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第十七章

冒険者を守るために

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楽し時間はあっという間に過ぎ、気づけば夜も更けようかという時間だった。

せっかくなので一泊していかないかと勧められたのだが、例の噂が気になったので丁重にお断りをしてレイハーン家に戻ったのが夜更け過ぎ。

そんな時間にもかかわらずイケメン執事は嫌な顔せず俺を迎えてくれた。

どうやらマリアンナさんは忠告をしっかりと守って休養されたそうだ

うんうん、そうでなくちゃね。

お酒も入っていたのでその日はすぐに就寝し、迎えた翌朝。

明日から陰日が始まってしまうので何とか今日中に例の噂について情報収集しなければならない。

「え、今日の鍛錬にも参加して下さらないのですか?」

「昼からの鍛錬には参加できると思いますがちょっと所用で朝から出ます。」

「当家は力のある貴族ではありません、ですが先方で何かあったので有れば遠慮なくおっしゃってください。」

「お気遣いありがとうございます。ですがそういった事はありませんのでご安心ください、ホンクリー家とは今も友好な関係のままですから。」

「そうですか。要らぬ勘繰りでしたね。」

「仮にそうだとしても今はこちらの仕事を受けていますから、それが終わるまではこちらを優先させていただきます。」

アニエスさんにも心配されてしまった。

まぁ、ホンクリー家に行ってすぐ急用があるからなんて言ったらそう思ってしまうわなぁ。

間違いではないんだけど、内容が内容だけにちょっと二人には言いにくい。

せめて状況がわかってから改めて報告するとしよう。

え、隠さないのかって?

むしろ隠して何かあった時の方が面倒なことになる。

ちゃんと正しい情報を仕入れてそれを精査したうえで判断しないとね。

朝食をササっと済ませもう一度マリアンナさんにお詫びをしてから冒険者ギルドへと向かう。

おそらくモア君達が朝から待機してくれているはずだ。

彼らからも話を聞いておこう。

「おはようございますイナバ様。」

「おはようございます皆さん、朝早くからお呼び出しして申し訳ありません。」

「今日も一緒に依頼をこなしますか?」

「いえ、今日は別件で聞きたいことがありまして。」

ギルドに到着すると入り口すぐのテーブルでモア君達がくつろいでいた。

流石中級冒険者、見た目は若くても実力主義のギルド内では一目置かれる存在のようだ。

そうじゃないと談笑するだけでテーブル一つ確保したりできないもんな。

その辺が変に体育会系というかなんというか。

ま、それについて考えているのは今度にしよう。

「聞きたいことですか?」

「ちょっとモア、昨日の件が噂になってるんじゃないの?」

「えぇ!なんでだよ、人助けしただけじゃないか。」

「その時に身体とか触ったんじゃない?」

「そんなことするかよ!いくら相手がいないからってそんなことするはずないだろ!」

「まぁあぁ二人とも落ち着いて、イナバ様が不思議そうな顔をしているよ。」

いや、不思議そうというか相変わらずというか。

元気だなぁと思っていただけですよ。

「何かあったんですか?」

「モアったら、新しい武器の試し切りがしたいとか言って、聖日にもかかわらずダンジョンに潜ったんです。」

「潜ったって言っても低層だし、一人で行ったから別に問題ないだろ!」

「で、その時に初心者の女性を助けたんですよ。モアが連れてきた子を見ると何かに追われたようで足に怪我もしていました。ただ、詳しく聞こうにも怯えてしまって話を聞けなかったんです。」

「別に俺は何もしてないですよ!ほんとですから。」

「モア君がそういう人じゃないってわかっていますから大丈夫ですよ。それで、その人はどうしたんです?」

「とりあえずギルドまで連れてきて後は職員に任せました。どうなったか聞こうと思ったんですけど、何故か教えてくれないんですよね。」

俺が言うのもなんだけど、モア君も結構トラブルに巻き込まれてるよね。

今回は俺は無関係だし。

でも、その件について通報者に情報公開しないってのも妙な話だ。

どう考えても情報統制されてるよね、それ。

そして被害にあった人と場所を考えると見事に噂と重なるという・・・。

うーん、そっちで面倒なことになりそうなのは俺の方か。

「モアが怖いのかと思って私が話を聞こうとしたんですけど、それもダメで。同性なら大丈夫と思ったんだけどなぁ。」

「ネーヤが怖かっただけだろ?」

「ちょっと、そんなこと言う悪い口はこれかしら?」

「イッテェ!冗談だって、本気にするなよ。」

「今のはモアが悪いよ、ネーヤはそんなに怖い子じゃない?」

「ちょっとジュリア、そんなにって何よそんなにって。」

「せっかく何でその件についても聞いてきますね。」

相変わらずの三人はさておき、当事者が聞いても答えてくれなかったという件について問い詰めてみるとしよう。

そのまま初心者用カウンターに向かいこの間のお礼も兼ねてメイさんを探す。

だが、非番なのか遅番なのかカウンターにその姿は無かった。

「あれ、イナバさんじゃない。どうかしたの?」

と、不審者宜しく辺りをきょろきょろしているとそんな俺を怪しんだ、もとい気づいたうさ耳のお姉さんが近づいてくる。

この人は確かラビさんだったはずだ。

ほら、一番最初に俺に声をかけて邪魔!と言わんばかりにカウンターに誘導したあの人。

え、覚えてない?

ですよねー。

「おはようございますラビさん、メイさんはお休みですか?」

「メイは今日休みだけど、え、もしかしてイナバさんあの子がタイプなの?」

「そうではなくて、先日良い依頼を紹介してもらったのでそのお礼をと思いまして。」

「なーんだ、残念。最近あの子楽しそうだからもしかして!って思ったんだけど違ったか。」

「それに私には妻がいますからね、ありえませんよ。」

「ありえないっていうのはちょっと失礼じゃないかなー。それに、今時奥さん二人だなんて少ないんですよ。イナバさんなら後四・五人は囲っておかないと。」

いや、囲っておかないとってどうしてそうなるの?

いくらハーレム願望があるからってそれだけの人数囲おうと思ったらかなりのお金が必要になるんですよ?

今の俺にそこまでの余裕はないなぁ。

「あはは、今は二人で十分です。それじゃオーリンさんはおられますか?それかマッチさんがいれば・・・。」

「えっとねぇ、この時間だとマッチさんがいるかな。呼んでこようか?」

「お願いします。噂について聞きたいと言って下さればわかると思います。」

「えー、どんな噂だろう。あれかな、オーリンさんに実は隠し子がいたってやつ?あれマジだったの!?」

いや、隠し子がいようがいまいがどっちでもいいんだけど・・・。

うさ耳をピョコピョコ揺らしながらラビさんがギルドの奥に消えて行ってほんの数秒。

今度はものすごい勢いでマッチさんが奥から飛び出してきた。

「イナバ様どうぞこちらへ!」

「あ、マッチさんあのですね・・・。」

「いいから早く!」

「あ、はい、すみません。」

なんだかわからないけど怒られてしまった。

有無を言わせぬ勢いのマッチさんに若干ビビりながら連れてこられたのはこの間案内されたあの小部屋。

え、待って、もしかしてここ監禁部屋とかそんなんじゃないよね。

ほら、秘密を知られたからには的な奴。

違う?

あ、そう、よかった。

「とりあえずここでお待ちください、すぐにジンさんが来ますから!」

「え、ギルド長がですか?」

「勝手に出ちゃダメですからね!」

そして再び有無を言わせぬ勢いで出て行ってしまう。

うん、この時点で良くない流れ確定です。

まじかー、何でこう上手い事話が進まないかなぁ・・・。

あの噂が本当ならどう考えても狙われるのは俺達じゃないか。

「待たせたな。」

「いえ、お忙しい中有難うございます。」

「単刀直入に聞く、どこまで知っている?」

マッチさんが出て行ってすぐギルド長が入ってきたわけだけど、入ってきて最初に発した言葉がこれだ。

「何についてかは存じませんが、私が聞きたいのは冒険者、その中でも初心者冒険者を狙った襲撃事件について。それに加えて昨日保護された初心者冒険者に何があったのかです。」

「そうか、そこまで知っているのか。どこで聞いた?」

「さる貴族の方からとだけ。」

「ったく、貴族は口が軽いから困る。噂が流れてまだ二日だぞ。」

「つまり事実という事でよろしいですね。」

「それについてはマッチが戻って来てからだ。」

それだけ言うと手前の椅子にドスンと腰掛け、腕を組んで黙ってしまった。

屈強なオッサンと個室で二人っきり。

シチュエーション的には最悪です。

え、最高だっていう人もいるんですか?

そう思うんなら変わってくださいよ。

「お待たせしました!って、ジンさんどこ行ってたんですか、探したんですよ!」

「お前に言われてすぐここに来たぞ。」

「えぇ、じゃあどこをどう通って・・・?」

「ちょうど窓にぶら下がって鍛えていたからそのまま下に降りて入り口からだ。」

「お願いしますから窓にぶら下がるのはやめてくださいよ。新人たちがそれを見て真似しようとするんですから。」

「真似できるやつがいたら俺に言えよ、鍛えてやる。」

「そうじゃなくて~!」

うん、ここも平常運行のようだ。

でも今日はそれを確認しに来たわけじゃないですよね。

「マッチ、こいつは噂を知っている、しかも昨日の件もだ。包み隠さず話した方がよさそうだぞ。」

「えぇ、昨日の今日なんですけど・・・ってそうか、モアさん達はイナバ様とお知り合いでしたね。じゃあ仕方ないかな。」

「初心者冒険者が狙われているという噂は本当なんですね。」

「えぇ、本当です。というかそうとしか考えられないというのが答えですね。」

ん?随分と中途半端な回答だな。

確証があるわけじゃないのか?

「と、言いますと?」

「私達が初心者冒険者が狙われているという噂を聞いたのは二日前。それについて情報収集をしようとした矢先に昨日の事件が発生しました。幸いにも命に別状はありませんでしたが、その、随分と乱暴な事をされたようでして。」

「初心者冒険者を狙うだけじゃ飽き足らず手を出すとか、見つけたら俺が叩き殺してやる。」

叩き殺すとは穏便じゃないなぁ。

と思いはしたものの、やったことはそれに相当する。

冒険者が魔物に襲撃されるのは致し方ない。

だが、それが人によって引き起こされましてや乱暴されるなんて。

こんなこと断じて許される事ではない。

っていうかダンジョン管理はどうなってるんだよ。

それぐらい気づけっていうのは無理な話なのだろうか。

「ギルドとしてはこういう感じです。話には聞いていましたがまさかここまで過激な事をするとは想像しておらず、かといって事実を公表すれば大変なことになりますから現在は情報収集に尽力するしかできません。幸い明日からは陰日に入りますのでダンジョンも基本お休みです、この三日を有効に使って何とか対策を練らなければと考えています。」

「噂を聞いたのがお前でちょうどよかった。明日対策会議を開くから顔を出せ。」

「それはギルド長命令ですか?」

「そうだ。」

「ちょっとジンさん!いくら何でもそれは横暴ですよ。ちゃんと手順を踏んで要請しないと・・・。」

「こいつの場合はそうも言ってられないだろ。仕事相手にもしもの事があると考えれば参加しない選択肢はないはずだ。」

「まぁ、そうなんですよね。今回の件については他人事ではありません。」

むしろ会議に参加できるのは好都合だ。

蚊帳の外で情報がもらえないぐらいならば会議に参加してがっつり情報を集めたい。

何が起きて、どういう対応をしなければならないのか。

それを100%理解していればマリアンナさんの安全がより確かなものになる。

今は危険だから仕事を延期したいというやり方もあるけれど、俺には俺で時間を掛けれない理由があってですね・・・。

まったく、何でこのタイミングなんだよ。

勘弁してくれっていうのが本音だな。

「うちとしてはイナバ様に参加してもらえると非常に助かるんですけど・・・本当にいいんですか?初心者冒険者だからと言って今回の要請にこたえる義務はありませんよ?」

「状況がわからないままダンジョンに潜るぐらいなら、全部知った上でダンジョンに潜りたい所です。ですので会議への参加は願ってもない事ですよ。」

「ほら見ろ、俺の言ったとおりだろ。」

「個人として参加してくださるのであればそれなりにお金も出るんですけど・・・。」

「お金が欲しくてやっているわけではありませんから。とはいえ私も商人です、相場はいくらですか?」

「そうですねぇ緊急かつ重要案件ですので、会議への招集で銀貨5枚。もし解決すれば成功報酬で金貨1枚と行った所でしょうか。」

まじか、そんなにお金がもらえるなら個人として参加したいなぁ。

でもお金が欲しくてやってるんじゃないって言っちゃったし・・・。

「なんだ、金が要るのか?」

「恥ずかしながらそれを稼ぐために今の仕事を受けていまして・・・。それとは別にお金を稼げるのであれば正直願ってもない事です。」

「じゃあ始めからそう言え。マッチ、予算の申請任せたぞ。」

「お任せください!商店連合経由の方がいいですか?」

「いえ、この仕事も個人で受けていますので契約書さえいただければ。」

ここにきて別の依頼を受けることになるとは思わなかったけど、報酬が貰えるのは大きい。

稼げるときに稼がないともしもってこともあるからね。

「では帰るまでに準備しますね。あーよかった、ジンさんだけだったら不安だったんですよ。」

「何が不安なんだ?」

「どうせ力任せに解決しようとするでしょ?今回はまともな相手じゃなさそうだし、そういうのじゃ難しいなって思ってたんです。」

「なんせ相手は例の連中ですから。」

「『冒険者排除推進運動』かなんか知らないが、俺達を敵に回すとどうなるか思い知らせてやる。」

ボキボキと指の骨を鳴らしてヤル気満々のジンギルド長。

実力で言えばガンドさん、いやそれ以上なんだろうけどマッチさんが言うように普通の相手ではないのは確かだ。

元老院のザキウス。

おそらく今回もあの人の息がかかった活動なんだろう。

多方面から散々叩かれたというのに困った人だ。

ああいうのを『老害』っていうんだよな。

「被害にあった方からは何も聞き出せなかったんですよね。」

「あの状況では当分難しいと思います。わかっているのは現場がベリーリウムのダンジョンという事だけです。」

「えっと、ここから一番近いダンジョンでしたっけ。」

「そうだ。」

「中級冒険者のモアさんが偶々現場を通りかかった時に逃げ出した彼女を保護、残念ながら犯人は見なかったみたいですね。」

本当に偶然その場に居合わせたからこそ助けられた。

じゃあもし、モア君がいなかったら?

「あの、ここ最近所在不明になっている初心者冒険者とかいないですよね・・・?」

「それに関しても現在調査中です。」

「もともと登録したものの来ない奴は多いからな、それを全部探し出すのは難しい話だ。」

「そうですよね。」

「でも、頑張っている冒険者の中で連絡が取れなくなった子はいるんですよね。もちろん魔物にやられたって可能性はあるんですけど、でも、そうじゃないとすると絶対に許せません。」

冒険者に危険はつきものだ。

常に死と隣り合わせにあることは冒険者になる時に皆覚悟している。

でもそれは魔物との戦いについてだ。

そうでない相手に殺される覚悟なんてあるわけがない。

ゲームでは盗賊の討伐とかの依頼もあったけれど、そういった依頼はもっぱら自警団や騎士団が行うから冒険者が人間と戦う事はまずありえない。

だからこそ、そんな卑劣な方法で冒険者を、ましてや初心者を狙うやつらをお二人は許せないんだ。

もちろん俺も許せない。

運が悪ければ俺が、いやマリアンナさんが犠牲になっていたかもしれないんだ。

次の犠牲者を出さない為にも何としてでも解決しなければ。

そうでないと安心してダンジョンに潜ることは出来ないからね!

「今日はお昼まで時間があります、それまで情報共有させていただけますか?」

「それは願ってもない事です、急ではありますがどうぞよろしくお願いします。」

「それじゃあ俺は用済みだな、話がまとまったら教えてくれ。」

「ちょっとジンさん!」

差も当たり前という感じで部屋を出ていくジンさんをマッチさんが慌てて追いかけていく。

うん、どんな状況でもマイペースなギルド長だ。

俺みたいに常にあれこれ考える人よりも、いざという時にドシっと構えられる人の方が人の上に立つのは向いているんだろうなぁ。

俺がギルド長・・・?

あーうん、絶対に無理だ。

なんてことを考えながら、マッチさんが帰ってくるのを待つのだった。
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