蜜柑色の希望

蠍原 蠍

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蜜柑色の彼と色褪せた世界

部活動

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あの後、物置のようなマットレスやバスケットボールが乱雑に置かれた部屋の中、しばらくして涙が滲むのを抑える事ができて、瞬きしても涙が流れる事が無くなったその時、襲ってきたのは激しい羞恥心だった。
 小さな子どものように、いや自身の幼い頃でさえこんな風に泣いた記憶はない程、号泣した上に、しかも人前、更には芦家という人間の前でみっともない姿を晒してしまった事に、泣いたせいだけではなく頬が熱くなって、何を言うべきか、迷ってしまって静寂が室内をつつんだ。
 その間、彼ら何も言わずに僕から目を離す事なく、側にいて、僕らは休み時間の終わりを告げるチャイムが鳴るまでそうしていて、チャイムが響いた時、彼は一言「行けるか」と言ってきた為、流石にこれ以上みっともない姿を晒したくなくて「うん」と返す。すると彼は散らばったパンをビニール袋へと拾い片付けはじめて、その様子に僕のせいで食事を取れなかった事に気がついて、心の内に罪悪感がジワリと湧く。
 
「……食事」
「ん?」
「……僕のせいで、ごめん」
「あぁ、別に……いや、そうだな」
「…………」
「たしかに、黒瀬のせいで飯食えなかった」
「………それは、申し訳なかった」
「だから責任とって、明日から飯は一緒に食ってくれ」
「……なんだ、それ」
「腹減って死にそう、だから、そのお詫びに明日から黒瀬は俺と飯を食ってよ」
「……君さ、僕、君が苦手って言ったのに全く気にならないの……?」
「気になるぜ」
「……そうは見えないけど…」
「いや、本気でショックだぜ…、俺お前が居た時すげぇ嬉しくてぜってぇ仲良くなりてぇって思ったのに、まさかこんなにに嫌われる事になるなんて思わなかったし」
「…………」
「だから、せめてお前が昔みたいな顔になってくれたら、関わるのやめるよ」
「……何で、そうなる?」
 
 
 そう言って、真剣な顔をして頷く芦家に僕は本当に今度こそ理解ができなかった。
 とにかく、何だか色々とよくわからないが、僕がいくら苦手だと関わりたくないと拒否した所で無駄らしく、僕が昔のような顔をするまで関わってくるのをやめないなんて断言までしてきた上に、今日の昼食が取れなかったお詫びにこれからも食事をするように要求までされて、何故そうなったのか訳もわからないが、一言で言えば僕は彼に負けたのだ。
 彼の断固たる意思に抗うほどの熱量もなく、僕に関わってくる事を止めることは出来ないのだと何だか諦めてしまい、もうそれ以上抵抗する事はできず、脱力してしまう。
 
「お、もうこんな時間だ。早くいかねぇと授業に遅れるな、行こうぜ」
「…………」
「そういや、知ってる?今日から部活の入部受け付けるらしいぜ」
「…………」
「俺は推薦でバスケの入部決まってるんだけど、黒瀬はなんかやんの?バスケ一緒にやる?」
「……やらない」
 
 体育館の階段を上がった小さな物置位の個室を後にして、階段を降りながらそんな事を言われて、僕なりのささやかな抵抗で、彼の言葉に何も返さなかったのに彼は気にする事なく、会話を続けて来られ、さらにはバスケ部を勧められて僕は辟易してしまう。
 僕がバスケ。そんなの出来るはずがないのに何を言っているんだと、苦々しく思う。
 
「バスケは嫌いか?」
「……僕が運動できるように見えるの?」
「うーん、わかんねぇ、誰だって最初は出来ねぇしな」
「……僕は運動なんてした事ないんだよ、出来るはずない」
「んなことねぇよ、やってみねぇと分かんねぇじゃん」
「……そんなのわかるだろ」
「いや、わかんねぇって、さっき一緒に走ってきたときフォームとか悪くなかったぜ」
「……あのさ、君は日本の……アニメキャラみたいな人だからわからないかも知れないけど、僕みたいな人間が運動、しかもバスケなんてできる訳ないだろ」
 
 細く頼りない鉄板出てきた階段を鐘を鳴らすような音と共に降りて、ステージから体育館のホールに降りる階段へと向かう為に開けたステージの所まで言ってそんな事を言うと、いきなり前を歩いていた芦家が立ち止まった為彼を追い越したが、そのまま立ち止まってる芦家を訝しんで後ろを振り返ると、今まで見た中で一番驚いたような顔をしていて、僕まで驚いた。
 一体何があったというのか。
 
「えっ……アニメキャラみてぇなのは黒瀬の方だろ」
 
 酷く驚いたような顔をしてそんな事を言う彼に僕は眉を顰める。何を言っているのか理解ができなかった。
 身長が高くスタイルがよくて、顔立ちも整っていて、性格もよくてみんなに好かれていて、尚且つバスケットボールの優秀な選手だ。そんな人間より、僕の方がアニメキャラみたいだなんて何を言ってるのかさっぱりわからない。
 
「……いや君だろ」
「いや、お前だって」
 
 僕らはそんな事を言いながら、言い争って教室までの道のりを歩いたけど、この事に関しては僕も引く事は無かったし彼も引かなかった。
 こんな話をしているうちに、僕達は教室の前着いていて、僕は何だかその時間がとても短く感じられて目を瞬かせた。
 何だか芦家と話しながら、帰ってきた道のりは一瞬の言葉ようで、いつもはとても長く感じるのに、とても不思議に思えた。
 
「バスケ部くるなら歓迎するぜ」
「……しないよ」
「そっか、じゃ、なんか違う部活は入らねぇの?」
「……入らない」
「ふぅん?まあでも今日は午後から部活の勧誘活動あるから、それ見て決めてもいいんじゃねぇ?」
「…………」
「なんか入りたいのが見つかるかもしんねぇし」
 
 そんな事を言いながら、彼は教室の扉を開けると教室内の生徒達の注目を集めたのが分かった。
 芦家に手を振ったり、笑いかけたりしている生徒達。そしてその後を僕が入った瞬間、何か白けたような視線に、居心地が悪かったが芦家はそれを知ってか知らずか、僕の席の椅子を引いて座るのを促してきた。
 その様子はふざけた若い男子生徒の悪戯だったのに、どこか絵になる様子だったのか、クラスメイトの女子の黄色い悲鳴が小さく上がって、僕はその様子に呆れて隣の席に座った彼から目を離してまっすぐ前を見つめた。
 それと同時に、入ってきた教師の今から部活勧誘イベントあるぞーなんて声に、盛り上がるクラスメイト達の声の中、僕だけが置き去りにされるように落ち着き払っていた。
 
 日本では学校で部活動というものがあるのは知っていた。父から昔、日本の学校について少しだけ教えてもらった時に聞かされいたし、音楽院のクラスメイト達に幼い頃アニメで見せられた話では、スポーツ選手を部活動を通して有望な人材を育てている描写を目にして事もあり、何となくではあるがどういうものかは理解していた。
 だからこそ、僕は全く興味を持つ事は無かった。
 僕がそんな興味を持つものなんて、この世に一つしかない。だから僕には関係ないなと冷たく氷のようなため息を一つ吐いた。
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