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第八話 帰宅部の活動(服屋編)
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土曜日の朝がやってきた。
外はお出かけにふさわしい晴天の青空が広がっている。
帰宅部メンバー発の部活動(ただの遊び)となるこの一件は、俺にとって重要な一日となるだろう。
もしこの帰宅部メンバーが過去の出来事と似てつかわしていた場合は今後乗り気でなくなってしまうどころか、最悪の場合、今日が最初で最後の集まりとなってしまう恐れもあるからだ。まぁ、アリアがいる時点でそのような心配はないと思うのだが。
何はともあれ、今日は3人の美女に囲まれながらデート気分を味わえる俺にとって緊張しないわけがなく、今もこうして集合場所である時計塔に30分も早く着いてしまって、内心穏やかではない。
集合時間は12時なのだが、今は11時30分。
この街は田舎でも都会でもない必要最低限のお店や遊び場が揃っているので、休日なんかは今もこうして人集りである。
一人で時計塔の前に立っている俺は勧誘業者と見間違われたら嫌なので、スマホゲームで時間を潰そうとした。
「おーい! はやしく~ん」
「ん?」
前方から俺の名字が呼ばれ、懐いた犬みたいに手を振りながらこちらに駆け寄ってくるあの茶髪美少女は……!!
「おぉ! 神林。来るの早いな」
神林は軽く息を整えながら振る舞う。
「うんっ。家にいても緊張するだけだから、いっそのこと早く行って心を落ち着かせようと思って」
「そうか。神林も緊張するんだな」
「え? するよ! 昨日の夜なんか楽しみでよく寝れなかったもん」
「ははっ。まるで小学生みたいだな」
「あー! ばかにしたな~? ––––––えいっ」
神林は一度頬を膨らませプンプンと怒りをあらわにしたあと、人差し指を使って俺のほっぺたにツンツンしてきた。ごめん、みんな。本当に最初で最後の集まりになるかもしれない。(死因:安楽死)
そんな一生分のご褒美と運を使ってしまったとも言える神林の可愛いいたずらを頂いた俺は、あまりにも恥ずかしくて気を紛らわそうと話題を変えることに。
「服装、似合ってるな」
英語が書かれた半袖のTシャツに半ズボンという至ってシンプルな格好なのだが、肩から覗くボーダーのインナーがいいアクセントを出している。
「そ、そうかな? ありがとう! 林くんも今日の服装似合ってるよ」
俺は全体的に無地のTシャツと長ズボンという良くも悪くもなんの特徴もない格好なのだが、どうやらそれが似合っているようだ。
「ありがとな。俺は無地みたいに特徴がない人間だからさ、服装まで特徴がなかったらそのうち存在までも無地になっちゃうかも(笑)」
「大丈夫。人間見た目じゃないよ!」
……神林さん? それフォローになってないからね? そこは『そんなことないよ? (頭なでなで)』ぐらいはしてほしかった。
「でも、今日は楽しみだね! みんなと遊べる日が来るなんて夢にも思ってなかったよ」
「神林は誰かと遊んだりしないのか?」
「うーんとね……遊びには誘われるんだけど、ちょっと僕には合わなそうだなって感じの人ばかりで……」
頬を掻きながら苦笑を浮かべる神林。
「その気持ち分かるぞ。誘ってもらえるのはありがたいんだけど、自分と相性が悪そうだなって感じると断りたくなるよな」
「う、うん。林くんもそういう経験とかあるんだ?」
「まぁ何回かな。そういうのがあって一人で過ごすことが多くなった」
一人になったのは他にも理由はあるが、言わなくていいだろう。余計なことを口走ってせっかくの休日を暗くさせるのは気が引ける。
「そっか。だから林くんは学校でも一人でいることが多いんだね」
「そういうことだ」
「……一人って、怖くないの?」
神林は真面目なトーンでそんなことを聞いてきた。
「慣れちゃえば、そこまでは」
「そうなんだ。僕だったら、絶対に耐えられないよ……」
怯えるように瞳を伏せる神林。軽く握られた拳は胸部分に当てている。
「林くんは、強いんだね」
今度は俺の目を見て言う。
「強い? 俺がか?」
「うん。バレーボールでチームを作る時さ、林くんだけ残っちゃったことあったでしょ?」。
「……あぁ、あったな。そんなことも」
「普通だったらさ、そんなの嫌でしょ? まるで自分だけ除け者扱いされているようで。実際あの時、みんなチームの輪に入れてもらえるよう躍起になっていたし。でも、林くんはそんなことにも臆せず……なんだろう……自分を持っているというか、そんな強い意志を感じたの」
これはお世辞なのではなく、率直な感想を述べているのだろう。神林の真面目なトーンからはそう読み取れる。
「僕は弱い人間だからさ……そんな林くんを見て、憧れたのかもしれない」
えへへっと、最後に照れ臭そうに頬を掻く神林を見て、俺の心は意外にもズキンと心が痛んだような気がした。
普段なら心舞い上がるその仕草も、今はどこか同情心に似たような気持ちが勝っている。
「そんなことはない。俺は神林が思っている以上に強くないさ」
「え?」
「俺は基本的に人見知りで、コミュ障で、自分から誰かに声をかけるような真似ができない臆病者だ。最後まで残ったのもそれが原因なだけ。一人でいるのだって、さっきも言ったが慣れているだけだ。それに俺も神林と同じで、気が合う人とならこうして遊んでいたいと思う至って普通の人間なんだよ」
神林が俺に対して勝手な幻想を抱くのはよろしくない。そんな確信もない幻想をいつか崩壊するような時が来てしまった場合、神林はショックを受けるだろうから。
だから俺は、釘を刺すようにちゃんと真実を告げてやった。
「でも、今はそんな自分も悪くないと思ってきた」
「どうして?」
「長い間こうして誰かと一緒に連むなんてなかったからさ。今身近にある大切なものを大切にしていきたいと思うようになったんだ」
ずっと一人だったからこそ、身近にいてくれる人を大切にしようという気が一層強く感じるのだと思う。
「帰宅部メンバーとかな」
最後にそう締めくくり、俺の語りは終いとなる。
神林の前だからちょっとかっこつけすぎたかなと恥ずかしい思いをする俺だったが、その言葉を口にした事による後悔は一切なかった。
そんな会話を終えた時、急に周囲の人達がざわめき始めた。
「おい、見ろよあの二人! めちゃくちゃ可愛いくないか!?」
「なんかの女優さん!? すっごく綺麗~!」
「おいお前、声かけてこいよ! ナンパ得意だろ!?」
「ばか言うな! さすがの俺でもあれは手出し出来ねぇよ! どっかにボディガードとかいたらどうするんだよ!」
などなど。人集りで賑わっているこの場所では、二人の美貌を目に焼き付けると言わんばかりに視線が釘付けになっており、その千年年に一度の逸材とも言える二人の美少女のことで会話は盛り上がらずにはいられないでいた。
彼女達の歩く先を全員が道を開いてくれている。
「なんか……周りからすごく視線を感じるのだけど」
「いいことじゃないですか~。それだけ私達が異彩のオーラを放っているということですよ?」
前方からこちらに歩み寄ってくる二人の美少女。うん、大体予想していた。
「こんにちは。林くん、神林さん」
「もしかして、待たせちゃいましたか?」
アリアと黒崎だ。
「いや、俺達も来たばっかりだ」
本当は30分前には来ていたが、それは自分が勝手にしたことなので言わないでおく。それに神林と話をしていたから待ったという感覚は微塵も感じなかったしな。
「わぁ~! 二人ともすごく似合っているよ! モデルさんみたい!」
神林が目をキラキラとさせながら二度見するように二人の姿に食いつく。あれれ~? 俺の時と反応が違うぞ~? なんでかな~?
だが、神林がテンションを上げてしまうのは無理もない。それだけ二人の放つ美のオーラは多くの女性陣とは比べものにならないほど一線を画しているのだから。
「ありがとう、神林さん。あなたの格好もとても似合っているわ」
「そうですね~。可愛い子のボーイッシュ姿はギャップがあっていいですよね~」
「ホント!? 二人に褒められてすごく嬉しいなぁ」
大変ご満悦な様子の神林。そうだよね、美少女に褒められたら嬉しくなっちゃうよね!
自然の流れで次のスポットライトは神林から俺へとシフトチェンジされる。
「……あなたはなんていうか…………可もなく不可も無くって感じね」
「……そうですね~。良くも悪くもノーマルすぎるというか、なんていうか……」
なんとも言えない感じの様子でコメントに困っているお二人方は顎に手を添え、眉間にシワを寄せながら頑張って言葉を絞り出そうとしている。やめて! それ以上メンタルを削るのやめて!
これ以上は俺のメンタルが持たないので、無理やりスポットライトを二人へと返す。
「まぁ、なんだ……。本当に似合ってるな。二人とも」
アリアは全身を覆う白のワンピースを着用していて、本当に天使が舞い降りたんじゃないかと思わせるぐらいに白く神々しい。
一方黒崎は、肩から下の袖部分をなくした黒のニットに太ももを覗かせるグレーのタイトスカートを着用。アリアとは対照的に小悪魔的な可愛さが感じられる。
天使と悪魔。現実世界に存在してはいけない神々が、目の前で降臨していた。
アリアは俺から褒め言葉を言われると、頬を朱色に染めてすぐにそっぽを向いてしまう。
「あ、ありがとっ……」
「あれ~? もしかして赤坂さん、照れてる~?」
黒崎が意地悪な笑みを浮かべながら、赤くなっている頬をツンツンと突く。
「てっ、照れてないわよ! てか、突くのやめなさい」
「やめなさいって言われると余計にやりたくなっちゃうな~♡」
「ちょっ! 黒崎さ––––––きゃ!?」
黒崎は気分が舞い上がってしまったのか、頬のみならず、首、脇、脇腹といった部分までツンツンし始める。
へにゃっと体を捻るアリアと弱点を探すかのように攻撃の手を止めない黒崎。幸か不幸か。こんな公衆の面前において、俺の目には二人の姿がとんでもなく…………エロく映ってしまっている。
俺がもし女の子として生まれて来たのなら、ああいうことをやりたい放題なのだろうか……。というゲスいことを考えている内に、心なしか、周りのギャラリー達も俺に似たような眼差しで見ているように感じた。
「おーい。じゃれ合うのはそのへんにして、さっさと行こうぜ」
今この場は注目の的で非常に居心地が悪い。ただでさせ目立つのが嫌いだというのに、そこに3人の美女に囲まれて緊張しているんだからたまったもんじゃない。
こうして、天使、小悪魔、二次元ヒロイン、モブの4人による帰宅部発の活動が開始されるのであった。
★
結局のところ、活動の内容はこれといって特に決まっていなかった。
ここに寄りたい! という意見が出ればそこが候補になったのだが、生憎と誰一人そういう意見は出ず、とりあえずショッピングモールに行こうと結論づいた。
なんだか気の抜けた計画だなぁと思う俺だったのだが、きっと俺達はそういうのが向いているんだと思う。
変に細かく計画を立てずに、寄りたいところがあったらそこに行く。そんな良くも悪くも緩い感じの。
俺達がいるショッピングモールは、休日どこに行くか迷ったらとりあえずこのショッピングーモールに行けば問題ないというぐらいに10階建ての大型だ。ここに来れば大体の物は揃っている。
雑貨、本屋、服屋、食品売り場、家電売り場、飲食店、ゲーセン、アニメ店などなど。
挙げたらキリがないほどに充実したこのショッピングモールには当然のように大勢の人集りで賑わっている。ちょっとよそ見をしていたら誰かにぶつかってしまいそうだ。
「あ、ちょっとここに寄ってみませんか~?」
テキトーにみんなで歩いていると、黒崎がそんなことを言い出す。
向けられた指の方へと目をやれば、そこは服屋さんだった。
入り口に男性と女性のマネキンがおしゃれなファッションを披露しているところから、メンズとレディースの両方を販売しているお店なのだろう。
「よし、じゃあ行くか」
特に迷うことなく俺達はお店の中へと足を踏み入れた。
中はカフェみたいな雰囲気を持つ落ち着いた造りで、天井のスピーカーからは心が癒されるジャズが流れている。
一先ず俺はメンズコーナー、他の3人はレディースコーナーへとここで別れることにした。
しかし、神林は何故かレディーコーナーに行かない。
「ん? どうした、神林」
「僕、男の子なんだけどなぁ……」
…………なるほど。そういうことか! 本当は二人と一緒に見て周りたいんだけど、あまりにも恥ずかしくて最終的に自分を男だと思い込み、そのうえで一人寂しく散策することになる俺のことを気遣ってわざわざ俺に付き合ってくれるという優しさの裏返しなのだな? もう神林ったら! 素直にそう言えばいいのに! おかげでキュンキュンしちゃったじゃない!
「じゃあ、一緒にまわるか?」
「うん!」
そういうわけで、俺と神林は一緒にメンズコーナーを見て回る。
綺麗に畳まれた服やズボン、ハンガーにかけられた値引き商品などがたくさん置いてあるのだが、正直よく分からん。
ファッションに無頓着な俺にとって、どれもこれも同じようなものにしか見えない。
雑誌やテレビで紹介される『今、流行りのファッション!』や『モテたければこの服装!』などの特集を見ても「へー」と他人事のようにしか感じず、俺の記憶からはすぐに不要な情報として抹消される。
服なんて赤や黄色といった目立つ色ではなく、さらに厨二病が着るようなドクロマークとチェーンがついていなければ、あとは機能性で選べばいいと思っている。
陰キャの自分にぴったりな黒やグレー、ネイビーといった暗色系の物で全体を組み合わせれば、『可もなく不可もなく、良くも悪くもないノーマルなファッション』の完成だ!!(泣) 俺にとって服装はその程度の価値でしかないのだ。変に着崩したり、小物を身につけてオシャレに見せようとは全く思わない。
一通り見たところで、俺は興味津々そうに服を見ている神林に声をかけることに。
「神林は服装とか気にするのか?」
神林は綺麗に畳まれた服を手にしたまま答える。
「そうだね……。気にするかな」
「そうなんだ」
神林のオシャレな服装を見てなんとなく予想はしていたが、その通りだった。
「林くんは? そういうのあまり興味ない感じかな?」
「うーん、まぁ……どちらかと言えばそうだな」
「へー。林くん顔がいいからさ、着こなせばもっとかっこよくなると思うよ?」
……え? いま、なんて?
「わ、悪い。もう一回言ってくれるか?」
「え? えっと……林くんは顔がいいから、着こなせばもっとかっこよくなるよって」
聞き間違いじゃなかった。マジか!! 初めて神林に褒められたぞ!!(歓喜)
「いやいや、それは買い被りすぎだって……」
嬉しい気持ち反面、疑い半分の気持ちが正直な意見。服装はさておき、顔が良いならこれまでに好意を寄せられる経験が一つぐらいあってもいいではないか。神林は優しい性格の持ち主だから、きっと俺に気を遣ってそんなことを言ったに違いない。
「本当だよっ。身長だって平均以上だし、肌も綺麗だし、髪型だって清潔感があるもん。これでモテない方がおかしいよ」
(うん、まぁ……モテなかったんですけどね?)
とはいえ、神林がお世辞で言っているようには感じ取れなかった。
仮にこれを事実だと受け止めたとして、俺がモテなかったのは出会いが関係しているのではないかという仮説がつく。
これまで出会ってきた人達は単に俺がタイプじゃなかっただけの偶然で、その逆が起こりうるならば、それこそ俺は高校生活にモテ期が訪れることになる。
思い返してみれば、この仮説は有力かもしれない。
そもそもの話、俺がこうして美女3人と遊んでいること自体が超激レアなことなのだから。
「ありがとな、神林。ちょっとだけ自信がついたような気がするよ」
「うん、そうだよ。もっと自信を持って!」
そう思うとなんだかファッションにも興味が湧いてくるような感覚が芽生えてきた。
「じゃあ僕は試着室に行ってくるね」
「おう」
神林は手に持っていた服を試着室へと持っていき、靴を脱いでカーテンを閉めた。
中から聞こえてくる衣類を脱ぐ音に俺の耳が反応する。
(今、神林があそこで着替えているんだよな……)
ちょっとでも邪な考えをし始めると止まらなくなるのが男の末路というもの。
俺は気を紛らわすために試着室から一番遠い場所へと避難。よし、ここなら安全だ!
しばらくして試着室から出てきた神林は、手に持っていた服を綺麗に畳んで元の場所へと戻した。
「買わないのか?」
「うん。ちょっとイメージと違って」
「そうか」
……ん? 待てよ。あの戻した服は神林が一度着たものだから、それってつまり……。
(実質、神林の服を着ているのと同じなのではッッッ!?)
「どうしたの林くん? 顔が赤いよ?」
「いや、合法の定義について考えていただけだから心配しないでくれ」
「心配だなぁ……」
思いきって神林の服を買ってしまおうかと俺の天使と悪魔の囁き合いが始まり、非常に難しいジャッジを迫られる。––––––が、そんな俺の前にリアルの天使と悪魔が登場し、一瞬にして我に帰ってしまう俺なのだった。
「どう? お気に入りの服は見つかったかしら?」
「いや、特には」
「このお店は若い男女から非常に人気のあるお店ですからね~。ないということはないんじゃないですか?」
「いや、本当に……」
「そう? これとか素敵じゃない? あなたに似合うと思うんだけど」
アリアがメンズの服を手にして言う。頷きを見せる黒崎から見ても、どうやらその服は俺に似合いそうな服らしい。
「林くん、せっかくだから試着してみたらどうかな?」
「えぇ……」
追い討ちをかけるように今度は神林が言う。自分だけ試着して楽しんでいたことを気にしているのか知らないが、この話の流れでそのセリフは逃げ場を完全に塞ぎ、とどめを刺すには十分に効果的だった。やだ! この子意外と策士!?
まぁ、単純に楽しんでもらいたいだけなのは理解しているつもりだが、やはり慣れていないことには抵抗感が出てしまうものだ。
アリアが選んでくれた服だから似合わないということは無いと思うのだが、自分の試着姿を誰かに、しかも美女3人に披露するなんて罰ゲームに等しいではないかと思ってしまう。だって、めちゃくちゃ恥ずかしいし……。
あれやこれやと余計な思考が俺の判断力を鈍らせ黙っていると、誰かに手を引っ張られ強制連行されるはめに。
「アリア……!?」
「もう、ごちゃごちゃと考えていないで、早く試着してきなさい」
「待って! 赤坂さん」
試着室の入り口手前で、黒崎が呼び止める。
(おぉ、黒崎! お前なら理解してくれると信じてたぞ。そうだよな、こういのは本人の主張を優先するべきで––––––)
「どうせなら、全身コーデといきましょう?」
(くろさきいいいいいィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィ!!)
その後。
アリア、黒崎、神林の3人による『可もなく不可もなく、良くも悪くもないノーマルなファッション』の俺から『おしゃれなファッション』へと新たにフォームチェンジさせる時間が始まった。
約20分ほどで試着させる商品を選び終え、それを持たされた俺は渋々試着室へと姿を消していく。
そして着替え終わった俺は、一度大きく深呼吸をして心を落ち着かせたあと、遂にその姿を3人に披露した。
「––––––かっこいい!!」
「「「え?」」」
そんな俺の姿にいち早く声をあげたのは…………アリアだった。それも、飛び跳ねる勢いで。
「えっと、赤坂さん?」
「––––––ハッ。あ、あのっ、今のは違くてっ……彼の……そう! 彼の着ている服がかっこいいって言っただけで!」
「ふ~ん?」
黒崎はアリアの嘘など既に見抜いているようで、そこをからかうように小悪魔な笑みを浮かべ始める。
「だめですよ? 赤坂さん。それじゃあせっかくのお披露目も台無しになってしまいます。こういう時は本人も含めて褒めてあげないと」
「べ、別にそんなことは……!」
「いいのですか? お気持ちは伝えられる時に伝えておいた方がいいですよ~? 今日という日は過ぎ去ったら二度と戻ってこないのですから」
どこか真剣な口調の黒崎にアリアは反論の予知をなくしてしまう。
そして、ついには––––––。
「まぁ……かっこいいんじゃない? あなたにしては」
頬を朱色に染め、上目遣いで言うアリアは反則級に可愛すぎた。
素直ではない部分はいつもと変わらない気がするのだが、だからこそ、その分だけ褒められた時のインパクトがあまりにも強すぎるのだ。鼻血が垂れてこないか心配である。
「ど、どうも……」
そんなアリアの羞恥心が伝染したように、俺までも顔が赤くなってしまう。
「うん! かっこいい……かっこいいよ、林くん! ね? やっぱり僕の言った通りだったでしょ?」
「え? 二人でなんの話をしていたの?」
アリアが食いつく。
「林くんにね、顔が良いからファッションにも気を使ったらもっとかっこよくなるよって話をしたの。赤坂さん達もそう思わない?」
「えっ、そ、それは……」
アリアの目が泳ぐ。そうしているうちに、黒崎が先に答えた。
「私は、とても魅力的になると思いますよ」
アリアと違い、微笑みながらすんなりと感想を伝えてくれた黒崎。アリアにも引けを取らない美少女からの褒め言葉は本来嬉しく思うはずだ。––––––しかし、この時の黒崎の眼には嫉妬、もしくは憎悪に似た負の感情の何かが滲み出ていて、心から褒めているようには見えなかった。
「そうね。あなたはもっと自分に自信を持っていいとは思うわ」
「そ、そうなのか?」
「身長だって平均以上だし、肌も綺麗で、髪型にも清潔感があって私好みだわ」
顎に手を添え、考える仕草をしながら俺の容姿をじっくりと観察するように呟くアリアは自分が何を言っているのか気付いていない様子だ。
そしてその褒め言葉はさっき神林が言っていたのと同じで、あの時お世辞で言ったわけじゃなかったんだなと今実感した。
「……ありがとな」
頬を赤く染め、照れ臭く感じながらも俺はみんなにお礼を告げる。何はともあれ、褒められるというのは嬉しいものだな。
胸の奥がじんわりと温まるような感覚が生まれ、気分が高揚し始める勢いに乗った俺は試着した衣類を全て購入する。後悔はない。
でも、何か大切なことを忘れているような気もするが……まぁいいか。
外はお出かけにふさわしい晴天の青空が広がっている。
帰宅部メンバー発の部活動(ただの遊び)となるこの一件は、俺にとって重要な一日となるだろう。
もしこの帰宅部メンバーが過去の出来事と似てつかわしていた場合は今後乗り気でなくなってしまうどころか、最悪の場合、今日が最初で最後の集まりとなってしまう恐れもあるからだ。まぁ、アリアがいる時点でそのような心配はないと思うのだが。
何はともあれ、今日は3人の美女に囲まれながらデート気分を味わえる俺にとって緊張しないわけがなく、今もこうして集合場所である時計塔に30分も早く着いてしまって、内心穏やかではない。
集合時間は12時なのだが、今は11時30分。
この街は田舎でも都会でもない必要最低限のお店や遊び場が揃っているので、休日なんかは今もこうして人集りである。
一人で時計塔の前に立っている俺は勧誘業者と見間違われたら嫌なので、スマホゲームで時間を潰そうとした。
「おーい! はやしく~ん」
「ん?」
前方から俺の名字が呼ばれ、懐いた犬みたいに手を振りながらこちらに駆け寄ってくるあの茶髪美少女は……!!
「おぉ! 神林。来るの早いな」
神林は軽く息を整えながら振る舞う。
「うんっ。家にいても緊張するだけだから、いっそのこと早く行って心を落ち着かせようと思って」
「そうか。神林も緊張するんだな」
「え? するよ! 昨日の夜なんか楽しみでよく寝れなかったもん」
「ははっ。まるで小学生みたいだな」
「あー! ばかにしたな~? ––––––えいっ」
神林は一度頬を膨らませプンプンと怒りをあらわにしたあと、人差し指を使って俺のほっぺたにツンツンしてきた。ごめん、みんな。本当に最初で最後の集まりになるかもしれない。(死因:安楽死)
そんな一生分のご褒美と運を使ってしまったとも言える神林の可愛いいたずらを頂いた俺は、あまりにも恥ずかしくて気を紛らわそうと話題を変えることに。
「服装、似合ってるな」
英語が書かれた半袖のTシャツに半ズボンという至ってシンプルな格好なのだが、肩から覗くボーダーのインナーがいいアクセントを出している。
「そ、そうかな? ありがとう! 林くんも今日の服装似合ってるよ」
俺は全体的に無地のTシャツと長ズボンという良くも悪くもなんの特徴もない格好なのだが、どうやらそれが似合っているようだ。
「ありがとな。俺は無地みたいに特徴がない人間だからさ、服装まで特徴がなかったらそのうち存在までも無地になっちゃうかも(笑)」
「大丈夫。人間見た目じゃないよ!」
……神林さん? それフォローになってないからね? そこは『そんなことないよ? (頭なでなで)』ぐらいはしてほしかった。
「でも、今日は楽しみだね! みんなと遊べる日が来るなんて夢にも思ってなかったよ」
「神林は誰かと遊んだりしないのか?」
「うーんとね……遊びには誘われるんだけど、ちょっと僕には合わなそうだなって感じの人ばかりで……」
頬を掻きながら苦笑を浮かべる神林。
「その気持ち分かるぞ。誘ってもらえるのはありがたいんだけど、自分と相性が悪そうだなって感じると断りたくなるよな」
「う、うん。林くんもそういう経験とかあるんだ?」
「まぁ何回かな。そういうのがあって一人で過ごすことが多くなった」
一人になったのは他にも理由はあるが、言わなくていいだろう。余計なことを口走ってせっかくの休日を暗くさせるのは気が引ける。
「そっか。だから林くんは学校でも一人でいることが多いんだね」
「そういうことだ」
「……一人って、怖くないの?」
神林は真面目なトーンでそんなことを聞いてきた。
「慣れちゃえば、そこまでは」
「そうなんだ。僕だったら、絶対に耐えられないよ……」
怯えるように瞳を伏せる神林。軽く握られた拳は胸部分に当てている。
「林くんは、強いんだね」
今度は俺の目を見て言う。
「強い? 俺がか?」
「うん。バレーボールでチームを作る時さ、林くんだけ残っちゃったことあったでしょ?」。
「……あぁ、あったな。そんなことも」
「普通だったらさ、そんなの嫌でしょ? まるで自分だけ除け者扱いされているようで。実際あの時、みんなチームの輪に入れてもらえるよう躍起になっていたし。でも、林くんはそんなことにも臆せず……なんだろう……自分を持っているというか、そんな強い意志を感じたの」
これはお世辞なのではなく、率直な感想を述べているのだろう。神林の真面目なトーンからはそう読み取れる。
「僕は弱い人間だからさ……そんな林くんを見て、憧れたのかもしれない」
えへへっと、最後に照れ臭そうに頬を掻く神林を見て、俺の心は意外にもズキンと心が痛んだような気がした。
普段なら心舞い上がるその仕草も、今はどこか同情心に似たような気持ちが勝っている。
「そんなことはない。俺は神林が思っている以上に強くないさ」
「え?」
「俺は基本的に人見知りで、コミュ障で、自分から誰かに声をかけるような真似ができない臆病者だ。最後まで残ったのもそれが原因なだけ。一人でいるのだって、さっきも言ったが慣れているだけだ。それに俺も神林と同じで、気が合う人とならこうして遊んでいたいと思う至って普通の人間なんだよ」
神林が俺に対して勝手な幻想を抱くのはよろしくない。そんな確信もない幻想をいつか崩壊するような時が来てしまった場合、神林はショックを受けるだろうから。
だから俺は、釘を刺すようにちゃんと真実を告げてやった。
「でも、今はそんな自分も悪くないと思ってきた」
「どうして?」
「長い間こうして誰かと一緒に連むなんてなかったからさ。今身近にある大切なものを大切にしていきたいと思うようになったんだ」
ずっと一人だったからこそ、身近にいてくれる人を大切にしようという気が一層強く感じるのだと思う。
「帰宅部メンバーとかな」
最後にそう締めくくり、俺の語りは終いとなる。
神林の前だからちょっとかっこつけすぎたかなと恥ずかしい思いをする俺だったが、その言葉を口にした事による後悔は一切なかった。
そんな会話を終えた時、急に周囲の人達がざわめき始めた。
「おい、見ろよあの二人! めちゃくちゃ可愛いくないか!?」
「なんかの女優さん!? すっごく綺麗~!」
「おいお前、声かけてこいよ! ナンパ得意だろ!?」
「ばか言うな! さすがの俺でもあれは手出し出来ねぇよ! どっかにボディガードとかいたらどうするんだよ!」
などなど。人集りで賑わっているこの場所では、二人の美貌を目に焼き付けると言わんばかりに視線が釘付けになっており、その千年年に一度の逸材とも言える二人の美少女のことで会話は盛り上がらずにはいられないでいた。
彼女達の歩く先を全員が道を開いてくれている。
「なんか……周りからすごく視線を感じるのだけど」
「いいことじゃないですか~。それだけ私達が異彩のオーラを放っているということですよ?」
前方からこちらに歩み寄ってくる二人の美少女。うん、大体予想していた。
「こんにちは。林くん、神林さん」
「もしかして、待たせちゃいましたか?」
アリアと黒崎だ。
「いや、俺達も来たばっかりだ」
本当は30分前には来ていたが、それは自分が勝手にしたことなので言わないでおく。それに神林と話をしていたから待ったという感覚は微塵も感じなかったしな。
「わぁ~! 二人ともすごく似合っているよ! モデルさんみたい!」
神林が目をキラキラとさせながら二度見するように二人の姿に食いつく。あれれ~? 俺の時と反応が違うぞ~? なんでかな~?
だが、神林がテンションを上げてしまうのは無理もない。それだけ二人の放つ美のオーラは多くの女性陣とは比べものにならないほど一線を画しているのだから。
「ありがとう、神林さん。あなたの格好もとても似合っているわ」
「そうですね~。可愛い子のボーイッシュ姿はギャップがあっていいですよね~」
「ホント!? 二人に褒められてすごく嬉しいなぁ」
大変ご満悦な様子の神林。そうだよね、美少女に褒められたら嬉しくなっちゃうよね!
自然の流れで次のスポットライトは神林から俺へとシフトチェンジされる。
「……あなたはなんていうか…………可もなく不可も無くって感じね」
「……そうですね~。良くも悪くもノーマルすぎるというか、なんていうか……」
なんとも言えない感じの様子でコメントに困っているお二人方は顎に手を添え、眉間にシワを寄せながら頑張って言葉を絞り出そうとしている。やめて! それ以上メンタルを削るのやめて!
これ以上は俺のメンタルが持たないので、無理やりスポットライトを二人へと返す。
「まぁ、なんだ……。本当に似合ってるな。二人とも」
アリアは全身を覆う白のワンピースを着用していて、本当に天使が舞い降りたんじゃないかと思わせるぐらいに白く神々しい。
一方黒崎は、肩から下の袖部分をなくした黒のニットに太ももを覗かせるグレーのタイトスカートを着用。アリアとは対照的に小悪魔的な可愛さが感じられる。
天使と悪魔。現実世界に存在してはいけない神々が、目の前で降臨していた。
アリアは俺から褒め言葉を言われると、頬を朱色に染めてすぐにそっぽを向いてしまう。
「あ、ありがとっ……」
「あれ~? もしかして赤坂さん、照れてる~?」
黒崎が意地悪な笑みを浮かべながら、赤くなっている頬をツンツンと突く。
「てっ、照れてないわよ! てか、突くのやめなさい」
「やめなさいって言われると余計にやりたくなっちゃうな~♡」
「ちょっ! 黒崎さ––––––きゃ!?」
黒崎は気分が舞い上がってしまったのか、頬のみならず、首、脇、脇腹といった部分までツンツンし始める。
へにゃっと体を捻るアリアと弱点を探すかのように攻撃の手を止めない黒崎。幸か不幸か。こんな公衆の面前において、俺の目には二人の姿がとんでもなく…………エロく映ってしまっている。
俺がもし女の子として生まれて来たのなら、ああいうことをやりたい放題なのだろうか……。というゲスいことを考えている内に、心なしか、周りのギャラリー達も俺に似たような眼差しで見ているように感じた。
「おーい。じゃれ合うのはそのへんにして、さっさと行こうぜ」
今この場は注目の的で非常に居心地が悪い。ただでさせ目立つのが嫌いだというのに、そこに3人の美女に囲まれて緊張しているんだからたまったもんじゃない。
こうして、天使、小悪魔、二次元ヒロイン、モブの4人による帰宅部発の活動が開始されるのであった。
★
結局のところ、活動の内容はこれといって特に決まっていなかった。
ここに寄りたい! という意見が出ればそこが候補になったのだが、生憎と誰一人そういう意見は出ず、とりあえずショッピングモールに行こうと結論づいた。
なんだか気の抜けた計画だなぁと思う俺だったのだが、きっと俺達はそういうのが向いているんだと思う。
変に細かく計画を立てずに、寄りたいところがあったらそこに行く。そんな良くも悪くも緩い感じの。
俺達がいるショッピングモールは、休日どこに行くか迷ったらとりあえずこのショッピングーモールに行けば問題ないというぐらいに10階建ての大型だ。ここに来れば大体の物は揃っている。
雑貨、本屋、服屋、食品売り場、家電売り場、飲食店、ゲーセン、アニメ店などなど。
挙げたらキリがないほどに充実したこのショッピングモールには当然のように大勢の人集りで賑わっている。ちょっとよそ見をしていたら誰かにぶつかってしまいそうだ。
「あ、ちょっとここに寄ってみませんか~?」
テキトーにみんなで歩いていると、黒崎がそんなことを言い出す。
向けられた指の方へと目をやれば、そこは服屋さんだった。
入り口に男性と女性のマネキンがおしゃれなファッションを披露しているところから、メンズとレディースの両方を販売しているお店なのだろう。
「よし、じゃあ行くか」
特に迷うことなく俺達はお店の中へと足を踏み入れた。
中はカフェみたいな雰囲気を持つ落ち着いた造りで、天井のスピーカーからは心が癒されるジャズが流れている。
一先ず俺はメンズコーナー、他の3人はレディースコーナーへとここで別れることにした。
しかし、神林は何故かレディーコーナーに行かない。
「ん? どうした、神林」
「僕、男の子なんだけどなぁ……」
…………なるほど。そういうことか! 本当は二人と一緒に見て周りたいんだけど、あまりにも恥ずかしくて最終的に自分を男だと思い込み、そのうえで一人寂しく散策することになる俺のことを気遣ってわざわざ俺に付き合ってくれるという優しさの裏返しなのだな? もう神林ったら! 素直にそう言えばいいのに! おかげでキュンキュンしちゃったじゃない!
「じゃあ、一緒にまわるか?」
「うん!」
そういうわけで、俺と神林は一緒にメンズコーナーを見て回る。
綺麗に畳まれた服やズボン、ハンガーにかけられた値引き商品などがたくさん置いてあるのだが、正直よく分からん。
ファッションに無頓着な俺にとって、どれもこれも同じようなものにしか見えない。
雑誌やテレビで紹介される『今、流行りのファッション!』や『モテたければこの服装!』などの特集を見ても「へー」と他人事のようにしか感じず、俺の記憶からはすぐに不要な情報として抹消される。
服なんて赤や黄色といった目立つ色ではなく、さらに厨二病が着るようなドクロマークとチェーンがついていなければ、あとは機能性で選べばいいと思っている。
陰キャの自分にぴったりな黒やグレー、ネイビーといった暗色系の物で全体を組み合わせれば、『可もなく不可もなく、良くも悪くもないノーマルなファッション』の完成だ!!(泣) 俺にとって服装はその程度の価値でしかないのだ。変に着崩したり、小物を身につけてオシャレに見せようとは全く思わない。
一通り見たところで、俺は興味津々そうに服を見ている神林に声をかけることに。
「神林は服装とか気にするのか?」
神林は綺麗に畳まれた服を手にしたまま答える。
「そうだね……。気にするかな」
「そうなんだ」
神林のオシャレな服装を見てなんとなく予想はしていたが、その通りだった。
「林くんは? そういうのあまり興味ない感じかな?」
「うーん、まぁ……どちらかと言えばそうだな」
「へー。林くん顔がいいからさ、着こなせばもっとかっこよくなると思うよ?」
……え? いま、なんて?
「わ、悪い。もう一回言ってくれるか?」
「え? えっと……林くんは顔がいいから、着こなせばもっとかっこよくなるよって」
聞き間違いじゃなかった。マジか!! 初めて神林に褒められたぞ!!(歓喜)
「いやいや、それは買い被りすぎだって……」
嬉しい気持ち反面、疑い半分の気持ちが正直な意見。服装はさておき、顔が良いならこれまでに好意を寄せられる経験が一つぐらいあってもいいではないか。神林は優しい性格の持ち主だから、きっと俺に気を遣ってそんなことを言ったに違いない。
「本当だよっ。身長だって平均以上だし、肌も綺麗だし、髪型だって清潔感があるもん。これでモテない方がおかしいよ」
(うん、まぁ……モテなかったんですけどね?)
とはいえ、神林がお世辞で言っているようには感じ取れなかった。
仮にこれを事実だと受け止めたとして、俺がモテなかったのは出会いが関係しているのではないかという仮説がつく。
これまで出会ってきた人達は単に俺がタイプじゃなかっただけの偶然で、その逆が起こりうるならば、それこそ俺は高校生活にモテ期が訪れることになる。
思い返してみれば、この仮説は有力かもしれない。
そもそもの話、俺がこうして美女3人と遊んでいること自体が超激レアなことなのだから。
「ありがとな、神林。ちょっとだけ自信がついたような気がするよ」
「うん、そうだよ。もっと自信を持って!」
そう思うとなんだかファッションにも興味が湧いてくるような感覚が芽生えてきた。
「じゃあ僕は試着室に行ってくるね」
「おう」
神林は手に持っていた服を試着室へと持っていき、靴を脱いでカーテンを閉めた。
中から聞こえてくる衣類を脱ぐ音に俺の耳が反応する。
(今、神林があそこで着替えているんだよな……)
ちょっとでも邪な考えをし始めると止まらなくなるのが男の末路というもの。
俺は気を紛らわすために試着室から一番遠い場所へと避難。よし、ここなら安全だ!
しばらくして試着室から出てきた神林は、手に持っていた服を綺麗に畳んで元の場所へと戻した。
「買わないのか?」
「うん。ちょっとイメージと違って」
「そうか」
……ん? 待てよ。あの戻した服は神林が一度着たものだから、それってつまり……。
(実質、神林の服を着ているのと同じなのではッッッ!?)
「どうしたの林くん? 顔が赤いよ?」
「いや、合法の定義について考えていただけだから心配しないでくれ」
「心配だなぁ……」
思いきって神林の服を買ってしまおうかと俺の天使と悪魔の囁き合いが始まり、非常に難しいジャッジを迫られる。––––––が、そんな俺の前にリアルの天使と悪魔が登場し、一瞬にして我に帰ってしまう俺なのだった。
「どう? お気に入りの服は見つかったかしら?」
「いや、特には」
「このお店は若い男女から非常に人気のあるお店ですからね~。ないということはないんじゃないですか?」
「いや、本当に……」
「そう? これとか素敵じゃない? あなたに似合うと思うんだけど」
アリアがメンズの服を手にして言う。頷きを見せる黒崎から見ても、どうやらその服は俺に似合いそうな服らしい。
「林くん、せっかくだから試着してみたらどうかな?」
「えぇ……」
追い討ちをかけるように今度は神林が言う。自分だけ試着して楽しんでいたことを気にしているのか知らないが、この話の流れでそのセリフは逃げ場を完全に塞ぎ、とどめを刺すには十分に効果的だった。やだ! この子意外と策士!?
まぁ、単純に楽しんでもらいたいだけなのは理解しているつもりだが、やはり慣れていないことには抵抗感が出てしまうものだ。
アリアが選んでくれた服だから似合わないということは無いと思うのだが、自分の試着姿を誰かに、しかも美女3人に披露するなんて罰ゲームに等しいではないかと思ってしまう。だって、めちゃくちゃ恥ずかしいし……。
あれやこれやと余計な思考が俺の判断力を鈍らせ黙っていると、誰かに手を引っ張られ強制連行されるはめに。
「アリア……!?」
「もう、ごちゃごちゃと考えていないで、早く試着してきなさい」
「待って! 赤坂さん」
試着室の入り口手前で、黒崎が呼び止める。
(おぉ、黒崎! お前なら理解してくれると信じてたぞ。そうだよな、こういのは本人の主張を優先するべきで––––––)
「どうせなら、全身コーデといきましょう?」
(くろさきいいいいいィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィ!!)
その後。
アリア、黒崎、神林の3人による『可もなく不可もなく、良くも悪くもないノーマルなファッション』の俺から『おしゃれなファッション』へと新たにフォームチェンジさせる時間が始まった。
約20分ほどで試着させる商品を選び終え、それを持たされた俺は渋々試着室へと姿を消していく。
そして着替え終わった俺は、一度大きく深呼吸をして心を落ち着かせたあと、遂にその姿を3人に披露した。
「––––––かっこいい!!」
「「「え?」」」
そんな俺の姿にいち早く声をあげたのは…………アリアだった。それも、飛び跳ねる勢いで。
「えっと、赤坂さん?」
「––––––ハッ。あ、あのっ、今のは違くてっ……彼の……そう! 彼の着ている服がかっこいいって言っただけで!」
「ふ~ん?」
黒崎はアリアの嘘など既に見抜いているようで、そこをからかうように小悪魔な笑みを浮かべ始める。
「だめですよ? 赤坂さん。それじゃあせっかくのお披露目も台無しになってしまいます。こういう時は本人も含めて褒めてあげないと」
「べ、別にそんなことは……!」
「いいのですか? お気持ちは伝えられる時に伝えておいた方がいいですよ~? 今日という日は過ぎ去ったら二度と戻ってこないのですから」
どこか真剣な口調の黒崎にアリアは反論の予知をなくしてしまう。
そして、ついには––––––。
「まぁ……かっこいいんじゃない? あなたにしては」
頬を朱色に染め、上目遣いで言うアリアは反則級に可愛すぎた。
素直ではない部分はいつもと変わらない気がするのだが、だからこそ、その分だけ褒められた時のインパクトがあまりにも強すぎるのだ。鼻血が垂れてこないか心配である。
「ど、どうも……」
そんなアリアの羞恥心が伝染したように、俺までも顔が赤くなってしまう。
「うん! かっこいい……かっこいいよ、林くん! ね? やっぱり僕の言った通りだったでしょ?」
「え? 二人でなんの話をしていたの?」
アリアが食いつく。
「林くんにね、顔が良いからファッションにも気を使ったらもっとかっこよくなるよって話をしたの。赤坂さん達もそう思わない?」
「えっ、そ、それは……」
アリアの目が泳ぐ。そうしているうちに、黒崎が先に答えた。
「私は、とても魅力的になると思いますよ」
アリアと違い、微笑みながらすんなりと感想を伝えてくれた黒崎。アリアにも引けを取らない美少女からの褒め言葉は本来嬉しく思うはずだ。––––––しかし、この時の黒崎の眼には嫉妬、もしくは憎悪に似た負の感情の何かが滲み出ていて、心から褒めているようには見えなかった。
「そうね。あなたはもっと自分に自信を持っていいとは思うわ」
「そ、そうなのか?」
「身長だって平均以上だし、肌も綺麗で、髪型にも清潔感があって私好みだわ」
顎に手を添え、考える仕草をしながら俺の容姿をじっくりと観察するように呟くアリアは自分が何を言っているのか気付いていない様子だ。
そしてその褒め言葉はさっき神林が言っていたのと同じで、あの時お世辞で言ったわけじゃなかったんだなと今実感した。
「……ありがとな」
頬を赤く染め、照れ臭く感じながらも俺はみんなにお礼を告げる。何はともあれ、褒められるというのは嬉しいものだな。
胸の奥がじんわりと温まるような感覚が生まれ、気分が高揚し始める勢いに乗った俺は試着した衣類を全て購入する。後悔はない。
でも、何か大切なことを忘れているような気もするが……まぁいいか。
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