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第9章「愚者の記憶」
139話
しおりを挟む目が覚めたらユリウスの姿はなかった。
もしかしたら昨夜の出来事は全て夢だったのでは?と思ったが、部屋中に飾られた白薔薇と右手首に嵌められたままの手錠が昨夜ユリウスがこの場に居たことを証明している。
ユリウスの手首と繋がっていたはずの鎖は、まるで鋭利なナイフで切られたかのように綺麗に切断されていた。
念の為ユリウスを探してみると、昨夜彼が言っていた通り、温室へ自由に出入りできるようになっていた。
だが、下の階へと続く階段は見当たらなかったので、私が自由に行き来できるのは温室がある3階と今いる2階だけのようだ。
自分が行ける範囲で隈無く探してみたが、やはりユリウスを見つけることは出来なかった。
何の成果も得られないまま白い部屋に戻れば、ダイニングテーブルの上に白い箱が置かれているのに気が付いた。
気が動転していて箱の存在に気付けなかったのか、それとも私が部屋を出ている間に現れたのか。どちらにせよ怪しいことには変わりない。
―また箱…
以前のようなラッピングはされておらず、シンプルな蓋付きの箱である。訝しく思いながらも、私は箱を開けてみることにした。慎重な手つきでゆっくりと蓋をあけ、中を覗く。
「…えっ、」
箱の中に入っていたのは、綺麗に折り畳まれた若草色の洋服だった。
見覚えのある色に思わず箱から取り出して目の前で広げてみると、それは若草色のワンピースだった。
ビアンカが選んでくれたものだ…!と思ったが、よく見てみるとデザインが少し違う。ビアンカのはやや深めのスクエアネックだったが、このワンピースの襟ぐりは首まできっちりとレースで覆われていた。
このワンピースは一体何なのだろう?と不思議に思いながらワンピースを眺める。
―…もしかして、代用のつもり?
ふと、その答えに生き着いた瞬間、心の奥深い所でふつふつと激しい感情が滾り始めているのを感じた。それは腹の底が煮えくり返るほどの激しい怒りだった。
「あんの法螺吹き男ッッ!!!」
失望と怒りをかき混ぜたような低い唸り声を上げた私は、その勢いのまま持っていたワンピースを床に叩き付けた。
「…っ、はぁ…はぁ…」
あの男は昔からちっとも変わっていない。
とりあえずモノさえ与えとけば私が満足すると思っている。
「ふざけてんじゃないわよ…!!」
足枷を外したのも、温室に行けるようにしたのも、どうせ逃げることなんて出来ないだろうと私を馬鹿にしているのだ。
昨夜の約束もそうだ。あの男は初めから私との約束を守るつもりなんてなかった。だからあんな針を飲むだとか適当な嘘をついて私を騙したのだ…!
だが、あの下衆な男よりも、そんな男にまた騙された自分が1番腹立たしい。いつもよりしおらしかったのは、私を油断させるための演技だったのだ…!!
怒りのあまり頬はまだらに赤くなり、強く握られた拳はワナワナと震えている。
威嚇する獣のように荒い息を吐きながら、私は床に叩き付けたワンピースを親の仇でも見るような鋭い眼光で睨みつけた。
「……見くびらないで。」
地を這うような低い声を吐き出した私は、目の前にあるダイニングチェアの背の部分を掴んだ。
「何でもかんでも…」
そのまま片手でチェアをズルズルと引き摺りながらアーチ窓へと向かう。
「貴方の思い通りになると…」
窓の前まで来た私はチェアを持ち上げ、そして
「思わないでって言ったでしょう!!!」
アーチ窓めがけてチェアを渾身の力で投げつけた。
ガシャンッッ!!!と思わず身が竦むような激しい音がした瞬間、飛び散ったガラスの破片と共に冷たい風が勢いよく吹き込んだ。
咄嗟に腕を顔の前で交差させ身を縮めたが、頬や腕に鋭い痛みが走った。細かいガラスの破片が掠ってしまったのだ。
だが、無惨な姿に成り果てたアーチ窓を見た瞬間、痛みなんてもうどうでもよくなった。
―…綺麗…
割れた窓ガラスの向こうには、何処までも続く青空が広がっていた。
私は散らばったガラスの破片を踏みながら、まるで光に魅入られた虫のようにふらふらと窓際に近づく。
そして窓枠に残っているガラスに気を付けながら下を覗き込めば、雪に覆われた木々が見えた。どうやらこの屋敷は森にぽっかりと空いた空間に建てられているようだ。もう少し高さがあれば、この森の全貌を見ることが出来るのだが…。
「……。」
私が居るのは屋敷の2階。くらりと目眩がするぐらい高いように見えるが、降りられないほどではない。頑張れば私でも下に降りることができるはず。ずっと出たがっていた外に。今の私にはあの忌々しい鎖はない。私をここに縛り付けるものなど何もないのだ。
「……ぁ、…」
それなのに、私の足は後退る。
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