ピエロと伯爵令嬢

白湯子

文字の大きさ
上 下
13 / 30

これは何?

しおりを挟む



噎せ返るほどの薔薇の香りが鼻腔を擽る。
いつもとは違う寝室の香りに刺激され、私は微睡みから醒めた。

ぼんやりとしたまなこで周りを見渡せば、自分の寝室の部屋ではないことに気付き目を見張る。
何故なら寝室の中には、驚くほどたくさんの赤い薔薇が飾られていたからだ。
微睡みの中で、噎せ返るほどの香りだと思っていたのは、このせいだったらしい。

少し頭を動かせば、頭から何かが落ちてきた。
見れば、一輪の薔薇である。
その薔薇を見て、一気に先程の記憶が蘇った。

「あぁ、あの男に拉致られたんだわ。」

その後疲れ果てて寝てしまったらしい。
自慢ではないが、私の体力はミジンコと同レベルか、それ以下だ。

肝心の男が居ないため、今の時間が確認できない。
窓の外を見れば、空には夕暮れの気配がわずかにうかがえた。

再び寝るわけにいかないので、ベッドから起き上がり、あたりをキョロキョロした。

やはり、そこには小さな窓とベッドと机ぐらいしか無く、机の上にささやかな小物があるぐらいだ。

その中の一つの小物に興味を惹かれた。
小さな木箱だ。
人のものを勝手に触ってしまうことに躊躇したが、やはり好奇心には勝てない。
私はそっと木箱を手のひらに乗せた。
思っていたよりも軽い。
一体何が入っているのだろうか。
人の気配が居ないことを確認する。

(……鍵をしないあの人が悪いのよ。)

そんな言い訳をしながら私は慎重に蓋を開けた。

(ん?)

中を見れば、古びた紙が数枚入っていた。

(これだけ?)

何だか拍子抜けしてしまった。
大切そうに仕舞っているものだから、てっきり素敵なモノがあると期待していたからだ。

ため息をつき、1枚手に取り裏を捲ってみる。

『下手くそ』

子供の文字でそう書かれていた。

私は首を傾げる。

(なに、これ?)

裏表をピラピラ見ても、やはりそこには『下手くそ』の文字しか見れなかった。

これはあの男が書いたものなのか、それとも誰かが男にあげたものなのか。
私がいくら考えたってその答えは分からない。

1枚見てしまえば、残りの紙も気になる。
心の中で男に謝罪しながら残りの紙を捲った。

『泣き虫』

『悪趣味』

『つまらない』

……何だろう、この罵倒の数々。
男は何故こんなものを大切に保管しているのだろう。
そういう性癖なのだろうか。
少々心配になる。

げんなりとした気持ちで最後の紙を捲る。

「は?」

私は驚き、思わずそれを二度見する。

『私はチェルシー・セシル』

子供の拙い字でそう書かれていた。
筆跡を見ればどれも同一人物のようだ。つまり、これは私が男に書いたということになる。

(……全く覚えがないわ。)

覚えがなくとも自分がやったことである。
男はどんな気持ちでこれを保管しているのだろう。
私に見せつけるためか。
心臓がバクバクと嫌な音を立てる。

(帰ってきたら謝りましょう。)

許してくれるだろうか。
男は優しいが、私は自分がしてしまったことに覚えがない。
それに、これを勝手に見てしまったのだ。
許してくれるのは難しそうだ。

1つため息をついた。

「ねぇー、ちょっといいかい?」

扉の外に人の気配を感じた。
あの人ではなく、女性の声だ。

(ど、どうしよう。)

ここにはあの男は居ない。
何て答えればいいだろう。
焦る私なんてお構いなしに扉は開く。
慌てて手に持っていた紙を木箱に仕舞い、どこに隠れようかと悩んだが、もう遅い。

女性と目が合った。



しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

ぽっちゃりな私は妹に婚約者を取られましたが、嫁ぎ先での溺愛がとまりません~冷酷な伯爵様とは誰のこと?~

柊木 ひなき
恋愛
「メリーナ、お前との婚約を破棄する!」夜会の最中に婚約者の第一王子から婚約破棄を告げられ、妹からは馬鹿にされ、貴族達の笑い者になった。 その時、思い出したのだ。(私の前世、美容部員だった!)この体型、ドレス、確かにやばい!  この世界の美の基準は、スリム体型が前提。まずはダイエットを……え、もう次の結婚? お相手は、超絶美形の伯爵様!? からの溺愛!? なんで!? ※シリアス展開もわりとあります。

不憫な侯爵令嬢は、王子様に溺愛される。

猫宮乾
恋愛
 再婚した父の元、継母に幽閉じみた生活を強いられていたマリーローズ(私)は、父が没した事を契機に、結婚して出ていくように迫られる。皆よりも遅く夜会デビューし、結婚相手を探していると、第一王子のフェンネル殿下が政略結婚の話を持ちかけてくる。他に行く場所もない上、自分の未来を切り開くべく、同意したマリーローズは、その後後宮入りし、正妃になるまでは婚約者として過ごす事に。その内に、フェンネルの優しさに触れ、溺愛され、幸せを見つけていく。※pixivにも掲載しております(あちらで完結済み)。

婚約破棄された検品令嬢ですが、冷酷辺境伯の子を身籠りました。 でも本当はお優しい方で毎日幸せです

青空あかな
恋愛
旧題:「荷物検査など誰でもできる」と婚約破棄された検品令嬢ですが、極悪非道な辺境伯の子を身籠りました。でも本当はお優しい方で毎日心が癒されています チェック男爵家長女のキュリティは、貴重な闇魔法の解呪師として王宮で荷物検査の仕事をしていた。 しかし、ある日突然婚約破棄されてしまう。 婚約者である伯爵家嫡男から、キュリティの義妹が好きになったと言われたのだ。 さらには、婚約者の権力によって検査係の仕事まで義妹に奪われる。 失意の中、キュリティは辺境へ向かうと、極悪非道と噂される辺境伯が魔法実験を行っていた。 目立たず通り過ぎようとしたが、魔法事故が起きて辺境伯の子を身ごもってしまう。 二人は形式上の夫婦となるが、辺境伯は存外優しい人でキュリティは温かい日々に心を癒されていく。 一方、義妹は仕事でミスばかり。 闇魔法を解呪することはおろか見破ることさえできない。 挙句の果てには、闇魔法に呪われた荷物を王宮内に入れてしまう――。 ※おかげさまでHOTランキング1位になりました! ありがとうございます! ※ノベマ!様で短編版を掲載中でございます。

一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!

当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。 しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。 彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。 このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。 しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。 好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。 ※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*) ※他のサイトにも重複投稿しています。

婚約者が他の女性に興味がある様なので旅に出たら彼が豹変しました

Karamimi
恋愛
9歳の時お互いの両親が仲良しという理由から、幼馴染で同じ年の侯爵令息、オスカーと婚約した伯爵令嬢のアメリア。容姿端麗、強くて優しいオスカーが大好きなアメリアは、この婚約を心から喜んだ。 順風満帆に見えた2人だったが、婚約から5年後、貴族学院に入学してから状況は少しずつ変化する。元々容姿端麗、騎士団でも一目置かれ勉学にも優れたオスカーを他の令嬢たちが放っておく訳もなく、毎日たくさんの令嬢に囲まれるオスカー。 特に最近は、侯爵令嬢のミアと一緒に居る事も多くなった。自分より身分が高く美しいミアと幸せそうに微笑むオスカーの姿を見たアメリアは、ある決意をする。 そんなアメリアに対し、オスカーは… とても残念なヒーローと、行動派だが周りに流されやすいヒロインのお話です。

記憶喪失の令嬢は無自覚のうちに周囲をタラシ込む。

ゆらゆらぎ
恋愛
王国の筆頭公爵家であるヴェルガム家の長女であるティアルーナは食事に混ぜられていた遅延性の毒に苦しめられ、生死を彷徨い…そして目覚めた時には何もかもをキレイさっぱり忘れていた。 毒によって記憶を失った令嬢が使用人や両親、婚約者や兄を無自覚のうちにタラシ込むお話です。

公爵様、契約通り、跡継ぎを身籠りました!-もう契約は満了ですわよ・・・ね?ちょっと待って、どうして契約が終わらないんでしょうかぁぁ?!-

猫まんじゅう
恋愛
 そう、没落寸前の実家を助けて頂く代わりに、跡継ぎを産む事を条件にした契約結婚だったのです。  無事跡継ぎを妊娠したフィリス。夫であるバルモント公爵との契約達成は出産までの約9か月となった。  筈だったのです······が? ◆◇◆  「この結婚は契約結婚だ。貴女の実家の財の工面はする。代わりに、貴女には私の跡継ぎを産んでもらおう」  拝啓、公爵様。財政に悩んでいた私の家を助ける代わりに、跡継ぎを産むという一時的な契約結婚でございましたよね・・・?ええ、跡継ぎは産みました。なぜ、まだ契約が完了しないんでしょうか?  「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくださいませええ!この契約!あと・・・、一体あと、何人子供を産めば契約が満了になるのですッ!!?」  溺愛と、悪阻(ツワリ)ルートは二人がお互いに想いを通じ合わせても終わらない? ◆◇◆ 安心保障のR15設定。 描写の直接的な表現はありませんが、”匂わせ”も気になる吐き悪阻体質の方はご注意ください。 ゆるゆる設定のコメディ要素あり。 つわりに付随する嘔吐表現などが多く含まれます。 ※妊娠に関する内容を含みます。 【2023/07/15/9:00〜07/17/15:00, HOTランキング1位ありがとうございます!】 こちらは小説家になろうでも完結掲載しております(詳細はあとがきにて、)

私は幼い頃に死んだと思われていた侯爵令嬢でした

さこの
恋愛
 幼い頃に誘拐されたマリアベル。保護してくれた男の人をお母さんと呼び、父でもあり兄でもあり家族として暮らしていた。  誘拐される以前の記憶は全くないが、ネックレスにマリアベルと名前が記されていた。  数年後にマリアベルの元に侯爵家の遣いがやってきて、自分は貴族の娘だと知る事になる。  お母さんと呼ぶ男の人と離れるのは嫌だが家に戻り家族と会う事になった。  片田舎で暮らしていたマリアベルは貴族の子女として学ぶ事になるが、不思議と読み書きは出来るし食事のマナーも悪くない。  お母さんと呼ばれていた男は何者だったのだろうか……? マリアベルは貴族社会に馴染めるのか……  っと言った感じのストーリーです。

処理中です...