私は貴方を許さない

白湯子

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第9章「愚者の記憶」

157話

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アルベルトside


湯浴み後。用意されていた白いバスローブを羽織り来客用の寝室へと戻ると、タオルを持った叔父が相変わらずの無表情で待ち構えていた。


「おかえりなさいませ。湯加減は如何でしたか?」
「丁度良かったよ。」


そう言いながら、僕は叔父の前に置いてある背もたれ付きの椅子に腰掛け、足を組む。すると叔父は「それなら良かったです。」とだけ言って、慣れた手つきで僕の髪を乾かし始めた。
タオル越しに叔父の指が程よく頭皮を指圧し、凝りを解す。その心地良さに僕は思わず目を閉じた。

叔父はこうして毎夜毎夜、文句の一つも言わずに僕の長い髪を乾かしてくれている。普段と変わらない日常の一コマなのだが、今日は何だか新鮮に感じた。ここが皇宮にある自室ではなく、遠く離れた公爵領だからだろうか。


「痒いところはありませんか?」
「あったら言ってる。」
「…そうですね。」


叔父の頭皮マッサージのおかげで、じんわりと温まってきた頭に、ふと面白い光景が過ぎった。


「…ふふ、」
「どうかされましたか?」


唐突に笑い出した僕に、叔父は不思議そうに声を掛けてくる。


「…いや…。ラルフが結婚したら、その相手にもこうやって尽くすのかなと思って。」
「…。」
「想像したら、つい。」


僕の10個上である叔父は、今年で32歳。いつ結婚してもおかしくはない歳なのだが、真面目過ぎる性格故か、叔父には今まで浮いた話がひとつもない。表情筋は死んでいるが、容姿の点でも才気の点でも他より抜きん出ているというのに。……まぁ、そんな叔父だからこそ、伴侶に傅く姿を想像するだけで面白いのだが。
好き勝手に想像し、くつくつ笑う僕の頭上に、叔父の呆れたような溜息が落とされた。


「…私がこうして尽くすのも尽くしたいと思うのも、貴方だけですよ。」
「……。」
「そんなことよりも、」


そこで言葉を区切った叔父は、僕の髪に花の香りのする香油を塗り始めた。


「先程の領主代理人の話、殿下はどう思われますか?」
「…あぁ。」


叔父に問われて、僕は代理人から言われた話を思い出す。


「…大方、何者かがの名を騙っているだけじゃないかな。」


―――聖女とは、昔からの言い伝えで何百年かに1度、この地に現れるとされている神に愛された乙女だ。
神の愛を受けた髪は艶やかなストロベリーブロンド染まり、瞳はピンクダイヤモンドの如く煌めいている、らしい。
残念ながら、聖女に関する記述は殆ど残っておらず、その存在は神話、あるいは御伽噺に近いのだ。
そして、その聖女が代理人曰く、僕達の目的地である最南端の町に現れたというのだが……


「帝国の保護対象である聖女が、今の今まで僕らの元に知らせが入っていないこと自体、おかしな話だしね。」


謎多き聖女の力は未知数であり、信仰深いノルデンでは聖女が現れたら速やかに帝都で保護するという決まりがある。
今回の聖女が本物であった場合、決まり従って帝都に連れて帰る必要があるが……果たして。


「聖女を独占しようと町ぐるみで存在を隠している、という可能性は?」
「否定は出来ないけれど…」


今の時点で可能性を挙げてもキリがない。
頭の中で様々な憶測を巡らした僕は、軽く一息つく。


「まぁ、行けば全てが分かるはずだよ。」
「…そうですね。」


新たな謎を残しつつ、こうして公爵領の夜が更けていった。

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