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翡翠の決意
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あの事件があって、私は毎日を悪夢の中で過ごしている様だった。
大好きなセキレイさんといる時も、大好きなニシンを食べている時も、常に頭の中には『あいつ』がいて私の精神を蝕み、極限状態を作り出していた。
セキレイさんの黒々とした瞳を見ていると、あの夜、暗闇で光った犯人の瞳を思い出し嫌悪感で吐き気がした。
今でもハッキリと覚えている。爛々と輝く瞳が私を捉え、私は恐怖で目を見開いたままそれから目を離せずにいた。そんな時ですら私は泣くもんかと歯を食い縛ったが、犯人はそれを嘲笑うかの様に私の体を弄んだ。切り傷に無理矢理容量オーバーな物を捩じ込まれている様な味わった事のない苦痛を与えられ、私は意識を手放しそうになった。でもそれ以上に苦痛だったのは、誰とも知らぬ他人が私の中に入り込み、その汚い欲望をそこに吐き出した事だ。私はその場で舌を噛みきって死にたいと思った。
けれどそれと同時に凄くセキレイさんに会いたいと思った。
実際、セキレイさんに助け出された時は安堵してその体に身を預けた。
なのにどういった事か、その後どんどんセキレイさんへの恐怖感が増していき、彼に触れられるのが恐ろしくなる。頭では解っているのに脳が勝手に犯人とセキレイさんを混同させてしまい、私は大好きだったセキレイさんの事が怖くて堪らなくなり、結果的に彼を傷付けた。それにつけて私は、あの夜、セキレイさんを人殺しにしてしまった事も毎日懺悔し、罪悪感に溺れた。
しんどい。
何をしていてもしんどい。
何もしなくてもしんどい。
寝ても覚めてもしんどい。
呼吸をするのもしんどい。
生きているのもしんどい。
何もかも嫌になって、ふと気がつくとカッターを手にしている時もあった。
自分はこれ(カッター)で何をしようとしていたのか?
色んな決意を背負って正室になると決めたのに、私は逃げ出そうとしていたなんて、情けない。
私は、私の代わりに復讐して命を落としたユリや、私の為に犯人を手にかけたセキレイさんを裏切ろうとしていたなんて、最低だ。
でもそう思う反面──
殺された家族の分も生きなければならないとか、自分には責任があるだとか、正室にならなければならないだとか、セキレイさんに心配をかけてはいけないなどと頭では解っているのに、それすらも重荷に感じて辛かった。
普通を装ってはいるのに体が恐怖を覚えていて、本当は何をしていても憂鬱で泣きじゃくりたいのに、普通を装わなければ周りを心配させてしまう。
私の心はボロボロで、死んだも同然だった。
私の存在はもはや腫れ物で、明らかにセキレイさんのお荷物なのに、それでも彼は、私を処断する事も、見捨てる事もしなかった。
本当なら感謝しなければいけないのだろうが、私はただただセキレイさんに申し訳が無くて謝罪の気持ちでいっぱいだった。
だってそうじゃない、私はもう献上品の資格を失ったんだから、セキレイさんが私を処分して新しい娘をまた買いに行くのは当たり前の事なのに、彼はリスクを冒して私に逃亡を提案してくれた。
堪らなく嬉しかったけれど、セキレイさんの気持ちに応えるには、私に出来る事と言ったら、逃げずに立ち向かう事。
これ以上セキレイさんの足を引っ張りたくないし、彼を傷付けたくない。
だから私は鷹雄さんの部屋のドアを叩いた。
そして私は自分を強くする為に傷付いた自分を殺した。
あの夜起こった事を鷹雄さんに全て封印してもらい、私の心の均衡は取り戻された。
鷹雄さんの部屋を出る頃にはとても気分が良くて、セキレイさんに早く会いたい一心で軽快にドアを開け、彼の顔面を強打する。
それからまたいつも通り習い事や宿題、乗馬に追われる毎日が始まり、今晩は、滞っていた指南にも挑戦しようと、消灯して寝床に入ったセキレイさんに夜這いをかけた。
「なんだ?翡翠、雷でもないのに、デレ期か?」
セキレイさんは突然ベッドに上がり込んだ私を快く迎え入れ、というか嬉しそうに布団に引き込み、抱き締めて私の頭に顔を埋める。
「デレキ?セキレイさん、私、遊びに来た訳じゃないんです。その……勉強させて下さい」
自分から男の人を誘うのは恥ずかしい。
「あー……それな、うーん、そうだなぁ……」
私がセキレイさんの胸板に火照った顔を埋めて拙い伺いをたてたが、彼の反応は思ったよりも芳しくなくて少し寂しくなった。
「私と……嫌ですか?」
かりそめでも私はセキレイさんとイケナイ事をしたかった。
でもセキレイさんは乗り気ではなさそうで、私は傷付いて彼のシャツを握り締める。
「いや、何て言うか、したいにはしたいけど、何かお前が可哀想で」
いつも不躾な物言いのセキレイさんだが、この夜はやけに言葉を選んでいるように見えた。
「可哀想って?少女に悪戯という名の指南をするからですか?」
「や、指南という名の悪戯だろ。てか、違う、そうじゃあなくて、お前は怖くないのか?」
セキレイさんは困った顔をして鼻の頭を掻いた。
「何がですか?恥ずかしいはありますけど、指南ですよ?何か怖い事をするんですか?」
セキレイさんは(くされ)鬼畜なので、もしかしたら飛び道具が出るのではと私はゴクリと生唾を飲む。
「しないしない、お前の嫌がる事はしないし、したくない。寧ろ気持ちよくさせてあげたい」
『気持ちよく』だなんて、セキレイさんの口からそのセリフを聞いただけでも恥ずかしい。
「じ、じゃあ、どうぞ、好きなだけ良くして下さい」
私はセキレイさんにすり寄り、両手で彼にしがみついた。
「いや、そうだな、今日はお前がしてくれないか?様子を見ながら、お前が俺に抵抗を感じたらすぐに止めたらいい」
「抵抗だなんて、恥ずかしいだけで、多分大丈夫ですよ」
私は大見得をきって積極的にセキレイさんにキスをする。
ライトなフレンチキスだったが、私にしてはよくやれた方だ。
「じゃあ、少しでも嫌になったらすぐに言うんだぞ?」
セキレイさんは不意のキスにちょっと耳を赤くしていて可愛い。
「はい」
嫌になる訳がない。だって私はセキレイさんの事が大好きなのだから。
「じゃあ、シャツのボタンを外して」
セキレイさんは何気なくそう発したのかもしれないけれど、意識しているせいか、私にはいつもよりエロチカルな響きに感じる。
私が下からボタンを外そうとすると、その手をセキレイさんにペシッと軽くぶたれた。
「ボタンは上からが鉄則」
「す、すみません」
そうだった、これは指南なんだ、緊張している場合じゃない。
私はいそいそと上からボタンを外し、セキレイさんの胸板をはだけさせた。
うわうわうわうわ……やっぱりセキレイさんは意外と逞しい。ヤバいエロい……
見慣れているのに恥ずかしい。
私は目を背けそうになったがグッとこらえ『お邪魔します』と小声で呟くと、セキレイさんの肩に掴まって横からその首にキスした。
「翡翠、そこは遠慮しないで王の膝に股がるんだ。恥じらいも大事だが、大胆に誘う事も重要だ。つまり恥じらいながら股がれ」
セキレイさんはそう言うとグイと私の両脇を持ち上げ、問答無用で自分の膝に股がらせる。
私は、セキレイさんが言った『王』という言葉で少し現実を見たが、今はそれより恥ずかしさが勝ってそれどころではなかった。
あ、あれ?
何か、股の下にとんでもない熱を感じる。
あ、ああ(閃き)
セキレイさんはいつからこんなにムラムラしていたんだろう?
まだまだ未熟な自分をこんな大人でカッコいい人が欲してくれているなんて、光栄、というか恐縮だ。
恥ずかしいから私はそこに触れないよう腰を浮かせているけれど、それでもそれは下からこれでもかと自己主張してくる。顔から火が出る程恥ずかしいけれど、嬉しい。
私は張り切ってセキレイさんに口付けようとしたが直前で彼に止められた。
「待て、王相手に自分から口にキスするのはよそう」
「何でですか?キスもエッチのうちじゃないんですか?」
少なくとも、私はセキレイさんにしたかった。
「いいから、王がしてきたらそれに応えるんだ。でも決して積極的に攻めてはいけないよ?いくらお前が舌でさくらんぼの茎を結べたとしても、わざと下手くそな舌使いで遠慮がちに王に舌を委ねろ」
セキレイさんは言いながら私の顎を掴んで親指で軽く舌に触れる。
なんかエロいな……
「じゃあ、キスは飛ばしますね」
私がちょっとガッカリしていると、セキレイさんは私の顎を自分の顔に引き寄せた。
「いいや、しろ」
セキレイさんの整った唇が間近で命令を下し、私は背筋がゾクゾクッと波打つ。
「でも今しなくていいって……」
ただでさえ緊張しているのに、これ以上私を混乱させないでほしい。
「王にはキスしなくていい。でも俺にはしろ」
ドキッ
私は心臓が震える浮遊感を覚えた。
「それって……」
どういう心理なんだろう?
指南では目の前のセキレイさんを王だと仮定して実地訓練をしているのに、今のは仮の王ではなくそのままのセキレイさんにキスしろって事になる……
何か、指南してもらっているだけなのに、キスが特別な意味を成してくるみたいだ。
「いいから、お前は献上品で、調教師の命令は絶対だろ?それとも、嫌なら別にしなくてもいいけど」
嫌ならしなくてもいいだなんて、こんな近距離でその形のいい唇を見せつけられて私に断れるはずもない。
「いえ、します」
「無理するなよ」
「無理してないです。したいんです、セキレイさんとキス」
それはまるで私からセキレイさんへの愛の告白のようだった。
私は献上品で、セキレイさんは調教師で、決して口に出しては言えないけれど──
セキレイさん、私はあなたの事が大好きなんです。
好きで好きで大好きで、愛しているんです。
王はいい人だけど、献上されても、私はずっとあなたの物で、あなただけを愛し続けるでしょう。
私は王に献上されて、セキレイさんはいつか誰かと結婚して子供をもうけて幸せな生涯を送ると思います。
でも、私の事は好きになってくれなくてもいいから、このキスだけは忘れないで下さい。
私の事、忘れないで下さい。
雷が怖くて、アボカドが苦手で、ニシンが好きで、セキレイさんの事が大好きな私の事、忘れないで下さい。
私はそんな気持ちを表現する様に、情熱的だったり、切なさだったり、愛情をキスに目一杯込めた。
恥ずかしさなんていつの間にか忘れて、お互いの舌がふやける程長い長いキスをした。
セキレイさんはどんな気持ちで私とキスをしているんだろう?
セキレイさんは調教師として献上品の幼い私をここまで育て、もうすぐ弟である王に献上するにあたって何を思うのだろう?
やっぱり、娘を嫁に出す父親の気持ち?ペットを里子に出す飼い主の気持ち?
少しは別れを悲しんでくれるかな……?
私はあなたの幸せを願っていてもやっぱり悲しいです、セキレイさん。
セキレイさんは何故、私を献上品として選んでしまったんだろう。私はこんなにセキレイさんの事が好きなのに……罪だよ。ただ一言の『愛してる』が言えないなんて辛いよ。
私の気持ちはセキレイさんに伝えてはいけない、いや、伝わってはいけない、でも凄くセキレイさんを愛したい。
「ハァ、ハァ……」
2人の間に糸が引くほど濃厚でとろける様なキスをして、私は酸欠でセキレイさんの胸に寄り掛かって息を乱しているのに、セキレイさんは涼しい顔でちょっと憎らしい。
セキレイさん、下半身は余裕が無さそうなのになんでそんなにケロッとしていられるのか?
それはセキレイさんが大人で、落ち着いているからだろう。
私はこんなに足腰が立たなくなっているのに、何かシャクだ。自分だけ舞い上がっているみたいでカッコ悪い。
セキレイさんももっと乱れたらいいのに。
「どうした?息があがっているじゃあないか、今日はこれくらいにしておくか?」
セキレイさんは余裕綽々で私をからかってきて、負けず嫌いの私はムッとして口を尖らせた。
「何だよ、不服そうだな」
セキレイさんにおでこを合わされ、私は上目遣いで彼を睨む。
「まだやる」
今の私に怖いものはない。今ならテコでも動かされない自信がある。
「まあ、お前がそう言うなら止めないけど、どうなるか解ってんの?」
「どうって?保健で習いました」
『何か?』という風に私は聞き返した。
「雄しべと雌しべがってやつ?」
「キャベツ畑の赤ちゃんの話です」
「あー……あーーーーーーっ!!」
私が自信を持って答えると、セキレイさんは突然後頭部を掻きむしり、自分の中で踏ん切りをつけたのか、いきなり私の胸に顔を埋める。
「セキレイさん!?」
私がびっくりして体を反らすと、セキレイさんは構わず私の服をたくし上げた。
「バンザイは?」
「え?あぁ、はい」
何も考えずにバンザイすると、セキレイさんによってシャツを脱がされ、私は上半身裸にされる。
「セキレイさん!?今日は私がするって言ったのに」
私は慌てて腕を組んで拙い胸を隠す。
「そうだな。でも、王が我慢出来ずにお前に触れるって事もあるだろう?」
「はぁ、まあ……」
『王が』なのか、それとも素のセキレイさんが我慢出来なくなったからなのか、ちょっと怪しいところだ。
だってセキレイさんのヤル気は私にダイレクトに伝わってきているから。
セキレイさんも、本当はあまり余裕がないのかもしれない。
「っあ」
私はセキレイさんによって力ずくで腕を開かれ、露になった胸にあれやこれやと悪戯され、甘い声を漏らす。
セキレイさんに触れられたところが火傷しそうに熱い。
駄目だ。これじゃあ私はいつものセキレイさんのペースに乗せられて役にたてないままのびてしまう。
「セキレイさん、おあずけです」
「は?」
私が自分の胸を片腕で隠すと、セキレイさんはポカンとした顔で私の方を凝視した。
「待て」
「俺は犬か?」
「駄犬ですよ」
私は可笑しくってクッと喉で笑いを漏らす。
「まあ、せいぜい焦らされてやるけど、男の乳首は自分から弄らなくていいからな。ここらへんは好き嫌いが分かれる。好き者の風斗……王なら、多分弄っても問題ないが、俺にはするな。ゾッとするから」
「そうですか、セキレイさんは嫌なんですね……」
まただ。
調教師で、指南中のセキレイさんがまた『自分』を出してきた。
そんな事をしていたら私はセキレイさん好みの女になってしまうのに、どうしてセキレイさんはそんな事をするんだろう?
でもセキレイさんが嫌だと言うならそこには触れないけれど、これに一体何の意味があると言うのか?
単なるセキレイさんの征服欲なのか?
だとしたらセキレイさんは、少しでも私の事を異性として気にかけてくれているのだろうか?
もしそうなら凄く嬉しい。
そういえば、いつからだろう、セキレイさんを保護者としてではなく、男として意識しだしたのは──
当初はちょっと意地悪なお兄さんだと思っていたのに、今はイヤらしい生物(獣)にしか見えない。
「翡翠」
私はセキレイさんにいきなりベッドに押し倒され仰向けになった。
上からセキレイさんにその端正な顔を寄せられ、私は妙に緊張する。
「な……何ですか?」
セキレイさんの何気ない視線が一瞬私の胸元に注がれ、私は蛇に睨まれた蛙の如くフリーズした。
見てる……見てる!!
セキレイさんはやっぱりおっぱい成人なんだ!
「いや、綺麗だなと思って、つい。触るけど、大丈夫?」
パッとセキレイさんが私に視線を合わせ、私は息を詰めて顔を背ける。
セキレイさんは真顔なのに、夜仕様のフィルターをかけて見るとやけにイヤらしく見えた。
「わ、私がするって言ったのに、狡いですよ」
私は普段通り話そうとするのに、緊張のせいで声が変に上擦ってしまう。
「気が変わったんだよ」
するとセキレイさんは私の了承を得る前にそっと私の首筋に触れた。
「わ……」
これまでだってセキレイさんに首筋を触られた事は何度もあったのに、私はセキレイさんの腕に掴まってその未体験のこそばゆい感覚に耐える。
「首が弱いのか」
「し、知らないっ」
セキレイさんに口の端を持ち上げて笑われ、私はからかわれている気になって手の甲で引き結んだ口元を隠した。
「翡翠、ちょっとお前に聞きたい事があるんだが」
今の私はそれどころではないというのに、セキレイさんは何でこのタイミングで聞くんだろう。
「今、こうして俺がお前に触れている事に対して恐怖心はあるか?」
私が『ありません』と答える前に、セキレイさんは私の首筋に舌を這わせ『ないよな?』と私の体から直接解答を得る。
──というか今のは快感を盾にした脅しに近いので不可抗力だ。
「うわ……」
セキレイさんの触れるか触れないかの絶妙な舌使いが良すぎて、私は無意識に内腿に力を入れる。
なんだこれ、全神経が首筋に集中して、そこがヤケドしそうなくらい熱い。
「じゃあ第2問」
クイズッ!?
私はぼんやりした脳内で思わずツッコミを入れる。
「俺に触れられる事に嫌悪感は感じるか?」
セキレイさんはどうしてさっきから『俺』に対する私の思いを尋ねてくるのだろう?
調教師と献上品の間には感情論なんて関係のない話なのに。こと指南に関してはなおのことだ。
私は『感じません』と答えようとして先刻の事を思い出し、爪先に力を入れて快感に備える。
「嫌悪感……ないみたいだね?」
セキレイさんはうっすら微笑み、私の首から下に舌を進行していく。
私は恥ずかしさの限界を越え、両手で顔を覆う。
もう、顔は真っ赤だし、目は涙目だし、恥辱で死ねる!
「じゃあ、第3問だよ、翡翠」
そう言う間にもセキレイさんは舌や指で私のウィークポイントを攻めあげ、私を快感の渦へと追い込む。それはチロチロであったり、パフパフであったり、時に激しく舌や手指を動かしては私を堕落させた。
「ハァハァ……まだ……やるん……です……か?」
私の体は既に根を上げていたが、セキレイさんは愛撫の手をゆるめない。
「納得の得られる解答が出るまで止めないよ」
それって八百長っていうのかな?イカサマ?いや、誘導尋問だ!
「鬼……畜……」
私は掠れた声で恨めしく悪態をつく。
「認めよう。何とでも言え。でも気持ちいいならいいじゃないか」
セキレイさんにイイ所を押さえられ、私は唇を噛み締めて悦楽に耐えると、それを彼にクックックと喉で笑われた。
何という屈辱。
セキレイさんはやっぱり鬼畜だ、変態だ、どSだ。
「じゃあ、改めて第3問。ここからが本題だ」
セキレイさんは私の顔にズイと自分の顔を寄せる。
てか、今までのはプロローグ!?
「もう……」
私が油断してちょっと脱力すると、セキレイさんの指が私の下腹へと伸ばされた。
「わっ!!」
セキレイさんに思わぬところを触られ、驚いた私は脚をクロスして彼の腕を挟み込む。
「はいはい、ちゃんと集中してお話聞きましょうね」
「聞いて……ました……よ」
私は呼吸を整えながら下からセキレイさんを恨めしく睨んだ。
ほんと意地悪ほんと意地悪ほんと意地悪ほんと意地悪ほんと意地悪!!
「気を取り直して第3問、翡翠は俺とヤれる?」
「え?」
私とセキレイさんは繋がる事を禁じられているのに、何故か彼は解りきった事を尋ねてきた。
「セキレイさん、私は王への献上品ですよ?そんな事、出来る訳がないじゃないですか」
こんな時なのに、私はやけに冷静な返答をが出来た。
「いい模範解答だ。けど今はその話は置いておいて、実際、お前は俺と繋がれるかな?」
答えは勿論『イエス』だ。でもそれを今口にしてしまったら、セキレイさんは調教師でいられなくなるかもしれない。
「いや、その……」
どう言ったらセキレイさんを傷付けずに穏便に事を済ませられるだろうか、そんな事を考えていると私の口調は自然と曖昧なものになり、短気なセキレイさんをむずむずさせた。
「じゃあ聞き方を変えよう。お前は俺とヤりたいか?」
セキレイさんは強目の口調で私が答えづらい事を容赦なく尋ねてくる。
答えづらっ!!
質問の難易度が上がってんじゃん!!
「いや、だから、そういう問題じゃなくてですね……私とセキレイさんは……献上品と……調教師であって……」
私がゴニョゴニョと体裁を繕っていると、セキレイさんのオーラがどんどん曇り空になり始める。
「嫌ならつっぱねればいいだろ?」
「だから、嫌とか、そんなんじゃあ……現実の話をしましょうよ」
嫌じゃないから返答に困ってるんでしょ!!
「何だよ、ハッキリしない奴だな。ほら、どうなんだ?」
私はセキレイさんに急かされる様に下腹をまさぐられ、何とも言い様のない快感の波が襲ってきた。
「ぅく…………」
私は声にならない未曾有のエクスタシーが腰の奥底から沸き上がり、快感が許容を越えてしまう。
「セキレイさん!セキレイさん!やめてやめてやめてやめてやめてやめてやめて!」
気持ちいいのにどうにかなりそうで怖かった。
私は悪戯するセキレイさんの腕にしがみつき、何とかその悪行を止めさせようとするが、彼は無理に私から良い返事を吐かせようといっそ躍起になる。
「翡翠、第3問だよ、俺としたいよな?」
『よな?』のところでセキレイさんが確信的に私の過敏な部分を刺激し、私は歯を食い縛った。
「ほら、答えろよ」
畳み掛ける様にセキレイさんが私の胸に唇を寄せ、私は意識が遠退くのを感じる。
もう駄目だ。
私はセキレイさんの腕にしがみついたまま観念して息を詰めた。
「それで?」
あと一歩でどうにかなりそう、というところでセキレイさんは私への愛撫を止め、ゴソゴソと自身の下腹を直接私のそこに当てがった。
あと少しだったのに……
口では止めろと言ったのに、私の体は悦楽を求めて残念がっていた。
そして熱に浮かされ、朦朧とした頭の中で、この先に進んだらもっと気持ちがいいのではないかと魔がさす。
「翡翠、この先に進んでみたいと思わないか?」
セキレイさんという悪魔だって私の耳元でそのように囁いている。
「でも、俺はお前の嫌がる事はしたくないし、強引に捩じ込む様な真似もしたくないんだ。だからもしお前がヤりたいなら、この先は自分からしてみるといい」
そう言うとセキレイさんはともえ投げみたいに私を抱いたまま後ろに寝転び、すぐにでも繋がれる様な体勢に腰を動かした。しかもねちっこく、擦り付けるように。
そんな事をされると腰が砕けてしまう。
「あんなに気持ち良さそうにしていたのに、したくないって事はないと思うんだけどなぁ?翡翠」
セキレイさんのその言い方もねちっこくてイヤになる。
したい。セキレイさんと繋がりたい。たとえ肉欲としても、セキレイさんに抱かれて、愛されていると錯覚したい。
セキレイさんに内腿の一点を強く押され、私はビクリと背中をしならせて腰を落とした。
「ぅ……わぁ……」
セキレイさんの熱が私の核心に触れ、私は慌ててセキレイさんの胸板に両手を着いて事故を免れる。
「チッ」
聞き違いでなければセキレイさんは今、舌打ちをした。
セキレイさんに両手で腰をホールドされ、私はさすがにマズイなと思い、ハッキリと彼を拒絶する。
「セキレイさん、私は献上品です。セキレイさんとは出来ません」
「お前は俺の物になりたくないのか?なあ、翡翠」
セキレイさんに頬を撫でられ、宥められたが、私はここで流される訳にはいかなかった。
「セキレイさん、私は献上品で、王の物なんです。あなたの物にはなれない」
この時の私は、自分が既に処女を喪失している事は綺麗さっぱり忘れ去っていた。
「そうなんだよな、やっぱりそうなんだな」
セキレイさんはちょっと落ち込んで、自然と私の腰から手を放した。
「お前は絶対に俺の物にはならない運命なんだな」
そんな風に私を見上げたセキレイさんの顔は、暗くてよく見えなかったけれど、何だか凄く悲しんでいる様な気がした。
「あの……すみません……」
セキレイさんを傷付けてしまった。
セキレイさんが悲しいと、私も悲しい。
「いいや、俺が馬鹿だったんだ。誘惑に負けて、今なら翡翠を俺の物に出来そうな気がしてさ。でも、お前が強情っぱりの頑固者だって事、忘れてたよ。自分が調教師である事もな。ごめんな、指南にかこつけてお前を快楽に溺れさせて手ごめにしようとしてた。体はよがってたけど、心では嫌だったんじゃあないか?」
セキレイさんはそう言って私の頭を撫で、私に自分の上から下りるよう促したが、私は彼の胸にしがみついて離れなかった。
「どうしたどうした?俺も我慢の限界だから離れた方がいい」
私の下敷きになっているセキレイさんの限界は肌で感じている。それこそビンビンに。
「セキレイさん、私、嫌じゃない」
セキレイさんに気持ち良くしてほしいし、セキレイさんを気持ち良くしたい。
恥ずかしいけれど私の心と体の高ぶりは最高潮に達し、あれだけ嫌だった『98』というのを自分から率先して行った。
大好きなセキレイさんといる時も、大好きなニシンを食べている時も、常に頭の中には『あいつ』がいて私の精神を蝕み、極限状態を作り出していた。
セキレイさんの黒々とした瞳を見ていると、あの夜、暗闇で光った犯人の瞳を思い出し嫌悪感で吐き気がした。
今でもハッキリと覚えている。爛々と輝く瞳が私を捉え、私は恐怖で目を見開いたままそれから目を離せずにいた。そんな時ですら私は泣くもんかと歯を食い縛ったが、犯人はそれを嘲笑うかの様に私の体を弄んだ。切り傷に無理矢理容量オーバーな物を捩じ込まれている様な味わった事のない苦痛を与えられ、私は意識を手放しそうになった。でもそれ以上に苦痛だったのは、誰とも知らぬ他人が私の中に入り込み、その汚い欲望をそこに吐き出した事だ。私はその場で舌を噛みきって死にたいと思った。
けれどそれと同時に凄くセキレイさんに会いたいと思った。
実際、セキレイさんに助け出された時は安堵してその体に身を預けた。
なのにどういった事か、その後どんどんセキレイさんへの恐怖感が増していき、彼に触れられるのが恐ろしくなる。頭では解っているのに脳が勝手に犯人とセキレイさんを混同させてしまい、私は大好きだったセキレイさんの事が怖くて堪らなくなり、結果的に彼を傷付けた。それにつけて私は、あの夜、セキレイさんを人殺しにしてしまった事も毎日懺悔し、罪悪感に溺れた。
しんどい。
何をしていてもしんどい。
何もしなくてもしんどい。
寝ても覚めてもしんどい。
呼吸をするのもしんどい。
生きているのもしんどい。
何もかも嫌になって、ふと気がつくとカッターを手にしている時もあった。
自分はこれ(カッター)で何をしようとしていたのか?
色んな決意を背負って正室になると決めたのに、私は逃げ出そうとしていたなんて、情けない。
私は、私の代わりに復讐して命を落としたユリや、私の為に犯人を手にかけたセキレイさんを裏切ろうとしていたなんて、最低だ。
でもそう思う反面──
殺された家族の分も生きなければならないとか、自分には責任があるだとか、正室にならなければならないだとか、セキレイさんに心配をかけてはいけないなどと頭では解っているのに、それすらも重荷に感じて辛かった。
普通を装ってはいるのに体が恐怖を覚えていて、本当は何をしていても憂鬱で泣きじゃくりたいのに、普通を装わなければ周りを心配させてしまう。
私の心はボロボロで、死んだも同然だった。
私の存在はもはや腫れ物で、明らかにセキレイさんのお荷物なのに、それでも彼は、私を処断する事も、見捨てる事もしなかった。
本当なら感謝しなければいけないのだろうが、私はただただセキレイさんに申し訳が無くて謝罪の気持ちでいっぱいだった。
だってそうじゃない、私はもう献上品の資格を失ったんだから、セキレイさんが私を処分して新しい娘をまた買いに行くのは当たり前の事なのに、彼はリスクを冒して私に逃亡を提案してくれた。
堪らなく嬉しかったけれど、セキレイさんの気持ちに応えるには、私に出来る事と言ったら、逃げずに立ち向かう事。
これ以上セキレイさんの足を引っ張りたくないし、彼を傷付けたくない。
だから私は鷹雄さんの部屋のドアを叩いた。
そして私は自分を強くする為に傷付いた自分を殺した。
あの夜起こった事を鷹雄さんに全て封印してもらい、私の心の均衡は取り戻された。
鷹雄さんの部屋を出る頃にはとても気分が良くて、セキレイさんに早く会いたい一心で軽快にドアを開け、彼の顔面を強打する。
それからまたいつも通り習い事や宿題、乗馬に追われる毎日が始まり、今晩は、滞っていた指南にも挑戦しようと、消灯して寝床に入ったセキレイさんに夜這いをかけた。
「なんだ?翡翠、雷でもないのに、デレ期か?」
セキレイさんは突然ベッドに上がり込んだ私を快く迎え入れ、というか嬉しそうに布団に引き込み、抱き締めて私の頭に顔を埋める。
「デレキ?セキレイさん、私、遊びに来た訳じゃないんです。その……勉強させて下さい」
自分から男の人を誘うのは恥ずかしい。
「あー……それな、うーん、そうだなぁ……」
私がセキレイさんの胸板に火照った顔を埋めて拙い伺いをたてたが、彼の反応は思ったよりも芳しくなくて少し寂しくなった。
「私と……嫌ですか?」
かりそめでも私はセキレイさんとイケナイ事をしたかった。
でもセキレイさんは乗り気ではなさそうで、私は傷付いて彼のシャツを握り締める。
「いや、何て言うか、したいにはしたいけど、何かお前が可哀想で」
いつも不躾な物言いのセキレイさんだが、この夜はやけに言葉を選んでいるように見えた。
「可哀想って?少女に悪戯という名の指南をするからですか?」
「や、指南という名の悪戯だろ。てか、違う、そうじゃあなくて、お前は怖くないのか?」
セキレイさんは困った顔をして鼻の頭を掻いた。
「何がですか?恥ずかしいはありますけど、指南ですよ?何か怖い事をするんですか?」
セキレイさんは(くされ)鬼畜なので、もしかしたら飛び道具が出るのではと私はゴクリと生唾を飲む。
「しないしない、お前の嫌がる事はしないし、したくない。寧ろ気持ちよくさせてあげたい」
『気持ちよく』だなんて、セキレイさんの口からそのセリフを聞いただけでも恥ずかしい。
「じ、じゃあ、どうぞ、好きなだけ良くして下さい」
私はセキレイさんにすり寄り、両手で彼にしがみついた。
「いや、そうだな、今日はお前がしてくれないか?様子を見ながら、お前が俺に抵抗を感じたらすぐに止めたらいい」
「抵抗だなんて、恥ずかしいだけで、多分大丈夫ですよ」
私は大見得をきって積極的にセキレイさんにキスをする。
ライトなフレンチキスだったが、私にしてはよくやれた方だ。
「じゃあ、少しでも嫌になったらすぐに言うんだぞ?」
セキレイさんは不意のキスにちょっと耳を赤くしていて可愛い。
「はい」
嫌になる訳がない。だって私はセキレイさんの事が大好きなのだから。
「じゃあ、シャツのボタンを外して」
セキレイさんは何気なくそう発したのかもしれないけれど、意識しているせいか、私にはいつもよりエロチカルな響きに感じる。
私が下からボタンを外そうとすると、その手をセキレイさんにペシッと軽くぶたれた。
「ボタンは上からが鉄則」
「す、すみません」
そうだった、これは指南なんだ、緊張している場合じゃない。
私はいそいそと上からボタンを外し、セキレイさんの胸板をはだけさせた。
うわうわうわうわ……やっぱりセキレイさんは意外と逞しい。ヤバいエロい……
見慣れているのに恥ずかしい。
私は目を背けそうになったがグッとこらえ『お邪魔します』と小声で呟くと、セキレイさんの肩に掴まって横からその首にキスした。
「翡翠、そこは遠慮しないで王の膝に股がるんだ。恥じらいも大事だが、大胆に誘う事も重要だ。つまり恥じらいながら股がれ」
セキレイさんはそう言うとグイと私の両脇を持ち上げ、問答無用で自分の膝に股がらせる。
私は、セキレイさんが言った『王』という言葉で少し現実を見たが、今はそれより恥ずかしさが勝ってそれどころではなかった。
あ、あれ?
何か、股の下にとんでもない熱を感じる。
あ、ああ(閃き)
セキレイさんはいつからこんなにムラムラしていたんだろう?
まだまだ未熟な自分をこんな大人でカッコいい人が欲してくれているなんて、光栄、というか恐縮だ。
恥ずかしいから私はそこに触れないよう腰を浮かせているけれど、それでもそれは下からこれでもかと自己主張してくる。顔から火が出る程恥ずかしいけれど、嬉しい。
私は張り切ってセキレイさんに口付けようとしたが直前で彼に止められた。
「待て、王相手に自分から口にキスするのはよそう」
「何でですか?キスもエッチのうちじゃないんですか?」
少なくとも、私はセキレイさんにしたかった。
「いいから、王がしてきたらそれに応えるんだ。でも決して積極的に攻めてはいけないよ?いくらお前が舌でさくらんぼの茎を結べたとしても、わざと下手くそな舌使いで遠慮がちに王に舌を委ねろ」
セキレイさんは言いながら私の顎を掴んで親指で軽く舌に触れる。
なんかエロいな……
「じゃあ、キスは飛ばしますね」
私がちょっとガッカリしていると、セキレイさんは私の顎を自分の顔に引き寄せた。
「いいや、しろ」
セキレイさんの整った唇が間近で命令を下し、私は背筋がゾクゾクッと波打つ。
「でも今しなくていいって……」
ただでさえ緊張しているのに、これ以上私を混乱させないでほしい。
「王にはキスしなくていい。でも俺にはしろ」
ドキッ
私は心臓が震える浮遊感を覚えた。
「それって……」
どういう心理なんだろう?
指南では目の前のセキレイさんを王だと仮定して実地訓練をしているのに、今のは仮の王ではなくそのままのセキレイさんにキスしろって事になる……
何か、指南してもらっているだけなのに、キスが特別な意味を成してくるみたいだ。
「いいから、お前は献上品で、調教師の命令は絶対だろ?それとも、嫌なら別にしなくてもいいけど」
嫌ならしなくてもいいだなんて、こんな近距離でその形のいい唇を見せつけられて私に断れるはずもない。
「いえ、します」
「無理するなよ」
「無理してないです。したいんです、セキレイさんとキス」
それはまるで私からセキレイさんへの愛の告白のようだった。
私は献上品で、セキレイさんは調教師で、決して口に出しては言えないけれど──
セキレイさん、私はあなたの事が大好きなんです。
好きで好きで大好きで、愛しているんです。
王はいい人だけど、献上されても、私はずっとあなたの物で、あなただけを愛し続けるでしょう。
私は王に献上されて、セキレイさんはいつか誰かと結婚して子供をもうけて幸せな生涯を送ると思います。
でも、私の事は好きになってくれなくてもいいから、このキスだけは忘れないで下さい。
私の事、忘れないで下さい。
雷が怖くて、アボカドが苦手で、ニシンが好きで、セキレイさんの事が大好きな私の事、忘れないで下さい。
私はそんな気持ちを表現する様に、情熱的だったり、切なさだったり、愛情をキスに目一杯込めた。
恥ずかしさなんていつの間にか忘れて、お互いの舌がふやける程長い長いキスをした。
セキレイさんはどんな気持ちで私とキスをしているんだろう?
セキレイさんは調教師として献上品の幼い私をここまで育て、もうすぐ弟である王に献上するにあたって何を思うのだろう?
やっぱり、娘を嫁に出す父親の気持ち?ペットを里子に出す飼い主の気持ち?
少しは別れを悲しんでくれるかな……?
私はあなたの幸せを願っていてもやっぱり悲しいです、セキレイさん。
セキレイさんは何故、私を献上品として選んでしまったんだろう。私はこんなにセキレイさんの事が好きなのに……罪だよ。ただ一言の『愛してる』が言えないなんて辛いよ。
私の気持ちはセキレイさんに伝えてはいけない、いや、伝わってはいけない、でも凄くセキレイさんを愛したい。
「ハァ、ハァ……」
2人の間に糸が引くほど濃厚でとろける様なキスをして、私は酸欠でセキレイさんの胸に寄り掛かって息を乱しているのに、セキレイさんは涼しい顔でちょっと憎らしい。
セキレイさん、下半身は余裕が無さそうなのになんでそんなにケロッとしていられるのか?
それはセキレイさんが大人で、落ち着いているからだろう。
私はこんなに足腰が立たなくなっているのに、何かシャクだ。自分だけ舞い上がっているみたいでカッコ悪い。
セキレイさんももっと乱れたらいいのに。
「どうした?息があがっているじゃあないか、今日はこれくらいにしておくか?」
セキレイさんは余裕綽々で私をからかってきて、負けず嫌いの私はムッとして口を尖らせた。
「何だよ、不服そうだな」
セキレイさんにおでこを合わされ、私は上目遣いで彼を睨む。
「まだやる」
今の私に怖いものはない。今ならテコでも動かされない自信がある。
「まあ、お前がそう言うなら止めないけど、どうなるか解ってんの?」
「どうって?保健で習いました」
『何か?』という風に私は聞き返した。
「雄しべと雌しべがってやつ?」
「キャベツ畑の赤ちゃんの話です」
「あー……あーーーーーーっ!!」
私が自信を持って答えると、セキレイさんは突然後頭部を掻きむしり、自分の中で踏ん切りをつけたのか、いきなり私の胸に顔を埋める。
「セキレイさん!?」
私がびっくりして体を反らすと、セキレイさんは構わず私の服をたくし上げた。
「バンザイは?」
「え?あぁ、はい」
何も考えずにバンザイすると、セキレイさんによってシャツを脱がされ、私は上半身裸にされる。
「セキレイさん!?今日は私がするって言ったのに」
私は慌てて腕を組んで拙い胸を隠す。
「そうだな。でも、王が我慢出来ずにお前に触れるって事もあるだろう?」
「はぁ、まあ……」
『王が』なのか、それとも素のセキレイさんが我慢出来なくなったからなのか、ちょっと怪しいところだ。
だってセキレイさんのヤル気は私にダイレクトに伝わってきているから。
セキレイさんも、本当はあまり余裕がないのかもしれない。
「っあ」
私はセキレイさんによって力ずくで腕を開かれ、露になった胸にあれやこれやと悪戯され、甘い声を漏らす。
セキレイさんに触れられたところが火傷しそうに熱い。
駄目だ。これじゃあ私はいつものセキレイさんのペースに乗せられて役にたてないままのびてしまう。
「セキレイさん、おあずけです」
「は?」
私が自分の胸を片腕で隠すと、セキレイさんはポカンとした顔で私の方を凝視した。
「待て」
「俺は犬か?」
「駄犬ですよ」
私は可笑しくってクッと喉で笑いを漏らす。
「まあ、せいぜい焦らされてやるけど、男の乳首は自分から弄らなくていいからな。ここらへんは好き嫌いが分かれる。好き者の風斗……王なら、多分弄っても問題ないが、俺にはするな。ゾッとするから」
「そうですか、セキレイさんは嫌なんですね……」
まただ。
調教師で、指南中のセキレイさんがまた『自分』を出してきた。
そんな事をしていたら私はセキレイさん好みの女になってしまうのに、どうしてセキレイさんはそんな事をするんだろう?
でもセキレイさんが嫌だと言うならそこには触れないけれど、これに一体何の意味があると言うのか?
単なるセキレイさんの征服欲なのか?
だとしたらセキレイさんは、少しでも私の事を異性として気にかけてくれているのだろうか?
もしそうなら凄く嬉しい。
そういえば、いつからだろう、セキレイさんを保護者としてではなく、男として意識しだしたのは──
当初はちょっと意地悪なお兄さんだと思っていたのに、今はイヤらしい生物(獣)にしか見えない。
「翡翠」
私はセキレイさんにいきなりベッドに押し倒され仰向けになった。
上からセキレイさんにその端正な顔を寄せられ、私は妙に緊張する。
「な……何ですか?」
セキレイさんの何気ない視線が一瞬私の胸元に注がれ、私は蛇に睨まれた蛙の如くフリーズした。
見てる……見てる!!
セキレイさんはやっぱりおっぱい成人なんだ!
「いや、綺麗だなと思って、つい。触るけど、大丈夫?」
パッとセキレイさんが私に視線を合わせ、私は息を詰めて顔を背ける。
セキレイさんは真顔なのに、夜仕様のフィルターをかけて見るとやけにイヤらしく見えた。
「わ、私がするって言ったのに、狡いですよ」
私は普段通り話そうとするのに、緊張のせいで声が変に上擦ってしまう。
「気が変わったんだよ」
するとセキレイさんは私の了承を得る前にそっと私の首筋に触れた。
「わ……」
これまでだってセキレイさんに首筋を触られた事は何度もあったのに、私はセキレイさんの腕に掴まってその未体験のこそばゆい感覚に耐える。
「首が弱いのか」
「し、知らないっ」
セキレイさんに口の端を持ち上げて笑われ、私はからかわれている気になって手の甲で引き結んだ口元を隠した。
「翡翠、ちょっとお前に聞きたい事があるんだが」
今の私はそれどころではないというのに、セキレイさんは何でこのタイミングで聞くんだろう。
「今、こうして俺がお前に触れている事に対して恐怖心はあるか?」
私が『ありません』と答える前に、セキレイさんは私の首筋に舌を這わせ『ないよな?』と私の体から直接解答を得る。
──というか今のは快感を盾にした脅しに近いので不可抗力だ。
「うわ……」
セキレイさんの触れるか触れないかの絶妙な舌使いが良すぎて、私は無意識に内腿に力を入れる。
なんだこれ、全神経が首筋に集中して、そこがヤケドしそうなくらい熱い。
「じゃあ第2問」
クイズッ!?
私はぼんやりした脳内で思わずツッコミを入れる。
「俺に触れられる事に嫌悪感は感じるか?」
セキレイさんはどうしてさっきから『俺』に対する私の思いを尋ねてくるのだろう?
調教師と献上品の間には感情論なんて関係のない話なのに。こと指南に関してはなおのことだ。
私は『感じません』と答えようとして先刻の事を思い出し、爪先に力を入れて快感に備える。
「嫌悪感……ないみたいだね?」
セキレイさんはうっすら微笑み、私の首から下に舌を進行していく。
私は恥ずかしさの限界を越え、両手で顔を覆う。
もう、顔は真っ赤だし、目は涙目だし、恥辱で死ねる!
「じゃあ、第3問だよ、翡翠」
そう言う間にもセキレイさんは舌や指で私のウィークポイントを攻めあげ、私を快感の渦へと追い込む。それはチロチロであったり、パフパフであったり、時に激しく舌や手指を動かしては私を堕落させた。
「ハァハァ……まだ……やるん……です……か?」
私の体は既に根を上げていたが、セキレイさんは愛撫の手をゆるめない。
「納得の得られる解答が出るまで止めないよ」
それって八百長っていうのかな?イカサマ?いや、誘導尋問だ!
「鬼……畜……」
私は掠れた声で恨めしく悪態をつく。
「認めよう。何とでも言え。でも気持ちいいならいいじゃないか」
セキレイさんにイイ所を押さえられ、私は唇を噛み締めて悦楽に耐えると、それを彼にクックックと喉で笑われた。
何という屈辱。
セキレイさんはやっぱり鬼畜だ、変態だ、どSだ。
「じゃあ、改めて第3問。ここからが本題だ」
セキレイさんは私の顔にズイと自分の顔を寄せる。
てか、今までのはプロローグ!?
「もう……」
私が油断してちょっと脱力すると、セキレイさんの指が私の下腹へと伸ばされた。
「わっ!!」
セキレイさんに思わぬところを触られ、驚いた私は脚をクロスして彼の腕を挟み込む。
「はいはい、ちゃんと集中してお話聞きましょうね」
「聞いて……ました……よ」
私は呼吸を整えながら下からセキレイさんを恨めしく睨んだ。
ほんと意地悪ほんと意地悪ほんと意地悪ほんと意地悪ほんと意地悪!!
「気を取り直して第3問、翡翠は俺とヤれる?」
「え?」
私とセキレイさんは繋がる事を禁じられているのに、何故か彼は解りきった事を尋ねてきた。
「セキレイさん、私は王への献上品ですよ?そんな事、出来る訳がないじゃないですか」
こんな時なのに、私はやけに冷静な返答をが出来た。
「いい模範解答だ。けど今はその話は置いておいて、実際、お前は俺と繋がれるかな?」
答えは勿論『イエス』だ。でもそれを今口にしてしまったら、セキレイさんは調教師でいられなくなるかもしれない。
「いや、その……」
どう言ったらセキレイさんを傷付けずに穏便に事を済ませられるだろうか、そんな事を考えていると私の口調は自然と曖昧なものになり、短気なセキレイさんをむずむずさせた。
「じゃあ聞き方を変えよう。お前は俺とヤりたいか?」
セキレイさんは強目の口調で私が答えづらい事を容赦なく尋ねてくる。
答えづらっ!!
質問の難易度が上がってんじゃん!!
「いや、だから、そういう問題じゃなくてですね……私とセキレイさんは……献上品と……調教師であって……」
私がゴニョゴニョと体裁を繕っていると、セキレイさんのオーラがどんどん曇り空になり始める。
「嫌ならつっぱねればいいだろ?」
「だから、嫌とか、そんなんじゃあ……現実の話をしましょうよ」
嫌じゃないから返答に困ってるんでしょ!!
「何だよ、ハッキリしない奴だな。ほら、どうなんだ?」
私はセキレイさんに急かされる様に下腹をまさぐられ、何とも言い様のない快感の波が襲ってきた。
「ぅく…………」
私は声にならない未曾有のエクスタシーが腰の奥底から沸き上がり、快感が許容を越えてしまう。
「セキレイさん!セキレイさん!やめてやめてやめてやめてやめてやめてやめて!」
気持ちいいのにどうにかなりそうで怖かった。
私は悪戯するセキレイさんの腕にしがみつき、何とかその悪行を止めさせようとするが、彼は無理に私から良い返事を吐かせようといっそ躍起になる。
「翡翠、第3問だよ、俺としたいよな?」
『よな?』のところでセキレイさんが確信的に私の過敏な部分を刺激し、私は歯を食い縛った。
「ほら、答えろよ」
畳み掛ける様にセキレイさんが私の胸に唇を寄せ、私は意識が遠退くのを感じる。
もう駄目だ。
私はセキレイさんの腕にしがみついたまま観念して息を詰めた。
「それで?」
あと一歩でどうにかなりそう、というところでセキレイさんは私への愛撫を止め、ゴソゴソと自身の下腹を直接私のそこに当てがった。
あと少しだったのに……
口では止めろと言ったのに、私の体は悦楽を求めて残念がっていた。
そして熱に浮かされ、朦朧とした頭の中で、この先に進んだらもっと気持ちがいいのではないかと魔がさす。
「翡翠、この先に進んでみたいと思わないか?」
セキレイさんという悪魔だって私の耳元でそのように囁いている。
「でも、俺はお前の嫌がる事はしたくないし、強引に捩じ込む様な真似もしたくないんだ。だからもしお前がヤりたいなら、この先は自分からしてみるといい」
そう言うとセキレイさんはともえ投げみたいに私を抱いたまま後ろに寝転び、すぐにでも繋がれる様な体勢に腰を動かした。しかもねちっこく、擦り付けるように。
そんな事をされると腰が砕けてしまう。
「あんなに気持ち良さそうにしていたのに、したくないって事はないと思うんだけどなぁ?翡翠」
セキレイさんのその言い方もねちっこくてイヤになる。
したい。セキレイさんと繋がりたい。たとえ肉欲としても、セキレイさんに抱かれて、愛されていると錯覚したい。
セキレイさんに内腿の一点を強く押され、私はビクリと背中をしならせて腰を落とした。
「ぅ……わぁ……」
セキレイさんの熱が私の核心に触れ、私は慌ててセキレイさんの胸板に両手を着いて事故を免れる。
「チッ」
聞き違いでなければセキレイさんは今、舌打ちをした。
セキレイさんに両手で腰をホールドされ、私はさすがにマズイなと思い、ハッキリと彼を拒絶する。
「セキレイさん、私は献上品です。セキレイさんとは出来ません」
「お前は俺の物になりたくないのか?なあ、翡翠」
セキレイさんに頬を撫でられ、宥められたが、私はここで流される訳にはいかなかった。
「セキレイさん、私は献上品で、王の物なんです。あなたの物にはなれない」
この時の私は、自分が既に処女を喪失している事は綺麗さっぱり忘れ去っていた。
「そうなんだよな、やっぱりそうなんだな」
セキレイさんはちょっと落ち込んで、自然と私の腰から手を放した。
「お前は絶対に俺の物にはならない運命なんだな」
そんな風に私を見上げたセキレイさんの顔は、暗くてよく見えなかったけれど、何だか凄く悲しんでいる様な気がした。
「あの……すみません……」
セキレイさんを傷付けてしまった。
セキレイさんが悲しいと、私も悲しい。
「いいや、俺が馬鹿だったんだ。誘惑に負けて、今なら翡翠を俺の物に出来そうな気がしてさ。でも、お前が強情っぱりの頑固者だって事、忘れてたよ。自分が調教師である事もな。ごめんな、指南にかこつけてお前を快楽に溺れさせて手ごめにしようとしてた。体はよがってたけど、心では嫌だったんじゃあないか?」
セキレイさんはそう言って私の頭を撫で、私に自分の上から下りるよう促したが、私は彼の胸にしがみついて離れなかった。
「どうしたどうした?俺も我慢の限界だから離れた方がいい」
私の下敷きになっているセキレイさんの限界は肌で感じている。それこそビンビンに。
「セキレイさん、私、嫌じゃない」
セキレイさんに気持ち良くしてほしいし、セキレイさんを気持ち良くしたい。
恥ずかしいけれど私の心と体の高ぶりは最高潮に達し、あれだけ嫌だった『98』というのを自分から率先して行った。
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