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第1章「共依存」
6話
しおりを挟む「落ち着きましたか?」
ユリウスが入れてくれたカモミールティーを飲み一息つく。
昔から薬草に詳しいユリウスは紅茶を入れるのも上手だ。好きが高じてか自らの手でも薬草を育てており、育った薬草を調合している姿をよく見かける。もしかしたらこのカモミールティーの茶葉もユリウスのお手製かもしれない。
「…えぇ。ありがとう、ユーリ。貴方が居てくれて良かったわ。私一人じゃ抱えきれなくて壊れてしまったかもしれない。」
思いっきり泣いたおかげか長年の胸のつかえがとれたような、妙にスッキリとした気持ちになった。…残念な事に目は腫れぼったくなってしまったが…。
「いえ、僕は何も…。あの、姉上。明日から始まる学校のことなんですが…」
「行くわよ。」
窺うように私を見る彼が言わんとすることは、何となくわかる。こんな状態の私を学校に行かせるのは気が引けるのだろう。その証拠にユリウスは難しい顔をしている。
「大丈夫よ。貴方のおかげで元気になったし、それに…入学初日から休んでいたら何を言われるか分からないわ。」
貴族の令嬢達は噂が大好物だ。いい噂も悪い噂もすぐに広まる。それが真実でなくともだ。
母の忘れ形見である私を父が溺愛しているのは有名な話だ。そして、その私が1人では何も出来ない甘ったれで、優秀な義理の弟に面倒を掛けている、というのもまた有名な話。
公爵家の娘として、この地に落ちるところまで落ちている私の名誉を回復させなければならない。ゆくゆくはこの公爵家を受け継ぐ義弟の為にも…。今の私は彼の足枷でしかない。
「…わかりました。じゃあ、せめて目元の治療は僕にさせて下さい。」
「あ、それは寧ろ私からお願いしたいわ。こんな泣き腫らした顔じゃ学校に行けないもの。」
「ふふ。じゃあ、目を閉じて下さい。」
言われた通りに目を閉じる。すると目の辺りがじんわりと温かくなった。
ユリウスは魔力保持者だ。魔力保持者はとても貴重で国の人口の1割程しかいないと言われている。
「姉上、もう目を開けて大丈夫です。」
パチっと目を開ける。先程まで感じていた腫れぼったさは綺麗さっぱりとなくなった。
「ありがとう。何だか色々と悪いわね。」
「これぐらい気にしないでください。僕達は双子なんですから。」
そう微笑んでから、そっと目を伏せる義弟に首を傾げる。
「…正直僕はこんな状態の姉上を学校には行かせたくありません。」
「ユーリ、でも…」
「分かってますよ。僕は姉上の気持ちを尊重します。…ですから、どうか…テオドール殿下には近付かないで下さい。」
―テオドール、殿下…。
社交界で出会った彼を思い出し、ぶるりと身体が震える。
私達が暮らすノルデン帝国の次期皇帝陛下、テオドール=ブランシュネージュ=ノルデン皇太子殿下。…300年前私を処刑したアルベルト様と同じ顔を持つ男
テオドール殿下は私達が明日から通う学校の最高学年、3年生だったはずだ。学年も離れているし会う機会はほとんど無い、と思いたい。
「彼が300年前の殿下と同一人物なのかどうかは今のところ分かりませんが…用心するにこしたことはないでしょう。」
「…えぇ、そうね。」
ユリウスの言う通り殿下の正体が分からないうちは殿下に不用意に近づかない方が良いだろう。
脳裏にあの黄金の髪と美しいサファイアの瞳が映し出される。
…彼は本当にあのアルベルト様なのだろうか…。
もし、そうだとしたら私が生まれ変わったことと何か関係があるのだろうか?そもそも何故私は生まれ変わったの?エリザベータ=コーエンの生涯を憐れんだ神様からの慈悲?それともただの気まぐれ?
疑問は尽きること無く私の頭に浮かんでくる。
「姉上。」
呼ばれてハッとする。心配そうに私を見つめるユリウスと目が合った。
「明日も早いですし今日はもう休みましょう。」
「あ、そうね。」
いくら考えたって答えは出てくることはないだろう。私は生まれ変わった、それだけは事実だ。今はそれだけ分かれば十分かもしれない。
片付けたティーセットのおぼんを持ち扉に向かうユリウスは「おやすみなさい。」と言いドアノブに手をかけた。
「ユーリ。」
背中に声を掛けると、ゆっくりこちらを振り向いてくれた。
「その、遅くまで付き合ってくれてありがとう。おやすみなさい。」
「はい、姉上。また明日。」
ユリウスが部屋から出ていき、寝室に静けさが戻る。
―ユーリにはだいぶ醜態を晒してしまったわ…。16歳にもなってあんな…。後でなにかお詫びをしないと…。
今までは義弟の前でどんなに泣こうが喚こうが気にしていなかったが、前世の記憶が甦った今はただただ恥ずかしい。遅れてやってきた羞恥心を拭うように再びベッドの中に潜り込む。
横になればすぐに睡魔はやってきた。
「……。」
前世のエリザベータ=コーエンはアルベルト様の為に生まれ、アルベルト様の為に努力し、アルベルト様によってその命は摘み取られた。
…今度は、自分のために生きて、自分らしく死にたい…。
祈るような気持ちで私は目を閉じた。
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