守護の聖魔術師

御船ノア

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第四話 仲間と家族

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寮へ戻った俺とアリルはそれぞれ明日の任務の準備に取り掛かる。
六時間の船旅とはいえ、準備は怠らない。
一先ずリュックサックに着替えや歯磨きセットなどの生活用品、財布といった必需品を詰め込む。
それと任務が長引いた時の為にも手軽に食べられる栄養機能食品を数個とお金のトラブルに巻き込まれないよう一先ず十万円分のお札を財布に入れておく。念には念だ。
後は何か足りないと思ったらコルド王国で買うとしよう。
あまり詰め込みすぎても荷物が重くなって任務に支障がでたら嫌だからな。
「よし、こんなもんかな」
一通り荷物の準備が終わったタイミングで部屋のドアがノックされる。
「ん? 誰だ?」
部屋を開けるとそこにはアリルが立っていた。
「うぉっ!? ア、アリルか……。ど、どうした?」
そうだ、ここは寮だ。まるで自分の家の部屋に女子が訪れたかのような感覚になってしまった為、つい驚いてしまった。
「あの、カイ君が良かったらですけど、一緒に夕食の買い出しに行きませんか?」
「夕食の買い出し? あ、そうか。今日は土曜日だから食堂はやっていないんだったな」
食堂は土日祝日が休みだから、その日は必然的に自分達で夕食を作るか外食をするしかない。
外食は決してコスパが良いとはいえないし、栄養バランスも考えたら作る方が良さそうだ。
それに料理は得意な方だしな。
「分かった。俺も行くよ。支度するからちょっとだけ待っててくれ」
夕食の買い出しとなると、みんなの分も用意しなければならない為、相当な量の荷物になる事だろう。
それを女性一人に任せるのは気が引ける。
俺は女性の隣を歩くという事に配慮し、それなりに服装に気を使い、財布を持ってアリルと共にスーパーへと向かった。


     ★


スーパーに着いた俺達はカゴを置いたカートを押しながら歩いていく。
「さて、何を作ろうか」
スーパーに着くまで何を作るか話し合っていたが、結局店内を見てから決めようという結論に至った。
もし作ると決めた料理の材料が置いてなかったり、値段が高かったりしたら変更する事になるからだ。
一先ず、店内の材料と値段を見ながら歩き回る事に。
「カイ君は料理とかするのですか?」
「そうだね。料理は結構得意な方かな。アリルは?」
「いえ、料理は得意ではありません。むしろ、包丁も握った事さえありません」
「へぇ~、なんか意外だな。アリルって何でも完璧にこなしてそうな印象だからさ」
「そ、そんな! 買いかぶりですよ。結構苦手な事だってあるんですから」
ブンブンと手を振り、慌てる様子のアリルを見て意外な一面もあるものだなと気づいた。
今は買い物に出掛けているのもあってか、普段の凛々しい雰囲気は感じられない。
今はただの無垢で可愛らしいお姫様のようだった。
「料理とかに興味はあるのか?」
「え? 興味、ですか。そうですね……一通り自分で作れるようにはなりたいです」
「そっか。それならカレーなんかどうだ? 簡単に作れて初心者にもオススメだぞ」
材料の切り方はともかく、味が変になる事はほぼ無い。
今はルーを入れるだけで美味しく仕上がる便利な物になっているからな。
「カレーですか。確かに切って炒めて煮るだけのシンプルな料理ですからね。私のような初心者には合っているかもしれません」
料理初心者といっても調理過程の方は理解しているようだった。
「じゃあ、今日はカレーにしよう。ほら、丁度材料も安売りしているし」
カレーに必要なジャガイモ、玉ねぎ、人参が本日限定で安売りしているので費用も削減出来そうだ。
後は牛の塊肉を買ってカレーの材料はオッケー。
「そういえば、ラウンジの冷蔵庫に飲み物ってあったっけ?」
「私も中は確認していません。念の為に買っておきましょうか?」
「そうだな。飲み物は保存も効くし、多くても問題ないだろう」
そういうわけで、お茶やオレンジジュース、炭酸ジュースといった定番の物をカゴに入れる。
会計を済まし、袋がパンパンになった物が四つ程出来上がる。
俺はそれを片手に半分ずつ持ち、スーパーを出た。
「カイ君、私も持ちますよ」
「いや、これぐらい平気だよ。荷物持ちは男に任せてくれ」
「ですが……」
「アリルは昨日の入隊試験で疲れているだろ? 明日から任務だ。ここは体力の有り余っている俺に任せておけば大丈夫だから」
俺の経験上、魔力が空になる程使い果たすと翌日までは疲労に襲われる事を知っている。
入隊試験の時にアリルは魔力をほぼ使い果たしていた為、今も疲労感に襲われているはずだ。
しっかりと食事を摂り、体を休めないと明日の任務に響く。
でもアリルの事だ。俺に気を使わせない為に嘘をついてでも平気なフリをしてくるはずだ。
そうとなれば埒が明かないと思ったので、俺はそれっぽい言葉を並べておいたのだ。
だがこの言葉がかえって、違う問題を生み出してしまう。
「……やっぱりあの時、全力ではなかったのですね?」
あの時とは入隊試験の事を指しているのだろう。
アリルが本気のトーンで聞いてきたので俺は正直に答える事にする。
ここで嘘を付いても、後々アリルを傷つける事になるだけだからな。
「いや、あの時の俺は全力だったよ」

そう。俺は俺なりの全力を出した。本人が全力だと言えばそれが全力となる。

「……本当にですか?」
「ああ、本当だ。アリル相手に手加減なんてする余裕があるはずないだろう。最後なんて見事に罠に掛かってしまったし」
「でもあの後、カイ君は強行突破したじゃないですか」
「あれはアリルの魔力が弱まりつつあったからだよ。もう少し前半で魔力を抑えた戦いをしていたら、結果はどうなっていたか分からない」
それならそれで、俺もギアを上げるだけだが。
「でも、カイ君の言う通りです。あの時もっと温存して戦っていれば、あんなみっともない羞恥を晒す事にはならなかった」
アリルが言っているのは上空からの星の煌めきの事だ。
コントールするだけの魔力を十分に残していなかった為に起きたハプニング。
観客達を大勢に巻き込んでしまった事は取り消せない。
それは観客達の脳内にもトラウマとして強く刻まれてしまった事だろう。
人間だからミスをするとはいえ、許されるには限度というものがある。
誤ちで死者を出してしまったら、それは許される事ではない。
「不本意ながらも、あの時の相手がカイ君で良かったと本当に思っています。ありがとうございます」
アリルが深々と頭を下げて来たのであたふたしてしまう。
「そんなかしこまらないでくれ。俺も相手がアリルで良かったと思っているから」
「えっ? どうしてですか?」
「手合わせをして感じたんだ。アリルは武術と魔術はもちろんのこと、自分の技の利点を生かした戦術が出来るぐらい厄介で強敵であった事をね。それは俺にとって勉強にもなったし、何より女性でもここまで強い人がいる事を知れた」
正直なところ、女性だからというだけで気が緩んでいた部分はあったのかも知れない。
そして改めて思った。この世界において実力に性別は関係ないのだと。
「ふふっ」
アリルが急に吹き出す。
「どうした?」
「いえ。カイ君にそう言って頂けると、私も頑張った甲斐があったなぁと思いまして」
「ああ。本当に強かったよ」
「……本当は、もっと強かったはずなのになぁ……」
集中しないと聞きそびれてしまう程、ボソッと呟くアリル。
幸いな事に今歩いている場所は人気の無い平地である為、辛うじて聞き取る事に成功。
初めて見たアリルの苦笑いは今直ぐに泣き出してしまいそうな程虚しい顔をしていた。
それを見てしまった俺はどうしても放っておく事が出来なかった。
「アリルは、どうしてそこまで強くなりたいんだ?」
俺の中では大方予想は付いているが本人の口から聞いておきたい。
「……姉さんを、越える為です」
「姉さんって事はプロラさんの事か」
「はい。姉さんは私の憧れですから」
「……」
人は一度くらい、誰かに憧れを抱く者。
両親や友人、有名人から無名の人までとその範囲は限りなく広い。
当然、何に憧れるのかは人によって異なる為、誰が何に憧れようと否定する権利は無い。
それこそ、姉妹だって構わないのだ。
でも重要なのは、どうして憧れてしまったのかだ。
「アリルはどうしてそこまでお姉さんを?」
「姉さんは完璧な人だから」
「……」
「これまで姉さんに憧れて遠くで見続けて来ましたけど、本当に何でも成し遂げてしまうのですよ。武術も、魔術も……それこそ料理だって完璧に」
アリルがここまで称賛する程なのだからプロラさんの実力は本物なのだろう。
妹という立場でずっと姉を近くで見続けて来た事による結論。
俺もプロラさんを見た印象としては何でもこなしてしまう、頼れるかっこいい存在の様にも思えた。
それはこれまでの経験や実績から彼女にそういう雰囲気が纏う様になってしまったのかもしれない。
男の俺ですら憧れそうになるのだから、女性から見てもそう思う人は多いのではないだろうか。
「そっか。それで料理も出来るようにしたいってわけだな」
「そうですね。私には何一つ姉さんに勝てるものがありませんから……。料理に関してはそこまで興味がなくて努力をしてこなかっただけですが、武術に関してはそれなりに努力をしてきたつもりです」
確かにアリルの武術は中々のものだった。それは俺が保証出来る。
「それでも、姉さんには届かない……っ」
「……」
アリルが歯軋りを鳴らす中、俺は素朴な質問を問う。
「アリルとプロラさんって歳いくつ離れているんだ?」
「えっと、三つですけど……」
「それなら多少は追いつけなくても落ち込む必要は無いんじゃないか? 三年分のハンデを埋めるというのは意外と大きな要素だと思うぞ」
先に生まれた方が実力を付けるのも必然的に早くなるし、どうしてもハンデがついてしまう。
そこからプロラさんが怠ける事なく鍛錬に励み続けていたら差を縮める事は余計に難しい。
この差を埋めるには余程の才能が必要になってくると思うが、アリルの話からして天賦の才は持ち合わせていないと考えられる。
「いいえ。歳の差はきっと関係ありません。私の怠惰に問題があるのです」
「怠惰……?」
アリルが怠惰というのは見た目や性格からして全く想像出来ない。
もしかしたら他人から見れば怠惰とは思わないレベルの事を言っているのかもしれないな。
「前栄王の『ステロン』って方、ご存知ですか?」
「ああ。もちろん知っているよ」
アイリス栄王の座に君臨し続けていた聖族のステロン。
第一次聖魔戦争後、力の無い者が自己防衛の為にと、全国民に力を平等に与えるべく、武術と魔術の情報を世界に開示する制度を設けた本人でもある。
また、魔術を扱えるようになる為に必要な武神を得る為に『アルマの契約書』を配布するよう促したのもそうだ。
しかし多くの人が力を得た事により、これが返って第二次聖魔戦争を引き起こす事に繋がってしまう何とも皮肉な政策であった事を後悔しながらステロンは戦死してしまったという。
その後に栄王の座に君臨したのが現栄王であるアロンだ。
アロンは心から本気でこの世界をあの時の平和の日常に戻したいと国民に訴えをかけた結果、戦争による悲劇を味わいたくない為か、それに賛同する人が多く現れた。
そこから徐々にアイリスも復興していき、落ち着きを取り戻し、現在に至るわけだ。
アロンが掲げる国に対しての取り組みは大偉業を成し遂げたと言っても過言ではない。
もちろん何十年という長い月日の間アイリスの平和を保ち続けてくれたステロン様にも心から感謝をしなければならない。
「その方は私のおじい様なのですが、恥ずかしながら小さい頃から良く甘えさせられていましてね。そのせいか、元々聖族としての伝統である武術すらやらせるつもりはなかったそうです。ただ普通の女の子として、好きなように生きなさいって。そう甘やかされながら私は育ったのです」
アリルの父だけではなく祖父まで栄王である事にツッコミたくなるが、話を折るわけにはいかないのでグッと堪えてしまっておく。
とはいえ、武術の伝統である武術をやらせないようにした心境も気になる所だ。
「でも、どうしてそうさせたんだろうな」
「それは分かりません。その前におじい様はお亡くなりになってしまいましたから。でも、きっとおじい様は分かっていたのかもしれません。聖族の在り方は戦争の火種になる事を」
「戦争の火種?」
「はい。聖族には元々定められた教育プログラムがありまして、その中に聖白書という学問を学ぶ事になるのですが、その中に『魔族は厄災を生み出す悪魔の化身』と記述されており、私達はそれを信仰するように教育されるのです」
それはつまり、宗教に近いだろう。
聖族の者が次の聖族の者に教えを継いでいく連鎖。
一体何を持って魔族を悪魔の化身と称したのか知らないが、初代聖族の者の教えが長年引き継がれている以上、それが常識なのだと幼い頃から植え付けられている。
そもそも魔族は悪魔なんかではない。
元々は誰とでも直ぐに打ち解けられる程お人好しで温厚な者が多く、どちらかといえば人々から好かれる傾向があった。
魔法の研究を得意とし、それが文化である魔族はこれまでに世界からいくつもの賞を受賞する程成果を認められている程。
それでも聖族は古くからの教えにより魔族を認めるような事はしなかった。
それどころか、その成果こそが世界を脅かす為の布石などと広め、益々魔族に対しての見る目が厳しいものへと変わっていく。
研究の廃止撤廃、魔女狩りなど。魔族の進行を抑えるべく、思い付く限り打てる手を打てるだけ打った。
魔族の者達も黙ってはいない。自分達の研究はそんな厄災を引き起こす真似をするはずがないと怒りに浸透した。
しかしそれを100%証明するのは難しかった。
魔法の未来は未知数。
研究を重ねれば、どんな魔法でも生み出してしまう可能性はあったからだ。

それこそ、厄災を引き起こす魔法なんかも……。

それにより聖白書に書かれていた事は信憑性も増していき、最終的には聖族と魔族の二つの派閥が出来上がる。
聖族には聖族、魔族には魔族としての生き方があると。
互いにそれを崩そうとは微塵も思っていない。
口で訴えた所で水掛け論に終わってしまうし、この問題はずっと平行線のままだった。
じゃあ、この問題を解決する唯一で最も効果的な方法とは何か––––––。


それが『力』による制圧だった。


聖族には武術という恐れられる武器を持ち合わせているが、魔族には武器という武器が存在しない。
魔法の研究は戦闘を前提に置いたものではないので、戦うにしてはあまりにも力不足だった。
そこで急遽、聖族に対抗するべく研究で生み出されたのが『アルマの契約書』、もとい『武神』である。
こうして聖族の武術と魔族の魔術が大きく激しくぶつかり合う事になり、多くの被害者を生み出す事になるあの聖魔戦争が勃発したのだ。
俺はこの話を聞いた時に『力』は何の為にあるのだろうと、不思議にそう思った。
「私は聖族の者でありますが、やはり……聖族の在り方は間違っていたのだと思います」
聖族の人がそう思うのだから、きっとそうなのかもしれない。
アロンだってそれが間違っていると思い、考えを改めたからこそ今のアイリスが成り立っているんだ。
他の聖族の人達もきっと、それを機に考えを改めたのではないだろうか。
魔族は聖魔戦争によって滅びてしまったと噂されている為、和解をする機会が訪れないのが非常に残念ではあるが……。
だからこそ今の俺達がすべき事は平和を取り戻しつつあるこのアイリスを、世界を、人々を守り続ける事なのだ。
聖族だろうと魔族だろうと関係ない。
俺達は誰にでも生きる権利を持った人間なのだから。
「……そうだな。もしかしたら、そうなのかもしれないな」
どっちが悪いだとか、それを議論するつもりはない。
ただ、俺達人間は力の使い方を間違っているだけなのだと。

そんな証明しきれない一つの事実が俺を燻り続けた。


     ★


寮に辿り着いた俺とアリルは誰一人いない静かなラウンジにて、早速調理を開始する事に。
現在の時刻は午後二時。みんなが特訓を終えるのは五時である為、その前に作り終える事が理想だ。
きっと厳しい特訓のせいでお腹を空かして帰って来ると思われるからだ。
ラウンジには元々調理器具や食器類などは大方揃っているので困る事はない。
俺達が用意するのは主に食料や飲み物といった類だ。
まな板と包丁の前に立ったアリルが早速包丁を手にし、材料を切ろうとする。
料理のやる気は十分にありそうで良いのだが、俺は直ぐにストップをかけた。
「あっ、ちょっと待って!」
「はい?」
「まずは切る前に付着してある汚れを軽く洗い流すんだ」
俺はジャガイモを手にし、水を弱く出しながら汚れを洗い流していき、綺麗になったジャガイモを見せた。
「どう? さっきより大分綺麗になったでしょ」
「わぁ、本当に綺麗になりました。結構汚れって付いているのですね」
(料理をするうえでは基本中の基本なんだけど……)
とりあえず材料には汚れが付いている事を学んだかと思うのでよしとした。
ジャガイモが全部洗い終わった所でアリルは再び包丁を手にする。
「では今度こそ––––––」
「ああ、ちょっと待った!」
「はい?」
「ジャガイモの洗いが終わったら、次は皮を剥くんだ」
「え、でも皮には栄養があるって聞いた事がありますよ?」
「確かにその通りだけど皮を食べるのを敬遠する人は結構いるんだ。だから今回は基本に沿った作りのカレーにしよう。万人受けの料理を作った方がみんなの好みにも合いそうだからね」
「そうなのですね。分かりました。……でも、皮を剥くのは難しそうです」
アリルが包丁を見つめながら言う。
「大丈夫。そんな時はこれを使うんだ」
俺は引き出しからピーラーを取り出す。
ドラ○もんの秘密道具を出すかのような自分の姿に脳内で専用のBGMが流れた。
「なんですか、それ?」
「これはピーラーっていう名前で、皮剥き専用の道具だ。ジャガイモや人参といった皮を剥く時に使われる」
「へぇ! 世の中には便利な物があるのですね」
(……う、うん。アリルが知らないだけだと思うけどね)
料理初心者という前提があるから多少無知でも納得している自分がいるが、ちょっとだけ雲行きが怪しく感じる。
料理初心者といっても、その差は様々だからだ。
アリルはピーラーの使い方に関しては見た事があるようなので俺がお手本を見せなくても、身をごっそりと削ってしまいながらも何とかやり遂げた。
「んで、次がお待ちかねの包丁だ。ジャガイモは一口サイズに切ってくれ」
「分かりました」
そういうと、アリルは包丁を両手で握り、大きく振りかざそうとする。
「アリル……?」
「はああああああああ!」
「わあああっ!?」
ドンっという重低音が鳴り、ジャガイモがまな板というステージからステージアウトする。
無残に転がり落ちていくジャガイモを見て俺は思った。
アリルは初心者という以前に、料理の『り』の文字も知らないのだと。
これは想像以上に厳しい戦いになりそうだ。
「す、すみません! 少し力み過ぎてしまったそうです……」
「いや、そもそも切り方からして違う! なんださっきの復讐劇みたいな切り方は!? いいか? 食材を切る時はまず抑える手が必要だ」
俺はアリルの後ろに立ち、手を握る。
ここまでの領域になると俺が直接アリルの手を操作してあげた方が身に染みるだろう。
「カ、カイくんっ!?」
アリルが顔を真っ赤にしている事は後ろに立っている俺には気付かない。
「アリルは利き手が右だから左手をこうして丸めて、猫の手のようにして……そう、そんな感じ。後はその手で食材を抑えながら切っていく感じだ」
「こ、こう……ですか?」
「それだと長くなっちゃうから、最初は一口サイズにジャガイモをこう斜めに切って、ここの切り口に合わせてまた斜めに切っていく。そう、そんな感じ!」
アリルは一度動きを教わると、それから自分で切れるようになった。
まだまだ動きはぎこちなくて、見ているこっちも心配になるが、こればかりは数を多くこなしてくしかない。
「––––––っ」
「アリル、大丈夫か!?」
どうやら、包丁で指を切ってしまったらしい。
傷がそれなりに深いのか、指からは結構な血の量が溢れている。
「ちょっと……やってしまったそうです」
「待ってて! ティッシュと絆創膏を持って来る!」
俺は急いで自分の部屋から箱ティッシュと絆創膏を持ってきてアリルに渡す。
アリルがティッシュで血を拭き、俺が絆創膏を貼り付け何とか済んだ。
顔が引きつっている所から見て、結構痛そうだ。
「大丈夫? ……今日のところは見学だけにするか?」
「……いえ、やらせてください。カイ君にはご迷惑をお掛けしてしまいますが、最後までやり遂げたいのです」
「……そっか。アリルがやりたいというのなら俺は止めない。––––––よしっ、じゃあ美味いカレーを作って、みんなを驚かせよう」
「はいっ!」


     ★


午後五時半過ぎ。
特訓を終え寮に帰ってきたみんながカレーの匂いに釣られてラウンジへ集まって来る。
「おっ、なんかカレーの良い匂いがするなぁ」
「本当だ。誰かが作ってくれているのかな?」
匂いに釣られ最初にやって来たのはあの茶髪のお兄さんと薄桃色の髪をした姉さんの二人だった。
「二人ともお疲れ」
「お、カイか。お疲れさん。なんかやつれたな」
「カイ、お疲れー! なんかやつれたね」
(まぁ……色々とね。指導者は大変なのですよ)
それより名前を教えたっけ? と一瞬思ったが、きっとカリンやプロラさんから呼ばれていたのを見て、その場で覚えたのだろうと察しが付いた。
「そのカレー……もしかしてカイが作ったのか?」
どうやら大鍋のカレーに気づいたらしい。
「俺とアリルで作ったんだ。お腹空いて戻って来るだろうと思って、みんなの分も作ったんだけど……良かったか?」
「ああ、もちろんだ! 俺達、丁度さっき帰りながら夕食をどうするか話し合っていた所だったんだ」
「そっか。それは良かった」
「それで、肝心のアリルはどこにいったんだ?」
「ちょっと部屋に忘れ物があるからって。多分、直ぐに戻って来ると思う」
「そっか。戻って来たら礼を言わなきゃな」
俺達が話をしていると次々と特訓から帰って来た人達がラウンジへと集まって来る。
みんなお腹が空いて仕方が無いのか、カレーの匂いを嗅いだだけでよだれを垂らす者や目をキラキラと輝かせている人もいた。
カレーというチョイスは当たりだったらしい。
「わぁ~! 美味しそう! ねぇねぇ、もうよそっていいかな?」
カレーが入った鍋を覗きながら目を輝かせる薄桃色のお姉さん。
「うん。みんな集まって来たし、良いと思うよ」
「やったぁ! じゃあ、私いっちばーん!」
子供のように嬉しそうな表情でご飯とカレーをお皿に盛る。
それに続くように、他の人達もお皿に盛っていった。
みんな俺一人で作ったと勘違いしている為、アリルも加わっている事を伝えておく。
(そういえば、アリル遅いなぁ……)
もう二十分程戻って来ない。
ちょっと心配な為、アリルを呼びにラウンジを出る。
「うわぁ!」
「きゃっ」
ラウンジを出た直ぐそこにアリルが立っていた為、思わず悲鳴をあげてしまった。
「ア、アリル……。なんだ、戻って来ていたのか。中々戻って来ないから探しに行く所だったんだぞ」
「…………カイ、くん。私、ちょっと恐いです」
「恐い? 何がだ?」
「その、もし……料理が不味いって言われたらどうしようって……」
「……!」
「今まで、誰かに料理を振る舞うなんて事なかったですから。だから、みんなと一緒に食べるのが、ちょっと恐くて……」
「なるほど。つまり自信が無いって事だな?」
アリルがコクコクと頷く。
こんなに自信が無い姿をアリルが見せるなんてよっぽどなのだろう。
部屋に忘れ物を取りいったのは嘘で、みんなと食事をするのを避ける為。
アリルはその後に一人で食事をする考えでいたのかもしれない。
確かにアリルの気持ちは分かる。
今まで料理をしてこなかった人がいきなり大勢の人に振る舞うなど恐怖でしかないだろう。
もし不味いなんて言われたら想像以上に深い傷を心に負ってしまい、最悪の場合それがトラウマとなり、料理をする事の立ち直りが出来なくなってしまう。
いくら一生懸命作ろうが、愛情を注ごうが、不味い物は不味いのだ。
相手に気遣い、不味い物を無理してまで食べる義理は無い。それは食べる本人が決める事。
味の好みだって人によって違う。
全員の舌を唸らせる事は非常に難しい。
百人のプロ達が美味しいと太鼓判を押した物でも、百人の庶民は不味いと感じるかもしれない。
ジャッジするのが人である以上、料理において絶対の味は無い。
それを理解しているか、していないかでは気持ちの楽さも大分変わってくると思うが……アリルは違った。
美味い、不味い以前に、戦場に立てていない。
自分が作った料理に対しての、生の声を聞く事に恐がっている。
そりゃそうだ。いわばこれは、『アリルVSその他』の立場にいるのだから。
しかも相手は同じ防衛隊の仲間達。
ここでマイナスの評価を下される事は、少々酷だろう。
ただの扉にしか見えないラウンジの入り口も、アリルからすれば立ちはだかる試練の扉に見える事だろう。
完全に戻る事を躊躇ってしまっている。
アリルに対して、俺に出来る事があるとすれば……。

––––––ぽん。

「––––––え」
俺はアリルの頭の上に優しく手を乗せた。
「大丈夫だ。美味いって言ってくれる」
「カイ君……」
「俺直伝のカレーだぞ? そもそも不味いわけがないだろう」
「……ぷっ。なんですかそれっ」
「それに––––––」
「!」
「アリルは一人じゃない。俺も付いている。今日一緒にカレーを作ったのは誰と誰だ?」
「––––––……そうですね。何かあればカイ君の責任になりますよね」
「いや、なんでだよ」
「カイ君直伝のカレーなのでしょう? つまり責任者はカイ君にありますっ」
「えぇ……」
うぇ~んっ。アリルがいじめてくるよ~っ。ぐすん。
「ふふっ。冗談ですよ」
「アリルが言うと冗談に聞こえないから不思議だ」
大丈夫。今のアリルには闘技場で見せた強い意志を感じられる。
そのキリッとした強い瞳が、そう語ってくれている。
「お待たせして申し訳ありません。––––––さぁ、行きましょうか」
今度はアリルが俺の手を握り、扉の向こうへと連れてった。


     ★


全員分のカレーが用意され、各テーブルに座る。
「みんな用意は出来たな。それじゃあ、グラスに飲み物を注いでくれ」
この場を仕切るのは例の茶髪のお兄さん。
後で話を聞いたら、みんなで入隊祝いに乾杯をしたいのだと言っていた。
それに反対をする者は一人もいなかったらしく、むしろ賛成されたらしい。
言い出した本人というのもある為、彼が仕切っているのだと思う。
「よしっ、全員グラスに注いだな? じゃあ、俺達がこうして入隊試験を突破し、みんなと出会えた事を祝して……。乾杯!」

「「「乾杯!」」」


     ★


乾杯後は、各々で好きなように過ごす。
食事を楽しみながらお喋りをする人。他のテーブルに出向いてお代わりのグラスを注ぎに行く人。芸を披露する人などでこのラウンジは盛大に盛り上がっていた。
「このカレーうま~い! パルミおかわりする~!」
「あ、パルミずるい! ウチも行くわ」
「二人が行くならアタシも行こうっと。ミリスも行く?」
「わ、私も行きたいっ」
お腹が減ってより美味しく感じるのか、カレーの鍋の前には行列が出来ていた。
食べていたみんなは表情からして美味しいと心から言っているようで、俺とアリルにカレーを作ってくれたお礼を言いに来てくれた。
中には「また作ってくれ」、なんて嬉しい言葉も頂いた。
俺とアリルはそれを聞いて心がじんわりと温かくなるような感覚に陥る。
「良かったな。俺達のカレーは絶賛のようだぞ」
「……はいっ!」
少しだけ恥ずかしそうに、それでも嬉しそうに。
俺とアリルの二人で作ったカレーは最初にして、大成功のようだ。
アリルは余程嬉しかったのか、僅かに嬉し涙を浮かべる。
俺はその姿を見て、一生忘れる事はないだろうと思った。
そうやって少しずつ自信を付けていき、もっと料理の事が好きになれるきっかけとなれば良いなと思った。
「カイとアリル、だったよな。カレー美味かったぜ。ご馳走さま」
声を掛けてきたのは茶髪のお兄さんだ。
「うん。そう言ってくれると作り甲斐があるよ。えっと……」
「ああ、悪い悪い。まだ自己紹介してなかったよな。––––––俺は『ヨウザン』っって言うんだ。よろしくなっ」
「うん。こちらこそよろしく。ヨウザン」
「よろしくお願いします。ヨウザン君」
ニカッって白い歯を見せるヨウザンは近くで見てもやはりイケメンのお兄さんだった。
細身な体つきでありながらもガッチリとしたその体型からも頼れるオーラを感じ、まさに非の打ち所がない理想男子とも言える。
俺達が握手を終えると、すかさず後ろから割り込んできた女性が。
「あ! 今、自己紹介してたでしょ~? 私にもさせてー」
その女性とは薄桃色のお姉さんだ。
「うん、もちろんだよ」
「いえいっ☆ 私はね、『リィナ』って名前だよー。子供の頃は『リィちゃん』とか『リィー』って呼ばれてた。私の事は好きなように呼んでいいから。改めてよろしくね!」
明るく笑顔が絶えないこのリィナは名前にぴったりな可愛さを持っていた。
見た目は親しみやすいお姉さんで、中身は少しだけ子供っぽさも含んでいる。
そんなところが、彼女に惹きつけられる魅力なのかもしれない。あと胸も。
俺を見るアリルの目が恐いので自然に目を逸らす事にした。
「みんなは防衛隊を目指そうと思ったきっかけとかあるのか?」
初めての人と会話をするのに定番な質問をしてきたヨウザン。
アリルは姉に憧れたのがきっかけらしく、今も追い掛けている事も告げた。
話の途中で特訓の監督をしていたのがアリルの姉、プロラさんである事に二人は当然驚愕した。
リィナは至ってシンプルで、困っている人を助けるヒーローみたいでかっこいいからという理由らしい。
そして順番的に俺の番が来た。
正直に言うべきか、それっぽく言うべきか迷ってしまい、結局言葉がまとまらず、歯切りの悪い回答をしてしまう。
「俺は……そうだな。前の平和な日常を取り戻したいと思ったから、かな」
嘘ではない。みんなが笑って暮らしていたあの平和を取り戻したい。
だから俺は防衛隊に入ったんだ。
しかし、そのきっかけは今この場で言えるような雰囲気ではなかった。
「そうか。みんな、ちゃんとしたきっかけを持っているんだな」
「ヨウザンは?」
「俺か? 俺もカイと同じかな。このメンバー達と、これからも一緒に過ごしていきたい」
心がなんだか落ち着かず、くすぐったいような感覚に襲われる。
今までそのような事を言われた事がなかったからだろう。
今ここにいるメンバーが新しい仲間であり、家族に等しい関係になるのかもしれない。
これから長い間一緒に過ごす事になる仲間達。
今はまだピンと来ていないが、それでもいつしか、家族と想える日が来る事を願っている自分がいた。


     ★


時刻は午後十一時半過ぎ。
盛り上がっていたラウンジも幕を引き、みんなで協力して片付けが終わった後は直ぐに解散となった。
俺とアリルを除く、他のみんなは早朝から夕方にかけてのスパルタ特訓が始まるから、今頃はぐっすりと寝ている事だろう。
先程まで楽しく充実した時間を過ごしていた為、こうして自分の部屋で一人になると名残惜しく感じてしまう。
「……行くか」
俺は城外に出て、とある場所に向かう。
ここの寮生活は任務の兼ね合いもあり、夜中の外出は許可されているのだ。
歩いて二十分程で目的地に着く。

俺が向かった場所というのは––––––慰霊碑だ。

ここは戦争で亡くした人々の心の拠り所となっている場所。
(小さい頃から良く訪れていたな……)
俺以外にも、沢山の人達が涙を零しながら訪れていたのを覚えている。
その人達はきっと俺と同じく、大切な人を亡くした人達だ。

俺もその一人で……大切な家族を亡くした。

既に何人かこの場に訪れたのか、いくつか花束も置かれていた。
「ごめん。供え物、今度持って来るね」
いつもは忘れない筈なのに、今日に限っては忘れてしまっていた。
俺は一度合掌した後、慰霊碑と向かい合う。
「父さん、母さん……。ジン、マナ……」
「俺、防衛隊に入ったよ。みんなは知らないと思うけど、簡単に言えば人助けをする活動だ」
「俺なんかが、って思うよな。でも、俺一人の力でなれたわけじゃない。『師匠』のおかげで何とか入る事が出来たんだ」
「入るには入隊試験っていう試験を乗り越えないといけないんだけど、参った事に、俺の対戦相手がアリルっていうすごく強い人だったんだ。ホント、大変だったよ……」
「結局勝負は引き分けになって二人共失格になったんだけど、アロンっていう今のアイリスの栄王の人が、俺達の実力を認めてくれて推薦合格してくれたんだ。あの時は驚いたなぁ」
「それから色々あって、早速明日から任務に行く事になったんだ。初めての任務で緊張しているけど、俺の他にそのアリルっていう人も一緒だから、きっと大丈夫だと思う。なんたって俺達は、栄王に認められた実力者なんだから」
調子に乗らないの、って突っ込まれただろうな。
「冗談だよ。それとね、さっき同期の人達と入隊祝いに祝杯を開いたんだ。メインの食事は俺とアリルでカレーを作ったんだけど、これが結構上手くいってな。みんな美味いって言ってくれたんだ。お世辞なんかじゃないぞ? 本当だからな」
「同期の人達もみんな凄く良い人だった。まだ会ったばかりで全員とは馴染めていないけど、これから仲良くしていくつもりだよ。今日は二人と仲良くなれて、ヨウザンとリィナっていうんだ。美男美女だからきっと驚くよ。もし会う機会があれば紹介するね」
昨日、今日の出来事を話し終えた俺。
いつもこのタイミングで、あの悲劇を思い出してしまう。


あれは俺が三歳児の時だった。
あの日突然、戦争が起こったんだ。
街は崩壊し、木は焼かれ、人々は悲鳴と怒号の渦に苛まれていた。
戦争に巻き込まれたのが原因で、弟のジン、妹のマナとは逸れてしまう。
逸れずに済んだのは両親だけ。

そんな両親とは、直ぐにお別れを迎える事になる。

俺を殺そうと襲ってきた敵から身を庇い、両親は大量の血を浴びながらも敵を始末する事に成功するが、致命傷を負ってしまって、息をするのもやっとの状態に陥ってしまう。
それでも両親は最後まで踏ん張り、俺に背中を向けたまま顔だけ振り向き、笑顔で最後の言葉を送ったのだ。


「––––––強くなれ」
「––––––生きて」


その勇ましい光景と死力の言葉が……俺をここまで導いてくれた。
「……っ、ぐっ……ひぐっ……っ」
雨など降っていないはずなのに、ポタポタと雫が落ちてくる。

––––––『強くなれ』。

「うるせぇっ。父さんが強くなれよっ……! 父さんがもっと強ければ、家族を守れたんじゃねぇのかよ!」

––––––『生きて』。

「母さんこそっ、まず母さんが生きろよ! なんで俺一人を置いて先に行っちまうんだよっ! 俺を置いて、家族で楽しんでんじゃねぇよ!」

静寂な夜の中、涙の訴えが止まない息子の声。
その声に慰霊碑が答えるわけもない。
家族はもう……死んでしまったのだから。

––––––それでも、亡くなった人の想いは人の心の中で生き続ける事が出来る。

だから俺は、明日を生きたかった家族の分も生きなければならない。
それが俺に与えられた家族からの使命。
俺が死ぬ事に、きっと家族は望んでいないだろうから……。
「カイ君……」
「––––––ッ!!」
後ろから声を掛けられビクッとしてしまう。
家族の事を深く思い返していた為、周囲の気配を感じ取れないでしまったらしい。
俺は慌てて袖を使いながら涙を拭いた。
「……アリル」
「盗み聞きして申し訳ございません。カイ君が寮を出るのを目にしてしまいましたので」
「いや、別に大丈夫だよ」
家族の事を聞かれていたのは恥ずかしくて仕方が無いが、俺の警戒不足によるものだ。
アリルも悪気があったわけじゃない。
「カイ君、家族を亡くしていたのですね……」
「……ああ」
俺にヨウザンが防衛隊になろうと思ったきっかけを聞かれた時、正直に言うか迷ったのがこれだ。
あの時ラウンジではみんなが楽しく盛り上がっていた為、俺の話で場の雰囲気が悪くなるのに躊躇ったのだ。
「俺は三歳の時に、家族を亡くしてな」
「三歳、ですか……」
「うん。あの時は俺も幼かったから頭の中が真っ白になって、何が起こったのかすらも良く理解出来ないでいた」
「……」
「でもそれは直ぐに理解し始めたよ。俺は家族を失ったんだって……」
「っ……。それで、カイ君は一人で生きてきたという事ですか?」
「いや、それは少し違うかな。俺には『師匠』がいたから」
「師匠……?」
「両親が亡くなった後、俺の前に一人の大人の男性が現れてな。どうやら両親とは腐れ縁の関係らしいんだけど、実は俺も良く知らないんだ」
最初は怪しいと思ったから何度も問いかけたが、一向に答える事はなかった。
それよりもただ俺を強くしてやる事だけに専念してくれて、気が付けば素性を知らないまま入隊試験を前にお別れをしてしまったというわけだ。
度々用事があると言ってその場を離れる事もあったが、俺に対して何か危害を加えてくるとか、怪しい交渉を持ち掛けてくるという素振りは一切なかった。
そういうのもあり、俺の中では怪しい人という認識は気付いたら払拭されていた。
それよりかは、俺をここまで鍛え上げてくれた師匠として、頭が上がらない程感謝している存在になっている。
「カイ君にお師匠さんがいたなんてびっくりです。カイ君があれ程お強いのは、お師匠さんが関係していたのですね」
「そうだね。俺一人ではここまでの実力にはならなかったと思う」
師匠がいなかったら、入隊試験でアリルに勝てていたかどうか……。
「どんなお師匠さんのか、私も会ってみたいです。今はどこにいらっしゃるのですか?」
「どこだろう……。行き先も知らされずにお別れしちゃったからな。今度会ったら伝えておくよ」
「はい。よろしくお願いします」
(……師匠。今、どこで何をしているんだろう?)
雲の影に少し隠れている満月を見てどこか懐かしさを感じた。
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