まいすいーとえんじぇる

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――6日目……

朝早く起きて、両親にバレないように家を出た。
アンヘルを連れて、始発電車に乗り込む。

「きゃっ……わわわわっ」

「おっと」

電車の揺れでバランスを崩しかけたアンヘルの身体を慌てて支える。

「座んな」

「莉子さんが座るなら座りますけど……はわわわっ」

「私は立ってるほうが好きなの」

「なら私も立ってるほうが好き、ですっ、……やっ」

「電車初めてなのに無理なさんなって」

「無理なんて……
 そ、それより莉子さん、何処へ行くんですか?」

「どこだろうね。
 適当な所で降りるつもり。
 …………海が見える所がいいな」







適当に降りた適当な駅は、なかなか私好みの場所だった。
人がほとんど居ない田舎町で、近くに綺麗な海がある。
全然知らない地名まで来てしまった為、カードに入れていた電子マネーがほとんど無くなってしまった。

「綺麗だね」

「そうですね。まだ寒くて泳げないのが残念ですね」

「アホ。それでいいの!
 夏の海なんかうるさいしゴミだらけで汚いし、何より人がうじゃうじゃ居て酔っちゃうよ。
 海は見て楽しむもんよ。それが通ってものだね」

「莉子さんは人が嫌いなんですね」

「うん。大嫌い。自分も含めてね」

「でも天使は好きだよ。アンヘルは優しいもん」

「莉子さん……。
 私だって心は、人間と何ら変わりませんよ。
 天使だってある程度の知性を持った生き物ですから。当然欲はあります」

「…………分かってるよ」

「別に天使は純粋で綺麗だとか言ってるわけじゃないよ。
 天使の中にだって悪い奴がいるかもしれないしね。
 私はただ、アンヘルの事が好きなの」

「そう考えると、やはり人が知恵の実を口にした事は罪だったのでしょうかね」

「はあ?」

「人間はお猿のまま、自然と共にあったほうが幸せだったのでしょうか」

「やっぱアンタ電波だね。
 …………そういう難しいことは私には分からんよ」

「すみません」

「莉子さんにも分かる様に話しましょう」

そう言って、アンヘルが砂浜に座り込んだ。
私もその隣に座って海を眺めながら、アンヘルの言葉に耳を傾ける。


「私は、莉子さんと一緒に居て楽しかった。ゲームをして遊んで、美味しいケーキを食べて、幸せだった」

「うん。私も楽しかったよ」

「それは良かった」

「莉子さんがお猿だったら、美味しいケーキは作って貰えない。
 それでも莉子さんは、産まれて来なければ良かったと思いますか?」

「どういう意味だよ。結局分からんて」

「……そういう小さな幸せは、生きる意味にはなりませんか?」

「……………………どうだろうね」

小さな幸せは一瞬だ。
その一瞬は幸せでも過ぎてしまえば、嫌な出来事に全てを掻き消されてしまうその場限りの現実逃避でしかない。
私には幸せに比べて、不幸が多すぎるんだ。


「でも……死にたくない理由にはなるかも。
 だからこそ厄介なんだけど」

私が自殺未遂を繰り返しつつも死ねなかった理由……
死ぬ勇気がでなかった理由……
本当は死にたいわけじゃない理由、それがアンヘルの言う「小さな幸せ」だ。
それが未練となり、足枷となり、今までずっと死ねなかった。
そんな生ぬるい空気の中で、まともに生きる事も出来なければ死ぬ事も出来ずに日々を過ごしてきた。
本当に、厄介だ。
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