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第十七章

イナバ=シュウイチが呼ばれた理由

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美少女が俺に微笑みかけている。

その顔を魔性の未亡人が驚いた顔で見つめている。

俺はというと、現実を受け入れられないような何とも言えない顔をしていたと、イケメン執事に後で聞かされたわけだが、普通そうなるよね?

だって縁もゆかりもない場所で突然上から降ってきて、その後俺の寝床まで奪ったんだよ?

さらに王都までの旅路に便乗され、平穏な旅路を邪魔された。

あの日あの場所で偶然出会ったはずなのに。

なんでその人物が俺の目の前にいるんだ?

しかも今回の依頼の中心人物だっていうじゃないか。

この子が冒険者になりたい?

そりゃ全力で止めるよ。

どう考えても無理だろ。

いくら代々続く冒険者の家系だからって、素晴らしい冒険者が生まれるとは限らない。

それを地で行っているじゃないか。

「どうかされまして?」

「あ、いえ、現実を受け入れられなくて・・・。」

「そうですよね、いきなり私が出てきて戸惑ってしまわれましたよね。申し訳ありません。でも、あの日イナバ様に出会ったとき私感じましたの!あぁ、この人が運命の人だって!」

「突然何を言い出すのアンナ、いったいどういう事なの?」

大丈夫かと思っていたのは俺だけじゃなかった。

突然変な事を言うものだからアニエス様が娘の手をぱっとつかむ。

だが娘はその手を両手で包み込むと熱に浮かされたような目で母親を見つめ、言葉を紡いだ。

「お母様、イナバ様は私の窮地に颯爽と駆け付け路上に迷いそうな私を助けてくださいました。もしあの時イナバ様に出会わなければ私は雨露も凌げない路上で眠ることになったでしょう。宿場町とはいえ魔物が出るかもしれない、そんな所に居た私にイナバさんは自分の泊まるはずだったお部屋を譲ってくださったのです!」

「まぁ、そうだったのね!」

「それだけじゃありませんわ、王都に戻る馬車にも快く同乗させてくださり私を無事ここまで送り届けてくださいました。そんな素敵な方が実は私の力になるべく来てくださっていたなんて、これを運命と言わず何というのですか?」

「先ほどレット様より詳しいお話も聞かせていただきました。イナバ様がお嬢様を助けて下さらなければ今頃どうなっていた事か、本当に有難うございます。」

イヤイヤイヤイヤ。

なんだか感動の物語!みたいな感じに持って行ってるけど全然違うから!

別に颯爽と現れたわけでもないし、快く馬車に乗せたわけでもありませんからね!

レットさんが脅されていたから致し方なく乗せただけで、何都合よく解釈してくれてるんですかこのマリアンナは。

母親アニエス様も、『まぁそうだったのね!』じゃないんだよ。

執事も含めて娘の演技に感化されるな、落ち着け!

と、全力でツッコミたくなるのをぐっと堪えた俺はとても偉いと思う。

もしププト様の知り合いでなく貴族でもなければ速攻で訂正していた所だろう。

でも今回は相手が相手だ。

俺はこの前学んだんだ、『相手を見て発言する』って。

そうじゃないとまた大変なことになりかねない。

落ち着くのは俺のほうだ。

この家に来て何度そういったかわからないけど、今回こそ落ち着くんだ。

ここで慌てれば相手の思うツボ、天然みたいな雰囲気を出しまくっているけれどこれは巧妙に仕組まれた罠かもしれないと考えるんだ。

「私はあの宿場で出会っただけにすぎません。ですが、それがマリアンナ様をお助けできたのであればそれはそれは幸運な事だったのでしょう。」

「たまたまなんかではありません、あれは必然、必然だったのです。」

「そんなまさか。私はププト様より依頼を受けただけの話、たとえマリアンナ様でなくてもあの状態であれば部屋を譲っていましたよ。安全な宿場町とはいえ、女性が一人外で夜を明かしていいような場所ではありませんから。」

「依頼を受けたことが必然だとすれば?」

「それを言い出すと世の中の全てが必然になってしまいます。世の中は偶然の積み重ねで出来ている、私はそう思っております。」

世の中に必然は無い、それが俺の持論だ。

必然があるとすればそれは死が待っている事ぐらいじゃないだろうか。

元の世界であれば、人は空を飛べないとか自然法則も必然の一部だったがこの世界ではそれは異なる。

空は飛べるし魔法はあるし、随分違う部分が多い。

でも、『死』は変わらない。

生き物はいずれ死ぬ。

それは不変の真理、これが必然だ。

では偶然とはなにか。

言葉通り、そうなった事。

それが偶然だ。

この世界に来たのも、エミリア達と出会ったのも、祝福を授かったのも、そしてププト様に依頼されたのも。

全て偶然の積み重ねだ。

だから、マリアンナさんを助けたのも、マリアンナさんが依頼主であるアニエスさんの娘であったことも偶然というわけだな。

「ではあの日私に出会ったのもその偶然、そう仰るんですね?」

「そういう事です。」

「なんて素晴らしいのでしょう!」

はい?

何でそうなるの?

両手に包んだ母親の手ごと胸元に引っ張ったせいでアニエス様がたたらを踏むようにマリアンナ様に引き寄せられる。

夢見る乙女のように目を輝かせて両手を胸元に引き寄せる姿はまるでミュージカルのワンシーンのようだ。

「つまり私はその奇跡のような偶然によって生かされているのですね。あぁ、神様!有難うございます!」

「私からももう一度お礼を言わせてください。偶然とはいえイナバ様が救ってくださったのは紛れもない事実、イナバ様がいなければ今ここにこの子はいなかったのかもしれません。これが必然でないとしても、その偶然を授けてくださった神様に感謝いたします。」

もう一度言うまるでミュージカルのようだ。

いや、あんまり見たことないけどまさにそんな感じ。

両手をしかっかりとつつみ合い、瞳をキラキラと輝かせてどこにいるかもわからない神様に感謝をしている。

オーマイゴット。

そんな声が聞こえてきそうだ。

いや、神様はいるよ?

実際会ったことあるし。

でも、貴女方が祈っている神様はどの神様なんでしょうか。

大聖堂にいるやつ?

あ、だからあの時大聖堂で先に下車したのか。

信心深いんだなぁ、この親子は。

って、横を見るとイケメン執事までもが両手を組み親子と同じように何かに祈っている。

この時点でイケメン執事の扱いがイケメンから残念に変わってしまったのは言うまでもない。

もう少しまともかなっておもったんですけど、やはりこの家の人間であることに変わりはないか。

このままだとミュージカルは終わりそうにないし、一度区切ってしまった方がいいだろう。

「と、ともかく娘さんは無事に戻って来られたそれでいいじゃありませんか。」

「本当は今すぐにでもお礼を言いに大聖堂へ行きたいのですけれど、イナバ様もこの子も疲れているでしょうし・・・、今日の所はゆっくりしましょうか。」

「お母様、大聖堂への挨拶はもう済ませてあります。ご安心ください。」

「そうだったのね。さぁ、そうとなったら歓迎の用意をしなくちゃいけないわね。」

「ご安心を、マリアンナ様が戻って参りましたので他の者は皆準備に取り掛かっております。夕刻までには食事の用意も完了するかと。」

「仕事が早いわね。イナバ様、そういう事ですのでお食事が出来上がるまでもう少しお待ちくださいますか?」

「それは別に構いませんが・・・。」

「まぁ大変、お部屋に案内もしていなかったわ!」

マリアンナさんを探しに家の人が全員で払っていたからガランとしていたのか。

そりゃそうだよな、これだけの家を残念執事だけで掃除することはさすがに無理だ。

娘が戻ってきて落ち着いたのも束の間、今度は俺への対応で慌ててしまうアニエスさん。

最初の雰囲気とは随分と違う感じだなぁ。

魔性の女っぽく見えたのもマリアンナさんが出て行って気が張っていたからだけなのかもしれない。

それでも外見的な色気は健在なわけで・・・。

このギャップを整理するまでにはもう少しかかりそうだ。

「アニエス様こちらはお任せください。イナバ様どうぞこちらへ。」

その後来客用の部屋に案内され、夕食まで待機するようにとお願いをされた。

前回と違い監禁されているわけではないので律義に守る必要もないのだが、外に出てマリアンナさんと遭遇するのもあれなので一応大人しくしておこう。

荷物は一足先に部屋に運んであったので中身を開封しながらのんびりと時間を潰す。

流石にホンクリー家の貴賓室ほどではないが、冒険者上がりとはいえ貴族なだけあって豪華な部屋だ。

シワにならないように持ってきた服をタンスに仕舞い、小物を机の上に並べていく。

今日からここが俺の仕事場になる、はずなんだけど・・・。

当初考えていた内容とあまりにも違いすぎて頭の整理が追い付いていない。

俺の中では何か難しい案件、例えば領地のトラブルとかギルドとの関係構築とかそういう感じの仕事を想定していた。

でも実際は『マリアンナさんが冒険者になるのをあきらめさせる』という内容だったわけだ。

これを簡単と考えるのかそれとも難しいと考えるのか。

頭から無理だから辞めろと言うのは簡単だけど、それでどうにもならなかったから俺が呼ばれたんだよな?

シュリアン商店のイナバ=シュウイチだからできる仕事だとププト様は思った。

報酬がある以上もちろん手を抜くつもりはないけどさぁ・・・。

なんだか拍子抜けなんだよなぁ。

俺は大きくため息をつき、背中からベッドに倒れこんだ。

ボフンと柔らかな布団が俺を包み込んでくれる。

あー、エミリアとシルビアにも包まれたい。

分かれて三日、いや昨日からだから二日。

早くもホームシックである。

「うん、ササッと終わらせて帰ろう。」

拳をグッと上にあげ決意を言葉にする。

ようは、あの天然お嬢様を冒険者にしなければいいんだろ?

なんだ、簡単じゃないか。

複雑に考えるからいけないんだ。

よーし、オジさん徹底的にやっちゃうぞー!

ユーリがいたら『悪い顔してますよご主人様』と怒られそうだが、そんなことは気にしない。

お嬢様には申し訳ないが自分の欲望には忠実なのだよ。

そこ、ヤリたいだけだろとか言わない!

その通りだよ。

だって、早く帰ったら子供が出来ているかわかるって言われているんだぞ?

夫としてその現場に立ち会いたいじゃないか。

ウェリスのようなサプライズもいいけれど、皆で幸せをかみしめたい。

その為にお嬢様は尊い犠牲になるのだ。

「それじゃ、まずはどこから手を付けようか。」

勢いよく上半身を起こしベッドから飛び降りる。

そのまま机にむかい、考えをまとめるべくペンを走らせる。

アイデアは多い方がいい。

それから夕食に呼ばれるま、で俺は一心不乱に思い浮かぶだけの案を書き出し続けた。


「これはまた凄いですね。」

「喜んでいただけたようで何よりです。」

「もしかしてこの料理も貴方が?」

「僭越ながら腕を振るわせていただきました。」

「ヒューイの料理は特別美味しいんですよ。」

マリアンナさんが自分の事のように自慢をしてくる。

てっきり料理は別の人が作っていると思っていたのだが・・・。

おそるべしイケメン執事(残念から格上げ)。

まさか料理も出来るとは思わなかった。

夕食に呼ばれた俺を待っていたのは、これでもかと並べられた料理の数々だった。

食堂はあまり大きくないが、長テーブルに所狭しと料理が並んでいる。

そのどれを見ても細かな手が加えてあり、一目に美味しいという事がわかる。

もちろん味の好みはあるだろうけど、『美味しそう』と思わせる見た目というのも重要だ。

さすがにこれ全部彼一人で作ったわけじゃないだろうけど・・・。

え、全部なの?

「流石にすべてではございませんが、7割程は。」

「ヒューイがこの家に来てから料理がとても美味しくなったの。もちろん、今までも美味しかったのよ?でも、あの人の料理は野趣あふれるというか、大雑把というか、ねぇアンナ。」

「お父様は冒険者ですもの、料理が大雑把でも仕方ありませんわ。食べられる物を食べられる時に食べる、冒険に出ればそれが当たり前だと何時も仰っておられたわ。」


「なるほど、ご主人様がお作りになられていたんですね。」

「えぇ、冒険に出ていない時は毎日作ってくださいましたの。」

冒険者が皆大雑把な料理を作るわけではないが、その場にある食材、道具で短時間で腹を満たさなければならないのでどうしてもそうなってしまうのは致し方ない。

戻ってきた時ぐらいゆっくり料理したかったのかもしれないな。

「さぁ、冷める前にいただきましょう。」

アニエスさんの合図で目の前に置かれたグラスに赤い液体が注がれていく。

赤ワインだろうか。

そういえばこの世界に来てワインはあまり見なかったけど、あったんだな。

「アンナの無事とイナバ様の来訪を祝して、乾杯。」

「「乾杯!」」

グラスを軽く掲げ口をつけると、やはりワインのような香りと味が口いっぱいに広がっていく。

うーん、中々に美味しい。

普段はエール派の俺もこの味なら毎日飲みたくなるな。

「気に入ってくださいましたか?」

「とても美味しいです。」

「それはよかった。これはアンナが生まれた年に採れた果実から作られたお酒なんですよ。」

「それってかなり貴重なのでは?」

「この子が無事に戻ってきたお祝いですもの。それに、その年の果実酒なら倉庫にたくさん眠っています、こういう機会が無いとなかなか消費しませんから遠慮なくお飲みください。」

ビンテージ品というやつなんだろうか。

産まれ年のワインって年度によっては万単位の値段だったように記憶している。

この世界でどうかはわからないが、アニエスさんの返事から察するにやはり高いもののようだ。

それが倉庫にたくさんって・・・。

貴族の金のかけ方ってわからんなぁ。

「さぁさぁ、料理もどうぞ!いっぱいありますからたくさん召し上がってください!」

「作法などは気になさらず気楽にどうぞ。」

「ありがとうございます。」

ヒューイさんにサラダをよそってもらい、別のメイドさんがパンを持ってきてくれる。

至れり尽くせりだなぁ。

レイハーン家としては家の問題を解決してくれる救世主、かつ一人娘を救ってくれた恩人。

それをもてなすための宴だから必然的にこうなるか。

いろんな思惑が含まれているんだろうけど、決して悪意のあるものではない。

純粋に俺を歓迎してくれている。

なら、気持ちよくそれを受け入れるのが俺に出来ることだ。

美味しい料理に美味しい料理。

見た目に美人の奥様と娘。

オマケでイケメン執事。

よく見ればメイドの皆さんもなかなかの美貌ぞろい。

ま、うちの奥さん達には負けますけどね!

その後も楽しい時間は続き、腹八分目となった頃。

「イナバ様いかがでしたか?」

「大変美味しかったです。有難うございました。」

「喜んでいただけて何よりです。アンナの命を救って下さったのにこれぐらいしかお返しできなくて本当に申し訳ありません。」

「先ほども言いましたように、あれは偶然ですから。偶然助けてここまでもてなして頂いて文句なんてありませんよ。」

「ふふふ、イナバ様って面白い方ね。でもお母様、何故イナバ様を呼んだのか詳しく教えて頂いていません。そろそろ教えてくださってもいいのではなくて?」

「それは・・・。」

先程までの楽しい空気が急に重苦しいものとなる。

俺が来ることは伝えていても何故来たのかまでは秘密にしていたのか。

まぁそれもそうか。

冒険者になりたい娘に冒険者を辞めさせるために呼んだとは言いにくいよな。

でも、いつまでも隠し続けることはできない。

現に俺はここに来てしまった。

ならば今が言う時なのだろう。

「マリアンナ様、アニエス様は貴女様の身を案じ冒険者になる事を諦めさせようと私を呼んだんですよ。」

「イナバ様!」

「そんな、お母様どういうことですの!?」

俺が突然バラしたことに驚きを隠せないアニエスさんと、母親がそんなことを考えていたことに驚きを隠せないマリアンナさん。

親子だと驚き方も同じなんだなぁ・・・ってそうじゃない。

このままこの場を放置すればそれはもう大変なことになってしまうだろう。

ここはバラした本人にこの場を納める責任が出てくるよね。

「まぁまぁお二人とも落ち着いて。色々な思いがあると思いますがまずは私の話を聞いて下さい。」

何とも言えない顔で二人が俺を見つめてくる。

よしよし、掴みはオッケーだな。

「レイハーン家は由緒正しき冒険者の家系、マリアンナ様が冒険者にあこがれるのも当然です。しかしながら当主である旦那様亡き後、その血を継いでいるマリアンナ様にもしもの事があればと心配なアニエス様の気持ちも察してあげてください。お互い決して意地悪をしたくてここまで来たわけではないのですから。そうですよね?」

「もちろんです。私はただアンナに何かあったらと思うと心配で夜も眠れないのです。」

「でも、私が後を継がなければレイハーン家は私の代で終わりです。お父様の後を継ぎ、よい冒険者となる事が私に課せられた使命ですわ!」

「えぇ、お二人の考えはよくわかります。私も冒険者を相手にした商売をしておりますからこのような事例も多々見てきております。」

もちろん嘘だ。

そんな事例今まで一度もであったことはない。

でも今はそういう事にしておく。

「そこで、そんなお二人の気持ちを丸く収めるのにふさわしい案があるのですがお聞きいただけますか?」

「そのような案があるのでしたら是非お願い致します。」

「私の考えは変わりません。ですが、イナバ様がそこまでおっしゃるのであれば・・・。」

「ありがとうございます。」

最初こそ面倒な娘を助けたなと思ったが、それがここに来ていい方に転がるきっかけになってきた。

世の中どうなるかわからないものだな。

ま、それはさておきショータイムの始まりだ。

親子の中を引き裂かずに事をうまく運んで見せましょう。

「まぁ、まずは冒険者になってみましょうか。」

百聞は一見に如かず。

同じ顔で驚く親子を見ながらどうやって料理していこうかと考えを巡らせるのだった。
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