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38.牢にいる王子(ルシアン)
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心配そうな顔をしたニナは、ニナの母上に任せて、
一人で王宮へと向かった。
一応は陛下に伺いをたてたが、好きにしていいとのことだった。
もう第三王子はいなかったことにでもしたいのか。
元侯爵令嬢のほうも籍はぬけて平民になっている。
それが消えたところで問題はないんだろう。
二人を牢にいれろと命じた時は、
数日したら処罰を与えるつもりだった。
それが、ニナの父が叔父上かもしれないとわかって、
頭から追い出されてしまったらしい。
ニナを王太子の側妃か愛妾にすると言われ、
顔には出さなかったが、これ以上なく落ち込んでいた。
ニナとこのまま結婚することはできないと。
それが、あきらめなくてもいいかもしれない希望が見えた。
こんなに感情の起伏が激しかったのは初めてだ。
そして、ニナのことを失いたくないのだと気づいた。
あきらめたくない。あがきたい。
ニナといる時間だけが幸せだと思える。
この国に生まれ、すべてに絶望してきた俺が、
ようやく見つけた光なんだ。
ガタンと振動がして、馬車が止まる。
王宮の牢に向かうと、騎士がすぐに扉を開けてくれた。
「二人はどこに?」
「別々の牢に離して入れてあります。
午前中にどちらも水浴びさせておきました」
「水浴び?」
「一か月ほど牢に入れっぱなしでしたので、
あのままでは……臭いで話どころではないかと」
「ああ、そういうことか」
王子と貴族令嬢だった者たちが一か月も湯あみできずに放置されて、
とても耐えきれなかっただろうな。
「では、まず男の方から案内してくれ」
「はい」
カミーユ王子は独房に入れられていた。
一見、普通の部屋のようだが、中にはいると鉄格子がある。
小さなベッドを椅子代わりに座り、ぼんやりしている。
水浴びさせたらしいが部屋の中が臭い。
騎士には中に入らなくていいと断って一人で入る。
俺が入ってきたのを見て、カミーユ王子は飛び上がった。
「ルシアン!」
「思ったよりかは元気そうだな」
「頼む!お前から言ってくれ!誰も相手にしてくれないんだ。
俺が第三王子だって、騎士に説明してくれ!」
「……ああ、そうか。不審者のままなのか」
捕まえた時、カミーユ王子は騎士の格好をしていた。
身分を偽っていた罪で牢に入れられたのだが、
誰もカミーユ王子が王子だと証明できない。
だから、ずっと独房に入れられたまま。
「父上か義母上、兄上たちに報告してくれ。
すぐにここから出すように命じて」
「陛下は知っているぞ」
「は?」
「だから、ここにカミーユ王子がいることは、
陛下も王妃も王子たちも知っている。
その上で、放置されているんだ」
「なぜだ!?」
「見捨てられたんだろう?
今までさんざん王子らしくないことをしてきて、
卒業後は平民にするとまで言われてたのに。
まさか騎士だと身分を偽るとはな」
どれだけ王族らしからぬことをしてきたのか、
カミーユ王子は理解できていないようだ。
王太子たちと同じように教育されてきたはずなのに、
どうして理解できないんだろう。
「身分を偽るって、ちょっと制服を借りただけじゃないか」
「借りたって、誰から?」
「……ちょっとの間だけ借りようと」
「盗んだんだな」
身分を偽っただけじゃなく、制服を盗んでいたとは。
「たとえば、他国の王宮に行って、
そこの騎士の制服を盗んで着てうろついていたところを捕まったら、
理由を問わず処刑されてもおかしくないほどのことだと理解できるか?」
「そんな大げさな!俺はこの国の王子だぞ?」
「王子だとは誰も証明してくれない。今はただの不審な平民だ。
処罰を決める俺が来なかったから、放置されていただけだ」
「……だからって、そんな脅かさないでくれても」
「脅してない。
今からでも俺が処刑だと判断すれば、処刑になるな」
「嘘だろう……」
ようやく自分の置かれた状況がわかってきたのか、
カミーユ王子は青ざめて座り込む。
「ニネットに何をするつもりだった。
正直に答えろ。嘘をついた時点で処刑にする」
「……ちょっと浮気させるつもりだったんだ」
「具体的には?」
「オスーフ侯爵家のカルロなら女好きだから、
ニネットといちゃついてくれと言えば喜んで応じてくれた。
最後までさせるつもりはなかった。
だから、すぐにルシアンを案内したんだ」
「どうしてそんなことしたんだ」
「俺とオデットが平民に落ちるのに、
元平民のニネットが公爵夫人になるのは許せなかった。
だから、浮気していたところを見せれば、
女嫌いのルシアンなら婚約解消するんじゃないかって」
たしかにニナ以外の令嬢と婚約していて、
その令嬢が浮気している場面を見たとしたら、迷わず婚約解消するだろう。
結婚前からそんなことをするような令嬢と結婚する意味がない。
だが、ニナがそんなことをするとは思わない。
カミーユは長年婚約していたのに、何もわかっていない。
「ニネットが浮気するような令嬢だと思っているのか?」
「……俺はニネットのことはよくわからない。
この作戦を言い出したのは、オデットだ。
オデットは犯罪者たちを雇ってニネットを襲わせるつもりだった。
だけど、俺はそこまでしなくてもと思ったから、
女好きのカルロに頼んだんだ。
ニネットが拒否したのなら、カルロはそれ以上はしない」
「そういうことか」
道理で中途半端なことをすると思った。
ニネットを汚そうとするなら、もっと他のやり方があっただろうと。
元侯爵令嬢はそこまでニネットを恨んでいるのか。
「……オデットはどうしてもニネットを許せなかったんだ。
愛人の子だと思って虐げていたのに、愛人の子は自分もそうだった。
本当ならニネットに申し訳ないと思うのかもしれないけど、
オデットはニネットさえいなかったらと思ってしまった。
ニネットが養女にならなければ幸せだったのと」
「……それは、ニネットにとってもそうだ」
「え?」
「ニネットは精霊教会がさらってきた子どもだ。
母親と一緒にいたのを引き離して、母親は人質にとって」
「母親を人質に?侯爵の愛人じゃないのか?」
「まったく関係のない他国の人間だ」
「どういうことだ?」
今さらかもしれないが、カミーユ王子はまだ引き返せると思った。
恨むべきはニナではないと言えば、後悔するんじゃないかと。
「ニネットは精霊の力を貴族以上に使える可能性があると、
精霊教会の者が判断してさらってきた。
ニネットは仕方なく侯爵家の養女になった。
逆らえば母親がひどい目にあうからと」
「そんなこと父上が認めるわけ」
「侯爵家の養女にしたのも、カミーユ王子の婚約者にしたのも、
陛下が決めたことだ。
母親が人質になっていることも当然知っている」
「……嘘だろう」
「ニネットは何の罪もないのにこの国で捕まり、
なりたくもない貴族の養女になって、
そこの夫人と令嬢に虐げられていた。
ついでに婚約者になった王子にも蔑ろにされた。
そんな女の子を襲おうとして、それでも元侯爵令嬢の気持ちをわかれと?」
「……いや、悪いのはニネットじゃないな」
小さい声だったが、迷いはなかった。
ニナがただ巻き込まれただけの被害者だと認識したようだ。
「これ以上、ニネットに近づくな」
「わかった……悪かったと伝えてくれ」
元は正義感が強いだけの王子だった。
自分の行動が間違っているとわかっていたんだろう。
「そういえば、これからも元侯爵令嬢と一緒にいるつもりか?」
「結婚は王命なんだろう?」
「結婚は形だけでもかまわない。
どうせ子どもができないように処置されているだろう。
貴族の血を平民に流すわけがない。
離れたいというのなら、別々の場所にやる」
「俺は……もうオデットをかわいそうだとは思えない」
「そうか。では、もういい。自分のことだけを考えろ」
黙り込んでしまったカミーユ王子はそのままに牢を出た。
騎士に処罰を聞かれたから、辺境の砦に送るように命じる。
「あれは平民だが貴族の血をひいている。剣技も強い。
それなりに役に立つだろう。
下っ端から鍛え上げるように伝えてくれ」
「わかりました」
ニナに近づかないとは言ったものの、
カミーユ王子は人に影響されやすい。
元侯爵令嬢とは二度と会えないように離しておいたほうがいい。
一人で王宮へと向かった。
一応は陛下に伺いをたてたが、好きにしていいとのことだった。
もう第三王子はいなかったことにでもしたいのか。
元侯爵令嬢のほうも籍はぬけて平民になっている。
それが消えたところで問題はないんだろう。
二人を牢にいれろと命じた時は、
数日したら処罰を与えるつもりだった。
それが、ニナの父が叔父上かもしれないとわかって、
頭から追い出されてしまったらしい。
ニナを王太子の側妃か愛妾にすると言われ、
顔には出さなかったが、これ以上なく落ち込んでいた。
ニナとこのまま結婚することはできないと。
それが、あきらめなくてもいいかもしれない希望が見えた。
こんなに感情の起伏が激しかったのは初めてだ。
そして、ニナのことを失いたくないのだと気づいた。
あきらめたくない。あがきたい。
ニナといる時間だけが幸せだと思える。
この国に生まれ、すべてに絶望してきた俺が、
ようやく見つけた光なんだ。
ガタンと振動がして、馬車が止まる。
王宮の牢に向かうと、騎士がすぐに扉を開けてくれた。
「二人はどこに?」
「別々の牢に離して入れてあります。
午前中にどちらも水浴びさせておきました」
「水浴び?」
「一か月ほど牢に入れっぱなしでしたので、
あのままでは……臭いで話どころではないかと」
「ああ、そういうことか」
王子と貴族令嬢だった者たちが一か月も湯あみできずに放置されて、
とても耐えきれなかっただろうな。
「では、まず男の方から案内してくれ」
「はい」
カミーユ王子は独房に入れられていた。
一見、普通の部屋のようだが、中にはいると鉄格子がある。
小さなベッドを椅子代わりに座り、ぼんやりしている。
水浴びさせたらしいが部屋の中が臭い。
騎士には中に入らなくていいと断って一人で入る。
俺が入ってきたのを見て、カミーユ王子は飛び上がった。
「ルシアン!」
「思ったよりかは元気そうだな」
「頼む!お前から言ってくれ!誰も相手にしてくれないんだ。
俺が第三王子だって、騎士に説明してくれ!」
「……ああ、そうか。不審者のままなのか」
捕まえた時、カミーユ王子は騎士の格好をしていた。
身分を偽っていた罪で牢に入れられたのだが、
誰もカミーユ王子が王子だと証明できない。
だから、ずっと独房に入れられたまま。
「父上か義母上、兄上たちに報告してくれ。
すぐにここから出すように命じて」
「陛下は知っているぞ」
「は?」
「だから、ここにカミーユ王子がいることは、
陛下も王妃も王子たちも知っている。
その上で、放置されているんだ」
「なぜだ!?」
「見捨てられたんだろう?
今までさんざん王子らしくないことをしてきて、
卒業後は平民にするとまで言われてたのに。
まさか騎士だと身分を偽るとはな」
どれだけ王族らしからぬことをしてきたのか、
カミーユ王子は理解できていないようだ。
王太子たちと同じように教育されてきたはずなのに、
どうして理解できないんだろう。
「身分を偽るって、ちょっと制服を借りただけじゃないか」
「借りたって、誰から?」
「……ちょっとの間だけ借りようと」
「盗んだんだな」
身分を偽っただけじゃなく、制服を盗んでいたとは。
「たとえば、他国の王宮に行って、
そこの騎士の制服を盗んで着てうろついていたところを捕まったら、
理由を問わず処刑されてもおかしくないほどのことだと理解できるか?」
「そんな大げさな!俺はこの国の王子だぞ?」
「王子だとは誰も証明してくれない。今はただの不審な平民だ。
処罰を決める俺が来なかったから、放置されていただけだ」
「……だからって、そんな脅かさないでくれても」
「脅してない。
今からでも俺が処刑だと判断すれば、処刑になるな」
「嘘だろう……」
ようやく自分の置かれた状況がわかってきたのか、
カミーユ王子は青ざめて座り込む。
「ニネットに何をするつもりだった。
正直に答えろ。嘘をついた時点で処刑にする」
「……ちょっと浮気させるつもりだったんだ」
「具体的には?」
「オスーフ侯爵家のカルロなら女好きだから、
ニネットといちゃついてくれと言えば喜んで応じてくれた。
最後までさせるつもりはなかった。
だから、すぐにルシアンを案内したんだ」
「どうしてそんなことしたんだ」
「俺とオデットが平民に落ちるのに、
元平民のニネットが公爵夫人になるのは許せなかった。
だから、浮気していたところを見せれば、
女嫌いのルシアンなら婚約解消するんじゃないかって」
たしかにニナ以外の令嬢と婚約していて、
その令嬢が浮気している場面を見たとしたら、迷わず婚約解消するだろう。
結婚前からそんなことをするような令嬢と結婚する意味がない。
だが、ニナがそんなことをするとは思わない。
カミーユは長年婚約していたのに、何もわかっていない。
「ニネットが浮気するような令嬢だと思っているのか?」
「……俺はニネットのことはよくわからない。
この作戦を言い出したのは、オデットだ。
オデットは犯罪者たちを雇ってニネットを襲わせるつもりだった。
だけど、俺はそこまでしなくてもと思ったから、
女好きのカルロに頼んだんだ。
ニネットが拒否したのなら、カルロはそれ以上はしない」
「そういうことか」
道理で中途半端なことをすると思った。
ニネットを汚そうとするなら、もっと他のやり方があっただろうと。
元侯爵令嬢はそこまでニネットを恨んでいるのか。
「……オデットはどうしてもニネットを許せなかったんだ。
愛人の子だと思って虐げていたのに、愛人の子は自分もそうだった。
本当ならニネットに申し訳ないと思うのかもしれないけど、
オデットはニネットさえいなかったらと思ってしまった。
ニネットが養女にならなければ幸せだったのと」
「……それは、ニネットにとってもそうだ」
「え?」
「ニネットは精霊教会がさらってきた子どもだ。
母親と一緒にいたのを引き離して、母親は人質にとって」
「母親を人質に?侯爵の愛人じゃないのか?」
「まったく関係のない他国の人間だ」
「どういうことだ?」
今さらかもしれないが、カミーユ王子はまだ引き返せると思った。
恨むべきはニナではないと言えば、後悔するんじゃないかと。
「ニネットは精霊の力を貴族以上に使える可能性があると、
精霊教会の者が判断してさらってきた。
ニネットは仕方なく侯爵家の養女になった。
逆らえば母親がひどい目にあうからと」
「そんなこと父上が認めるわけ」
「侯爵家の養女にしたのも、カミーユ王子の婚約者にしたのも、
陛下が決めたことだ。
母親が人質になっていることも当然知っている」
「……嘘だろう」
「ニネットは何の罪もないのにこの国で捕まり、
なりたくもない貴族の養女になって、
そこの夫人と令嬢に虐げられていた。
ついでに婚約者になった王子にも蔑ろにされた。
そんな女の子を襲おうとして、それでも元侯爵令嬢の気持ちをわかれと?」
「……いや、悪いのはニネットじゃないな」
小さい声だったが、迷いはなかった。
ニナがただ巻き込まれただけの被害者だと認識したようだ。
「これ以上、ニネットに近づくな」
「わかった……悪かったと伝えてくれ」
元は正義感が強いだけの王子だった。
自分の行動が間違っているとわかっていたんだろう。
「そういえば、これからも元侯爵令嬢と一緒にいるつもりか?」
「結婚は王命なんだろう?」
「結婚は形だけでもかまわない。
どうせ子どもができないように処置されているだろう。
貴族の血を平民に流すわけがない。
離れたいというのなら、別々の場所にやる」
「俺は……もうオデットをかわいそうだとは思えない」
「そうか。では、もういい。自分のことだけを考えろ」
黙り込んでしまったカミーユ王子はそのままに牢を出た。
騎士に処罰を聞かれたから、辺境の砦に送るように命じる。
「あれは平民だが貴族の血をひいている。剣技も強い。
それなりに役に立つだろう。
下っ端から鍛え上げるように伝えてくれ」
「わかりました」
ニナに近づかないとは言ったものの、
カミーユ王子は人に影響されやすい。
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