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26.ルシアン様のお父様
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婚約式の三日前、執務室でルシアン様と本を読んでいたら、
知らない男性が入ってきた。
「ただいま、ルシアン」
「あぁ、父上。おかえりなさい」
「え?ルシアン様のお父様?」
目の前まできた男性はにこやかに笑っている。
金髪を後ろで一つに結び、眼鏡の奥には優しそうな青い目。
「ルシアンの父、ロベールだ。よろしくね?」
「父上、ニナだ」
ルシアン様のお父様にまでニナと名乗って良いのかと迷ったけれど、
にこにこと笑ってくれているから大丈夫そう。
「ニナと申します」
「ああ、貴族名が違うのは聞いている。
本宅にいる間は気にしなくていい。
私の母上もそうだったからね」
「あ、精霊の愛し子だったっていう…」
「そう。元は男爵家の令嬢だったから、王女になる時に名を変えられたそうだ。
それも母上は不満に思っていたらしい。
ニナもそうだろう。ここにいる間はニナでいてほしい」
「ありがとうございます」
ニナでいていい、じゃなくて、ニナでいてほしいという気持ちがうれしい。
「最初に婚約すると聞いた時はルシアンも俺と同じように、
王家から婚約を強要されたのかと思ったんだが。
そうではなくてほっとしたよ。
あの陛下がよくニナを手放したな」
「俺とニナを婚約させるつもりはなかったようだよ」
「ほう?」
「俺を婚約者選びの顔合わせに呼んだのは、
それを理由に俺が婚約する意思があるとみなして、
本命の誰かを押しつけるつもりだったんだと思う」
「ニナは誰と婚約させるつもりだったと思うんだ?」
「おそらく第二王子のランゲルだ。だが、ニナが俺を選んでくれた。
俺としても婚約するのがニナなら喜んで受け入れる」
そう言って私を見て笑うルシアン様に恥ずかしくなる。
お父様の前だから仲良く見せたいのかもしれないけど、
婚約者として扱われるのは落ち着かない。
「そうか、本当にいい縁だったな。心配することはなかったか」
「心配することはないよ」
「それならよかったんだが、
それにしても、表屋敷の方は騒がしいようだね」
「ああ。あの二人がうるさくて。
門を通さないように厳命しているけど、
父上がいるとわかればお騒ぎするかもしれないな。
レジーヌの方が特に」
「あのお嬢さんには困ったものだ。
私の娘ではないと言ってもまったく聞いてくれない。
そうか……婚約式に出席していたと噂になれば、騒がれるな。
せっかくニナがいるんだし少しは長居したかったんだが、
婚約式が終わったらすぐに領地に戻ることにしよう」
あの二人というのは、きっと元公爵夫人とその娘。
ルシアン様のところに押しかけて来たというのは聞いた。
話が通じないところはオデットに似ている。
ルシアン様が家族だから大事にしろと言わないのは、
自分が家族のことで苦労しているからに違いない。
女性嫌いと言われていたのも、その二人のせいかもしれない。
公爵様とルシアン様が元公爵夫人と妹レジーヌ様のことを話してくれる。
離縁して夫人を追い出すまで、かなり大変だったらしい。
公爵様は精霊の愛し子ではないものの、
生まれてすぐに精霊から祝福を受けているそうだ。
そのため問題なく本宅に入れる。
元公爵夫人には本宅の存在すら教えてなかったそう。
「表向き、結婚するまでは問題ない令嬢だったんだ。
というか、ルシアンを産むまではおとなしかった。
嫡男を産んで、もう大丈夫と思ったんだろう。
私がいない間に遊び歩くようになっていった」
「ルシアン様がいるのにですか?」
「ルシアンは乳母にまかせっきり。
あいつが面倒を見たことなんて一度もない。
屋敷に帰ってきても、顔を見ることもしなかった」
それは貴族らしい母親なのかもしれないけど、
そんなんじゃルシアン様が母親に懐かないのも当然。
見捨てられても自業自得じゃないかな。
「あまりにも遊び歩いているものだから、
さすがに先代公爵の父が怒ってね。
イヴェットの生家のマラブル侯爵に話をつけにいって、
何年もかかってようやく離縁したんだ」
「その時、ルシアン様は何歳だったんですか?」
「たしか四歳だったかな」
公爵様に聞いたのに答えたのはルシアン様だった。
「覚えているんですか?」
「ああ、覚えてるよ。
今まで見向きもしなかったくせに、
離縁が決まった時に抱きしめられたんだ。
ルシアンはお母様が必要でしょう?って。
香水臭くて逃げ出したけどね」
「……それは最悪ですね」
「だろう?今まで俺にさわったこともなかったくせに、
急に必要かって聞かれても、必要ないと言うよね。
その後、俺をさらおうとするから、
俺はあいつが侯爵家に戻るまで本宅に隠れていたよ」
さらうって。ルシアン様をさらってどうする気だったんだろう。
聞くのが怖かったから、黙っておいた。
「離縁して、マラブル侯爵家に戻したんだが、
マラブル家の当主、イヴェットの兄が追い出したんだ。
邪魔だから再婚しろとゴダイル伯爵家に。
当時は驚いたけど、しばらくして娘を産んだから、
意外とうまくいっているのかもしれないと思ったんだがなぁ」
「まさか公爵家の血を引いていると言い出すとは思わないよな。
本当にゴダイル伯爵の娘じゃないとか?」
「そうかもしれんが、実の父親が誰かはわからない。
ゴダイル伯爵は伯爵で、愛人を屋敷に連れ込んでいるとの噂だ」
「だから、居場所がなくて公爵家に来ようとしているのか……」
聞けば聞くほど、会わないほうが良さそう。
ルシアン様を産んだ人ではあるけど、少しもいいところがない。
「というわけで、私はこれからもあまり王都には来ない。
今回は婚約式に当主が出ないわけにもいかなかったから来たけど、
今後は公爵領のほうに遊びにおいで?待っているから」
「はい」
いつまで私がルシアン様の婚約者でいられるかはわからないけど、
母様と逃げるときは公爵領を通って他国に行こう。
バシュロ公爵家は隣国と接していて、自然豊かなところだという。
他国に逃げる前に公爵様にお礼を言いに行こう。
そのほうが少しでも長くルシアン様に関わっていられるかもしれない。
知らない男性が入ってきた。
「ただいま、ルシアン」
「あぁ、父上。おかえりなさい」
「え?ルシアン様のお父様?」
目の前まできた男性はにこやかに笑っている。
金髪を後ろで一つに結び、眼鏡の奥には優しそうな青い目。
「ルシアンの父、ロベールだ。よろしくね?」
「父上、ニナだ」
ルシアン様のお父様にまでニナと名乗って良いのかと迷ったけれど、
にこにこと笑ってくれているから大丈夫そう。
「ニナと申します」
「ああ、貴族名が違うのは聞いている。
本宅にいる間は気にしなくていい。
私の母上もそうだったからね」
「あ、精霊の愛し子だったっていう…」
「そう。元は男爵家の令嬢だったから、王女になる時に名を変えられたそうだ。
それも母上は不満に思っていたらしい。
ニナもそうだろう。ここにいる間はニナでいてほしい」
「ありがとうございます」
ニナでいていい、じゃなくて、ニナでいてほしいという気持ちがうれしい。
「最初に婚約すると聞いた時はルシアンも俺と同じように、
王家から婚約を強要されたのかと思ったんだが。
そうではなくてほっとしたよ。
あの陛下がよくニナを手放したな」
「俺とニナを婚約させるつもりはなかったようだよ」
「ほう?」
「俺を婚約者選びの顔合わせに呼んだのは、
それを理由に俺が婚約する意思があるとみなして、
本命の誰かを押しつけるつもりだったんだと思う」
「ニナは誰と婚約させるつもりだったと思うんだ?」
「おそらく第二王子のランゲルだ。だが、ニナが俺を選んでくれた。
俺としても婚約するのがニナなら喜んで受け入れる」
そう言って私を見て笑うルシアン様に恥ずかしくなる。
お父様の前だから仲良く見せたいのかもしれないけど、
婚約者として扱われるのは落ち着かない。
「そうか、本当にいい縁だったな。心配することはなかったか」
「心配することはないよ」
「それならよかったんだが、
それにしても、表屋敷の方は騒がしいようだね」
「ああ。あの二人がうるさくて。
門を通さないように厳命しているけど、
父上がいるとわかればお騒ぎするかもしれないな。
レジーヌの方が特に」
「あのお嬢さんには困ったものだ。
私の娘ではないと言ってもまったく聞いてくれない。
そうか……婚約式に出席していたと噂になれば、騒がれるな。
せっかくニナがいるんだし少しは長居したかったんだが、
婚約式が終わったらすぐに領地に戻ることにしよう」
あの二人というのは、きっと元公爵夫人とその娘。
ルシアン様のところに押しかけて来たというのは聞いた。
話が通じないところはオデットに似ている。
ルシアン様が家族だから大事にしろと言わないのは、
自分が家族のことで苦労しているからに違いない。
女性嫌いと言われていたのも、その二人のせいかもしれない。
公爵様とルシアン様が元公爵夫人と妹レジーヌ様のことを話してくれる。
離縁して夫人を追い出すまで、かなり大変だったらしい。
公爵様は精霊の愛し子ではないものの、
生まれてすぐに精霊から祝福を受けているそうだ。
そのため問題なく本宅に入れる。
元公爵夫人には本宅の存在すら教えてなかったそう。
「表向き、結婚するまでは問題ない令嬢だったんだ。
というか、ルシアンを産むまではおとなしかった。
嫡男を産んで、もう大丈夫と思ったんだろう。
私がいない間に遊び歩くようになっていった」
「ルシアン様がいるのにですか?」
「ルシアンは乳母にまかせっきり。
あいつが面倒を見たことなんて一度もない。
屋敷に帰ってきても、顔を見ることもしなかった」
それは貴族らしい母親なのかもしれないけど、
そんなんじゃルシアン様が母親に懐かないのも当然。
見捨てられても自業自得じゃないかな。
「あまりにも遊び歩いているものだから、
さすがに先代公爵の父が怒ってね。
イヴェットの生家のマラブル侯爵に話をつけにいって、
何年もかかってようやく離縁したんだ」
「その時、ルシアン様は何歳だったんですか?」
「たしか四歳だったかな」
公爵様に聞いたのに答えたのはルシアン様だった。
「覚えているんですか?」
「ああ、覚えてるよ。
今まで見向きもしなかったくせに、
離縁が決まった時に抱きしめられたんだ。
ルシアンはお母様が必要でしょう?って。
香水臭くて逃げ出したけどね」
「……それは最悪ですね」
「だろう?今まで俺にさわったこともなかったくせに、
急に必要かって聞かれても、必要ないと言うよね。
その後、俺をさらおうとするから、
俺はあいつが侯爵家に戻るまで本宅に隠れていたよ」
さらうって。ルシアン様をさらってどうする気だったんだろう。
聞くのが怖かったから、黙っておいた。
「離縁して、マラブル侯爵家に戻したんだが、
マラブル家の当主、イヴェットの兄が追い出したんだ。
邪魔だから再婚しろとゴダイル伯爵家に。
当時は驚いたけど、しばらくして娘を産んだから、
意外とうまくいっているのかもしれないと思ったんだがなぁ」
「まさか公爵家の血を引いていると言い出すとは思わないよな。
本当にゴダイル伯爵の娘じゃないとか?」
「そうかもしれんが、実の父親が誰かはわからない。
ゴダイル伯爵は伯爵で、愛人を屋敷に連れ込んでいるとの噂だ」
「だから、居場所がなくて公爵家に来ようとしているのか……」
聞けば聞くほど、会わないほうが良さそう。
ルシアン様を産んだ人ではあるけど、少しもいいところがない。
「というわけで、私はこれからもあまり王都には来ない。
今回は婚約式に当主が出ないわけにもいかなかったから来たけど、
今後は公爵領のほうに遊びにおいで?待っているから」
「はい」
いつまで私がルシアン様の婚約者でいられるかはわからないけど、
母様と逃げるときは公爵領を通って他国に行こう。
バシュロ公爵家は隣国と接していて、自然豊かなところだという。
他国に逃げる前に公爵様にお礼を言いに行こう。
そのほうが少しでも長くルシアン様に関わっていられるかもしれない。
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