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第3章「後退」
28話
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「姉上。」
何故かその声に私はピクリと反応した。
何処から聞こえたのだろう。
辺りを見渡すが、誰もいない。首を傾げていると、草垣の向こうから人の気配を感じた。
思わず草垣の隙間から向こう側を覗き込む。そして、私はそこに居た男に目を奪われた。
―あぁ、あれは“虫”だ。
かつて、汚物を被ったまま部屋の隅に転がっていた汚い虫。とっくの昔に死んでいると思っていたその虫は、目を見張るほどの極上の男になっていた。
昆虫のようで気持ち悪いと言っていた瞳は、まるで宝石のシトリンのように美しく煌めいている。
そうか、醜い虫は美しい蝶になったのか。
私の胸に湧き上がるこの焦燥感は何だろう。
ふと、その男の隣に居る人物に目が止まる。栗色の豊かな髪に、エメラルドの瞳を持った貴族の娘。
あの人が男に“姉上”と呼ばれていたのか…。
―違う、違うよ。その人は“姉上”じゃない。
そこには、私が居たのだ。アイツが私にすり替わったのだ。あぁ、なんということだろう。あの男は勘違いをしている。早く、目を覚まさせてあげなければ。そして、私の居場所を取り戻さなければならない。
本来、向こう側の人間である私はこんな所で燻ってなんか居られない。
木々の隙間から手を伸ばす。
―返せ、その人を返せ。その人は私の…
―――その瞬間、何かが私の身体を這い上がってきた。
そのおぞましい姿に鳥肌が立つ。
気持ち悪い!と叫び声を上げようと開いた口にそれは入り込んでしまった。驚愕に目をこれでもかと見開く。
それは私の身体の中を好き勝手に移動する。口に食道に、胃に腸に…それによって私の身体はどんどん作り替えられていく。
それは血管にまで侵入してきた。血液がグツグツと沸騰しているのでは無いかと思うほど身体が熱い。それは血流に乗り、心臓まで侵食していく…。
―苦しい…熱い…キモチイイ…?
それは、とうとう私の脳までやって来た。
*****
私は生まれ変わった。
あぁ、神様が私を祝福してくれている。
おはよう、私。
おはよう、世界。
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