蜜柑色の希望

蠍原 蠍

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蜜柑色の彼と好きな物と嫌いな物と

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 その日から昼食だけは芦家と必ず摂った。
 僕は今日こそは芦家と昼食を摂るのをやめようといつも心に誓うのに、芦家は午前中の授業の終わりを告げるチャイムが鳴ると、僕がどんなに早く教室から出ようとも、その後をクラスメイトを撒いて追いかけてきたり、僕が立ち上がるよりも早く「飯食おうぜ」と言って誘ってきたりして、そのしつこさに抗う事は出来ず根負けしまい、僕は最後は諦めて大人しく芦家と昼食を共にした。
 
 毎日毎日、彼は僕に「好きなYouTuberとかいる?」やら「昨日の夕飯何食った?」などと、どうでもいい事を聞いて、僕はそれに「……知らない」やら「……揚げなす」などと愛想もなく答えると、そこから芦家は何がそんなに楽しいのか、笑いながらよくそんな一言に色々言う事を思い付くものだと感心するほど話を大きく広げた。
 彼のそんな特に中身が詰まっている訳でもない話を聞いているうちに、休み時間は終わりを告げるチャイムが鳴り、僕らは体育館の二階にある、物置のような小部屋から教室へと帰るのが日課になっていた。
 そして、芦家と食事を摂るようになってから2週間ほどが経った今日も僕は半ば強引に、体育館の階段を上がった小部屋に連れて来られて、食事を共にしていた。
 芦家はいつものように、地べたに乱雑に敷かれたマットの上に胡座をかいて、今日は上級生からご馳走してもらった事を話しながら、その奢ってもらったハンバーガーに大きな口で齧り付いている。
 
 共に食事をしていて分かった事だが、芦家はパンを貰ってきたり奢ってもらったり、弁当を貰ったりしている事が多く、毎日毎日、パン屋から貰ったパンを齧っていたり、弁当屋さんの弁当を貰っていたり、上級生や友達から貰った食べ物を毎日のように持参しているのは、芦家の人望が成せる業のようであるのは認める以外の選択肢は無かった。
 彼は大きな口でハンバーガーをペロリと食べ切って、すぐに2つ目に手を伸ばしてガサガサと包み紙を開ける音を立てて、ふと何かに気がついたように学生椅子に座って弁当を箸で突いている、僕の方に視線を寄越した。
 
「そういや、今日から正式にバスケ部入学する」
「……へぇ、そうなんだ」
「おぉ、ずっと気にしてただろ?もうすっかり治ったから気にしなくていいぜ」
「……べつに僕はそんな事……」
 
 気にしていない、とは言い切れず押し黙ると芦家はそれに対して何も言わずに、まるで太陽のような笑顔を向けてきて僕はそれに対して、返しようも無く顔を背けた。
 気にしていない、とは言えなかった。毎日、食事を共にする度に聞こうとしたけど聞けなかった事だ。
 いつ完治するのか、いつからバスケ部に入部するのかは、僕のせいで怪我をさせたのだから気にならない訳は無かった。
 僕は顔を背けて、地面に置かれているバスケットボールに目を向けて、刺さっていた魚の小骨が取れたかのような、すっきりとした溜飲が下がる感覚に、胸を撫で下ろした。
 
「そんでさ、もう少ししたら他校と試合があるんだけど順調なら俺も出るようにって決まってるから、黒瀬に見にきて欲しいんだ」
「………………ッ、何で、僕が……」
「黒瀬に見にきて貰ったらもっと頑張れるから」
 
 なんで僕がそんな所に行くんだというのは、当たり前の疑問だった。バスケットボールはんて興味は微塵もないし、芦家が試合をしている所なんて尚更見たい気持ちにはならなかった。
 芦家は周りの期待に応えて、素晴らしい試合をする事なのは想像するのは容易い事だ。
 そんな姿を僕がどんな気持ちで見ていろというのか。そう思って、僕は不満を隠さずに目元を細め拒否しようとしたのに、その時に見た芦家の顔があまりにも真剣な顔をしていて、思わず僕は言葉を失った。
 その顔は、この場所で僕の手の事を、綺麗か理由を僕に伝えてきたその時の表情と、少し似ていたのだ。
 
「黒瀬が、忙しく無かったら頼んだぜ」
「………………」
 
 そう言って彼はまた、大きな口で並びの良い歯をハンバーガーに突き立てた為、僕も弁当に向き直り、中に入っていた煮物の大根を一口大に切り分ける。
 弁当を開いた時、彼は大根や人参や蓮根の煮物や焼いた鯖が入っている弁当を見て「こういう和風な弁当ってすげぇ美味いよな」と言っていたのを思い返す。
 芦家は、客観的に見れば良い人だと思う。
 だからこそ、何故そんなにも、芦家が僕に対してそういうのは理解はできなかった。
 芦家の周りには、いつも人が溢れているし才能にも恵まれているし、人望もある。
 そんな彼が、僕に拘る理由は僕にはさっぱり分からなかった。
 前に芦家は僕に助けられた、なんて言ってたけれど、それは音楽を、ピアノを弾く事ができていた僕の話であって、ピアノの無くした抜け殻の僕なんかでは無いというのに。
 
「んで、稀に昼もバスケ部の事でいく時あるから飯も毎日は食えなくなるかも」
「……それは良かった」
「ひっでぇなっ、言っとくけど、稀にだからなっ!それ以外は一緒に食ってもらうからなっ」
「………………」
 
 大型犬が不満を漏らして吠え立てるかのような芦家の様子に、僕はそれをただ無言で目を逸らす。
 芦家は芦家で、煌めいた日常を送って行くのだろう。バスケットボールの選手として、夢に向かって努力をして、自分自身の居場所で仲間達に囲まれていくのだろうの考えて、そう思うと何故かは分からないが胸が鷲掴みされたかのように、苦しくなってくる。
 
「……そんなの行かないよ」
「何でだよ?用事あんのか?」
「バスケにも君にも、僕には興味が無いものだ、君は友人が多い筈だろう。……食事にしてもそうだが、バスケットボールの試合も僕に構ってないで彼等を誘った方がいいんじゃないか?」
「なんで他のやつ誘えって話に何だよ?俺は芦家に来てもらいたいって思ったから誘っただけだ」
「……君と僕では居場所が違うんだよ」
「居場所って何だ?」
「……もういい」
 
 何を言ってるのか分からないと言った表情で、目を瞬かせて純真に僕の話を真っ直ぐに聞いてくる彼の様子に、僕は辟易して話を中断した。
 世界に通じるような才能は今はなくとも、少なくとも未来があって期待を寄せられている彼と全てを無くした僕なんて、どう考えても交わる事なんてない。
 嗜好も育ちも生まれも、何もかもが違っていて彼の世界に本来僕なんて存在なんてしなくてもいい筈なのに、ピアノがあった頃の僕のピアノが僕と彼を繋ぎ止めているのが、抜け殻の僕にはあまりにも耐えられそうにない現実だった。
 
「……何を言ってるのか、あんまよくわかんねぇけど俺の居場所お前の居場所も今はここだろ」
「………………」
 
 彼のそんな言い分に僕は聞く耳を持たず、食べ終えた弁当の蓋を閉めた。そんな事は、芦家が何も失ってない未来に走れる人間だから言えるの事なのだと、しかし、それを言葉にする事なく飲み込んで、買ったペットボトルの水に口をつけた。
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