私は貴方を許さない

白湯子

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第4章「好奇心は猫をも殺す」

64話

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午後の授業が全て終了したので、義弟を待つため、図書室へと向かう。


「ねぇ、あれを見て。」
「…まぁ、噂は本当だったのね。」


図書室へと続く長い廊下を歩いていると、空き教室を覗きながら、ひそひそと囁き交している女生徒たちを見つけた。

〝噂〟

その言葉に内心ため息をつく。
相変わらず、彼女達は噂話しに目がない。毎度毎度その噂に踊らされて、疲れないのだろうか。…いや、あえて踊らされて、そこに楽しさを見出しているのかもしれない。

今度は、誰がその噂の標的にされてしまったのだろうと、通りさまに教室をちらりと覗いた。


「…っ、」


視界に飛び込んできた光景に、思わず足を止める。

空き教室には、見目麗しい2人の男女が身を寄せ合うようにして、ソファーに腰掛けていた。
見間違えるはずのない、2人。


―――義弟と、聖女ベティだ。


「変に思われるかもしれませんが…私、ユリウス様とは、もっと昔からお会いしていたような気がするんです。」
「奇遇ですね、僕もですよ。」
「本当ですか!」
「えぇ、もしかしたら前世でお会いしていたのかもしれませんね。」
「ふふ、ユリウス様は意外とロマンチストなんですね。」
「おや、嫌でしたか?」
「そんなことないですよ!…もしそうだとしたら、とても素敵なことです。」



鈴を転がすような声で、穏やかに談笑する姿はまるで、お忍びで現世に舞い降りた天使たちの戯れのよう。

その神聖な光景に、見入ってしまった。


「はぁ、お美しい…。」
「まるで、1枚の絵画のようですわ…。」


女生徒たちの言う通り、午後の日差しを受けキラキラと輝いている彼らは、神話に描かれている絵画のように美しかった。

以前、義弟とカトリナが並んでいた時も絵画のようだと賞賛したが、あの時以上に聖女と義弟が並ぶ姿は神々しい。まるで、神が自らの手で作り上げた芸術品のように、2人は対になる存在のようにみえた。


「私たちが決して踏み込めないような、あの甘い雰囲気…。噂通り、あの御二方は恋人同士なんだわ。」
「きっと前世から運命の赤い糸で結ばれているのよ。」


うっとりと呟く女生徒たちの言葉に、まるで後頭部を鈍器で殴られたかのような衝撃を受けた。


―…恋人?前世?


神に愛されている可憐な聖女ベティと、見目麗しい紅顔の美青年である義弟は、誰の目から見ても仲睦まじく、お似合いだった。


――あぁ、ついに現れてしまった。


聖女は、義弟の運命の相手であり、生涯のパートナーなのだ。

それに気付いた私の足はぐらりとふらつく。

義弟とは、お互い足りないものを補って、今まで生きていた。だが、それは義弟のパートナーが見つかるまでの話し。
パートナーが見つかった今、私は義弟にとって用無となったのだ。だって、私は姉なのだから。それ以上でも、それ以下でもない。義弟にとって、私はただの姉。


「…う、」


口に手を当て、みっともない声を上げそうになるのを、何とか堪える。

しっかりしない、エリザベータ。
ちゃんと分かっていたじゃないか。いつか義弟の足りないものを補ってくれる女性が現れると、姉である私では役不足だと…、ちゃんと、分かっていたはずなのに…どうしてこんなにも動揺しているのだろうか。

無意識に義弟から貰ったネックレスを、服の上から握り締める。


「最近、放課後を一緒に過ごしているところをお見かけしますわ。」
「お互いお忙しいですからね、放課後しかゆっくりと過ごせないのでしょう。」
「あぁ、なんて可哀想な恋人同士なの…!」


このまま女生徒たちの話しを聞いていたら、自我が保てなくなりそうだった。幸いにも、女生徒たちは義弟達に夢中で私の存在には気付いない。
私は音を立てずに、そっとその場を離れたれ、そのまま学校の外に出る。
そして、滅多に利用しない辻馬車に乗り、義弟を待たずに先に邸へと帰宅した。

一人で帰ってきた私に、何か言いたげな様子な使用人たちに「少し具合が悪いの。」と、言いながら通り過ぎ、自室へと向かった。


自室へとたどり着いた私は、制服のままベッドに倒れ込む。
制服に皺がつくとか、どうでもいい。
今の私は、寂しくて、苦しくて、切なくて…
押し寄せてくる消失感で死んでしまいそうなのだ。

1人になった途端、堪えていたものが崩壊する。


「…っ、ユーリ、ユーリ…」


義弟の愛称を呟く度に、シーツが涙で濡れた。

カトリナと義弟が恋人同士だと勘違いしたときは、ここまで心が乱れなかった。それは、自分の立場をちゃんと弁えていたから。だから、カトリナの時は冷静だったのだ。
それなのに、どうして相手が聖女だとこんなにも…。

義弟に恋人が出来て取り乱すだなんて、狂気の沙汰としか思えない。おかしい。これは、異常だ。

しくしくと涙を流しながら、頭をかすめるのは、先程の寄り添う義弟と聖女の姿。
…胸に嫌なものが込み上げてきた。この感情は知っている。人間の醜い感情のひとつ、これは〝嫉妬〟だ。
300年前、聖女マリーに対して抱いていたものと同じ感情。今、私はその感情を聖女ベティに対して抱いている。
姉である私が義弟の恋人に嫉妬するだなんて、なんて罪深く、おこがましいことなのだろう。

私は義弟に対し、無意識に弟以上のことを望んでいたのだろうか?
…いや、それは有り得ない。アルベルト様に抱いていたものと、義弟のとでは全く異なる。
アルベルト様にはひたすら愛を求め、身を焦がすような想いを向けていた。
義弟には、もっと穏やかな親愛を…どうしようもない私を受け入れてくれる……あ…れ……あ、…あぁ、なんてことを…。

いつの間にか私は身勝手にも、義弟との永遠を望んでしまっていたのだ。
優しく、何でも受け入れてくれる義弟に甘え、依存して…、それが一番楽だと思ったから。
その浅ましさに自身の息の根を止めたくなる。

こんな歪んだ感情を抱いている私が、あの子の姉だなんて、分不相応すぎる。
こんな私が、誰かの特別になるだなんて、有り得ない。
あのに、私はあんなにも必死になって…


「ははっ、馬鹿みたい…」


自嘲気味に笑った私は身体を猫のように丸める。

せっかく生まれ変わったのに、300年前と同じことを繰り返している姿は、傍から見れば実に滑稽だ。

今の私は義弟にとって、足枷でしかない。それを思い知った私は、しくしくと泣き続けた。





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