはどうだろうな?」
「え?」
ニネットが引き取られたことで運命は変わったのかもしれないが。
「遅かれ早かれ、夫人は離縁されていただろう。
あちこちで浮気していたらしい。金遣いも荒かった。
ニネットが引き取られなかったら、
もっと早くから金の使い道は問いただされていただろうし。
不貞の子だとわかっているお前に侯爵は優しくしない」
「……なんでよ。なんで!なんでなの!
不貞したお母様が悪いんじゃない!私は何も悪くないのに!」
「人を虐げたり、嘘をついたり、制服を盗んだり、
犯罪者たちにニネットを襲わせようとすることが悪くないと?」
「私は悪くない!」
考えることをやめたのか、何度もそう繰り返す元侯爵令嬢に、
これはもう無理だとあきらめる。
黙って部屋から出た後、騎士に聞かれる。
「処罰はどうしますか?」
「さきほどの男と形式的に結婚させて、既婚者として砦に送って。
自分を貴族だと思い込んでいるおかしな女だと説明して、下働きさせるように」
「砦はどちらの?」
「男とは違う砦に。移送する時も別々の時間にして。
処罰後も二人は絶対に会わせないように」
「わかりました」
元侯爵令嬢のニナへの恨みが消えることはないだろう。
できるだけニナとは関わらせないようにしたい。
カミーユ王子と元侯爵令嬢には監視をつけさせ、
ただの平民として別々の砦に送る。
甘い処罰だとは思うが、このまま王都にいさせたら、
どちらも王太子に殺されることになるだろう。
そんなことをニナは望んでいないと思う。
それに、元侯爵令嬢にとっては、平民の下で使われる立場になることが、
なによりの屈辱になるに違いない。
砦は男も女も極限の状態で暮らしている。
そんな場で素直に従わない下働きがいたらどうなるか。
虐げられる立場になっても、おそらく反省などしないだろうが。
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