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37.迷う気持ち

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その次の日から、朝食の後と夕食の前に母様と散歩するのが日課となった。
ずっと閉じ込められていた母様は身体の筋肉が衰えていて、
少しずつ体力を取り戻さなくてはいけなかったからだ。

最初の日は池に近づいただけで戻ってきた。
一週間たつと池を一周して戻るようになって、
二週間が過ぎた頃には庭をぐるりと散策できるようになった。

「ノエルが戻ってくるまでには動けるようにならないとね。
 もう、すっかり身体がなまってしまって大変だわ。
 また旅をするには体力をつけなきゃ」

母様のその言葉にびくりとする。
また旅をするには。
母様は父様が来たら、他国に行くつもりでいるんだ。
そういえば、私を預けるつもりだったって言ってた。

「母様は私を置いていくの?」

「そうじゃないわ。ニナが行きたいなら一緒に行けばいい。
 それを決めるのはニナよ。
 あの時はニナが五歳だったから、私ひとりじゃ守り切るのが難しかった。
 でも、今ならニナは自分自身を守れるでしょう?」

「……うん。精霊の力を借りれば守るくらいならできると思う」

「だから、無理にノエルに預ける必要はなくなったの。
 まぁ、ここまで来たなら、ノエルに会わせようと思うけど」

会わせようと。
……父様は私のことを知らないんだよね。

「母様は父様のこと恨んでないの?」

「……わからないわ。
 戻ってくると言ったのに、戻ってこなかった。
 だけど、もしかしたらあの後で戻ってきたのかもしれない」

「え?」

「遅くとも二か月で戻ってくるって言ってたの。
 それなのに四か月も戻ってこなかった。
 あれ以上待っていたら、お腹が目立ってきてしまうし、
 旅に出ることもできなくなってしまう。
 ぎりぎりまで待って、あきらめて旅に出たの」

「そっか……」

お腹の中に私がいることに気がついたから、
父様のことをずっと待っているわけにはいかなかったんだ。
本当は待ちたかったのかな……。

「さっきも言ったけど、ニナがどうするのかは、ニナが決めていいのよ」

「本当に私が決めていいの?」

「そうよ。自分のことでしょう?もうすぐ十八になるのよ。
 いつまでも母様のそばにいなくてもいいの。
 自分の居場所は自分で選んでいいのよ」

「……うん」

選ぶ……ルシアン様も同じことを言ってた。
私が決めていいって。
だけど、いいのかな。

「ずっと悩んでいるのはどうして?」

「……私が決めたことで、周りを巻き込んでしまうから」

「巻き込む?ここに残りたいのね?」

「まだ決めてない……ここに私が残るためには、
 父様が公爵家に戻らないといけなくなるの。
 私だけじゃない。父様の人生まで変えてしまわないといけない」

「あら、それを決めるのは父様だわ」

「え?」

「まずは、ニナがしたいことを父様にお願いする。
 それを叶えるかどうかは父様が決めること。
 ニナの責任じゃないわよ?」

「でも、私のせいなのに?」

母様にルシアン様から聞いたことを説明する。
ルシアン様から求婚されたことと、ジラール公爵家の誓約のことも。

「それなら、なおさらニナは自分の気持ちを言わないと。
 周りがニナの願いを叶えたいと思っても、知らなければ何もできないわ」

「……言っていいの?」

「そばにいたいから悩んでいるんじゃないの?」

「そばにいたいというよりも……
 ルシアン様を一人で置いていくのが嫌だって思って。
 私は逃げられるけれど、ルシアン様は逃げられない。
 ずっとルシアン様がここに囚われているってわかってて、
 私だけ幸せになれる気がしないの……」

「そうよね」

母様が囚われていた時と似ている。
何をしていても、母様が苦しんでいるかもしれない思うと、
幸せになっちゃいけないって気がしてた。

ルシアン様と離れて、母様と他国に逃げたとして。
私は後悔しないでいられるだろうか。

「まずは、父様に会ったら、その気持ちを話してみたら?」

「うん……そうだね、父様が嫌だって言ったら終わる話だし」

「ふふふ。嫌だなんて言わせないけど」

「母様?」

「少なくとも、父親としての責任は果たしてもらわないとね」

「えええ?」

私の存在を知らないのに、責任って。
だけど、母様が本気で言っているんじゃないってわかった。
指先が少し震えている。
母様は父様に会うのが怖いのかもしれない。
それに気がついて、父様の話は終わりにした。


母様を部屋まで送ってから執務室に入ると、
ルシアン様が複雑そうな顔をして手紙を読んでいた。

「何かあったんですか?」

「……学園からだ。カミーユ王子とオデットが退学したそうだ。
 だから、学園に通っても大丈夫だと連絡が来たんだが……」

「二人が退学?」

「……牢に入れろと指示したまま忘れてた。
 もう一か月たってるな」

「私も忘れてました……」

そういえば、夜会の時に襲われそうになって、
ルシアン様が二人を牢に入れたって言ってた。
もしかして、あのまま牢に入ってる?

「明日にでも王宮に行って確認してくる。
 何か処罰に関して希望はあるか?」

「うーん。特にないです。
 もう家族だから仲良くしようとは言ってこないですよね?」

「さすがに血がつながってないのは理解したと思うが」

「じゃあ、あとは関わらなければいいです」

「わかった」

未遂だったし、私は同室すらしていなかったことになってる。
それよりも王宮内で身分を偽ったことの方が重罪だろう。
ルシアン様と王家で話し合いでもして決めるのかな。





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