まいすいーとえんじぇる

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辺りは、驚くほどに静かで、人は誰も居ない。
私だけのように感じる。


「はっ……アンヘル……」


アンヘルの姿が見えない事に気が付いて、慌てて振り返る。


「…………っ!?
 きゃあああぁあぁあああ!?
 いやああぁっ!!?」

首のない、アンヘルの身体がごろりと転がっている。

首の切断部からはこの間見たのと同じような、薄紫の液体がとろとろと溢れだしている。

敗れた衣服から、肌が見える。

腹部からも、首と同じようにどろどろの液体と、
その液体よりはやや固形寄りの、ぶよぶよとしたゼリーのような物が零れている。

よく見たらそのゼリーは人間の腸のような形をしていて、もしかしたらあれが天使の内臓なのかもしれない。
更に目を凝らすと、ゼリーの中にはキラキラした飴玉のような砂糖のような何かが散りばめられている。
眼前に広がるメルヘンとグロテスクの融合に、ただ混乱する事しか出来なかった。
アンヘルの安否を確かめる事も出来ず、腰を抜かしている。


「り、こ、さ……」


「アンヘル……!?」


アンヘルの声が聞こえて、慌てて辺りを見渡した。


「ひいいぃっ!?」


「う……っ……」


田んぼの中にごろりとアンヘルの首が落ちている。
切断部からは、血の代わりに薄紫色のとろとろゼリー。
瞳からは涙の代わりに黄緑色のジュースが零れ落ちている。
なんだか甘く、食欲をそそる良い匂いもする。


「り、こさん……」

「ひっ……あ、な、なに? 大丈夫!?」

「だ、だいじょ、ぶ、れす……縫えば、治り、ましゅ」

「あ、えっと、あのリボンで縫うの?」

「そうすれば治るの? 首取れてるけど、ほんとに大丈夫?」

「ダイ、ジョブれす、けど、手が動かせないので、りこさ……が、縫って、くらさい」

「ひいっ!? まじか! 縫合とかできないけど……!」

「お裁縫、が、できれば、らいじょぶ、れす……」

「あ……裁縫ならできる……」

「おねがい、ひまひゅ……」







――…………
――……

「ふぅ……お騒がせしました」

「…………はぁ~~」

アンヘルの首や破れた腹を、普通の布みたいに縫ってやった。
リボンや針はアンヘルの白いワンピースのポケットに入っていて、それを使った。
アンヘルの指示に従いながら、ドキドキしながら縫いあげて、それから10分ほどで彼女はすっかり元通り。
何事もなかったかのように、ぴんぴんしている。


「全くアンタは……一体何考えてんのさ……
 無事なら良かったけど……」

「すみません。
 昔、先生から聞いた事があったんです。死の運命から逃れた人間の話を」

「なにそれ……?」

「遠い昔の話だそうです。
 ……天使の少女が、人間の男性に恋をしました」

「禁断の恋ってやつね」

「いえ、別に禁止されてはないです」

「あ、そうなんだ……」

「その男性は、莉子さんと同じく若くして事故で亡くなる予定でした。
 天使は、当然、その男性に死んでほしくなかった。
 だからこっそり、死の運命を彼に教えてしまいました。
 死の恐怖に勝てなかった彼は、ある方法を思いつきます」

「方法?」

「はい」

「他人を犠牲にする事です」

「!?」

「な、なにそれ……酷い……。
 っていうか怖い。人間って追いつめられるとそんな残酷になれちゃうワケ?」

「それは人によるでしょう」

「それで、上手く行ったの?
 本当にその人は、他人の犠牲で生き延びたの?」

「ええ、上手く行ったみたいですよ」

「そうなんだ……」

「ただ……」

「元々心優しかったその人は、酷く心を病み、自分の行いを悔み、結局自ら…………」

「そ、そんな……
 他人を犠牲にしておいて、そんなの勝手だよ……」

「そうですね……
 それで、私は考えました。
 莉子さんも同じ方法が通用するかもしれない、と」

「あ、アンタ、それで自分を……ッ!?」

「はい」

「莉子さんは、普段はゲスだけど、本当は優しい人だって分かっていたから……
 誰か他の人を犠牲にしても、喜ばないと思いました。
 その男性と同じように、気に病み、自ら命を捨ててしまう可能性もあると……だから、私が……」

「そんな、アンヘル……」

「天使なら、車くらい大丈夫ですから」

「でも、あんなにボロボロになってたじゃん……首まで取れて……
 痛かったでしょ……?」

「いいえ、そこまででもないです」

「嘘だよ……」

「へへ、まあそうですね。少しは…………」

「…………ッ、ごめんね……!!」


どうしようもなくなって、アンヘルを抱きしめた。
柔らかくて、良い匂いのする首筋に顔を埋めて温もりを感じる。
次第に涙が溢れ出て、止まらなくなって、彼女の胸を借りて思いっきり泣いた。
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