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後日談①

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「若、お疲れ様っす。」
「おい、バカ!若じゃなくて八島組の組長だぞ!」
「別にいいさ。俺本人が慣れてないんだからな。」

俺、八島 忍は苦笑いしながら黒塗りの車に乗り込んだ。

「では、親父、お疲れ様でした。」
「あぁ、お前らもゆっくり休めよ。」

今日、やっと大きな仕事が終わり、俺や舎弟達は身も心もクタクタだ。だが、家で待っていることを考えれば自然と笑みが溢れる。

「出してくれ。」

俺の合図で車は走り出す。
目を閉じれば、温かい笑みを浮かべたあの人の顔が瞼に浮かび上がる。

(あぁ、早く会いたい……。)

*****

「親父、嬉しそうだったな。」
「そりゃぁ、家であんな美人な嫁が待っているんだぜ?会いたくて仕方が無いだろ。」
「そうだな。……あー、俺も嫁が欲しい…。」
「……俺も…………。」

*****

俺は急いで家の戸を開ける。すると、煮物の良い香りが鼻先をくすぐった。

「ただいま。」

少し大きめに今帰って来たことを告げる。すると、台所からパタパタと走ってくる可愛らしい足音が聞こえた。

「お帰りなさい、忍。」

想像と同じく、温かい笑みを浮かべ、俺を迎えてくれる嫁、椿だ。
艶やかな黒髪を後ろに束ね、着物の上から割烹着を着ている姿は旅館の若女将のようだ。
そんな椿の姿に疲れは全て遥か彼方に吹っ飛んだ。

「今ご夕食が出来たところだけど…お風呂先に入っちゃう?」
「いや、夕食が先で良いだろうか。」
「もちろんよ。今日もお疲れ様。」

もう言って椿は俺の上着を脱がせ、荷物を持ってくれた。
良くできた嫁に愛しさが募る。


椿が俺の嫁になったのは本当に奇跡だと思う。
最初、椿は義弟である陽との結婚が決まっていた。
それで椿が幸せになるならと思い、潔く身を引いたが、二人の結婚が近づく度に椿は元気を失ってゆく。
どうしたのだろうか、俺はたまらなくなり声をかけた。もちろん、下心などない。ただただ椿が心配だったのだ。
椿は俺を見ると辛そうに目を潤ませた。
少し痩せたのではないだろうか。その体を抱き締めたい衝動に駆られるが、そんな自分を必死に押さえ込む。

「何でもないわ。ちょっとボンヤリとしてしまっただけなの。」

必死に笑おうとする姿が何とも痛ましい。
そして同時に、こんな顔をさせてしまっている陽に怒りを感じた。

「最近、陽と一緒に居るところを見ないが、それと何か関係しているのか?」

フルリと椿の肩が震えたのを俺は見逃さない。やはり原因は陽か。

「あの子は関係ないのよ。いつも優しいし、ちゃんと私の事大切にしてくれてるし……。あ、毎日ね陽ったらお花を持ってきてくれるのよ?部屋がお花だらけになってしまうわよね。」

聞いてもいないことをペラペラと話す椿に違和感を感じる。以前の彼女は、基本受身で必要以上のことは話さない、そんなイメージだった。しかし、今の椿は無理やり話しを続けようとしているように見える。
それは、何かを必死に誤魔化すかのように……。

「もう、いい。」
「えっ。」
「もう、無理に笑わなくていい。」
「そ、そんなこと……。」

まだ無理に笑おうとしているのだろうか。そんなこと俺の前では無意味だというのに。

「椿、辛いことがあるなら言ってみろ。」
「辛いことなんてないわ。毎日しあわせよ。」
「椿。」

俺は真剣に椿を見つめる。
椿の笑顔の仮面は徐々にに剥がれ落ち、迷子になってしまった子供のような顔になってしまった。きっとこれが、今の椿の心だ。迷いに迷って、迷子になっている。

「違うの。私の、せいなの…。陽なにも悪くないわ。」
「椿……?」

何を言っているのかが分からない。
椿は縋るように俺を見る。しかし、それは一瞬だ。すぐに椿は笑顔の仮面を付け直した。

「ごめんなさい。私、もう行かないと。……久々に話せて嬉しかったわ。」

立ち去ろうとする椿の腕を反射的に掴むとあまりの細さに目を見開く。

「……椿、お前ちゃんと食べているのか?」
「私に優しくしないで……。」

か細い声で呟く椿。聞き取るのが難しいほど小さな声であったが、俺はその声をしっかりと拾い上げた。

「つば……」
「さようなら。」

椿は俺の手を振り払い、去ってしまった。

その場に1人、取り残された俺は最後に見せた椿の今にも泣きそうな顔が目に焼き付いた。

(……椿……。)

俺はしばし呆然としてしまった。

*****

結婚式当日。
あの日以来椿には合っていない。会おうとしても何かと理由をつきつけられて、会うことは叶わなかった。

久々に見る椿はあの日以上にやつれていた。それでも、椿の美しさは健在であり、あの白装束に包まれた椿はここにいる全てのものを魅了した。
―何故、皆気づかない。あの辛そうな椿の顔を。
前から何となく勘づいていたが、今確信した。
椿はこの結婚を望んでいない。
俺は居ても立ってもいられなくなり、その場を立った。

―ガタッ

周りの親族が俺に注目する中、俺は椿と目が合っていた。
俺を止めようとする声など耳には入ってこない。もう、椿しか見えないのだ。俺は真っ直ぐ椿の元へ歩いた。

「忍……?」

一瞬、椿の目に歓喜が宿ったのを見逃さない。

「どうしたのですか?八島の兄さん。」

椿の隣から穏やかな声が聞こえた。見れば、誰もが認める美貌を持った椿の義弟、陽が俺を見る。穏やかな声とは裏腹に、俺を見る目は凍てつくほどに冷たい。
しかし、今用があるのは陽ではなく椿だ。もう一度しっかりと椿を見つめ返す。

「だ、ためよ、忍。戻って、式はまだ途中なのよ?」
「お前がこの式を心から望んでいるなら、俺はこの場から立ち去り、2度とお前の前には現れない。」
「―っ!」

椿の息を呑む音が聞こえた。

「どうなんだ?椿。」
「わ、私は……。」
「姉さん、やっぱり貴女は望んでいなかったんだね。」
「違うの!!私は……っ。」
「うん、分かってるよ。姉さんは昔から優しい人だから、……僕を拒めなかったんだよね?」

陽は優しく微笑み、椿の細い指から指輪を抜き取った。

「陽……。」
「これで姉さんを縛るものは何もないよ。」
「陽……っ。」
「ごめんね、貴女の優しさにドンドン付け込んで……。辛かったよね?」
「ごめんなさい、ごめんなさい…っ。あんなに大切にしてくれたのに…っ。」
「泣かないで、姉さん。姉さんの気持ちは知っていたんだ。……ねぇ?八島の兄さん。」

俺に視線を向ける陽。

「僕から大切な姉さんを奪っていくのですから、幸せにしないと連れ戻しますよ?」

その顔は吹っ切れたような爽やかな笑みだった。

「連れ戻す必要はない。」

俺は椿に跪き、視線を合わせる。

「どうか、俺の妻になってはくれないだろうか。」
「喜んで……っ!」

そう、泣き腫らした顔をして笑う椿は、今までで一番綺麗だった。


・・・・・あれから、早10年。
俺は今、椿と結婚して温かい家庭を築き上げた。

「どうしたの?」

不思議そうに俺を見上げる最愛の妻、椿。

「いや、幸せだなって思ってな……。」
「あらっ、ふふふ。私も忍と春に囲まれて幸せだわ。」

愛らしく微笑む椿に胸が高まるのを感じる。
この嫁は俺が喜ぶことばかり言うのだ。嫁、バンザイ!嫁、最高っ!生きててよかった!!

「父さん!お帰りなさい!!」

タタタと駆け寄ってくる愛娘、春を抱き上げる。

「ただいま。いい子にしていたか?」
「うん!」

春は今年5歳になる。
ハニーブラウン色の髪に、驚くほど真っ白な肌には、ぷっくりとした赤い唇が添えてある。目は涙が溢れてしまうのではと思うほど潤っている。誰もが認める美貌だ。
娘はギュッと俺の首に腕を回した。可愛らしいなと思っていたら、その力はどんもん強くなり、俺の首を締め上げてゆく。

「げ、元気だな。そろそろ、父さん苦しいぞ。」

ぐぐぐぐ……。
ちょ、まて、本気でやばい所まできている。

春は今までに見せたことがない、こわく的な笑みを浮かべていた。
……いや、見たことがある。
この顔に何度寿命が縮まったことか……、俺は知っている。

「この、変態。」

そう呟く娘は初恋のあいつと瓜二つだった……。


*****

「うぅ~、ヴヴ……!?」
「忍ー?あらあら、潰れたみたい。」
「あんなにお酒を飲む八島の兄さんが悪いよ。姉さん、ほっておこ。」
「陽ったら、冷たいのね。」
「姉さんが忍ばかりに構うからいけないんだよ。」
「あらあらあらあら……っ!!!何この子、可愛い!」

忍が夢から覚めるのは後少し……。




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