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第一話 初めまして、お嬢様
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第一話 初めまして、お嬢様
私の名前は『アリス』。
総資産十京を所有するアリス財閥の娘であり、巨城とも呼べる豪華なお城に住んでいる。
今日も特段、体に異常なく健康体だ。
小柄でゆるふわパジャマが肩からズリッと垂れ落ちる。
さらさらの銀とも白ともる髪色をした少捉えられる少女が目を覚め、眠り姫から目覚め姫に移り変わる。
眠たそうな瞼をゴシゴシと擦り、ベッドの上から窓の外をふと眺める。
城内の周りには防犯ブザーは勿論、防犯用の番人までが防弾チョッキを身につけた黒のスーツ姿で遮光のサングラスを掛けて立っており、防衛用の銃も隠し持っている。
「……相変わらずね」
いつもの事なのに、肩をガクッと落として呆気を取られてしまう。
まるで正門前で竹刀持ちながら強気な態度で立っている体育教師みたいだわ!
それはさておき、そんな高位で高貴な私はお世話担当をしているメイド達からは『アリス様』と呼ばれている。
––––––ただ、一人を除いて。
今日から高校生になる私に、『新たな執事』として雇われた男の人が来るらしい。
年頃の女の子だから『男』という単語を聞いて思わず期待を胸に膨らませている自分がいるのが分かる。
もう膨らみすぎて風船みたいにパーンって破裂しそうである。やだそれ死んじゃうじゃない(笑)
そんなたわいも無い事を内心呟いていると、お姫様ベッドの中で悶えている私を無視するように部屋のドアがギィィと遠慮がちに開かれた。
「え!? あっ……!」
不意に開かれた部屋のドアに思わずビクッと跳ね上がり、背筋を伸ばし手元に置いてあったクッションを抱き抱えながら綺麗な佇まいをしてしまう。
初めての人に自分の寝起き姿を見られるのが少し恥ずかしくて、治る筈もないピョーンと跳ねている寝癖を手櫛で素早く整えようとする。
胸のドキドキが止まらない。なんだかソワソワしてしまう。
そんな私にお構いなく、執事服を身に纏った一人の好青年が一歩二歩と足を踏み入れ、その後部屋のドアを後ろ手で静かに閉じた。
そして踵を返すと、エメラルドの瞳を宿した温かい眼差しと目が合ってしまう。
「おはようございます、アリスお嬢様。今日からお嬢様の執事を任される事になりました、名を『シノン』と申します。暫くの間、お嬢様の執事として全力で責務を果たさせて頂きますので、何卒よろしくお願い致します」
舞台終了後の挨拶みたいに片手を胸に添え、丁寧に会釈をする。
それと同時に、上瞼まで垂れ下がっていた黒髪の前髪が額から離れて揺れ、その動きは徐々に収まっていった。
ポカーンとその姿を見つめたアリスは挨拶が終わった所を見計らい、やや重たそうな口をゆっくりと開いた。
「あ、あなたが私の執事……?」
「左様でございます」
……。えええええええっっ!? ちょっとちょっと何よぉ! かなりイケメンじゃない! このイケメンが私の執事になるの!? 本当に!? 思わずときめきそうになるんですけどー!? てか、既にときめいているわ! おっと落ち着いて、落ち着くのよ、私……。お嬢様らしく、お嬢様らしく。
私はお嬢様らしく振るまわなければ! という意識が戻り、髪をバサっと片手で靡かせ、腕を組んで気高そうな雰囲気を醸し出す。
そして、キリッとした鋭い目つきでシノンに向けて言葉を返す。
「コホンッ。……なるほど、あなたが私の執事になるのね。よろしく頼むわ。早速注意事項で申し訳ないのだけれど、これからレディの部屋に入る際はノックをなさい。いいわね?」
「嫌です」
「そう、分かればいい……って、へ? 今なんて?」
「嫌ですって申し上げました」
「う、うん。素直なのは良いことね、関心関心……。って、そういう事じゃないわよー!」
ワーワー喚き上げるアリスに対し、シノンは平然としている。
「朝から声を荒げないで下さい、お嬢様。それよりも、朝食のご用意が出来ておりますが、如何なさいますか?」
真剣な眼差しで質問されると言い返す言葉を抑え込んで怯んでしまう。
「それよりもって……。……まぁいいわ。先に身支度を整えてから食事にするわ」
「かしこまりました。では、私はダイニングでお待ちしておりますので」
そう告げるとシノンは一礼し、せっせと部屋を出て行こうとする。
「ちょ、ちょっと待ちなさいよ!」
ちょっと待て♪ちょっと待て♪お兄さん♪ ラッスンゴレライ♪ と最近覚えた台詞を内心呟いていたが、今はそんな事を唱えている場合じゃない。
「なんでしょう?」
私は子供に躾けをするかのように顔を強張る。
「……あなた、あまりふざけているとクビにするわよ。……忠告ついでに言うと、私にはそれだけの権限がある事を忘れない事ね」
人差し指をビシッと向け、言葉をぶつけるように少しだけ苛立ちを含めた口調になってしまう。
それでもシノンは動じず、アリスをじっと見つめる。
「な、何よ……」
不可思議な視線を送ると、シノンはパチパチと拍手し始める。
「え?」
「イヤ~カッコイイ、カッコイイデスヨ、お嬢様」
やる気のない顔で発されられたカタコト言葉は小馬鹿にしているかのようだった。
「な!?」
「イケメン、ケダカイ、スゴイ、もうスゴイ」
「ちょ! 馬鹿にしているでしょ!」
「はい!」
「満面の笑顔で答えるなー!」
ムキーッと怒りをあらわにしているアリスに一切無礼を詫びる事なく、シノンは続ける。
「そんな事より」
「……今度は何よ?」
「お嬢様、はよ準備して下さい」
★
ダイニングでナイフとフォークを手にし、カチャカチャと音を立てる事なく美しい作法で一人食事をするアリスお嬢。
その斜め後ろではアリスを見守るか如く、お手本になるような綺麗な佇まいで真剣な眼差しを向けていた。
スマホに。
「だあっー! 爆死したー! ……コツコツ貯めた石が、こんな呆気なく消えるなんて……ぬぅおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
「うるさーーーーーーい!!」
闇の力に飲み込まれかのように頭を抱えるシノンに対し、こいつワンピースから転生してきたのか? と思わせるほどの怒りの覇気が溢れていた。
「……お嬢様の方がうるさいですよ。どうしたんですか? 覇王色ですか?」
「……何言っているのか全然分からないけど……、後ろで急に大声を出さないで。びっくりするでしょ!」
「お、お嬢、ナイフとフォークを振り回さないで下さい。マナーがなっておりせんよ?」
「あなたに言われたくないわよ!」
ブンブンと凶器を振り回してちょっとは気が晴れたのか、再度食事をしていた座席に座り、カチャカチャと皿にやつ当たりをするかのように音を立てながら、はむっはむっと料理を口に運んでいく。
許容を超える手前まで口に運んでいくアリスの頬はリスみたいにポッコリと膨れ上がりながら、もっちゃっもっちゃっと食べていた。
……可愛い。
その頬を両側から思いっきりプレスしたら面白そう、とシノンの小悪魔が囁やかれた所で、その小悪魔から気を逸らすように俺はアリスに一言告げた。
「お嬢様、マナーがなっておりませんよ?」
「◎△$♪×¥●&%#!」
訳:「うるさい、このっバカ!」
★
お嬢は食事を終えるとお口の中でもぐもぐしながら自分の部屋に戻って行く。
念のため背中に向けて『学校に行く準備しておいて下さいよ~』と伝え、綺麗に完食してあったお皿をバランスよく腕に乗せ、手に挟み、華麗に華やかで麗しく、俺はプロのウェイターさんみたいに軽々と返却口まで運んで行く。どんだけ美しいの俺!
食器を洗浄室の受け渡し口に置くと、洗い物担当の人がそれを受け取り洗っていく。
俺はお願いしますと一言伝え、急いで自分の部屋に戻った。
★
「もうっ! なんなのよあいつ!」
プンスカプンスカと怒りのガスを頭から噴出しながら学校の制服であるセーラ服に着替える。
白のブラウスから袖を通し、紺色のスカートを履き始め、黒の靴下を膝下まで引き上げると新品の匂いがほわ~んと鼻を突き抜ける。
最後に縦鏡を見ながら水色のリボンをキュッと首下の位置に整え、制服の着用は完了。
ちゃんと着こなせているか鏡に目を向け、身を捩りながら360度確認する。
心配で四、五回確認した後、異常はなかったのか、よしっと両手で小さく胸の前でガッツポーズをし、頑張るぞいっと気合いを入れた。
「ニューゲームならぬ、ニューライフですね、お嬢様」
その声はシノン。
鏡の前の新鮮な自分に気が集中してしまったからか、可愛い自分に見惚れてしまっていたのか、シノンが部屋に進入していた事に気が付かなかった。
こいつ、もしかして幻のシックスマン? ミスディレクション使ったの? と問いただそうとしたが、シノンの意外な姿に気を取られ、目を奪われ、心まで奪われそうになってしまいそれどころではなかった。
私はワナワナと震えながらシノンの着ている制服に指を向ける。
「あ、あんたっ、その制服……どうしたの?」
驚くのも無理はない。
俺はお嬢と同じセーラ服……ではなく同じ学校の制服である黒のブレザーを身に纏っているのだから。
ばかやろう。俺を誰だと思っている。斎藤さんだぞ? という風に制服をバサバサと広げながら答える。
「ああこれですか。僕も通うのですよ。お嬢様と同じく––––––『光陰高校』に、ね」
「えええええええええええええええええええええええええええ!?」
語尾にハートアークが付いてしまったのではないかと、ちょっと意地悪そうでセクシーな口調をしてしまった。キャー! 恥ずかしい!
「まぁ、主な目的はお嬢の護衛ですけどね」
「い、いやいや。てか、……アンタ、何歳……なの?」
あわわっと小刻みに震えながら指先のターゲットが俺の顔を捉える。
「……十八歳ですけど」
「………………………………………………………………………………」
メデューサに見つめられちゃったのかな? お嬢は石像化したように固まってしまい、暫くして動きを取り戻したと思ったら再びシャウトする。
「ええええええええええ同い年いいいいいいいいいいいいい!?」
ええいうるさいやかましいシャラップステップバック!
顎が外れているかのようにポカーンと棒立ちしているお嬢をスルーし、通学用の鞄を持ち上げて肩に掛ける。
一度腕時計に目をやると、そろそろ登校する時間が迫ってきていた。
「お嬢様」
「––––––え、あ、ふぁい?」
お嬢の風格に沿わないアホ面の返事を聞いた俺はやれやれとばかりに溜息をつき、縦鏡の隣に寂しく置き去りにされているお嬢の通学用の鞄を取りに行く。
それを手提げに手掛け、お嬢の元まで戻り遠慮がちに手渡す。
「……はよ準備して下さい」
「……」
「あと、髪が乱れております。あ、後リボンも。……値札まで。……はあ~。お嬢様はポンコ……天然素材かなんかですか?」
「今ポンコツって言おうとしたでしょ!?」
「それより、ちょっと整えさせて頂きますよ?」
俺は乱れている髪を優しく撫でるように手櫛し、リボンを上下左右に小刻みしながら傾きを整え、ブラウスの後ろ襟にひょこっと顔出しをしている値札を切り外す。
お嬢は怒りによるものか、恥ずかしさによるものか、顔をカーっと真っ赤にしながらポカポカと俺の胸辺りを当ててくる。
胸に響くそれはほんのり痛く、女の子らしく小さな手をしていた。
可弱くて、頼り甲斐が無くて、赤ちゃんみたいに柔らかい肌は直ぐに潰されてしまいそうだ。
思わず、庇護欲がくすぐられてしまう。
「ははは、ポンコツだなんてそんな。トンコツの聞き間違いでは?」
「余計ひどくなってるし! ……もぉ! 先、行ってるからね!」
「あ、お嬢様!」
俺を置いて玄関先にテテテッと小走りで向かっていくお嬢。
……あちゃー、初日から怒らせちゃったかな。そうだよね。俺達今日会ったばかりだもんね! 初日にガツガツいきすぎたかもしれない! 反省反省!
てへっ☆っと、頭に拳を当て反省を終えると俺も小走りでお嬢の後を追う。
玄関先までやって来るとお嬢は通学用である黒のエナメル質で作られた革靴に座りながら突っ込んでいる所だった。
俺も急いで通学用の革靴を両方履き、トントンと地を蹴りながらしっかりハマったのを確認する。
ほぼ同時に互いの靴が履き終える。
俺は気持ちを切り替えるように一度大きく深呼吸した後、パンフレットのモデルとしてスカウトされるんじゃないかというぐらい可憐で華麗な制服姿のアリスお嬢に振り向き、爽やかな笑顔で迎え入れる。
「では、行きま––––––」
「あ! 日焼け止め塗るの忘れた! ごめんシノン、ちょっと待ってて! 直ぐに戻るから~!」
慌てて革靴を脱ぎ捨てダッダッダと駆け足で部屋に戻っていくお嬢。
脱ぎ捨てられた革靴がコロンと寝返りを打つように倒れると俺の履いている革靴に寄りそうように当たった。
ポツンと一人取り残された俺は外風音と腕時計の秒針音と共に静寂な空気に覆われる。
俺はチッチッと一定のリズムで鳴る秒針の音が遅刻へのカウントダウンのように感じてしまい内心落ちかないでいた。
俺は言っても意味はない事を重々承知でお嬢のいる部屋の方向に目を向け、ボソッと呟く。
「……お嬢様、ポンコツすぎんだろ。はあ~……」
こうして、ポンコツお嬢様と世話焼く執事の出会いは始まったのである。
私の名前は『アリス』。
総資産十京を所有するアリス財閥の娘であり、巨城とも呼べる豪華なお城に住んでいる。
今日も特段、体に異常なく健康体だ。
小柄でゆるふわパジャマが肩からズリッと垂れ落ちる。
さらさらの銀とも白ともる髪色をした少捉えられる少女が目を覚め、眠り姫から目覚め姫に移り変わる。
眠たそうな瞼をゴシゴシと擦り、ベッドの上から窓の外をふと眺める。
城内の周りには防犯ブザーは勿論、防犯用の番人までが防弾チョッキを身につけた黒のスーツ姿で遮光のサングラスを掛けて立っており、防衛用の銃も隠し持っている。
「……相変わらずね」
いつもの事なのに、肩をガクッと落として呆気を取られてしまう。
まるで正門前で竹刀持ちながら強気な態度で立っている体育教師みたいだわ!
それはさておき、そんな高位で高貴な私はお世話担当をしているメイド達からは『アリス様』と呼ばれている。
––––––ただ、一人を除いて。
今日から高校生になる私に、『新たな執事』として雇われた男の人が来るらしい。
年頃の女の子だから『男』という単語を聞いて思わず期待を胸に膨らませている自分がいるのが分かる。
もう膨らみすぎて風船みたいにパーンって破裂しそうである。やだそれ死んじゃうじゃない(笑)
そんなたわいも無い事を内心呟いていると、お姫様ベッドの中で悶えている私を無視するように部屋のドアがギィィと遠慮がちに開かれた。
「え!? あっ……!」
不意に開かれた部屋のドアに思わずビクッと跳ね上がり、背筋を伸ばし手元に置いてあったクッションを抱き抱えながら綺麗な佇まいをしてしまう。
初めての人に自分の寝起き姿を見られるのが少し恥ずかしくて、治る筈もないピョーンと跳ねている寝癖を手櫛で素早く整えようとする。
胸のドキドキが止まらない。なんだかソワソワしてしまう。
そんな私にお構いなく、執事服を身に纏った一人の好青年が一歩二歩と足を踏み入れ、その後部屋のドアを後ろ手で静かに閉じた。
そして踵を返すと、エメラルドの瞳を宿した温かい眼差しと目が合ってしまう。
「おはようございます、アリスお嬢様。今日からお嬢様の執事を任される事になりました、名を『シノン』と申します。暫くの間、お嬢様の執事として全力で責務を果たさせて頂きますので、何卒よろしくお願い致します」
舞台終了後の挨拶みたいに片手を胸に添え、丁寧に会釈をする。
それと同時に、上瞼まで垂れ下がっていた黒髪の前髪が額から離れて揺れ、その動きは徐々に収まっていった。
ポカーンとその姿を見つめたアリスは挨拶が終わった所を見計らい、やや重たそうな口をゆっくりと開いた。
「あ、あなたが私の執事……?」
「左様でございます」
……。えええええええっっ!? ちょっとちょっと何よぉ! かなりイケメンじゃない! このイケメンが私の執事になるの!? 本当に!? 思わずときめきそうになるんですけどー!? てか、既にときめいているわ! おっと落ち着いて、落ち着くのよ、私……。お嬢様らしく、お嬢様らしく。
私はお嬢様らしく振るまわなければ! という意識が戻り、髪をバサっと片手で靡かせ、腕を組んで気高そうな雰囲気を醸し出す。
そして、キリッとした鋭い目つきでシノンに向けて言葉を返す。
「コホンッ。……なるほど、あなたが私の執事になるのね。よろしく頼むわ。早速注意事項で申し訳ないのだけれど、これからレディの部屋に入る際はノックをなさい。いいわね?」
「嫌です」
「そう、分かればいい……って、へ? 今なんて?」
「嫌ですって申し上げました」
「う、うん。素直なのは良いことね、関心関心……。って、そういう事じゃないわよー!」
ワーワー喚き上げるアリスに対し、シノンは平然としている。
「朝から声を荒げないで下さい、お嬢様。それよりも、朝食のご用意が出来ておりますが、如何なさいますか?」
真剣な眼差しで質問されると言い返す言葉を抑え込んで怯んでしまう。
「それよりもって……。……まぁいいわ。先に身支度を整えてから食事にするわ」
「かしこまりました。では、私はダイニングでお待ちしておりますので」
そう告げるとシノンは一礼し、せっせと部屋を出て行こうとする。
「ちょ、ちょっと待ちなさいよ!」
ちょっと待て♪ちょっと待て♪お兄さん♪ ラッスンゴレライ♪ と最近覚えた台詞を内心呟いていたが、今はそんな事を唱えている場合じゃない。
「なんでしょう?」
私は子供に躾けをするかのように顔を強張る。
「……あなた、あまりふざけているとクビにするわよ。……忠告ついでに言うと、私にはそれだけの権限がある事を忘れない事ね」
人差し指をビシッと向け、言葉をぶつけるように少しだけ苛立ちを含めた口調になってしまう。
それでもシノンは動じず、アリスをじっと見つめる。
「な、何よ……」
不可思議な視線を送ると、シノンはパチパチと拍手し始める。
「え?」
「イヤ~カッコイイ、カッコイイデスヨ、お嬢様」
やる気のない顔で発されられたカタコト言葉は小馬鹿にしているかのようだった。
「な!?」
「イケメン、ケダカイ、スゴイ、もうスゴイ」
「ちょ! 馬鹿にしているでしょ!」
「はい!」
「満面の笑顔で答えるなー!」
ムキーッと怒りをあらわにしているアリスに一切無礼を詫びる事なく、シノンは続ける。
「そんな事より」
「……今度は何よ?」
「お嬢様、はよ準備して下さい」
★
ダイニングでナイフとフォークを手にし、カチャカチャと音を立てる事なく美しい作法で一人食事をするアリスお嬢。
その斜め後ろではアリスを見守るか如く、お手本になるような綺麗な佇まいで真剣な眼差しを向けていた。
スマホに。
「だあっー! 爆死したー! ……コツコツ貯めた石が、こんな呆気なく消えるなんて……ぬぅおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
「うるさーーーーーーい!!」
闇の力に飲み込まれかのように頭を抱えるシノンに対し、こいつワンピースから転生してきたのか? と思わせるほどの怒りの覇気が溢れていた。
「……お嬢様の方がうるさいですよ。どうしたんですか? 覇王色ですか?」
「……何言っているのか全然分からないけど……、後ろで急に大声を出さないで。びっくりするでしょ!」
「お、お嬢、ナイフとフォークを振り回さないで下さい。マナーがなっておりせんよ?」
「あなたに言われたくないわよ!」
ブンブンと凶器を振り回してちょっとは気が晴れたのか、再度食事をしていた座席に座り、カチャカチャと皿にやつ当たりをするかのように音を立てながら、はむっはむっと料理を口に運んでいく。
許容を超える手前まで口に運んでいくアリスの頬はリスみたいにポッコリと膨れ上がりながら、もっちゃっもっちゃっと食べていた。
……可愛い。
その頬を両側から思いっきりプレスしたら面白そう、とシノンの小悪魔が囁やかれた所で、その小悪魔から気を逸らすように俺はアリスに一言告げた。
「お嬢様、マナーがなっておりませんよ?」
「◎△$♪×¥●&%#!」
訳:「うるさい、このっバカ!」
★
お嬢は食事を終えるとお口の中でもぐもぐしながら自分の部屋に戻って行く。
念のため背中に向けて『学校に行く準備しておいて下さいよ~』と伝え、綺麗に完食してあったお皿をバランスよく腕に乗せ、手に挟み、華麗に華やかで麗しく、俺はプロのウェイターさんみたいに軽々と返却口まで運んで行く。どんだけ美しいの俺!
食器を洗浄室の受け渡し口に置くと、洗い物担当の人がそれを受け取り洗っていく。
俺はお願いしますと一言伝え、急いで自分の部屋に戻った。
★
「もうっ! なんなのよあいつ!」
プンスカプンスカと怒りのガスを頭から噴出しながら学校の制服であるセーラ服に着替える。
白のブラウスから袖を通し、紺色のスカートを履き始め、黒の靴下を膝下まで引き上げると新品の匂いがほわ~んと鼻を突き抜ける。
最後に縦鏡を見ながら水色のリボンをキュッと首下の位置に整え、制服の着用は完了。
ちゃんと着こなせているか鏡に目を向け、身を捩りながら360度確認する。
心配で四、五回確認した後、異常はなかったのか、よしっと両手で小さく胸の前でガッツポーズをし、頑張るぞいっと気合いを入れた。
「ニューゲームならぬ、ニューライフですね、お嬢様」
その声はシノン。
鏡の前の新鮮な自分に気が集中してしまったからか、可愛い自分に見惚れてしまっていたのか、シノンが部屋に進入していた事に気が付かなかった。
こいつ、もしかして幻のシックスマン? ミスディレクション使ったの? と問いただそうとしたが、シノンの意外な姿に気を取られ、目を奪われ、心まで奪われそうになってしまいそれどころではなかった。
私はワナワナと震えながらシノンの着ている制服に指を向ける。
「あ、あんたっ、その制服……どうしたの?」
驚くのも無理はない。
俺はお嬢と同じセーラ服……ではなく同じ学校の制服である黒のブレザーを身に纏っているのだから。
ばかやろう。俺を誰だと思っている。斎藤さんだぞ? という風に制服をバサバサと広げながら答える。
「ああこれですか。僕も通うのですよ。お嬢様と同じく––––––『光陰高校』に、ね」
「えええええええええええええええええええええええええええ!?」
語尾にハートアークが付いてしまったのではないかと、ちょっと意地悪そうでセクシーな口調をしてしまった。キャー! 恥ずかしい!
「まぁ、主な目的はお嬢の護衛ですけどね」
「い、いやいや。てか、……アンタ、何歳……なの?」
あわわっと小刻みに震えながら指先のターゲットが俺の顔を捉える。
「……十八歳ですけど」
「………………………………………………………………………………」
メデューサに見つめられちゃったのかな? お嬢は石像化したように固まってしまい、暫くして動きを取り戻したと思ったら再びシャウトする。
「ええええええええええ同い年いいいいいいいいいいいいい!?」
ええいうるさいやかましいシャラップステップバック!
顎が外れているかのようにポカーンと棒立ちしているお嬢をスルーし、通学用の鞄を持ち上げて肩に掛ける。
一度腕時計に目をやると、そろそろ登校する時間が迫ってきていた。
「お嬢様」
「––––––え、あ、ふぁい?」
お嬢の風格に沿わないアホ面の返事を聞いた俺はやれやれとばかりに溜息をつき、縦鏡の隣に寂しく置き去りにされているお嬢の通学用の鞄を取りに行く。
それを手提げに手掛け、お嬢の元まで戻り遠慮がちに手渡す。
「……はよ準備して下さい」
「……」
「あと、髪が乱れております。あ、後リボンも。……値札まで。……はあ~。お嬢様はポンコ……天然素材かなんかですか?」
「今ポンコツって言おうとしたでしょ!?」
「それより、ちょっと整えさせて頂きますよ?」
俺は乱れている髪を優しく撫でるように手櫛し、リボンを上下左右に小刻みしながら傾きを整え、ブラウスの後ろ襟にひょこっと顔出しをしている値札を切り外す。
お嬢は怒りによるものか、恥ずかしさによるものか、顔をカーっと真っ赤にしながらポカポカと俺の胸辺りを当ててくる。
胸に響くそれはほんのり痛く、女の子らしく小さな手をしていた。
可弱くて、頼り甲斐が無くて、赤ちゃんみたいに柔らかい肌は直ぐに潰されてしまいそうだ。
思わず、庇護欲がくすぐられてしまう。
「ははは、ポンコツだなんてそんな。トンコツの聞き間違いでは?」
「余計ひどくなってるし! ……もぉ! 先、行ってるからね!」
「あ、お嬢様!」
俺を置いて玄関先にテテテッと小走りで向かっていくお嬢。
……あちゃー、初日から怒らせちゃったかな。そうだよね。俺達今日会ったばかりだもんね! 初日にガツガツいきすぎたかもしれない! 反省反省!
てへっ☆っと、頭に拳を当て反省を終えると俺も小走りでお嬢の後を追う。
玄関先までやって来るとお嬢は通学用である黒のエナメル質で作られた革靴に座りながら突っ込んでいる所だった。
俺も急いで通学用の革靴を両方履き、トントンと地を蹴りながらしっかりハマったのを確認する。
ほぼ同時に互いの靴が履き終える。
俺は気持ちを切り替えるように一度大きく深呼吸した後、パンフレットのモデルとしてスカウトされるんじゃないかというぐらい可憐で華麗な制服姿のアリスお嬢に振り向き、爽やかな笑顔で迎え入れる。
「では、行きま––––––」
「あ! 日焼け止め塗るの忘れた! ごめんシノン、ちょっと待ってて! 直ぐに戻るから~!」
慌てて革靴を脱ぎ捨てダッダッダと駆け足で部屋に戻っていくお嬢。
脱ぎ捨てられた革靴がコロンと寝返りを打つように倒れると俺の履いている革靴に寄りそうように当たった。
ポツンと一人取り残された俺は外風音と腕時計の秒針音と共に静寂な空気に覆われる。
俺はチッチッと一定のリズムで鳴る秒針の音が遅刻へのカウントダウンのように感じてしまい内心落ちかないでいた。
俺は言っても意味はない事を重々承知でお嬢のいる部屋の方向に目を向け、ボソッと呟く。
「……お嬢様、ポンコツすぎんだろ。はあ~……」
こうして、ポンコツお嬢様と世話焼く執事の出会いは始まったのである。
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