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幽州戦争編 第一章 挙兵
一 妖鬼族の幼女レイ ※
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太古の昔の話である。
戦闘民族の妖鬼族が支配する霊王朝は長い間、この世界を統治し続けたがその治世も二千年が経過すると力を失いつつあった。
霊王朝の昭武六年。世界は乱世の時代になっていた。先の帝、六十二代霊帝の治世に皇帝は力を失い、民衆の反乱が起き、内部で権力抗争が起きたのを歯切りに群雄が割拠する時代になった。
群雄はそれぞれが王を名乗ったり皇帝を自称して建国し、霊から独立する有り様だった。現代の今上皇帝は傀儡で力が無く、世を正す力など無かった。そんな折、異世界から流れ着いた者もやはり王を名乗り国を開く有り様。そして大乱の様子は天下だけではなく、神々の住む天上にまで及んでいるという噂だ。
ともかく、昭武六年という時代は世界全体が大混乱に陥った乱世の時代なのである。人の世とはいつの時代も争いが絶えず、仮初の平安と乱世を繰り返してきた。異世界の霊王朝もまた、その一つなのである。
そんな霊王朝の一地方、幽州福郡福県福市の街道を歩く一人の人影があった。
身長百センチメートルと人間の三歳児のような姿。腰まで届く白銀の髪。銀色の丸い瞳、子供らしいまん丸の顔、細い手足、華奢な子供らしい体付き。そして薄い青白色の肌。頭に二本の角を生やし、ネズミのような細長い尻尾を生やしている。黒のマイクロビキニパンツだけを身に着けて、平らな胸や腹など陰部以外は全てが露出している。そして左頬と額から頬にかけて逆Y字に、全身にも刀傷があって、特に胸から腹にかけて斜めに深い切り傷が、十字に刻まれていた。彼女の名はレイと言った。
特徴的な魔族のような頭の角とネズミのような尻尾は、あの妖鬼族の特徴である。彼女は妖鬼族の子だった。
レイは捨て子だったらしい。赤子の頃、川岸に流れ着いて泣いていたのを彼女の今の武術の先生でもあるリュウユウが見つけて保護した。
一太刀の剣が、赤子のレイの体を貫いており、そこに紙切れも貫かれていて、紙切れには彼女の名前と種族とある病気の事が書かれていた。
レイは不変幼という遺伝子異常の先天的な病気なのである。個人差があるが、子供のある年齢の時点で成長が止まる病気だ。レイの場合は三歳になる頃で体の成長が止まってしまった。一生幼児の姿のままであるため、大人のように剣を振る事も仕事をする事も難しい。しかし、不変幼の者は成長が止まると同時に不老であった。永久に年を取らないのである。
つまり、餓死したり殺されたりしない限り、レイは死ぬ事が無いのだ。その上、レイは妖鬼族。妖鬼族は戦闘種族らしく気の扱いに極めて長けていた。
気とは万物に漂うエネルギーの事でコントロールを極めれば神の如き力を得られるという。その力によって妖鬼族は二千年前に天下を取れて、今の時代まで世界の支配を維持出来たのである。
そして気の扱いに長けていれば体の治癒も強力になる。極めれば全身が粉微塵になっても体を再生出来る他、魂と身体を切り離し、体を自在に作ることも出来るのだという。しかし長い歴史の中でそこまで極めた者はいないという。
レイの先生であるリュウユウは妖鬼族では無いが気の扱いに精通している武道の達人の老父だ。そんな彼に赤子の頃から鍛えられたレイは小さいながら妖鬼族らしい高い戦闘力を身に着けた。もはや他種族の大人にも負けない、戦場を駆けて大剣を振るう力を持っているのである。
レイは自分の素性も、自分が強い事も知っていた。赤子時代に剣で貫かれても死ななかった彼女だ。生命力には自信があった。そんな彼女はこの世界に覇を唱えようと常々考えていた。この乱世を武を以て平定し、皇帝になろうとしたのである。
師リュウユウはそれを許してくれなかった。レイは三歳相当の体だがリュウユウに拾われてから既に六年。もう六歳になる。武術はリュウユウも認める程の腕前で、動物を素手で狩る事も力仕事の手伝いをする事も多い。力は大人顔負けで、戦闘力は十分、戦場でも通用するのだ。
それなのに何故自分が挙兵する事を許してくれないのかとレイは不思議に思っていた。天下泰平にして戦乱を無くし、民を安んじたい気持ちだってある。正義の味方のつもりは無いが、この乱世で自分の腕を試す機会を与えてくれても良いでは無いか。レイは三歳の頃から口酸っぱく師に主張してきた。リュウユウは自分を武術で倒したら行って良いと言う。レイは師を倒すつもりで向かってもまだまだ及ばない。遊び相手程度になるくらいである。
本来レイ程の小ささでそこまで行くだけでも規格外なのだが、師を倒さねば挙兵を許してもらえないのだ。レイは焦りを感じていた。もっとも寿命が無いのだからゆっくりとやれば良いのだが、時代は常に動いている。自分が立つ前に乱世が終わったら身を立てないのである。それがレイは心配だった。
「いつまでも門下生のままでいるわけにもいかんよなぁ。先生だってもう年だし」
レイは両手を頭の後ろに組んで青空を仰いで愚痴をこぼした。舌足らずな子供っぽい声。リュウユウは既に三百歳を超える老齢だ。真っ白な髭を蓄えた白髪の爺である。いくら気を扱えるからとはいえ、いつ倒れても不思議では無い。とっくに人間の寿命を超える程に気を極めているが、いつ何があってもおかしくは無いのである。
レイはリュウユウに立派になった己の姿を見せたいのである。ちなみにレイがマイクロビキニパンツ一丁なのはリュウユウの趣味である。中々のエロジジイでもあった。しかしエロくても、強くて優しいリュウユウがレイは好きだった。本当の祖父のように思っていたのだ。だからこそそんな彼に立派に自立した姿を見せる事が親孝行になるのだと思っていた。
もう一つ、自分を捨てたと思われる血の繋がった本当の両親の顔が見たいという思いもあった。妖鬼族であるならば霊王朝の貴族の身分のはずなので名は広いはずである。自分が立身出世すれば見つけてくれるはずだ。いや、こっちから会いに行ってやろう、レイはそう考えていた。
ところで、今日村に出たのは肉と酒を調達するためだ。リュウユウの屋敷の蓄えが減ってきたから買い出しに来たのである。同門の兄弟子クライムと二人で来たのだが今は別れて行動している。渡された金は千銭。一本の銭差し、つまり紐に百枚の銅貨を通して一つの束にしたもの(銅貨には中央に紐を通すための穴が空いている。五銖銭に近い)を十個、更に繋げてひとまとまりにしている。これで肉と酒を買うのである。お金などの荷物は収納魔法によって異空間ポケットに入れており、自由に出し入れ出来る。
(ちなみにこの世界の一銭は現代日本国通貨の百円相当である。銅貨、銀貨が庶民の間でよく使われている。金貨は庶民が使う事は殆ど無い。銀貨一枚百銭で、金貨一枚千銭に相当する)
レイは子供の見た目だが、事情を話せば酒を提供してくれる。それにレイも酒は飲めるのだ。初めて飲んだ時は高熱にうなされてしまったが、それでも懲りずに飲んでいたらいつの間にかなんとも無くなっていた。気の扱いが巧みになり、体の消化能力も代謝能力も高まったためである。
レイは酒が好きだった。よく酒を飲んだ。しかしそのせいで急な尿意を催して、厠に間に合わず失禁してしまう事も多くなった。体が小さいのですぐに厠に行きたくなる。大量には小便を我慢出来ないのである。それでも懲りずに酒を飲んでは厠に間に合わず失禁を繰り返した事もあって、レイは失禁する事に快感を覚えるようになってしまった。
育ての親と方向性は違えど、レイも変態になってしまったのだ。それが去年の話である。その事を知っているのはクライムだけである。クライムとは特に仲が良い。頼れる兄のような人で結婚するならクライムと決めている。もちろんクライムの意思を尊重するが、レイは結婚するならクライムただ一人と本気で思っている。
クライムもリュウユウのようなロリコンで、自分を好いてくれたら何程良いだろうか。クライムもレイを妹のように可愛がっているが恋人として見ているのかと言うと疑問である。血は繫がっていないのだから問題無いとレイは愛の告白を以前した事がある。クライムは困った顔をしてはぐらかした。しかし嫌ともダメとも言われていない。ハッキリと返事をしないのは断られるのと同じくらい辛い事だとレイは思っていた。
クライムとはいずれ共に挙兵して立身出世しようと言い合っていた。クライムも負けないぞと言ってくれた。どちらが偉くなるかはわからないが偉くなった方の伴侶になろうとレイは言った。やはりクライムはそれだけは返事を躊躇ったが最後には承諾してくれた。レイは嬉しかった。
クライムも捨て子で三歳の頃にリュウユウに拾われて育てられたという。レイと出会ったのは六歳の時。今のクライムは十二歳だ。妖鬼族では無いが強く、レイより強い。やはり戦場で戦えるだけの戦闘力を有している。クライムはリュウユウに一撃を入れた事があり、挙兵の許可は出ている。しかしクライムはレイに許可が降りるのを待つと言って屋敷に残ってくれた。屋敷ではリュウユウ、クライム、レイの三人暮らしだ。雑用などはクライムとレイが分担して行っている。レイは自分を待ってくれるクライムが嬉しかった。クライムが早く挙兵するためにも、レイは早く許可を貰わなければと思っているのだ。
村を歩いていると何やら人が集まって騒いでいた。民衆はみんな、ボロ布を纏っている庶民達である。
老若男女がそこには集っていた。何事かとレイが近付いてみると、そこでは二メートル近い大男が二人で殴り合いをしていた。人々は歓声を上げて自分の銭を二人に向かって投げていた。どうやらただの喧嘩では無い。試合をしているようだった。
やがて片方の男のパンチがもう一人の顔面を抉り、殴られた男は倒れて動かなくなった。男は拳を天高く突き上げる。すると二人を審判していたであろう男が甲高い声を上げた。
「買ったのはグランという男だー! 彼には賞金銅貨千枚とみんながくれた銭をやろう! さぁ! 次の挑戦者はいるかなぁ?」
民衆の中に声を上げる者は無かった。すると民衆の中を掻い潜って一人の幼女が前に出た。レイだった。妖鬼族の好戦的な態度が出てしまった。レイはこれと戦って勝ちたいと思ったのだ。
レイは得意気に笑みを浮かべて、手を上げて言った。
「私がやります。その男を倒してみせます」
民衆は黙り込んだ。グランも審判の男も言葉を失っていた。何故子供がと摩訶不思議な気分だった。レイはニヤリと笑い、グランを睨めつけた。
「グランと言ったな? 私と戦え! このレイが相手になってやる!」
すると少し遅れてグランが大笑い。民衆達も笑い出して審判の男もみんな笑い出した。
「あははは! おい、童! お前正気か!?」
「無論、正気だ!」
レイは前に出てグランの前に立つ。そのレイの姿を見て人々の笑いが止まった。グランの表情が変わり、レイを睨みつける。
「……妖鬼族か」
レイの頭にある大きな二本の角、そして腰から伸びる細長いネズミのような尻尾。それは妖鬼族の特徴だった。ざわわ……と民衆達がざわめき始める。妖鬼族といえば子供でも、他種族の大人を倒してしまう程の力の持ち主だった。それにしても身長百センチメートルではどうしようもないはずだ。しかし妖鬼族に変わりはない。グランの目から笑みが消えた。審判の男が恐れた様子でグランに声を掛ける。
「おい、グラン。本気出すなよな。妖鬼族とはいえ、三歳くらいの童子じゃないか」
「妖鬼族は嫌いだ。他の種族より力が強いからって傲慢に振る舞うからな。こいつのように。痛い目に会わせてやる。泣き面かいて母親に泣きつくんだな!」
「馬鹿野郎! 親が黙ってないだろうが!」
するとグランは審判の合図も待たずに拳を振り下ろした。二メートルの巨漢が振り下ろす強烈なパンチ。民衆達の中には驚き目を覆う者もあった。レイはニヤリと笑うと両手足を広げて大の字になり、拳をもろに受けた。レイの顔面に直撃したパンチ。しかしレイは何事も無かったかのようにそこに立っていた。吹き飛びもせず、怯みさえしなかった。民衆達も、審判もグランも言葉を失っていた。レイは右手を伸ばし、グランの腕を掴むと顔からどかした。
「まるで気の扱いが出来てない。気の大きさも一般人と変わらない。体は鍛えているようだが、それじゃあ達人とは言えないね」
レイは次の瞬間、グランの頭部まで跳躍、拳を振り上げアッパーを放つ。それはグランの顎を抉った。グランは白目を向いてそのまま後ろにダウン。泡を吐いて気絶してしまった。ノックダウン。少し経って民衆から歓声が上がった。審判は驚きを隠せない様子でたじろいでいた。レイは微笑みを浮かべると審判の男に寄った。
「さ、賞金を頂戴?」
「く……なにやられてんだ馬鹿野郎! 大損じゃねぇかよ!」
グランと審判の男は通じていた。グランの武勇によって初めからグランに勝てる男はいないと踏んでの事だった。民衆の投げ銭を収益としていたのである。しかし今回レイに敗れて用意していた千銭まで失くす事になったのだ。
「ほら、早く」
「くそ……強いな小僧。完敗だよ」
「よくやったぞ妖鬼族のガキンチョー!!」
「野郎! やるじゃねぇか! すげぇぜ!」
「妖鬼族ってホントに強いんだなぁ! 流石だよ!」
民衆達が口を揃えて称賛する。レイは嬉しくなってつい口元が緩んでしまう。
レイは千銭を受け取るとその場をカッコつけながら去っていった。
千枚の銅貨の束を一つ、小袋に入れて、異空間ポケットに入れ、上機嫌で歩く。しばらく歩いていると彼女の前方から一人の少年が歩いてきた。身長百四十センチメートル、大人顔負けの筋骨隆々の少年だった。ボロの布着とズボンを身に着けている。レイは彼を見ると満面の笑みで駆け出した。
「兄ちゃん! 兄ちゃん!」
レイは少年に向かって走っていきそして抱きついた。少年の名はクライム。レイと別れて行動していた兄弟子だった。クライムは笑みを浮かべて、レイの頭を優しく撫でた。
「レイ、肉と酒は買ったか?」
「ううん。でもね、あっちで試合やってたからそれに出て賞金千銭貰ったよ! これでいっぱいお酒とお肉買おう!」
「お前また、力を見せびらかしたのか? あまり目立つなっていつも言われてるだろ?」
「でも……」
レイはそれ以上何も言えなかった。確かに目立つなと言われているのはわかっている。しかしレイは元来目立ちたがり屋なのである。力を見せ付けたいのである。戦闘民族妖鬼族の性か。
「はぁ。もういい。一緒に行こう。金が倍になったならいっぱい買えるぞ」
「だよね!」
クライムと別れて行動していたがこうして合流した。クライムは既に買い物を済ましていたらしく、そこで買い物は終わるはずだったが、新たに銭が加わったので買い物を続ける事にした。レイとクライムは共に買い物に向かった。
戦闘民族の妖鬼族が支配する霊王朝は長い間、この世界を統治し続けたがその治世も二千年が経過すると力を失いつつあった。
霊王朝の昭武六年。世界は乱世の時代になっていた。先の帝、六十二代霊帝の治世に皇帝は力を失い、民衆の反乱が起き、内部で権力抗争が起きたのを歯切りに群雄が割拠する時代になった。
群雄はそれぞれが王を名乗ったり皇帝を自称して建国し、霊から独立する有り様だった。現代の今上皇帝は傀儡で力が無く、世を正す力など無かった。そんな折、異世界から流れ着いた者もやはり王を名乗り国を開く有り様。そして大乱の様子は天下だけではなく、神々の住む天上にまで及んでいるという噂だ。
ともかく、昭武六年という時代は世界全体が大混乱に陥った乱世の時代なのである。人の世とはいつの時代も争いが絶えず、仮初の平安と乱世を繰り返してきた。異世界の霊王朝もまた、その一つなのである。
そんな霊王朝の一地方、幽州福郡福県福市の街道を歩く一人の人影があった。
身長百センチメートルと人間の三歳児のような姿。腰まで届く白銀の髪。銀色の丸い瞳、子供らしいまん丸の顔、細い手足、華奢な子供らしい体付き。そして薄い青白色の肌。頭に二本の角を生やし、ネズミのような細長い尻尾を生やしている。黒のマイクロビキニパンツだけを身に着けて、平らな胸や腹など陰部以外は全てが露出している。そして左頬と額から頬にかけて逆Y字に、全身にも刀傷があって、特に胸から腹にかけて斜めに深い切り傷が、十字に刻まれていた。彼女の名はレイと言った。
特徴的な魔族のような頭の角とネズミのような尻尾は、あの妖鬼族の特徴である。彼女は妖鬼族の子だった。
レイは捨て子だったらしい。赤子の頃、川岸に流れ着いて泣いていたのを彼女の今の武術の先生でもあるリュウユウが見つけて保護した。
一太刀の剣が、赤子のレイの体を貫いており、そこに紙切れも貫かれていて、紙切れには彼女の名前と種族とある病気の事が書かれていた。
レイは不変幼という遺伝子異常の先天的な病気なのである。個人差があるが、子供のある年齢の時点で成長が止まる病気だ。レイの場合は三歳になる頃で体の成長が止まってしまった。一生幼児の姿のままであるため、大人のように剣を振る事も仕事をする事も難しい。しかし、不変幼の者は成長が止まると同時に不老であった。永久に年を取らないのである。
つまり、餓死したり殺されたりしない限り、レイは死ぬ事が無いのだ。その上、レイは妖鬼族。妖鬼族は戦闘種族らしく気の扱いに極めて長けていた。
気とは万物に漂うエネルギーの事でコントロールを極めれば神の如き力を得られるという。その力によって妖鬼族は二千年前に天下を取れて、今の時代まで世界の支配を維持出来たのである。
そして気の扱いに長けていれば体の治癒も強力になる。極めれば全身が粉微塵になっても体を再生出来る他、魂と身体を切り離し、体を自在に作ることも出来るのだという。しかし長い歴史の中でそこまで極めた者はいないという。
レイの先生であるリュウユウは妖鬼族では無いが気の扱いに精通している武道の達人の老父だ。そんな彼に赤子の頃から鍛えられたレイは小さいながら妖鬼族らしい高い戦闘力を身に着けた。もはや他種族の大人にも負けない、戦場を駆けて大剣を振るう力を持っているのである。
レイは自分の素性も、自分が強い事も知っていた。赤子時代に剣で貫かれても死ななかった彼女だ。生命力には自信があった。そんな彼女はこの世界に覇を唱えようと常々考えていた。この乱世を武を以て平定し、皇帝になろうとしたのである。
師リュウユウはそれを許してくれなかった。レイは三歳相当の体だがリュウユウに拾われてから既に六年。もう六歳になる。武術はリュウユウも認める程の腕前で、動物を素手で狩る事も力仕事の手伝いをする事も多い。力は大人顔負けで、戦闘力は十分、戦場でも通用するのだ。
それなのに何故自分が挙兵する事を許してくれないのかとレイは不思議に思っていた。天下泰平にして戦乱を無くし、民を安んじたい気持ちだってある。正義の味方のつもりは無いが、この乱世で自分の腕を試す機会を与えてくれても良いでは無いか。レイは三歳の頃から口酸っぱく師に主張してきた。リュウユウは自分を武術で倒したら行って良いと言う。レイは師を倒すつもりで向かってもまだまだ及ばない。遊び相手程度になるくらいである。
本来レイ程の小ささでそこまで行くだけでも規格外なのだが、師を倒さねば挙兵を許してもらえないのだ。レイは焦りを感じていた。もっとも寿命が無いのだからゆっくりとやれば良いのだが、時代は常に動いている。自分が立つ前に乱世が終わったら身を立てないのである。それがレイは心配だった。
「いつまでも門下生のままでいるわけにもいかんよなぁ。先生だってもう年だし」
レイは両手を頭の後ろに組んで青空を仰いで愚痴をこぼした。舌足らずな子供っぽい声。リュウユウは既に三百歳を超える老齢だ。真っ白な髭を蓄えた白髪の爺である。いくら気を扱えるからとはいえ、いつ倒れても不思議では無い。とっくに人間の寿命を超える程に気を極めているが、いつ何があってもおかしくは無いのである。
レイはリュウユウに立派になった己の姿を見せたいのである。ちなみにレイがマイクロビキニパンツ一丁なのはリュウユウの趣味である。中々のエロジジイでもあった。しかしエロくても、強くて優しいリュウユウがレイは好きだった。本当の祖父のように思っていたのだ。だからこそそんな彼に立派に自立した姿を見せる事が親孝行になるのだと思っていた。
もう一つ、自分を捨てたと思われる血の繋がった本当の両親の顔が見たいという思いもあった。妖鬼族であるならば霊王朝の貴族の身分のはずなので名は広いはずである。自分が立身出世すれば見つけてくれるはずだ。いや、こっちから会いに行ってやろう、レイはそう考えていた。
ところで、今日村に出たのは肉と酒を調達するためだ。リュウユウの屋敷の蓄えが減ってきたから買い出しに来たのである。同門の兄弟子クライムと二人で来たのだが今は別れて行動している。渡された金は千銭。一本の銭差し、つまり紐に百枚の銅貨を通して一つの束にしたもの(銅貨には中央に紐を通すための穴が空いている。五銖銭に近い)を十個、更に繋げてひとまとまりにしている。これで肉と酒を買うのである。お金などの荷物は収納魔法によって異空間ポケットに入れており、自由に出し入れ出来る。
(ちなみにこの世界の一銭は現代日本国通貨の百円相当である。銅貨、銀貨が庶民の間でよく使われている。金貨は庶民が使う事は殆ど無い。銀貨一枚百銭で、金貨一枚千銭に相当する)
レイは子供の見た目だが、事情を話せば酒を提供してくれる。それにレイも酒は飲めるのだ。初めて飲んだ時は高熱にうなされてしまったが、それでも懲りずに飲んでいたらいつの間にかなんとも無くなっていた。気の扱いが巧みになり、体の消化能力も代謝能力も高まったためである。
レイは酒が好きだった。よく酒を飲んだ。しかしそのせいで急な尿意を催して、厠に間に合わず失禁してしまう事も多くなった。体が小さいのですぐに厠に行きたくなる。大量には小便を我慢出来ないのである。それでも懲りずに酒を飲んでは厠に間に合わず失禁を繰り返した事もあって、レイは失禁する事に快感を覚えるようになってしまった。
育ての親と方向性は違えど、レイも変態になってしまったのだ。それが去年の話である。その事を知っているのはクライムだけである。クライムとは特に仲が良い。頼れる兄のような人で結婚するならクライムと決めている。もちろんクライムの意思を尊重するが、レイは結婚するならクライムただ一人と本気で思っている。
クライムもリュウユウのようなロリコンで、自分を好いてくれたら何程良いだろうか。クライムもレイを妹のように可愛がっているが恋人として見ているのかと言うと疑問である。血は繫がっていないのだから問題無いとレイは愛の告白を以前した事がある。クライムは困った顔をしてはぐらかした。しかし嫌ともダメとも言われていない。ハッキリと返事をしないのは断られるのと同じくらい辛い事だとレイは思っていた。
クライムとはいずれ共に挙兵して立身出世しようと言い合っていた。クライムも負けないぞと言ってくれた。どちらが偉くなるかはわからないが偉くなった方の伴侶になろうとレイは言った。やはりクライムはそれだけは返事を躊躇ったが最後には承諾してくれた。レイは嬉しかった。
クライムも捨て子で三歳の頃にリュウユウに拾われて育てられたという。レイと出会ったのは六歳の時。今のクライムは十二歳だ。妖鬼族では無いが強く、レイより強い。やはり戦場で戦えるだけの戦闘力を有している。クライムはリュウユウに一撃を入れた事があり、挙兵の許可は出ている。しかしクライムはレイに許可が降りるのを待つと言って屋敷に残ってくれた。屋敷ではリュウユウ、クライム、レイの三人暮らしだ。雑用などはクライムとレイが分担して行っている。レイは自分を待ってくれるクライムが嬉しかった。クライムが早く挙兵するためにも、レイは早く許可を貰わなければと思っているのだ。
村を歩いていると何やら人が集まって騒いでいた。民衆はみんな、ボロ布を纏っている庶民達である。
老若男女がそこには集っていた。何事かとレイが近付いてみると、そこでは二メートル近い大男が二人で殴り合いをしていた。人々は歓声を上げて自分の銭を二人に向かって投げていた。どうやらただの喧嘩では無い。試合をしているようだった。
やがて片方の男のパンチがもう一人の顔面を抉り、殴られた男は倒れて動かなくなった。男は拳を天高く突き上げる。すると二人を審判していたであろう男が甲高い声を上げた。
「買ったのはグランという男だー! 彼には賞金銅貨千枚とみんながくれた銭をやろう! さぁ! 次の挑戦者はいるかなぁ?」
民衆の中に声を上げる者は無かった。すると民衆の中を掻い潜って一人の幼女が前に出た。レイだった。妖鬼族の好戦的な態度が出てしまった。レイはこれと戦って勝ちたいと思ったのだ。
レイは得意気に笑みを浮かべて、手を上げて言った。
「私がやります。その男を倒してみせます」
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「グランと言ったな? 私と戦え! このレイが相手になってやる!」
すると少し遅れてグランが大笑い。民衆達も笑い出して審判の男もみんな笑い出した。
「あははは! おい、童! お前正気か!?」
「無論、正気だ!」
レイは前に出てグランの前に立つ。そのレイの姿を見て人々の笑いが止まった。グランの表情が変わり、レイを睨みつける。
「……妖鬼族か」
レイの頭にある大きな二本の角、そして腰から伸びる細長いネズミのような尻尾。それは妖鬼族の特徴だった。ざわわ……と民衆達がざわめき始める。妖鬼族といえば子供でも、他種族の大人を倒してしまう程の力の持ち主だった。それにしても身長百センチメートルではどうしようもないはずだ。しかし妖鬼族に変わりはない。グランの目から笑みが消えた。審判の男が恐れた様子でグランに声を掛ける。
「おい、グラン。本気出すなよな。妖鬼族とはいえ、三歳くらいの童子じゃないか」
「妖鬼族は嫌いだ。他の種族より力が強いからって傲慢に振る舞うからな。こいつのように。痛い目に会わせてやる。泣き面かいて母親に泣きつくんだな!」
「馬鹿野郎! 親が黙ってないだろうが!」
するとグランは審判の合図も待たずに拳を振り下ろした。二メートルの巨漢が振り下ろす強烈なパンチ。民衆達の中には驚き目を覆う者もあった。レイはニヤリと笑うと両手足を広げて大の字になり、拳をもろに受けた。レイの顔面に直撃したパンチ。しかしレイは何事も無かったかのようにそこに立っていた。吹き飛びもせず、怯みさえしなかった。民衆達も、審判もグランも言葉を失っていた。レイは右手を伸ばし、グランの腕を掴むと顔からどかした。
「まるで気の扱いが出来てない。気の大きさも一般人と変わらない。体は鍛えているようだが、それじゃあ達人とは言えないね」
レイは次の瞬間、グランの頭部まで跳躍、拳を振り上げアッパーを放つ。それはグランの顎を抉った。グランは白目を向いてそのまま後ろにダウン。泡を吐いて気絶してしまった。ノックダウン。少し経って民衆から歓声が上がった。審判は驚きを隠せない様子でたじろいでいた。レイは微笑みを浮かべると審判の男に寄った。
「さ、賞金を頂戴?」
「く……なにやられてんだ馬鹿野郎! 大損じゃねぇかよ!」
グランと審判の男は通じていた。グランの武勇によって初めからグランに勝てる男はいないと踏んでの事だった。民衆の投げ銭を収益としていたのである。しかし今回レイに敗れて用意していた千銭まで失くす事になったのだ。
「ほら、早く」
「くそ……強いな小僧。完敗だよ」
「よくやったぞ妖鬼族のガキンチョー!!」
「野郎! やるじゃねぇか! すげぇぜ!」
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民衆達が口を揃えて称賛する。レイは嬉しくなってつい口元が緩んでしまう。
レイは千銭を受け取るとその場をカッコつけながら去っていった。
千枚の銅貨の束を一つ、小袋に入れて、異空間ポケットに入れ、上機嫌で歩く。しばらく歩いていると彼女の前方から一人の少年が歩いてきた。身長百四十センチメートル、大人顔負けの筋骨隆々の少年だった。ボロの布着とズボンを身に着けている。レイは彼を見ると満面の笑みで駆け出した。
「兄ちゃん! 兄ちゃん!」
レイは少年に向かって走っていきそして抱きついた。少年の名はクライム。レイと別れて行動していた兄弟子だった。クライムは笑みを浮かべて、レイの頭を優しく撫でた。
「レイ、肉と酒は買ったか?」
「ううん。でもね、あっちで試合やってたからそれに出て賞金千銭貰ったよ! これでいっぱいお酒とお肉買おう!」
「お前また、力を見せびらかしたのか? あまり目立つなっていつも言われてるだろ?」
「でも……」
レイはそれ以上何も言えなかった。確かに目立つなと言われているのはわかっている。しかしレイは元来目立ちたがり屋なのである。力を見せ付けたいのである。戦闘民族妖鬼族の性か。
「はぁ。もういい。一緒に行こう。金が倍になったならいっぱい買えるぞ」
「だよね!」
クライムと別れて行動していたがこうして合流した。クライムは既に買い物を済ましていたらしく、そこで買い物は終わるはずだったが、新たに銭が加わったので買い物を続ける事にした。レイとクライムは共に買い物に向かった。
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とある事件を受けて、財閥のご令嬢が数多く通う女学校で校則が改訂された。
曰く、全校生徒はパンツを履くこと。
生徒の安全を確保するための善意で制定されたこの校則だが、学校側の意図に反して事態は思わぬ方向に?
史実上の事件を元に描かれた近代歴史小説。
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