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#14 正体

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 時刻は早朝。

 匠真は何やら体に重みを感じて、目が覚めた。

 目はまだ開かないが、意識は少しずつはっきりしていく。


(昨日の疲れが残ってるのかな? 早くに寝たから、かなりの時間寝たはずなんだけど……)


 そんな事を思ったが、それは少し違う事に気付いた。

 体が重いのは疲れからじゃなく、物理的に体の上に何かが乗っているからだと。


(何かが乗ってる……?)


 枕から少し体を上げ、寝ぼけ眼を擦りながら、体の上に乗っているものを確認した。

 すると、そこに乗っていたのは……


 見知らぬ全裸の黒髪少女だった。


「は!?!?!?!?」


 一瞬で意識が覚醒する。

 
(待て。 僕はこんな子知らないぞ! なんでこの子は僕の体の上で全裸でスヤスヤ寝ている!?)


 匠真は自分にかかっていた布団で素早くその少女の体を包み、一応起こさないようにゆっくりとその子の下から抜け出し、ベッドから下りようとした。


 シュルっ


 しかし、立ち上がろうとした匠真の手に何かが巻きついてきた。 
 
 何かと思い見てみたところ、少女の方から伸びている毛が生えた尻尾だった。


(この子、まさか……)


 そこで匠真は一つの答えに辿り着いた。 

 この少女を布団越しだがよく見てみると、黒い尻尾があり、さっきは気が動転して気付かなかったが、頭にはこれまた黒い猫耳が付いている。


(昨日助けた、黒猫…… ってことか?)


 そう思い周囲を見渡してみたが、昨日の黒猫の姿は見えないので、正直それしか思いつかなかった。 


(……どうしよう、尻尾を振り解くのも何かかわいそうだし、かと言って裸の女の子の近くにいるのも心臓に悪い。 ……え、なんで女の子って分かるかって? 上に乗られていた時に、控え目だけど確かな柔らかい感触を感じたからです)


 結局匠真は、その少女に背を向けてベッドに座っておくことにした。

 まだかなり朝も早く、ミラルもしばらく来ないと思うので。


(スキルの確認でもしながらこの子が起きるのを待つ事にしよう……)



     *



「うにゃ……」
 

 なにやら匠真の後ろでモゾモゾと動く音がした。

 結局匠真が起きてから30分くらい経ったのだが、その間、匠真の右手にはずっと少女の尻尾が巻き付いていた。 


「起きたかい?」


 匠真は背を向けたまま声をかけてみた。


(振り返る気はないです。 体を起こしたみたいで、ストンと布団が落ちた音がしたから)


「……起きた」

「あ、話せるんだ?」

「? ……もちろん」


(猫の姿では話して無かったから、てっきり話せないもんかと思ってた)


「えーっと、取り敢えず自己紹介しようか。 僕はショーマといって一応冒険者をやってる」

「……ショーマ」

「君は? 名前はなんていうの?」

「……ノアル」

「ノアルね、よろしく。 ところでどういう原理で君は猫と人の姿を行き来してるの?」

「……ノアルは獣人。 獣人は、ほとんどの人が獣化のスキル持ってる」

「獣人か…… そんな種族もいるのか。 まぁ、エルフや魔族もいるらしいし、獣人もいておかしくはないか……」


 鑑定すれば分かったことかもしれないが、黒猫の姿の時はただの黒猫だと思っていたし、今も人に向かって許可もなく鑑定というのはあまりしたくない。 

 どうしても必要な時は迷いなく鑑定すると思うが。


「……怖くないの?」

「え?」

「……人種族は獣人、嫌ってる人いる。 怖くないの?」

「そうなんだ。 大丈夫、僕はそういう常識?とかよく分かってないから怖くないよ」

「……そうなんだ」


(なんというか、あんまり口数多い方じゃないのかな? 必要な事だけ言うタイプ…… ちょっと父さんと似ているかもしれない)


「……助けてくれてありがと」

「ん? あぁ、気にしなくていいよ。 体はもうなんともない?」

「……ん、怪我治ってる。 それと、ごめんなさい」

「え、なんのこと?」

「……噛んじゃった」


(噛んじゃった……? ああ、この子を助けた時か)


「大丈夫だよ、あの時は魔物に襲われて気が張ってたみたいだし、しょうがないと思う。 それに、その傷も、もう治したから心配いらないよ」

「……それでも、ごめんなさい。 助けようとしてくれたのに」

「結果、君は無事で僕も無事だったから本当に気にしないで? あの状況だったら僕の事が敵に思えてもおかしくないからね」

「……ありがと。 そういえば、なんで後ろ向き?」

「……君は女の子でしょ? 女の子のあられもない姿を見る訳にはいかないから」

「……気にしない」

「いや、気にして!? 僕のためにもお願いしたい!」

「……別に、ショーマになら見られていい」

「気を許してくれたのは嬉しいけど! 見ないからね!? 布団で隠すか猫の姿に戻って!」

「……獣化したらショーマと話せない」

「そこは色々と考えてあるから心配しないでいいよ! これから僕、ご飯食べに行かなきゃいけないから、猫の姿ならいいけどその姿じゃ外に出せないよ?」

「……じゃあ、獣化する」


(はぁ、説得にとても気力を使った…… 獣人は羞恥の感覚が僕らと違うんだろうか? それともこの子が特殊なのかな? ……なんか後者な気がする)


 そして、匠真の後ろが一瞬光ったと同時に巻き付いていた尻尾の感覚が無くなった。

 そのすぐ後、匠真の肩に黒猫姿のノアルが乗ってきた。 

 なのでノアルを対象にして、今さっき取っておいたスキルを使ってみる。


《えーっと、こんな感じかな? 聞こえる? ノアル?》

《!? ……びっくりした》

《あ、ごめんごめん。 僕もこのスキル使うの初めてだから、よく分かんなかったんだよね》

《……なにこれ?》

《これは念話っていうスキルで今の段階だと僕の周り半径5m以内にいればこうやって頭の中で会話が出来るっていうスキルだよ》

《……すごい、ショーマ》

《それで、僕これからご飯食べに行くんだけど、ノアルはどうする? 待っててもいいけど……》

(ノアルも行く)


 即答された。


《そっか。 でも、獣化は解かないでね? 獣人を嫌ってる人?がいるかもしれないし、なにしろまた裸になっちゃうし》

《……分かった》

《というか、肩に乗ってて大丈夫? 落ちない?》

(……大丈夫。 それにショーマの近くにいたい)

《一応、気をつけてね?》


(というか、僕は口に出してもいいんじゃないかな? ……いや、猫に話しかけてるヤバいやつと思われるのも嫌だし、やっぱり念話で話そう)



     *



「あ、ショーマお兄ちゃん。 今起こしに行こうと思って……あ! その子起きたんだね!」

「おはようミラルちゃん。 うん、さっき起きたよ」

「か、かわいいー!」

《……ショーマ、この子は?》

《この宿を経営してる夫婦の娘さんだよ。 名前はミラルちゃん。 昨日僕が出かけてる間、ノアルの事はこの子とこの子の両親が君の事を見ていてくれたんだ》

《……そうなんだ》


 そう言うとノアルはショーマの肩からヒョイっと飛び降りてミラルに近づいていき、頭をグリグリとミラルの足に擦り付けた。


「わ!わ! お、お兄ちゃんこの子どうしたの!?」

「ミラルちゃんが昨日この子の面倒をみてくれてたって分かって感謝してるみたいだよ?」

「ほわわ…… な、撫でてもいいのかな?」

《……いい》

「いいらしいよ」


 匠真の許可をもらい、ミラルは屈んで恐る恐る、ノアルの頭を撫でた。

 ノアルはその手に向かって頭を押し付けていく。

 言葉には出来ないけれど、感謝してる事を伝えたいみたいだ。


「わぁ……! 毛並みサラサラでツヤツヤで、すごい!」

《……でしょ》


 ノアルは褒められて満更でもないようで、尻尾も上を向いていてユラユラと揺れていてご機嫌そうだ。

 しばらく撫でて撫でられていた2人は満足したのかお互いの体を離した。


「はぁ…… 満足ですぅ…… ありがとね、猫ちゃん。 また撫でさせてくれる?」

《……うん》

「ほんと!? ありがとー!」

 
 言葉では伝えられないが、首を縦に振っているので、ミラルにも伝わったみたい。


「それじゃあご飯食べに行こうか?」

《……分かった》


 ノアルはヒョイっと再び匠真の肩に乗った。


「はっ! ミラルもお手伝いの途中でした! お兄ちゃんまた後でね! 猫ちゃんも!」

「うん、気をつけてね」


 「はーい!」と言いながらミラルは宿泊客を起こしに行った。


《そういえば、ノアルはなに食べるの?》

《……多分、ショーマと変わらない。 あ、でもピーマンは嫌い》

《ピーマンなんだ。 タマネギは?》

《? ……普通に食べる》

《そっか》


 どうやら地球の猫とは違うみたいだ。

 
「おはよう、ショーマ。 お、そいつ起きたんだな」

「おはようございます、ミルドさん。 はい、おかげさまで今朝起きました」

「そうかそうか。 ところで、そいつも飯食うのか?」

《……食べる》


 ノアルはコクコク首を縦に振っている。


「なんだ? 言葉が分かるのか?」

「えーっと、そうみたいです」

「賢いんだな。 人間と同じでいいのか?」

「コクコクっ《……いい、お腹空いた》」

「そうか、じゃあお前の分も準備するから座って待っとけ」


 そう言ってミルドさんは厨房の方へ戻っていった。


《よかったね、ご飯もらえるみたいで》

《……うん、楽しみ。 お腹すいた》


 ノアルは匠真の肩をふみふみと踏みながらそう答える。 

 肉球の感触が気持ちよかった。


「お! ショーマおはよう! そいつが昨日助けたっていう黒猫か!」

「ゲイルさんおはようございます。 あれ? 僕この子の事話しました?」

「いや、お前が昨日、部屋に戻った後にミルドから聞いたんだ! ん?こいつは……」

「どうかしました? ゲイルさん?」

「あぁ、いや、なんでもねえよ! 一緒に飯食おうぜ!」

「もちろん、大丈夫ですよ」

《……だれ?》

《僕がこの街に来た時に助けてもらった冒険者のゲイルさん。 この街で1番ランクの高いパーティーに入ってるよ》

《……ちょっと顔が怖い》

《い、いい人なのは間違いないから》


(やっぱり、初対面だとちょっと怖いのか。 僕はもういい人だって分かってるから怖くないけど)


 そんなやり取りをしているうちに、朝ご飯が運ばれてきた。 

 今日の朝ご飯は、ソーセージにサラダ、コーンスープとロールパンだった。 

 ノアルには一口大に小さく切られたソーセージが入った小皿と、それと同じサイズの皿に盛られたサラダとコーンスープがミラルちゃんによって運ばれてきた。 


《……食べていい?》

「おう、お前の分だ。 食べていいぞ」


 ノアルが待ちきれない雰囲気でミルドさんの方に顔を向け首を傾げてると、その意図を汲み取ったミルドさんが許可を出す。 

 それと同時にノアルはすごい勢いでご飯を食べ始めた。 

 匠真たちもそれを見て食事に手を付け始める。 


《うん、今日も美味しいね》

《……うまうま》


 結局、ノアルはソーセージが気に入ったらしく、最初の皿を合わせて2杯食べていた。 

 おかわりが欲しくなったら、ミルドやミラルの方を見て、お皿を前足でテシテシして伝えていたようだ。


《……美味しかった》

《良かったね、満足した?》

《……ん。 この姿だと、これくらいでお腹いっぱい》


 匠真とゲイルも食事を食べ終わり、食堂を後にすることにする。 

 ミラルはノアルと遊びたかったみたいだが、また僕らが帰ってきてからということで納得してもらった。 

 ほんとに聞き分けの良い子だと思う。


「ゲイルさん、この後はギルドですか?」

「んー、ギルドには行くがそこまで急ぎって訳でもねぇな。 なんでだ?」

「ちょっと聞きたいことがありまして」

「お? 全然いいぞ」

「ありがとうございます。 ちょっと他には聞かせづらいので、宿を出ましょうか」

「おう、分かった」


 ゲイルはあっさりと快諾し、匠真達は宿を出て、近くの人通りのない路地に入った。


「んで、聞きたいのはそいつが獣人だってこととなにか関係あるのか?」

「えっ、分かってたんですか?」


(驚いた。 なんで分かったんだ……?)


「獣人の獣化スキルも多少なりとも魔力を使うから、獣化した時にほんの少しだが体に魔力を纏ってるんだ。 俺はシーフだからそういう魔力の動きの察知が得意で、そいつを見た時に判別がついた。 まぁ、シーフなら誰でも分かるって訳じゃないがな!」


(……ゲイルさん凄いんだな)


 匠真もノアルの魔力を感じようと、めちゃくちゃ集中して観察してみたが、正直よく分からなかった。


《……ばれてた》

《みたいだね》


「んで、ショーマが聞きたいことは獣人についてか?」

「そうです、この子から人種族は獣人を嫌ってると聞いたので、どうしようかと思いまして」

「そいつから?」

「あ、すいません。 スキルを使ってこの子と話したんです」

「スキルを……? ああ、念話か! 通りで朝からちょいちょいショーマとそいつの間で魔力が動いてたのか」

「そんな事も分かるんですか?」

「分かるぞ、シーフだからな」


(シーフすごいな)


「まぁ、確かに獣人を毛嫌いしてる奴も一定数いるなぁ。 ただ、この街にも獣人が来ないわけでもないし、この街の奴らは基本的に大丈夫だと思うぜ。 どっちかというと冒険者の連中の方が厄介だな」

「冒険者が、ですか?」

「ああ、冒険者は色んなところから来るから、獣人を嫌ってる土地から来たって奴も中にはいる。 この街にも獣人の冒険者パーティーが1組いるんだが、そいつらがギルドに来た時にも一悶着あったらしい」

「そうなんですか……」


(僕も冒険者だから、ギルドには行くことになるだろうし、どうしたもんかな)


《ノアルは、獣化の姿のままでも大丈夫?》

《……獣化は魔力を使う。 少しずつだから数日は持つけど、それ以上は昨日みたいに魔力が無くなって動けなくなる》


(そうなのか。 じゃあずっとこのままとはいかないな。 というか、魔力が無くなると昨日のノアルみたいになるんだ。 僕も気をつけないと)


「獣人の事は大体分かりました。 教えてくれてありがとうございます」

「お、もういいのか?」

「はい、もう大丈夫です。 時間を取らせてしまってすみませんでした」

「いいってことよ! んじゃ、俺はそろそろギルドに行くぜ! またな!」


 そう言って、ゲイルはギルドの方へ歩いていった。


《僕らも動き始めようか》

《……どこ行くの?》

《最初は服屋に行くよ。 ノアルの服買わなくちゃね》


(まずは、アーリさんのところへ行こう)
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