162 / 212
第9章「愚者の記憶」
157話
しおりを挟むアルベルトside
湯浴み後。用意されていた白いバスローブを羽織り来客用の寝室へと戻ると、タオルを持った叔父が相変わらずの無表情で待ち構えていた。
「おかえりなさいませ。湯加減は如何でしたか?」
「丁度良かったよ。」
そう言いながら、僕は叔父の前に置いてある背もたれ付きの椅子に腰掛け、足を組む。すると叔父は「それなら良かったです。」とだけ言って、慣れた手つきで僕の髪を乾かし始めた。
タオル越しに叔父の指が程よく頭皮を指圧し、凝りを解す。その心地良さに僕は思わず目を閉じた。
叔父はこうして毎夜毎夜、文句の一つも言わずに僕の長い髪を乾かしてくれている。普段と変わらない日常の一コマなのだが、今日は何だか新鮮に感じた。ここが皇宮にある自室ではなく、遠く離れた公爵領だからだろうか。
「痒いところはありませんか?」
「あったら言ってる。」
「…そうですね。」
叔父の頭皮マッサージのおかげで、じんわりと温まってきた頭に、ふと面白い光景が過ぎった。
「…ふふ、」
「どうかされましたか?」
唐突に笑い出した僕に、叔父は不思議そうに声を掛けてくる。
「…いや…。ラルフが結婚したら、その相手にもこうやって尽くすのかなと思って。」
「…。」
「想像したら、つい。」
僕の10個上である叔父は、今年で32歳。いつ結婚してもおかしくはない歳なのだが、真面目過ぎる性格故か、叔父には今まで浮いた話がひとつもない。表情筋は死んでいるが、容姿の点でも才気の点でも他より抜きん出ているというのに。……まぁ、そんな叔父だからこそ、伴侶に傅く姿を想像するだけで面白いのだが。
好き勝手に想像し、くつくつ笑う僕の頭上に、叔父の呆れたような溜息が落とされた。
「…私がこうして尽くすのも尽くしたいと思うのも、貴方だけですよ。」
「……。」
「そんなことよりも、」
そこで言葉を区切った叔父は、僕の髪に花の香りのする香油を塗り始めた。
「先程の領主代理人の話、殿下はどう思われますか?」
「…あぁ。」
叔父に問われて、僕は代理人から言われた話を思い出す。
「…大方、何者かが聖女の名を騙っているだけじゃないかな。」
―――聖女とは、昔からの言い伝えで何百年かに1度、この地に現れるとされている神に愛された乙女だ。
神の愛を受けた髪は艶やかなストロベリーブロンド染まり、瞳はピンクダイヤモンドの如く煌めいている、らしい。
残念ながら、聖女に関する記述は殆ど残っておらず、その存在は神話、あるいは御伽噺に近いのだ。
そして、その聖女が代理人曰く、僕達の目的地である最南端の町に現れたというのだが……
「帝国の保護対象である聖女が、今の今まで僕らの元に知らせが入っていないこと自体、おかしな話だしね。」
謎多き聖女の力は未知数であり、信仰深いノルデンでは聖女が現れたら速やかに帝都で保護するという決まりがある。
今回の聖女が本物であった場合、決まり従って帝都に連れて帰る必要があるが……果たして。
「聖女を独占しようと町ぐるみで存在を隠している、という可能性は?」
「否定は出来ないけれど…」
今の時点で可能性を挙げてもキリがない。
頭の中で様々な憶測を巡らした僕は、軽く一息つく。
「まぁ、行けば全てが分かるはずだよ。」
「…そうですね。」
新たな謎を残しつつ、こうして公爵領の夜が更けていった。
20
お気に入りに追加
1,900
あなたにおすすめの小説
望まれない結婚〜相手は前妻を忘れられない初恋の人でした
結城芙由奈@12/27電子書籍配信中
恋愛
【忘れるな、憎い君と結婚するのは亡き妻の遺言だということを】
男爵家令嬢、ジェニファーは薄幸な少女だった。両親を早くに亡くし、意地悪な叔母と叔父に育てられた彼女には忘れられない初恋があった。それは少女時代、病弱な従姉妹の話し相手として滞在した避暑地で偶然出会った少年。年が近かった2人は頻繁に会っては楽しい日々を過ごしているうちに、ジェニファーは少年に好意を抱くようになっていった。
少年に恋したジェニファーは今の生活が長く続くことを祈った。
けれど従姉妹の体調が悪化し、遠くの病院に入院することになり、ジェニファーの役目は終わった。
少年に別れを告げる事もできずに、元の生活に戻ることになってしまったのだ。
それから十数年の時が流れ、音信不通になっていた従姉妹が自分の初恋の男性と結婚したことを知る。その事実にショックを受けたものの、ジェニファーは2人の結婚を心から祝うことにした。
その2年後、従姉妹は病で亡くなってしまう。それから1年の歳月が流れ、突然彼から求婚状が届けられた。ずっと彼のことが忘れられなかったジェニファーは、喜んで後妻に入ることにしたのだが……。
そこには残酷な現実が待っていた――
*他サイトでも投稿中
【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」
結婚記念日をスルーされたので、離婚しても良いですか?
秋月一花
恋愛
本日、結婚記念日を迎えた。三周年のお祝いに、料理長が腕を振るってくれた。私は夫であるマハロを待っていた。……いつまで経っても帰ってこない、彼を。
……結婚記念日を過ぎてから帰って来た彼は、私との結婚記念日を覚えていないようだった。身体が弱いという幼馴染の見舞いに行って、そのまま食事をして戻って来たみたいだ。
彼と結婚してからずっとそう。私がデートをしてみたい、と言えば了承してくれるものの、当日幼馴染の女性が体調を崩して「後で埋め合わせするから」と彼女の元へ向かってしまう。埋め合わせなんて、この三年一度もされたことがありませんが?
もう我慢の限界というものです。
「離婚してください」
「一体何を言っているんだ、君は……そんなこと、出来るはずないだろう?」
白い結婚のため、可能ですよ? 知らないのですか?
あなたと離婚して、私は第二の人生を歩みます。
※カクヨム様にも投稿しています。
婚約者から婚約破棄をされて喜んだのに、どうも様子がおかしい
棗
恋愛
婚約者には初恋の人がいる。
王太子リエトの婚約者ベルティーナ=アンナローロ公爵令嬢は、呼び出された先で婚約破棄を告げられた。婚約者の隣には、家族や婚約者が常に可愛いと口にする従妹がいて。次の婚約者は従妹になると。
待ちに待った婚約破棄を喜んでいると思われる訳にもいかず、冷静に、でも笑顔は忘れずに二人の幸せを願ってあっさりと従者と部屋を出た。
婚約破棄をされた件で父に勘当されるか、何処かの貴族の後妻にされるか待っていても一向に婚約破棄の話をされない。また、婚約破棄をしたのに何故か王太子から呼び出しの声が掛かる。
従者を連れてさっさと家を出たいべルティーナと従者のせいで拗らせまくったリエトの話。
※なろうさんにも公開しています。
※短編→長編に変更しました(2023.7.19)
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
探さないでください。旦那様は私がお嫌いでしょう?
雪塚 ゆず
恋愛
結婚してから早一年。
最強の魔術師と呼ばれる旦那様と結婚しましたが、まったく私を愛してくれません。
ある日、女性とのやりとりであろう手紙まで見つけてしまいました。
もう限界です。
探さないでください、と書いて、私は家を飛び出しました。
愛人をつくればと夫に言われたので。
まめまめ
恋愛
"氷の宝石”と呼ばれる美しい侯爵家嫡男シルヴェスターに嫁いだメルヴィーナは3年間夫と寝室が別なことに悩んでいる。
初夜で彼女の背中の傷跡に触れた夫は、それ以降別室で寝ているのだ。
仮面夫婦として過ごす中、ついには夫の愛人が選んだ宝石を誕生日プレゼントに渡される始末。
傷つきながらも何とか気丈に振る舞う彼女に、シルヴェスターはとどめの一言を突き刺す。
「君も愛人をつくればいい。」
…ええ!もう分かりました!私だって愛人の一人や二人!
あなたのことなんてちっとも愛しておりません!
横暴で冷たい夫と結婚して以降散々な目に遭うメルヴィーナは素敵な愛人をゲットできるのか!?それとも…?なすれ違い恋愛小説です。
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる