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18.家族なんていらない(ルシアン)
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王宮から出るころには雨が降っていた。
馬車に乗って公爵家に戻ると、表屋敷が騒がしい。
出迎えに来た表屋敷の使用人頭デニスに声をかける。
「何があった?」
「申し訳ございません。ゴダイル伯爵夫人と令嬢がお見えです」
「……誰が中に入れたんだ」
「一か月前に入った私兵の新人です」
「はぁぁぁ」
俺が戻る前にデニスに叱られたのだろう。
デニスの後ろにはうなだれた様子の若い私兵が立っている。
「クビにしておけ」
「かしこまりました」
「だ、旦那様!どうしてですか!
息子の婚約者に会いたいって母親の気持ちは当たり前だと思うんです!
どうして頑なに会わないでおくんですか!」
「黙れ!旦那様に口答えするな!」
「でも、こんなことくらいでクビだなんて」
「連れていけ!」
まだ納得していない様子の男を他の私兵が引きずっていく。
誰も同情はしていない。
主人に許可なく客を入れるなんてありえないことだ。
ニネットを迎え入れたことで警備を強化しようと、
私兵の数を急いで増やし過ぎたのかもしれない。
やはりきちんと教育を終わらせたものだけにしよう。
頭を下げたままのデニスを横目に応接室へと向かう。
早くニネットのところに、本宅に戻りたいのにとため息がでる。
「どいつもこいつも。
血のつながりほど厄介なものはないというのに」
愚痴を言ったところでどうにもならないが、言いたくもなる。
家族だからとは言うが、それにどれほど意味があるというのだ。
応接室に入ると、同時に二人の声が上がる。
「遅かったわね、ルシアン」
「お兄様、おかえりなさい!」
ソファにゆったり座ってお茶を飲む二人に、相変わらずだなと思う。
四十半ばになるのに、胸元が大きく開いたドレス。
夫人ならまとめているはずの黒髪もおろしたまま。
その母親にそっくりな黒髪の妹レジーヌ。
「何をしに来たんだ」
「何をしにって、あなたの婚約者に会いに来たのよ」
「そうよ。お兄様にふさわしいのかどうか見極めるんだから」
予想通りの答えだった。
そういう理由だろうと思ってたから、会わないでおいたのに。
「俺の婚約はジラール公爵家の問題であって、
ゴダイル伯爵家のお前たちには関係がない。
口出しはしないでくれ」
「あら、母親に向かってそんなことを言うの?
いずれ一緒に住むことになるのだもの。
どんな令嬢なのか気になるに決まっているでしょう」
「そうよ!気に入らない令嬢だったら追い出すんだから」
「何度も言っているが、二人を引き取ることはしない」
公爵家から離縁されたのが不服な母は、
俺が当主になったら引き取れとずっと言っている。
断り続けているのに、あきらめる気配はない。
そのせいで、レジーヌまで公爵家に住む気でいる。
「早くゴダイル伯爵家に帰ってくれ」
「あら。産んだ母親にむかって薄情なのね」
「私だって、ここで生まれていたら公爵令嬢だったのに。
早く私たちを公爵家に迎え入れてよ」
「断る。
というか、レジーヌ、お前は公爵家の血は入っていないのに、
公爵家に引き取るわけないだろう」
レジーヌが生まれたのは、母イヴェットが公爵家を追い出された三年後だ。
当然、公爵家とは全く関係がないのに、
なぜかレジーヌは公爵家の血筋だと言い続けている。
「私のお父様はロベール父様だわ。
だって、私の青目はお父様に似たのよ!」
「目の色だけで判断するな」
「でも、ゴダイル伯爵は茶目だし、お母様だって茶目じゃないの。
青目になるのは王家か公爵家の血筋なのよね」
「ゴダイル伯爵夫人の生家は侯爵家だ。
青目が生まれてもおかしくない。
ジラール公爵家は関係ない」
離縁した後、父上はほとんど領地から出てこない。
会いもしないのに、娘が生まれるわけがない。
そもそも、父上が不貞なんてするはずがない。
その時にはもう母は再婚しているのだから。
「そんなのどうでもいいじゃない。
お兄様が私を公爵家の者だと認めたら済む話でしょう?」
「そうよ。あなたたちが兄妹なのは変わらないのだから。
ルシアンが当主になったら、家族みんなで暮らせばいいのよ」
開き直ってにっこり笑うゴダイル伯爵夫人に、
これ以上話し合っても無駄だと感じる。
「お前らがこの家で暮らすことなんてありえない。
さっさと出ていってくれ」
「この雨の中、出ていけというの?
濡れちゃうじゃないの。今日は泊めてもらうわよ」
「ふふふ。お泊りするの楽しみだわ」
「この屋敷には客室がない。使用人棟の部屋も埋まっている。
この応接室に泊まる気なのか?」
「そんなすぐにばれる嘘をついて」
「本当だ。公爵家はもう客を受け入れることはない。
だから、客室は一つ残らずつぶした。
ベッドどころか絨毯すらない空っぽの部屋しかないぞ」
「なんですって?」
応接室のドアを大きく開け放ち、二人に聞こえるように告げる。
「公爵代理の権限で命じる。
今すぐ退去しなければ、拘束して伯爵家まで送り届ける。
荷物のように馬にくくりつけて、だ」
「お兄様、ひどいわ!」
「何よ、もう!よく考えなさい!
あなたを産んだのは私なのよ!
もっと、母親を大事にしなさい!」
「……お前たち、客は帰るそうだ。
すぐに追い出せ」
「「「「はっ!!」」」」
廊下で待機していた私兵に命じると、応接室の中にぞろぞろと入ってくる。
さきほど一人クビにしたせいか、動きが早い。
私兵に囲まれて、さすがに居座るのは無理だと思ったのか、
ゴダイル伯爵夫人とレジーヌは帰っていった。
これだけはっきり言ったのだから、
公爵家に寄生するのをあきらめてほしいが、
おそらくゴダイル伯爵に見捨てられたんだと思う。
生家にも戻れず、公爵家に引き取ってもらうしかないと思って、
あんな風にしつこく来るのだろう。
一応、父上に手紙を書いておくか。
領地のほうに行かないとも限らない。
泣き落としは通用しないが、領地から追い出すのは手間だ。
できれば、王都にいるものだけで終わらせたい。
ゴダイル伯爵家の馬車が敷地内から出ていくのを見届け、
本宅の方へと戻る。
「戻ったよ、ニネットは?」
「執務室で本をお読みになっています」
「わかった」
執務室の中に入ると、ソファで本を読んでいるニネットが見える。
集中しているのか、俺が入ってきたことに気づいてない。
「ニネット、ただいま」
「あ、おかえりなさい!」
「ああ」
俺が戻ったことに気がついたニネットがくしゃりと顔をくずして笑った。
人形のように顔立ちが整ったニネットに感情が灯る。
今のところ、俺にだけこんな風に笑ってくれるのがうれしくて、
ニネットの頭をなでる。
「遅くなってごめんな。お腹すいただろう。
夕食にしようか?」
「はい!」
食事が終わったら、ニネットに話をしなければ。
謝罪した後も、ニネットは笑ってくれるだろうか。
馬車に乗って公爵家に戻ると、表屋敷が騒がしい。
出迎えに来た表屋敷の使用人頭デニスに声をかける。
「何があった?」
「申し訳ございません。ゴダイル伯爵夫人と令嬢がお見えです」
「……誰が中に入れたんだ」
「一か月前に入った私兵の新人です」
「はぁぁぁ」
俺が戻る前にデニスに叱られたのだろう。
デニスの後ろにはうなだれた様子の若い私兵が立っている。
「クビにしておけ」
「かしこまりました」
「だ、旦那様!どうしてですか!
息子の婚約者に会いたいって母親の気持ちは当たり前だと思うんです!
どうして頑なに会わないでおくんですか!」
「黙れ!旦那様に口答えするな!」
「でも、こんなことくらいでクビだなんて」
「連れていけ!」
まだ納得していない様子の男を他の私兵が引きずっていく。
誰も同情はしていない。
主人に許可なく客を入れるなんてありえないことだ。
ニネットを迎え入れたことで警備を強化しようと、
私兵の数を急いで増やし過ぎたのかもしれない。
やはりきちんと教育を終わらせたものだけにしよう。
頭を下げたままのデニスを横目に応接室へと向かう。
早くニネットのところに、本宅に戻りたいのにとため息がでる。
「どいつもこいつも。
血のつながりほど厄介なものはないというのに」
愚痴を言ったところでどうにもならないが、言いたくもなる。
家族だからとは言うが、それにどれほど意味があるというのだ。
応接室に入ると、同時に二人の声が上がる。
「遅かったわね、ルシアン」
「お兄様、おかえりなさい!」
ソファにゆったり座ってお茶を飲む二人に、相変わらずだなと思う。
四十半ばになるのに、胸元が大きく開いたドレス。
夫人ならまとめているはずの黒髪もおろしたまま。
その母親にそっくりな黒髪の妹レジーヌ。
「何をしに来たんだ」
「何をしにって、あなたの婚約者に会いに来たのよ」
「そうよ。お兄様にふさわしいのかどうか見極めるんだから」
予想通りの答えだった。
そういう理由だろうと思ってたから、会わないでおいたのに。
「俺の婚約はジラール公爵家の問題であって、
ゴダイル伯爵家のお前たちには関係がない。
口出しはしないでくれ」
「あら、母親に向かってそんなことを言うの?
いずれ一緒に住むことになるのだもの。
どんな令嬢なのか気になるに決まっているでしょう」
「そうよ!気に入らない令嬢だったら追い出すんだから」
「何度も言っているが、二人を引き取ることはしない」
公爵家から離縁されたのが不服な母は、
俺が当主になったら引き取れとずっと言っている。
断り続けているのに、あきらめる気配はない。
そのせいで、レジーヌまで公爵家に住む気でいる。
「早くゴダイル伯爵家に帰ってくれ」
「あら。産んだ母親にむかって薄情なのね」
「私だって、ここで生まれていたら公爵令嬢だったのに。
早く私たちを公爵家に迎え入れてよ」
「断る。
というか、レジーヌ、お前は公爵家の血は入っていないのに、
公爵家に引き取るわけないだろう」
レジーヌが生まれたのは、母イヴェットが公爵家を追い出された三年後だ。
当然、公爵家とは全く関係がないのに、
なぜかレジーヌは公爵家の血筋だと言い続けている。
「私のお父様はロベール父様だわ。
だって、私の青目はお父様に似たのよ!」
「目の色だけで判断するな」
「でも、ゴダイル伯爵は茶目だし、お母様だって茶目じゃないの。
青目になるのは王家か公爵家の血筋なのよね」
「ゴダイル伯爵夫人の生家は侯爵家だ。
青目が生まれてもおかしくない。
ジラール公爵家は関係ない」
離縁した後、父上はほとんど領地から出てこない。
会いもしないのに、娘が生まれるわけがない。
そもそも、父上が不貞なんてするはずがない。
その時にはもう母は再婚しているのだから。
「そんなのどうでもいいじゃない。
お兄様が私を公爵家の者だと認めたら済む話でしょう?」
「そうよ。あなたたちが兄妹なのは変わらないのだから。
ルシアンが当主になったら、家族みんなで暮らせばいいのよ」
開き直ってにっこり笑うゴダイル伯爵夫人に、
これ以上話し合っても無駄だと感じる。
「お前らがこの家で暮らすことなんてありえない。
さっさと出ていってくれ」
「この雨の中、出ていけというの?
濡れちゃうじゃないの。今日は泊めてもらうわよ」
「ふふふ。お泊りするの楽しみだわ」
「この屋敷には客室がない。使用人棟の部屋も埋まっている。
この応接室に泊まる気なのか?」
「そんなすぐにばれる嘘をついて」
「本当だ。公爵家はもう客を受け入れることはない。
だから、客室は一つ残らずつぶした。
ベッドどころか絨毯すらない空っぽの部屋しかないぞ」
「なんですって?」
応接室のドアを大きく開け放ち、二人に聞こえるように告げる。
「公爵代理の権限で命じる。
今すぐ退去しなければ、拘束して伯爵家まで送り届ける。
荷物のように馬にくくりつけて、だ」
「お兄様、ひどいわ!」
「何よ、もう!よく考えなさい!
あなたを産んだのは私なのよ!
もっと、母親を大事にしなさい!」
「……お前たち、客は帰るそうだ。
すぐに追い出せ」
「「「「はっ!!」」」」
廊下で待機していた私兵に命じると、応接室の中にぞろぞろと入ってくる。
さきほど一人クビにしたせいか、動きが早い。
私兵に囲まれて、さすがに居座るのは無理だと思ったのか、
ゴダイル伯爵夫人とレジーヌは帰っていった。
これだけはっきり言ったのだから、
公爵家に寄生するのをあきらめてほしいが、
おそらくゴダイル伯爵に見捨てられたんだと思う。
生家にも戻れず、公爵家に引き取ってもらうしかないと思って、
あんな風にしつこく来るのだろう。
一応、父上に手紙を書いておくか。
領地のほうに行かないとも限らない。
泣き落としは通用しないが、領地から追い出すのは手間だ。
できれば、王都にいるものだけで終わらせたい。
ゴダイル伯爵家の馬車が敷地内から出ていくのを見届け、
本宅の方へと戻る。
「戻ったよ、ニネットは?」
「執務室で本をお読みになっています」
「わかった」
執務室の中に入ると、ソファで本を読んでいるニネットが見える。
集中しているのか、俺が入ってきたことに気づいてない。
「ニネット、ただいま」
「あ、おかえりなさい!」
「ああ」
俺が戻ったことに気がついたニネットがくしゃりと顔をくずして笑った。
人形のように顔立ちが整ったニネットに感情が灯る。
今のところ、俺にだけこんな風に笑ってくれるのがうれしくて、
ニネットの頭をなでる。
「遅くなってごめんな。お腹すいただろう。
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