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断食系から草食系へ

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レイとしてスミレとメールのやりとりをしてから早2日、俺は部屋のベッドで一人、あちらからのメールを待つべきか、自分からメールするべきか悩んでいた。
「気があればあっちからメールがくると思ってたんだけど、スミレの奴、そうでもなかったのか?」
なんか寂しいな。俺ばっか待ち焦がれてるみたいで悔しい。
女からはメールしずらい(多分)んだから、気ぃ遣えよ~
とは言えスミレは断食系男子だ、俺がメールしなければこの吹いて飛びそうな関係は自然消滅するだろう。
「あーあー、もうっ!」
俺は地団駄踏むようにうつ伏せで足をバタつかせ、メール画面とにらめっこした。
今日は日曜なのに、俺は朝からこの調子だ。
俺は遂に痺れをきらし、弥生としてスミレに探りを入れてみると、彼はこれから家のおつかいで駅前に行くという事だった。
「そうだ、こうしちゃいられない」
俺もレイに変身して、偶然を装ってスミレに接触しよう。
そうと決まれば話は早い。俺は買い置きしておいた冷凍エビフライを解凍し、それを咥えながら着替えを済ませた。
「よし」
胸元の開いた花柄のワンピースに白いコートを着用し、何かのブランドである茶色いショルダーバッグを肩から掛け、自室の姿見の前で変身後の姿を確認し、俺は家を出る。
「午後3時までには戻らなきゃ」
俺は帰宅する時間も考慮して2時間30分後にスマホのアラームが鳴るよう設定した。


確かスミレは駅前の家電量販店で電球を買うと言っていた。
俺は慣れないヒールでよたよたと店の前まで行けたが、そこでまたガラの悪い輩に絡まれ、四苦八苦する。
「お姉さん、姉川レイでしょ!?」
前回は中年のオッサンだったが、今回は日焼けしたオラオラ系の若者だ。
「違います」
「うそうそ、そんな筈ないって。だって口元のホクロが同じとこにあんじゃん」
キッパリ否定しても、結局は姉川レイのクローン(?)である俺は誰がどう見ても彼女そのものなのだ。
「たまたまです」
「絶対そうだって。俺、毎晩お姉さんのお世話になってんだから、見間違う筈ないんだよ」
やっぱそうなるよね。
てか、別に今の俺は姉川レイのそっくりさん(?)だけど、そんな下卑た笑いをされると、俺がズリネタにでもされたようで心底不快だ。スミレなら許せるのに、他の男だとこうも気持ち悪いのか。
「ねぇ、俺のも挟んでよ」
男がハァハァしながら俺に耳打ちし、俺は周りも憚らず盛大に呆れ声をあげる。
「はぁっ!?」
俺の事を本気でセクシー女優の姉川レイだと思い込むのはいいが、なんで俺が他人の汚いピーなんか挟まなきゃなんねんだよ!!
図々しいにも程がある。
「いいじゃん、どうせ撮影で色んな男とヤりまくってんだから、ちょっとくらいいいだろ?」
前にも思ったけど、どうしてこうも世の男どもはピンク系の仕事をする女性を軽んじるのか、俺がレイである以前に物凄く腹立たしかった。
これって差別だよな。エロい仕事をしているからって、本人がエロいとは限らないのに。前に何かの記事で読んだけど、セクシー女優はプライベートでは逆にそういった事はあまりしないとか。
まあ、そんな事はさておき、俺は目の前の男をどうやってギャフンと言わせてやろうかウズウズしていた。
こういう連中は、一度痛い目を見なきゃ懲りないからな。
「ねぇ、時給分は払うし、ゴムつけるからさぁ」
男にさり気なく腰に手を当てられ、俺の背中にサブイボが大量発生する。
「マジでヤメロ。キモいんだよ!キンタマぶっ潰すぞ!?」
俺は全力で凄んだが、なにぶん今は女顔なのでさして効果は無く、男は余裕綽々でニヤニヤしていた。
「とかなんとか言ってさぁ、最近出したレーベルで初対面のキモメン童貞と出会って5秒でハメてたじゃん」
知らねーしな!!
「だから人違いだって言ってんだろ!」
セクシー女優に人権はねーのかよ。マジでムカつくな。ナンパはさておき、こういう奴らの人を人とも思わない態度がほんと虫酸が走る。
俺は遠巻きに傍観するギャラリーをよそ目に、マジでこいつのキンタマを蹴り上げようと利き足を持ち上げた。
そんな時、またしても俺の目の前にヒーローが現れる。
「お兄さん、俺の連れに何かご用ですか?」
俺はいきなり腕を引かれ、気が付くとスミレの腕の中で彼の精悍な顔を見上げていた。
「俺、スタンガン持ってるんですけど、試してみますか?」
スミレは尻ポケットからスタンガンとおぼしき掌サイズの黒い機器を取り出し、男に翳して見せると、男は何か言いたそうに渋々人混みに消えて行く。
その間、俺は意外と力強いスミレの腕や胸板にドキドキが止まらなかった。
スミレって、案外筋肉質なんだな。なんか、男の時の俺と違って硬いし、大きい。俺が女だからそう思うのか?
「レイさん、そんな短いスカートじゃ絡まれるって言ったでしょ」
スミレから強めに叱られ、俺は彼の腕の中で小さくなった。
「ごめん、なさい。忘れてた」
でも何故だろう、こうしてスミレの腕の中にいると凄く安心出来た。
「忘れてたって……自覚がなさすぎでしょ。ほら、これ、これをあげます」
スミレは手にしていたスタンガンを俺に手渡す。
「なんで?」
「さっき、こことは別の電気店で買ったんです。本物じゃないですけど、ちゃんと電気が流れるので護身用にはなりますから」
「でも、悪いよ」
スミレは中学までテコンドーを習っていたので、その彼がスタンガンだなんておかしな話だなとは思っていたが、俺にそれをくれるいわれもないのでちょっと当惑した。
「これはいつかレイさんと再会したら渡そうと思ってたんです。なんか、危なっかしくてずっと気になってて」
う、わーーーーーーーーー……
そゆこと言っちゃう?
あんな嫌な思いした後じゃあ、好きになっちゃうじゃん。
俺は何かに胸を射抜かれたような、そんな気分だった。
俺の事心配してくれてたんだ。しかもずっと気になってたとか、殺し文句以外の何物でもない。それに今、どさくさに紛れて再会したらなんて言ってなかったか?
メールの返信はなかったけど、スタンガンまで用意してくれてたって事は、再会するつもりだったんだ。
俺はあれこれ悩んでいたのが嘘のように有頂天になっていた。
「凄い嬉しい!ありがとう!」
スミレは手当たり次第に近付いてくる下衆な輩とは違う。人を色眼鏡で見たりせず、本気で心配してくれるいい奴だ。
神か。
嫌な目に遭ったばかりだからか、スミレの優しさがやけに身にしみる。
世の中、まだ捨てたもんじゃないな。
なんか、凄くホッとする。このままスミレの腕の中にいたい。
「いいですけど、すいません、レイさん。勝手に連れとか言って。しかも馴れ馴れしかったですよね?」
俺がうっとりしていると、スミレは申し訳なさそうに俺から離れた。
もっとくっついていたかったのに。
なんでかスミレから離れるのがとても名残り惜しかった。
「ううん、嬉しかった。凄く怖かったから」
なんてカマトトぶったら、スミレはまた抱き締めてくれるんじゃあないかと、ちょっとだけ期待してしまう。
「大丈夫ですか?送って行きましょうか?」
良心は痛むが、スミレが心配してくれるのが嬉しい。
駄目だ、スミレが尊すぎる。
「やだ、帰りたくない」
「え?」
俺が駄々をこねると、スミレはどうしたものかと首の後ろをさすった。
む?
なんか変な意味にとられたか?
今のセリフは、専らデート帰りに彼女が彼氏を誘う時の常套句じゃないだろうか?
スミレがちょっと困り顔なのも頷ける。
「ちょっと歩かない?」
「いいですよ」
変身が解けるギリギリまでスミレと一緒にいたくて、俺は彼を連れてあてどなく歩き出した。

「イテテ……イテテ……」
暫く街をプラプラしていると、俺の踵が靴擦れで悲鳴をあげる。
「レイさん、掴まって」
すかさずスミレが腕を差し出し、俺はその頼り甲斐のある腕にしがみついた。
おお~
これはまるでデート中のカップルじゃないか。
しかも足をフォローしながら歩くせいか、必然的にスミレの腕にこの巨乳が当たってしまう。
俺がレイになる前は、こういうシチュエーションに憧れたもんだけど、同じ男でも、スミレは紳士で賢者で仙人だから、なんとも思わないんだろうな。
その証拠に、スミレはいつもの真顔で真っ直ぐ前だけを見ていた。
ちぇ、なんか俺だけ意識してるみたいで悔しいな。
「近くにネカフェがあったはずだから、そこで休みましょう」
スミレは残念なくらい平常運行だ。
スミレが指差す方に道を曲がると、いつも通る馴染んだ裏路地に出る。
ここは怪しい店が立ち並んでいて、アダルトグッズの販売や、どこから輸入されたか解らないような曰く付きの家電なんかが売られていた。
「ごめんね、スミレ。こんなはずじゃなかったんだけど」
「なんで謝るんですか。気にしないで」
「や、でも──」
と言いかけて、いきなりいかがわしい看板が目に飛び込んできて、俺は思わず言葉に詰まる。
俺がそのまま自然に話してたらまだやり過ごせたのに、変に語尾を切ったものだから凄く気まずい。スミレとは毎日のように普通にここを通ってたのに、今はめちゃくちゃ恥ずかしい。
「あ」
いきなりスミレが声を漏らし、口元に手を当てて目を泳がせるので、俺がなんのこっちゃと視界を巡らせると、いつも何とも思わずにスルーしていた姉川レイのギリギリな看板を見つけ、カァッと顔が熱くなった。
これは、これはっ、恥ずかしいぞ!!
だって看板の姉川レイは、乳首や秘部は露出していないものの、紐みたいなボンテージを着てM字開脚をしているのだ、クローン(?)の俺としては、スミレの前で自分がそんな痴態を晒しているも同然なのだ。
「……」
「……」
無言で看板を通り過ぎる際、俺がソっとスミレを横目で盗み見ると、一度看板を凝視した彼と目が合う。
ん?
今……
「すいません」
スミレは平静を装ってまた前を向いた。
「な、なんで?」
なんで謝った?
「こんな感じなのかなって想像して」
スミレはやはり真顔だが、またしても目だけを泳がせている。
「……」
お、おま……
レイと姉川レイを見比べて隣で何を想像していたっ!?
仙人何処行った、仙人!!
俺は狼狽しながらぎこちなく路地を後にした。

路地を抜け、ネカフェの畳席に入るなり、すぐさまスミレにヒールを脱がされ、真正面から足を観察される。
「痛い、ですか?」
サワサワとスミレに足を触られ、俺はそのくすぐったさに背を丸める。
スミレって、意外と積極的なんだ。
スミレとは、男同士でもくっついたり触ったりしていたけど、女の視点から物事を見ると、彼の一挙一動にドギマギしてしまう。
「くすぐったいよ」
「血が出てる」
そう言われ、俺は途端に痛さが増したような気がして思わず叫んだ。
「ギャーッ!!」
「あ、コラ」
焦ったスミレに口元を押さえられ、俺は深く反省する。
「ギャーッて……」
「……」
「……」
「……フミレ?」
なかなか手を離してくれないスミレに、俺は首を傾げた。
「あ、すいません。今、なんか、デジャヴが」
と言ってスミレは俺の口を開放すると、後頭部を掻いて誤魔化す。
デジャヴ?
まさか……
俺にも心当たりがあった。
…………あれか『姉川レイ 拷問』で検索した時の動画にこんなシーンがあって、姉川レイが男に口を押さえつけられて拷問されていたのだが、多分、スミレもそのシーンを回想したのだろう。
……スミレ、ちゃんと応急処置してくれるよな?
「絆創膏を貼るのでストッキングを脱いで下さい」
そう言いながらスミレは肩から斜めがけにしていた鞄から何枚か絆創膏を取り出し、準備している。
俺はスミレの膝に足を預けた状態でどうやってストッキングを脱ごうか思案していると、ストッキングの踵の部分にでんせんを見つけ、丁度いいやと思った。
「でんせんしちゃったから、そこから破っていいよ」
「え!」
一瞬、鉄面皮のスミレが動揺したように見えが、見間違いだろか?
「え?」
なんで?
「いんですか?」
そう言ったスミレの目が若干輝いて見えるのは気のせいだろうか?
「いいよ」
別に、穴が開いたんだから、思い切りビリビリやってくれて構わないのに。
「じゃあ」
スミレの喉が大きくゴクリと鳴った時、俺は『姉川レイ 強姦』で検索した時の動画に、ストッキングをビリビリに破かれ、前戯も無しに無理矢理犯される姉川レイの姿を思い出し、震撼した。
「ハァ、ハァ、ハァ……」
こ、心無しかスミレの呼吸が荒くなった気がする。
「す、スミレ?」
「ん?」
ストッキングに目が釘付けになっていたスミレが顔を上げる。見た感じはいつも通りのクールなイケメンだが、今の俺には彼が変態に見えた。
被害妄想か?
意識し過ぎ?
あんな動画を見た後だからそう思えるだけなのかも。
「えと……お手柔らかに」
あ、言葉のチョイス間違った。
「はい。優しくやりますんで」
お前の返しもちょっとおかしいぞ。
ヤバい、変な事に気付いたら変な気分になってきた。
それに、姉川レイの動画にネカフェで声を殺してパコパコするやつまであったのを思い出した。
いや、まさか、現実に俺の身にそんな事がふりかかる筈が無いんだ。無いんだけど、スミレの変態性を知ってしまったから、無くもないのが怖い。
スミレは何故か、穴の開いた踵の部分ではなく、太腿に近い所の生地を両手で摘み、俺を驚愕させる。
「え、なんでそこ?」
穴のとこのがやりやすいに決まってんじゃん。そこから破いたら際どいとこまでみるみるでんせんして動画みたいな展開になるじゃん。
「つい」
『つい』ってなんだよ『つい』って。ほんの出来心みたいに言うなよ。
『つい』って言えば何でも許されると思ってんのか?
いちいち動作がイヤらしいんだよ。
ん、え、ちょっと待てよ、スミレ。最初はお前に姉川レイみたいな彼女ができますようにって神頼みはした、けども、俺は姉川レイのクローンで、なんならお前の嫁になろうとか目論んだりもした、けども、俺は多分、俺は……俺は……バージンなんだ!
童貞でもあるってのはこの際置いておいて、心の準備がまだ全然出来てないんだよー!
スミレの事は、尊敬するし、いい奴だと思うし、レイとしても好感触だけど、俺は……長年親友だった奴とヤれるのか!?
中身はロリ顔のアイドルが好きな日本男児だぞ!?
スミレに娶ってもらおうとは思っていたけれど、一緒にいられればそれでいいと思ってたからあんまり深く考えてなかった。だからこそ一線を越えてしまったらどうなるのか、怖い。
てか、ムッツリド鬼畜のスミレに何をされるのかが一番怖い。
「ごめんね、レイさん」
「な、なんで謝るの?」
俺が及び腰になると、スミレに軽く脚を引き戻された。
い、意外と手が大きいな。
「ストッキングは帰りに俺が買ってあげます」
「いや、いいけど。ストッキングは応急処置の為に脱がせるだけで、脱がせた後はちゃんと応急処置してくれるんだよね?」
俺は不安になってわざわざそんな事を確認した。
「え?勿論です」
そうは言っても、スミレは顔にいやらしさが出ない変態だから信用していいのもか……
「じゃあ、お邪魔します」
だから、言葉のチョイスよ!
そのセリフを合図に、スミレは俺の腿の部分から豪快にストッキングを引き裂いた。
ビリビリビリビリビリビリッ!!
雷みたいな結構凄い音がして、静かな室内から俄に他人のどよめきが聞こえてくる。
ストッキングは、俺が危惧していた通り脚の付け根部分までズタボロになり、俺は乱暴でもされた後のような気分を味わう。
コワッ、てかコワッ!!
な、なに、その暴力性……
無表情で人のストッキングを引き裂ける神経が解らない。
「ここまで裂けたらスルッと引き抜けると思ったんですけど、失敗しましたね。引っ張るのでお尻を上げて下さい」
「……」
俺は呆然自失のまま言いなりになった。
こ、こえー……
グイグイとストッキングを引かれると、尻がツルッと剥けるようにそれは脱げていく。俺はただボンヤリとその様子を見守っていたのだが、スミレが思わぬ声をあげたので、彼の手元に刮目した。
「ん?」
「あの、これ……」
スミレは腫れ物にでも触れるかのように申し訳なさそうに俺にストッキングと男物の赤いボクサーパンツを差し出す。
「ぁっ……」
ああああああああああああっっ!!
もう、顔から火が出る程恥ずかしかった。
下着はノーマークだった!
だって、親友にパンツを脱がされるとは思いもしなかったし。
あぁ、いや、でも、そうか、そうなんだよな、ちょくちょく忘れるけど、今の俺はレイであってスミレの親友でもなければ同性でもない。異性同士なら必ず事故の危険性が伴うって事を忘れてた。意識が足りてなかった。でも、だからって、スミレとチョメチョメなんて想像もつかないし、そんなの、困る。
というか、今はそんな事を考えている場合じゃない。何かフォローしないと。
「ボ、ボクサーパンツって楽でいいよね」
俺は引きつりながらエヘヘと笑って誤魔化した。
「ええ、まあ」
なんだよ、その味気無い相槌は、気まずいだろが。
「じゃあ、絆創膏貼っていきます」
「えっ!」
スミレは俺のパンツとストッキングを自分の後ろに追いやると、そのまま俺の足をグイッと高く掴み上げた。
なっ……なんだとっ!!
なんで先にパンツを履かせてくれないんだ!
しかもそんなに高く脚を上げたら真正面のお前に俺の具が見えるだろ!
俺は片手でワンピースの裾を押さえ、必死で具が見えるのを防いだ。
こいつ、天然なのか、確信犯なのか、とんだくわせもんだ。
スミレは口を上手く使って絆創膏の紙を剥がし、それを踵の患部に何枚も貼り付けていく。そんなふとした動作すらスミレがやるとイヤらしく見える。
俺がモジモジと両膝を擦り合わせると、それをスミレに手で止められた。
「じっとしてないと、痛くしますよ」
なんで応急処置なのに痛くするんだよ。こいつ、ちょっと楽しんでないか?
「痛いですか?」
「痛い」
痛みなんかすっかり忘れていたけど、スミレのその言葉で疼痛が甦ってきた。
「出来た。反対」
「ん」
俺がなんの気無しに脚を入れ替えると、棍棒のような硬い何かに足がぶつかり、スミレが肩をびくつかせて息を詰めた。
「っぁ……」
「……」
……
今……
今、ぶつかったのって、まさか、スミレのアレか?
サーッと俺の全身から血の気が引いた。
え、うそ、うそだろ、そんなはずない、今触れたのが本当にアレなのだとしたら、スミレの下半身には異国(欧米)の血が流れているとしか考えられない。ショック。俺、完全に負けてるじゃん。
……………てか、とぼけた顔して人知れず盛り上がってんじゃねー!
「帰ったら、ちゃんと消毒して下さい」
「あ、うん。ありがとう」
あすこははちきれんばかりで辛いはずなのに、スミレはそれを隠して(全然隠しきれてない)努めて紳士でいてくれてる。なんか、色々と疑ったりして悪い事したな。スミレは鬼畜で変態だけど、他の輩とは違ってちゃんと自制してくれてる。当たり前の事だけど、同じ男だからその辛さは解る。やっぱスミレはいい奴だ。それに変な話、なんだかんだ言って俺はスミレに性の対象として見られる事に抵抗を感じていない。寧ろ、ちょっと悦でもある。目の前のクールで無愛想なイケメンが、俺相手に欲情してるなんて、ゾクゾクする。もっと欲しがればいいのに、なんて、俺も変態の仲間入りだろうか?
「スミレ、見た?」
一応、確認すると、スミレは俺にパンツを手渡しながら『見えませんでした』と言った。どうやらスミレは確信犯だったらしい。
とんだムッツリスケベだな。
「パンツ履くからあっち向いてて」
俺がそう言うと、スミレは素直に背を向けてくれた。
ゴソゴソと衣擦れの音を響かせながら長座でパンツを履いていくと、スミレが僅かに身じろぎ、俺はヒヤッとして咄嗟にスミレの背中を足蹴にする。
「酷いじゃないですか」
「見るなって言った!」
俺は痴漢でも責めるようなニュアンスで語気を強めた。
「我慢してますよ」
「絶対、絶っ対、ぜぇったい振り返らないでよ」
「それ、フリですか?」
俺が力いっぱい念押しすると、クスリとスミレの笑い声がして、その肩が僅かに揺れる。
「ちがーうっ!」
俺は憤慨しているように見せて、本当はスミレがレイに対して心を開いてくれたみたいで嬉しかった。それ程、スミレが家族や俺以外の人間に微笑みかけるのは珍しかったのだ。
スミレって、きっと彼女が出来たらこんな感じなんだろうな。
なんか、俺が独占したいな。
「終わったよ。ね、せっかくだからネトゲしてから帰ろ」
パンツを履き終えると、俺達は隣り合わせに座り、ネトゲに夢中になった。

一時間程して、俺達はネカフェを出て来た道を戻っていた。
雪は無いが、この寒い中を生脚で歩くのは正直凄く寒い。それでも俺はスミレに気を遣わせまいと腿を擦り合わせながら歩いた。
「いやー、楽しかったね~即席の装備だけど、なかなかいい所まで進めたよね」
俺はネトゲの興奮冷めやらず、腕をブンブン振り回しながら歩いた。
「うん。なんか初めてタッグを組んだ感じがしなくてやりやすかった。親友とやってるみたいだった」
ギクッ
スミレも楽しそうにそう話してくれたが、俺は正体がバレやしないかとヒヤヒヤした。
「え、う、うん」
こんな荒唐無稽な話、バレる筈がないのに、俺はギクシャクと歯切れの悪い返答をして逆にスミレから変に思われてしまう。
「?」
「いや、とにかく、今日は本当に楽しかった。また遊ぼうよ」
俺は取り繕うようにここぞとばかりに空元気を発揮した。
「はい。レイさんの休みって土日祝とかですか?」
スミレに突っ込んで聞かれ、俺はまたしても弱気になる。
「ま、まあ、そんな感じ」
細かい設定とか考えてなかった。
「撮影って、平日は毎日あるんですか?」
「はっ!?」
いきなりの問題発言に、俺は意表をつかれて素っ頓狂な声をあげる。
「いや、なんか、想像したら、ちょっとイヤだなって」
スミレはスミレで勘違いしたまま何故か憂いているし。
スミレ、俺の話聞いてなかったのか?
てか、俺はスミレに自分(レイ)の事を姉川レイのそっくりさんって言ったと思ったけど、信じてなかったのか?
確かに、ここまで姉川レイの完コピじゃあ、本人か、双子説しか信じられないわな。
俺はショーウィンドウに映る自分の姿を見て納得した。
「違う違う、私はただのドッペルゲンガーだから」
俺は立ち止まり、勢いよく胸の前で手を振る。
「え、ドッペル?」
スミレも立ち止まると、丁度目に入った姉川レイの看板と俺を何度も見比べた。
「そ、そうなんだ、へぇ……」
スミレはどこかよそよそしく、不自然なくらい視線を彷徨わせている。
こいつ、絶対信じてねーな。
「あ、そうだ、生脚で凄く寒いですよね」
スミレは思い出したように俺の手を取り、あろうことかすぐ後ろのアダルトグッズ専門店に連れ込んだ。
「え、エエエェェェエエエー」
俺は抵抗する暇も無く、所狭しと天井まで並べられたエロDVDの迷路を足早に歩かされ、突き当たりのアダルトグッズコーナーでようやく開放される。
そこは、まさにエロスの楽園。見るのも憚られる程の禍々しい大人の玩具から、どうやって着るのか、はたまた着る意味があるのかと思えるファッションをしたマネキン達、果ては中世ヨーロッパの拷問でも使用されていたんじゃあないかと思えるおぞましいムチや器具等など、およそモザイク無くしては直視出来ないようなグッズがびっしりと鎮座していた。
「こういうとこでは客同士目を合わせませんし、女の人相手なら、男は恥ずかしくてコソコソ隠れますから、何も心配いりませんよ」
実際、他の客の気配はあるが、姿がない。
……てか何が?
それより、目の前に馬並みのバイブが並んでるってのに、よくそんな爽やかに言えるな、おい。
俺には刺激が強すぎて、今にも鼻血が出そうだ。
「な、なんで、こんなとこに?早く出ようよ。恥ずかしいよ」
そうしてスミレの腕を引いたが、彼は姉川レイのあすこをイメージして作られたあらぬグッズに目を留めている。
「……何見てんの?」
俺が差別的な視線を送ると、スミレはパッとコスプレやパンストコーナーに移動した。
「見てません」
いや、ガン見してただろ。
「レイさん、好きなのを選んで下さい」
スミレの後に続くと、壁に番号がふられた網タイツやらガーターやらが沢山貼り付けてられている場所に着く。
「え、でも」
俺はこの店にある物全てがいかがわしく見えて気後れしていた。それをスミレは謙遜と受け取ったのか『どーぞどーぞ』とやけに勧めてくる。
「約束ですから」
「いいよ、いいよ、ちょっとくらい我慢する」
「風邪ひきますよ」
「大丈夫だよ」
「駄目です。じゃあ勝手に選びますからね」
「えぇ……」
それが一番怖いんだよ。

スミレが会計を済ませ、戻って来ると、俺は彼から黒い紙袋を渡され、試着室に押し込められた。
俺はすぐに紙袋の中身を確認すると、そこにはガーターベルト付きの黒いストッキング(?)と、ご丁寧にもそれに見合った黒レースとサテンの白いパンティが入っていた。
確かに、男物のボクサーパンツにこれはコントにも近しい。でも、なんで、誰に見せる訳でもないのにこんなエロかわいい下着を着けなければならないのか。
いつか観たテレビでは、男が女に下着を送るのは、それを脱がせる為にそうするのだと聞いた事がある。さすがにスミレはそこまで考えてはいないと思うけど、これを履いて本人の目の前に立つのはめちゃくちゃこっぱずかしい。だってスミレは、ワンピースの下に隠れた俺(レイ)の下着姿を想像する事が出来るのだ。もはや、そのまんまワンピースを捲って彼の前に出るようなものだ。
「うわぁ……」
一応、履いてはみたものの、ガーターベルトという存在そのものがいやらし過ぎて、鏡で確認するのすら俺には出来なかった。
「いいですか?」
声と同時に試着室のカーテンを開けられ、俺は心の準備も無くそこを出る。
ワンピースとコートを上に着ているのでいかがわしい部分は外観からはまるで見えないが、スミレに透視でもするかの如くジロジロと凝視され、俺は恥辱で沢山手汗をかいた。
こっち見んな!
まったく、このムッツリスケベが。
「は、早く出よう」
俺はスミレの視線を避けるように彼の背を押して店を出た。
「買ってくれてありがとう」
なんだかんだ言って、生脚の時より全然温かくて、スミレには心から感謝して頭を下げた。
「いや」
いつもみたいに言葉少なに手を上げた色男を見て、俺はふと思う。
「スミレって、ああいうのが好きなんだね」
本当は、レイの下着姿を見たいとか思ってるのかな、やっぱり。
「いや、ああいう所だから、一番地味なのがいいかと思って。最寄があんな店しかなかったし」
なる程、確かに本来のスミレならもっとエグいのをチョイスした筈だ。
「スミレは高校生なのに、ああいうとこによく行くの?」
店の入口付近には健全なグラビア写真集も並べられていたから、18歳未満でも入店は可能なのだろうけど、まだまだ青臭い高校生には入り辛い店には違いない。
「や、俺、ネット派です」
「……」
俺は時々思う。スミレというイケメンは、たまに自分で自分の言った事を理解していない時があると思う。そして爽やかなイケメンは、いかなる場合においてもその清涼感を保つ義務があるんじゃないだろうか、と……


その日の夜は、スタンガンや下着のお礼という大義名分もあり、すんなりスミレにメールを送る事が出来た。
今日は本当におかしな展開だったけど、レイとしてスミレにだいぶ近付けたような気がする。
下着の事だけど、せっかくスミレが選んで買ってくれた事だし、それに合ったかわいいブラを探してみようかな。
今晩、スミレはどんな夢を見るだろう?
きっと俺ならスミレの夢を見る。

スミレも、おんなじならいいのに。
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入社した会社でぼくがあたしになる話

青春
父の残した借金返済のためがむしゃらに就活をした結果入社した会社で主人公[山名ユウ]が徐々に変わっていく物語

騎士団長の溺愛計画。

どらやき
BL
「やっと、手に入れることができた。」 涙ぐんだ目で、俺を見てくる。誰も居なくて、白黒だった俺の世界に、あなたは色を、光を灯してくれた。

[本編完結]彼氏がハーレムで困ってます

はな
BL
佐藤雪には恋人がいる。だが、その恋人はどうやら周りに女の子がたくさんいるハーレム状態らしい…どうにか、自分だけを見てくれるように頑張る雪。 果たして恋人とはどうなるのか? 主人公 佐藤雪…高校2年生  攻め1 西山慎二…高校2年生 攻め2 七瀬亮…高校2年生 攻め3 西山健斗…中学2年生 初めて書いた作品です!誤字脱字も沢山あるので教えてくれると助かります!

【Dom/Subユニバース】Switch×Switchの日常

Laxia
BL
この世界には人を支配したいDom、人に支配されたいSub、どちらの欲求もないNormal、そしてどちらの欲求もあるSwitchという第三の性がある。その中でも、DomとSubの役割をどちらも果たすことができるSwitchはとても少なく、Switch同士でパートナーをやれる者などほとんどいない。 しかしそんな中で、時にはDom、時にはSubと交代しながら暮らしているSwitchの、そして男同士のパートナーがいた。 これはそんな男同士の日常である。 ※独自の解釈、設定が含まれます。1話完結です。 他にもR-18の長編BLや短編BLを執筆していますので、見て頂けると大変嬉しいです!!!

異世界に召喚されて失明したけど幸せです。

るて
BL
僕はシノ。 なんでか異世界に召喚されたみたいです! でも、声は聴こえるのに目の前が真っ暗なんだろう あ、失明したらしいっす うん。まー、別にいーや。 なんかチヤホヤしてもらえて嬉しい! あと、めっちゃ耳が良くなってたよ( ˘꒳˘) 目が見えなくても僕は戦えます(`✧ω✧´)

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