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エビフライの秘密

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あれからスミレからレイへのメールは止み、スミレはレイを諦めたかに見えた。
元々スミレは感情が表に出ないタイプだが、普段の様子を見ていると、俺の後ろめたさのせいなのか全てのスミレの笑顔が苦笑いに見えてくる。話していると普通なのに、どこか哀しみを隠し、無理して笑っているように見えた。俺には何も話してこないし、普段通りにして気丈に振る舞っているのかもしれない。
俺は俺であれ以来エビフライを口にする事はなく、レイとしての人生を手放した訳だが、時々スミレの唇や指、体を見ては『あぁ、もうスミレとキスすることも、体を重ねる事もないんだな』と残念に思ったりもしたが、弥生としてスミレの隣にいるせいか、思ったよりそこまで喪失感は無かった。

スミレには本当に悪い事をした。

「弥生せ~ん輩っ!!」
放課後、教室脇の階段に座って二者面談の順番を待っていると、後ろから誰かに背中をどつかれた。
「イテッ」
『誰だよ』とちょっとイラッとしながら振り返ると、ミリが屈んで俺の両肩に掴まっている。
「砂山か、お前は二者面談いいのか?」
「俺は昨日で終わり。それより砂山ってのやめてくんない?」
俺は後ろから激しく体を揺さぶられた。
「分かった!分かったって!てか、お前も自分で俺とか言っちゃってんじゃん。てかなんで学校で変身してるんだよ?」
「そこは見逃せ。それよかこの後デートしよーぜ。その為に変身したんだよ?」
ミリは俺を揺すったままご満悦の様子。
「なんでだよ!?」
「ヤリた~あ~い~!!」
ミリが周りも憚らず大声で甘えた声を出すと、周囲を歩いていた数人の男子が目を剥いて驚いていた。
「お前な、TPOをわきまえろ!それにヤラないからな!」
俺は前のめりにミリの両手から逃れる。
「なんで?スミレにバラすよ?エビアレルギーが原因でレイとスミレが別れたって言っても、正体まではさすがに言えなかったんだろ?」
砂山に事情は説明していたが、こんな事で揚げ足を取られるとは……
「言えるか」
俺は不貞腐れて頬杖を着いた。
「そんなに気を落とすなよ。俺がたっぷり慰めてやるから」
ミリが後ろから俺を包み込み、片頬に顔を寄せる。
どうでもいいけど、男のくせにいい匂いさせんな。
「イラネ」
「まあまあ、俺がヤリたいだけだから」
「お前、ヤル相手なら不特定多数いるだろうが。なんで俺なんだよ?」
「いないいない、全部切った」
「なんで?」
「お前いるじゃん」
ギュッと俺を抱くミリの腕に力が込められた。
背中に胸が当たるあたり、ミリはわざと押し付けてるんだろうな。
「だから、なんで俺なんだよ?」
「言わせたいの?」
「別に」
砂山がニヤニヤしてそうで、俺は卑屈になる。
「言ったろ?お前に選択肢はないんだっての」
砂山に頬をツンツンしておちょくられ、俺はちょっとムカついていた。
「言っておくけど、今からその姿じゃあ、最悪、ヤッてる最中に変身が解けるんじゃないか?」
そうなると、挿入時の俺のアレはどうなる?
あったはずの穴が無くなったら……コワッ!
想像するのも恐ろしい。
「さあ、どうにかなるんじゃね?てか俺、最近早漏ブームだからイケるっしょ」
「早漏ブームってなんだよ」
「1度に何回イケるかってやつ」
「質より回数かよ。それを俺で試すなよ。腰が壊れるわ」
「わーった、わーった。それで、お目付け役は?」
お目付け役とはスミレの事だろう。
「図書室で俺の面談が終わるのを待ってる。だからヤれないからな」
「あ、そう。じゃあお前んち集合な~」
「ほんと勝手だな」
文句を言いつつも、俺は諦めきっていた。ミリもとい、砂山は言い出したら聞かない奴だ、断っても家に押し掛けて来るだろう。
それに、一度体を重ねてしまえば、二度も三度も同じ事だ。


面談後、俺は電車に乗ってスミレと帰宅すると、自宅の前でスミレと別れ、内鍵もしないで1階の風呂場でシャワーを浴び、腰にタオルを巻いた状態で二階の自室に上がった。
「……砂山はいつからミリに変身していたんだろう?」
女の姿で来るのか、はたまた男の姿で来るのか、それによって俺の心持ちやモチベーションはだいぶ違ってくる。
俺としては前者の方が体に負担がかからないし、男の本能が発揮出来るから好都合なのだが。
「……」
というか、いくら宣戦布告されたとは言え、ベッドにタオル1枚で腰掛けて砂山の到着を待つとか、ホテルで恋人がシャワーを浴び終わるの待っているようなもんじゃないか?
恥ずかしい。
かと言って服を着直すのも不自然だし、部屋着のスウェットには毛玉が出来てるし、気心が知れたスミレ以外には見せられないし……結局脱がされるんだし、いいか。

そうこうしているうちに砂山が家を訪ねて来て、俺は二階から『勝手に上がって!』と大声で呼び掛けた。
俺は砂山の声の感じが女性っぽかったので少し安堵する。
相手がスミレならまだしも、やはり、本来挿入すべきところではない場所に、入れるべきものではないイチモツを突っ込むのは違和感がある。
「ちわ~」
ミリがトントンと軽い足取りで階段を上り、開け放たれた入口からご機嫌で顔を出す。
「はい、ちわ」
「え、弥生、準備バンタム級じゃん」
「なんだ、そのダジャレ。だって手間を省いておかないと、俺が砂山に掘られるだろが。大変なんだよ、俺が。それで、ミリに変身してからどれだけ経った?」
「教えなぁ~い」
ミリが両手で頬を挟んで猫なで声を発し、俺のイライラを誘う。
「超憎たらしいな」
全然可愛くない。ミリの正体を知っているだけに、全っ然可愛くない。
「いいから、手っ取り早く済ませよう」
俺はクズ男よろしく、いきなりミリの手を引いてベッドに押し倒し、彼女が着ていたブレザーを脱がせた。
「弥生先輩、柴犬みたいな顔してるくせにベッドではシベリアンハスキーなんですねっ!」
ミリがカマトトぶってぶりっ子するものだから、俺はお仕置きするつもりで少々手荒にミリのブラウスを脱がせていく。
「シベリアンハスキーってなんだよ。てか、お前が言い出したんだろ?それに俺はこれでもお前に脅されてる立場なんだからな」
ミリのブラウスがはだけ、俺は最後に女体化して以来初のオッパイに直面し、自分の意思に反して顔が赤くなった。
くそ、無駄に美乳だな。
「やだなぁ、先輩、ほんとはヤル気満々のくせに」
ミリはそんな俺を見て嘲っていた。
「うるせ」
ムカつくな。
俺はミリの首筋に顔を埋め、些か乱暴に彼女の乳房を揉みしだいた。
前とおんなじ、張りがあって軟らかい。これが砂山の乳だと思うと、複雑だな。
「……」
そこで俺はピタリと手を止めた。
目に映るのはうら若き美少女の姿だが、中身は友達の砂山じゃないか。
俺はミリをハッキリ砂山だと認識した途端、赤く火照った俺の顔はみるみる青ざめた。
萎える。
俺は今、砂山の乳を揉んでいるのか……
我に返ると虚しくなるな。
「どうした?現実を見たような顔をして」
砂山がこうしてニヤニヤしているという事は、俺のナイーブな心情を見透かしたのだろう。
「いや、なんか、美味しく戴いた寿司のネタが、実はアマゾンの厳つい淡水魚だったって気分を感じていて……」
「何を今更、俺ら男同士でヤった仲だろ?それにお前は下手くそだから俺は攻めの方が気持ちいいってのに、女体なだけ感謝してほしいね」
「こんな時に言うなよ、思い出すと尚更萎える」
俺は集中しようとミリの胸に舌を這わせた。
「ァッ、ハァン……」
「お、おまっ!!」
ミリが鼻から抜けたような声を漏らし、俺は自分でも笑っちゃうくらい動揺して顔を上げる。
「へ、変な声出すなよ!!」
「ムードは大事だろ?」
「中身が砂山だと思うとゾッとするんだよ」
「さてはお前、色鮮やかなお菓子を食べる時、カイガラムシの存在を意識して、食べられなくなるような繊細な人間だろ?」
「は?なにそれ」
「いや、まあ、知らないならいいよ。続けて」
「?」
俺は気を取り直して再度ミリの胸に舌を這わせた。
「ハァ、そんな野暮な舐め方しないで、もっと、触れるか触れないかの絶妙なタッチで舐めてよ。それにそんなとこ舐められたってナメクジに這われてるのと大差ないんだから、さっさと乳首舐めてよ」
ミリは俺の所作の一つ一つに物足りなさを感じるのか、焦れたように俺の頭を両手で挟んで自分のいいところに誘導する。
「もう、わがまま言うなよ、あくまで俺はお前に付き合ってって……」
ん?
今、俺は片手でミリの乳を揉みながら、もう片方の乳首を舐めていたのだが、気のせいかその乳がさっきより小さくなった気がした。
気のせいかとも思ったが、そこでいきなりミリが『あー……やべ、タイムリミットだ』と低い声で漏らし、俺はその言葉で全てを悟った。
エビフライの魔法が解ける。
ミリの体はみるみるしなやかさを失い、ゴツゴツとした砂山の体に戻っていき、それに合わせて砂山は急いで全ての衣類を脱ぎ捨てる。
「あっぶねー、借り物の制服が裂けるとこだったー」
砂山が全裸で安堵の息を漏らし、俺はそれを見てつい失笑してしまった。
「変身あるあるだよな。俺もレイから弥生に戻る時はいつも──」

「弥生」

開け放たれた部屋の入口から男の声がして、俺はその場に固まる。
この声は……
「スミレ……」
え、嘘だろ……
俺が聞き間違う筈がない。だって物心ついた時から毎日嫌って程聞いてきた声だ。
俺が恐る恐る視線だけをそこに向けると、一部始終を見ていただろうスミレが、そこに呆然と突っ立っていた。
ス、ミレーーーーーーーーーッ!!
いつからそこにっ!?
スミレが勝手に家に上がり込むのはいつもの事だが、何故、このタイミングで……鍵締めとけば良かった。
しかしそれももう後の祭り。
「スミレ、あの、これは……」
一体、スミレは何をどこまで見て、聞いたのだろう?
俺はあまりの衝撃に思考が停止した。さすがの砂山も、居心地が悪そうに後頭部を掻きながら遠くを見ている。
「弥生、今の、何?なんで弥生の彼女が砂山に変身したの?それに、なんで弥生の部屋に銀の首輪があるの?」
「銀の首輪?」
スミレが困惑しながら窓際の机を指差し、俺もその先を目で追うと、机の上に放置された銀の首輪に目がとまり、そして絶望した。
あっ、あーーーーーーーーーっ!!

オワタ……

俺がわざわざ説明しなくとも、スミレはこの茶番を見て全てを悟った事だろう。
「弥生、なんでこれを弥生が持ってる?これは俺がレイさんにあげたはずの物だけど?」
スミレは目を吊り上げ、真っ二つに壊れた首輪を俺にまざまざと見せ付けた。
「あの、それは……」
俺は答えられずに正座して俯く。
スミレの目が見られない。
罪悪感半端ねぇ……
「レイから弥生に戻る時ってどういう意味?それになんで砂山とこういう事になってる訳?」
スミレの重く押し殺した声が怖い。
俺は殴られるの覚悟で口を開いた。
「お前と行った神社で、お前に姉川レイみたいな彼女ができますようにってお願いしたら、それ以来、俺、エビフライを食べると3時間だけレイに変身するようになって、そんな筈じゃなかったけど、せっかく姉川レイそっくりになれたんだからって……砂山の事は……」
俺は横目で砂山を見ながら、その先を説明する事を躊躇う。
俺の返答次第では砂山がスミレにボッコボコにされるんじゃないか?
「だから、あの……」
俺がもじもじと膝の上で拳を握りしめていると、おもむろに砂山が起き上がり、物怖じする事なくスミレを見上げた。
「俺が、お前に弥生の秘密をバラすって脅して言うことを聞かせてただけだ」
「砂山……」
俺は、砂山の意外な物言いに少しだけ感動する。
砂山の事は、女をとっかえひっかえしてて薄情な奴だと思っていたが、こんな窮地で俺を庇って(?)くれるなんて、案外お人好しなのかもしれない。
しかしスミレはその砂山の言い分にピクリと眉を動かした。
「砂山も女に変身してたのなら、お前もあの神社に参拝してたんだよな?」
「まあね」
砂山はスミレの怒りオーラから一歩も引かずに答えた。彼はこれまで数々の修羅場をくぐってきただけあって、堂々としたものだ。
「じゃあ、お前は何を願った?」
「……」

ん?

砂山が急に黙り込み、宙の一点を見つめていたかと思うと、いきなり突拍子もない事を口にする。
「弥生と付き合いたいと願った。俺、弥生の事が好きだから」

ファッ!?

俺は喫驚して砂山の横顔をガン見する。
俺の事、好きって言ったか!?
え、え、嘘でしょ?
ライクじゃなくてラヴ?
モテるくせに、なんでわざわざ俺?
しかも男同士なんだけど!?
スミレが存外、意外そうな顔をしていなかったのが引っ掛かるが、こんな時にそんな事を言ったら、過保護なスミレが黙っちゃいないと思う。
「砂山、本気か?」
スミレが不穏なオーラを纏って尋ねた。
「マジ。てか、もう俺達付き合ってるし。レイとは出来なかったけど、女体でも、男同士のままでもヤッちゃった後だから、弥生はもう俺の物だよね~」
「す、砂山!」
砂山がスミレを挑発するように軽口を叩き、俺は心の中で『ヤメローーーッ!!』と絶叫する。
てか、もうスミレにバレたんだから、俺と砂山との交際は破局だろ。
「あ、はー、そういう事か。弥生は俺を騙して楽しんでたって事か」
俺はスミレからとても冷ややかな侮蔑した目で見下され、慌ててベッドから飛び降りて彼の脚に縋った。
「違う違う!俺はただ──」
「何が違うって言うんだよっ!?姉川レイに成りすまして俺に色仕掛けしてきたくせに!」
スミレの怒号があまりに正論過ぎて、俺はぐうの音も出なかった。
そうだ、違わない。俺はスミレを騙して、傷付けた。弁解の余地なんかないじゃないか。
言葉が出ない。
「俺は本当に愛していたのに……見損なったよ、弥生」
スミレに突き飛ばされ、俺はベッドの縁で頭を打ちそうになったところを砂山に助けられた。
「大丈夫か、弥生」
砂山が俺を気遣ってくれたが、俺は足蹴にされるの覚悟でスミレに手を伸ばす。
「スミレ、本当にごめん!凄く後悔してるし、償いたい。だから──」
「さよなら、弥生。砂山と仲良くな」
そう言ってスミレは部屋を出て行ってしまった。

おしまいだ。

完全に嫌われた。
たとえスミレと付き合えなくても、親友というポジションさえ守れていたら、まだ生きる希望が持てた。なのに嫌われてしまっては、もう、何の歓びもない。
絶望、闇だ。
ショックで俺の頭は真っ白なのに、ポロッと目からは自然と涙が溢れた。
「弥生、大丈夫だから。俺がついてるから、そんなに悲しむな」
砂山が後ろから俺を抱き締めてくれたが、今の俺には何の感動もない。
無だ。
「うん、うん、ありがとう」
俺は訳もわからずただただ無意識に何度も頷く。まるで体から魂が抜け出てしまったようだ。
「弥生、俺はまだお前の一番にはなれないかもしれないけど、ずっとそばにいて、ずっと愛してやるから、泣くな」
いつもチャラチャラしてふざけている砂山だが、この時ばかりは俺に優しかった。
しかし罪深き俺には、その優しさは差し出された一本の藁であり、甘美な毒でもある。だから、砂山には甘えてはいけないと思った。
「うん、うん、ごめん、ありがとう」
俺は、また誰かを傷付けるのが怖くて砂山の愛に目をつむった。

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