159 / 209
第9章「愚者の記憶」
154話
しおりを挟むアルベルトside
僕との婚約が決まってから、エリザベータはお后教育を受ける為に以前よりも頻繁に皇宮に通うようになった。
何も知らずに我が物顔で皇宮の敷居を跨ぐ17歳の少女。その姿は見ていて酷く不快で滑稽であった。
単刀直入に言ってしまえば、彼女が婚約者として選ばれた本当の理由は、新たな脅威の誕生を防ぐためだ。
魔力量が膨大である僕と、魔力のない彼女。掛け合わせれば、僕以上の魔力を持った子はまず生まれてこない。
見た目が良く、そこそこ教養もあって魔力のない貴族の娘。これほどまでに青の血を薄める道具として適任な人材はそうそう居ないだろう。両陛下が彼女に必要以上に優しく接しているのは、こういう理由からだ。
だがそうとは知らずに彼女は、自分が実力で選ばれ、あまつさえ両陛下に気に入られているのだと思い込んでいる。これを滑稽と呼ばずになんと言う。
そして、エリザベータとの婚約が正式に発表されてから半年。
未だに変貌した彼女を受け入れられないでいた僕は、出会った頃の少女の面影をずっと探していた。けれど、どう足掻いてみても見つからない。
期待して夢見て、裏切られて現実に突き落とされて、苛立って全ての元凶である彼女が許せなくて、辛くあたって、けれどあの頃のあの子が幻だったとは思いたくなくて、また期待して…と、僕は最悪な悪循環に囚われていた。
自分でも分かっている。このままではいけないと。
しかし―――
「―――それと、今回の贈り物もお気に召していないようでした。」
いつものように今日の予定を淡々と話す叔父の声に大人しく耳を傾けていたのだが、最後の報告により僕の気分は急降下した。
「またか…!」
苛立ちのあまり親指の爪をガジガジと噛む。最近、叔父に指摘されて気付いたのだが、どうやら僕には苛立つと爪を齧る癖があるらしい。
「お行儀が悪いですよ、殿下。」
「うるさい。そんなことよりも彼女だ。僕からの贈り物を気に入らないだなんて、一体何様のつもりなんだ…!」
僕と彼女の関係はノルデン帝国だけでなく、他国からも注目を浴びている。
もし、皇太子である僕が婚約者を蔑ろにしていると知れ渡れば、良からぬ事を考える輩がその隙を突いてくるかもしれない。そうならない為にも、婚約者とは良好な関係であると世間にアピールする必要があるのだ。
だから仕方がなく、不本意ながら、嫌々ながらも、けれど少しだけ期待を込めて、定期的に彼女の元に贈り物を贈っているのだが……その彼女の反応が悪い。すこぶる悪い。圧倒的に悪い。凶悪的に悪い…!!!!
狭量な男だとは思われたくなかったので、僕が彼女に贈っているものはどれも最上級品だ。高品質の宝石があしらわれたアクセサリーに、オーダーメイドのブランド品ドレス。有名な職人が手がけた高級菓子の詰め合わせなども贈ったことがある。
更に、移動中の破損や紛失を防ぐ為に、信頼のおける叔父が直接コーエン家に送り届けているという徹底ぶり。
それなのに、彼女はちっとも喜ばない。それどころか、贈り物を届ける度に迷惑そうな顔をしていると叔父から報告を受ける始末。
そして今朝方。
彼女が幼い頃に好きだと言っていた白い薔薇の花束を贈った。今回ばかりは何かしらの手応えがあると期待していたのだが、それは先程の叔父の報告によって見事に粉砕した。
「彼女は一体何が気に入らないんだ。」
思わず頭を抱える。
彼女が何を考えているのか全く分からない。昔は手に取るようにわかったというのに。
「……憶測ですが。」
ポツリと、僕の頭上に叔父の呟きが落とされた。
「エリザベータ嬢は、ただ単純に殿下のことが嫌いなのでは?」
五寸釘を打ち込まれたような衝撃が心臓を貫く。
思わず言葉を失う僕を尻目に、叔父は話を続けた。
「エリザベータ嬢は遊び盛りの17歳です。社交界にも慣れ、ようやく夜会での遊び方を覚え始めてきた矢先、貴方との婚約が決ま―――」
「もっと遊んでいたかったのに、僕のせいで遊べなくなったって言いたいの?」
「あくまで憶測ですので、お気になさらずに。」
「…別に、僕は彼女にどう思われようが気にしない。」
頬杖を付いた僕は、叔父からふいっと顔を逸らす。
皇太子妃になりたがっていたのは彼女ではなく、彼女の母親の方だ。だから彼女がこの婚約を嫌がっていたとしても別に不思議ではない。
それに叔父が言っていることが本当だとすれば、全ての辻褄が合う。
けれど…
「いい加減、期待するのはお止めなさい。」
その言葉に僕の思考がピタリと止まる。
「期待して裏切られて、もう疲れたでしょう?早く受け入れて楽になった方が、貴方のためですよ。」
「………。」
随分と簡単そうに言うなと思いながら、僕は溜息をついた。
叔父に言われなくとも、それぐらい分かっている。けれど受け入れられないものはどうしようもない。特に彼女が夜の火遊びをしているということだけは。
これに関しては、それを裏付ける根拠がない。ただの噂程度。だからこそ、懲りずにまた彼女に希望を見てしまうのだ。
「……。」
ふと、自身の右手に視線を落とす。
彼女の頬を叩いたあの日から、僕の右手には不快な熱が纏わりついていた。半年経っても、未だに拭えない不可解な熱。
忌々しい、と内心で呟きながら僕は右手を握り締めた。
「――あぁ、それと。」
叔父が何かを思い出したかのように呟いたので、僕は顔を上げた。
「この後、採用面接がありますので10分程お側を離れます。」
「10分と言わずに半年ぐらい離れてくれても、別に構わないけど…」
僕の周りの人間は、暇さえあれば僕にエリザベータを会わせようとしてくる。だから僕は彼らに隙を与えないよう仕事に専念していた。その為、殆どの仕事が片付いてしまったので、暫く叔父が居なくても何の支障もない。
だが、それよりも。
「採用面接って何?ラルフ、転職でもするの?」
「しませんよ。私がするのは面接官の方です。」
「ラルフが?」
大抵、使用人の面接を行うのは女中頭だ。叔父がわざわざ足を運ぶことではない。
訝しげに眉をひそめる僕に、叔父は「えぇ。」と頷き、眼鏡を押し上げた。
「今朝方、コーエン邸からの帰り道にまたま見つけた人材でして――」
「犬猫みたいに拾ってこないでよ、汚らわしい。」
「皇宮内は慢性的な人手不足です。元々コーエン家に仕えていた侍女と庭師を、そのまま街に捨てておくのは勿体ないでしょう?そして面接官である女中頭は多忙を極めておりますので、時間に余裕のある私が代わりに面接官を。」
「ふぅん。」
「それではそろそろ行って参ります。応接間に2人を待たせているので。」
「いや、ちょっと待て。」
「はい?」
あまりにもさらりと言うものだから、危うく聞き流すところだった。
「コーエン家の使用人って、どういうこと?」
「そのままの意味ですよ。」
「そのままって…」
コーエン家の使用人。つまりそれはエリザベータの使用人でもあるわけで…
「気になるのでしたら、殿下も御一緒に如何ですか?」
21
お気に入りに追加
1,877
あなたにおすすめの小説
もしも○○だったら~らぶえっちシリーズ
中村 心響
恋愛
もしもシリーズと題しまして、オリジナル作品の二次創作。ファンサービスで書いた"もしも、あのキャラとこのキャラがこうだったら~"など、本編では有り得ない夢の妄想短編ストーリーの総集編となっております。
※ 作品
「男装バレてイケメンに~」
「灼熱の砂丘」
「イケメンはずんどうぽっちゃり…」
こちらの作品を先にお読みください。
各、作品のファン様へ。
こちらの作品は、ノリと悪ふざけで作者が書き散らした、らぶえっちだらけの物語りとなっております。
故に、本作品のイメージが崩れた!とか。
あのキャラにこんなことさせないで!とか。
その他諸々の苦情は一切受け付けておりません。(。ᵕᴗᵕ。)
二人の公爵令嬢 どうやら愛されるのはひとりだけのようです
矢野りと
恋愛
ある日、マーコック公爵家の屋敷から一歳になったばかりの娘の姿が忽然と消えた。
それから十六年後、リディアは自分が公爵令嬢だと知る。
本当の家族と感動の再会を果たし、温かく迎え入れられたリディア。
しかし、公爵家には自分と同じ年齢、同じ髪の色、同じ瞳の子がすでにいた。その子はリディアの身代わりとして縁戚から引き取られた養女だった。
『シャロンと申します、お姉様』
彼女が口にしたのは、両親が生まれたばかりのリディアに贈ったはずの名だった。
家族の愛情も本当の名前も婚約者も、すでにその子のものだと気づくのに時間は掛からなかった。
自分の居場所を見つけられず、葛藤するリディア。
『……今更見つかるなんて……』
ある晩、母である公爵夫人の本音を聞いてしまい、リディアは家族と距離を置こうと決意する。
これ以上、傷つくのは嫌だから……。
けれども、公爵家を出たリディアを家族はそっとしておいてはくれず……。
――どうして誘拐されたのか、誰にひとりだけ愛されるのか。それぞれの事情が絡み合っていく。
◇家族との関係に悩みながらも、自分らしく生きようと奮闘するリディア。そんな彼女が自分の居場所を見つけるお話です。
※この作品の設定は架空のものです。
※作品の内容が合わない時は、そっと閉じていただければ幸いです(_ _)
※感想欄のネタバレ配慮はありません。
※執筆中は余裕がないため、感想への返信はお礼のみになっておりますm(_ _;)m
【完結】いてもいなくてもいい妻のようですので 妻の座を返上いたします!
ユユ
恋愛
夫とは卒業と同時に婚姻、
1年以内に妊娠そして出産。
跡継ぎを産んで女主人以上の
役割を果たしていたし、
円満だと思っていた。
夫の本音を聞くまでは。
そして息子が他人に思えた。
いてもいなくてもいい存在?萎んだ花?
分かりました。どうぞ若い妻をお迎えください。
* 作り話です
* 完結保証付き
* 暇つぶしにどうぞ
TS調教施設 ~敵国に捕らえられ女体化ナノマシンで快楽調教されました~
エルトリア
SF
世界有数の大国ロタール連邦の軍人アルフ・エーベルバッハ。彼は敵国アウライ帝国との戦争で数え切れぬ武勲をあげ、僅か四年で少佐にまで昇進し、救国の英雄となる道を歩んでいた。
しかし、所属している基地が突如大規模な攻撃を受け、捕虜になったことにより、アルフの人生は一変する。
「さっさと殺すことだな」
そう鋭く静かに言い放った彼に待ち受けていたものは死よりも残酷で屈辱的な扱いだった。
「こ、これは。私の身体なのか…!?」
ナノマシンによる肉体改造によりアルフの身体は年端もいかない少女へと変容してしまう。
怒りに震えるアルフ。調教師と呼ばれる男はそれを見ながら言い放つ。
「お前は食事ではなく精液でしか栄養を摂取出来ない身体になったんだよ」
こうしてアルフは089という囚人番号を与えられ、雌奴隷として調教される第二の人生を歩み始めた。
【完結】冷遇された翡翠の令嬢は二度と貴方と婚約致しません!
ユユ
恋愛
酷い人生だった。
神様なんていないと思った。
死にゆく中、今まで必死に祈っていた自分が愚かに感じた。
苦しみながら意識を失ったはずが、起きたら婚約前だった。
絶対にあの男とは婚約しないと決めた。
そして未来に起きることに向けて対策をすることにした。
* 完結保証あり。
* 作り話です。
* 巻き戻りの話です。
* 処刑描写あり。
* R18は保険程度。
暇つぶしにどうぞ。
あなたたちのことなんて知らない
gacchi
恋愛
母親と旅をしていたニナは精霊の愛し子だということが知られ、精霊教会に捕まってしまった。母親を人質にされ、この国にとどまることを国王に強要される。仕方なく侯爵家の養女ニネットとなったが、精霊の愛し子だとは知らない義母と義妹、そして婚約者の第三王子カミーユには愛人の子だと思われて嫌われていた。だが、ニネットの悪評を広げた義妹のおかげで婚約は解消される。それでも解放されずに国王の命令で次の婚約者を選ぶことになる。そこで出会ったのは、ニネットの本当の姿が見える公爵令息ルシアンだった。
いらないと言ったのはあなたの方なのに
水谷繭
恋愛
精霊師の名門に生まれたにも関わらず、精霊を操ることが出来ずに冷遇されていたセラフィーナ。
セラフィーナは、生家から救い出して王宮に連れてきてくれた婚約者のエリオット王子に深く感謝していた。
エリオットに尽くすセラフィーナだが、関係は歪つなままで、セラよりも能力の高いアメリアが現れると完全に捨て置かれるようになる。
ある日、エリオットにお前がいるせいでアメリアと婚約できないと言われたセラは、二人のために自分は死んだことにして隣国へ逃げようと思いつく。
しかし、セラがいなくなればいいと言っていたはずのエリオットは、実際にセラが消えると血相を変えて探しに来て……。
◆表紙画像はGirly drop様からお借りしました🍬
◇いいね、エールありがとうございます!
魔法学校のポンコツ先生は死に戻りの人生を謳歌したい
おのまとぺ
ファンタジー
魔法学校の教師として働いていたコレット・クラインは不慮の事故によって夢半ばで急逝したが、ある朝目覚めると初めて教師として採用された日に戻っていた。
「これは……やり直しのためのチャンスなのかも!」
一度目の人生では出来なかった充実した生活を取り戻すために奔走するコレット。しかし、時同じくして、セレスティア王国内では志を共にする者たちが不穏な動きを見せていた。
捻くれた生徒から、変わり者の教師陣。はたまた自分勝手な王子まで。一筋縄ではいかない人たちに囲まれても、ポンコツ先生は頑張ります!
◇ 表紙はシャーロット・デボワ伯爵夫人のコレクションより、三ヶ月前のレオン・カールトン近影。(※ストイックな男メーカー)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる