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第十六章

未来へと向かうために

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二週間がたった。

あれ以降例の団体からちょっかいをかけられる事も無く平穏無事に時間は流れて行った。

元老院は例の発言を撤回していないし、団体が無くなったわけではないので必ずしも安全だとは言い切れない。

それでも多くの人たちが反対の声を上げてくれたので一応の落ち着きを見せたと言えるだろう。

売上以外は。

「ありがとうございました~!」

最後のお客様を店の外まで見送り大きく息を吐く。

春節ももうすぐ終わり、明日からは休息日だ。

日はどんどんとながくなり、太陽が落ちても森の向こうはまだまだ明るい。

寒さも随分とましになりこの時間に外套を着て出なくても良くなった。

時間は変わらず流れている。

もちろんそれは当たり前なんだけど、今の俺達には残酷な現実でもあった。

「さて、片付けしちゃいましょうか。」

店に戻りパンパンと手を叩いて皆に片づけを促す。

明日は街に待った給料日、ガンドさん達の給料も商店連合から預かっているので後で渡さないとな。

「ニケさん帳簿付け終わりました?」

「はい、終わってます。」

「じゃあ査定品の仕分けをお願いして・・・。」

「シュウイチさんそれはもう終わってます。」

「じゃあ机を拭いて床の掃除を・・・。」

「それももう終わってるぞ。」

「ユーリ、ダンジョンの整備をしましょうか。」

「御主人様それはもう済ませてあります。」

皆仕事が早いなぁ。

って違う、そもそもお客さんが来ていないのだ。

もちろんゼロじゃない、なじみの冒険者は来てくれているし今回助けてくれたあの人たちもガンドさんの所に遊びに来てくれている。

それでも一時に比べれば圧倒的に少ない。

今はまるで開店した時と変わらないぐらいの人数しかシュリアン商店には来ていなかった。

もちろんそれは売り上げに直結する。

「そうですか・・・。じゃあ、待ちに待ったお給料の支払いですね!」

暗くなりそうな気持をグッと抑え明るく元気に声を出す。

こんなときぐらい明るくいかないとね。

くるりと回れ右してカウンターの裏に潜り込み金庫から給料袋を取り出す。

これがエミリアで、これがガンドさんとジルさんの分。

ちなみにニケさんとシルビア様は社員ではないので商店連合から給与を貰えないので別会計でお店から用意する事になっている。

ユーリはそもそもダンジョン妖精なので給与がない。

それはこっちの金庫から・・・っと。

「これがエミリア、それとこっちがガンドさんとジルさんの分ですねお納めください。」

エミリアから順番にニケさんユーリシルビア様、最後にガンドさん達に銀貨の詰まった革袋を渡していく。

前の世界では振り込みだったけど、給与の手私ってなんだかテンション上がるよな。

直接現ナマを見るのってワクワクしない?

え、俺だけ?

「なぁ、本当にいいのか?」

「何がですか?」

「あの件以降まともには客なんて来てないだろ?それでこれだけ貰うってのはどうなんだ?」

「大丈夫ですよ、給与は商店連合もちですしユーリ達の分もちゃんと別会計で計算していますから。」

「前にも申しましたように私への給与は不要です。」

「そうですよ、こんな時ですし奴隷の私までお給料をいただくわけには・・・。」

「こんな時だからこそちゃんと支払わないと。明日は休息日ですし皆でサンサトローズに行くんです、これしか渡せなくて寧ろ申し訳ありません。」

三人に渡したのは銀貨5枚ずつ。

いくら衣食住の心配がないとはいえ一か月働いてこれしか渡せないのが申し訳ない。

確かにニケさんの言うように奴隷に給与を払うこと自体がそもそもあれなんだけど、立場上奴隷であっても俺の中ではニケさんは奴隷じゃない。

あの日ちゃんと買い上げた時点で奴隷ではなくなっているのだ。

「お前が良いんなら俺達はむしろありがたいんだが・・・。」

「イナバ様夏までは気にしなくていい、そう申し上げたはずですよ?」

「それはそれ、これはこれです。」

「シュウイチがこうなると話を聞かんからな、遠慮なく受け取ってやってくれ。」

「わかりましたありがたく頂戴いたします。」

「まともに働いて金を貰ったのはこれが初めてかもしれねぇなぁ。」

渡された給与をみてガンドさんが感慨深そうにつぶやいた。

「若い頃から冒険者をされていたんでしたっけ?」

「若いっていうかそれしか選択肢がなかったからな。子供の頃に家を追い出されて、食べて行こうと思ったら冒険者になるしかなかった。それが気付けばこうやってまっとうに働いているんだ、世の中分からないものだな。」

「全うかどうかはまぁ別として、私も聖職者を辞める事になるとは思いませんでした。てっきりラナス様の後を継ぐものとばかり思っていましたので。」

「まさか私もお二人に来ていただけるとは思っていませんでした。だからこそ、このお金はしっかりと渡したいんです。」

「わかった、これに関してはもう何も言わない。ありがたくいただくとしよう。」

「あはは、ありがとうございます。」

分かってくれたのならば何よりだ。

「ちなみに私も騎士団から年金をもらっている立場だ、別に必要ないのだぞ?」

「それはそれ、これはこれです。」

「むぅ・・・。」

「シルビア様、こういいだしたら聞かない人ですからシュウイチさんは。」

「まぁ私の金だ、だから私が好きなように使う分には文句ないのだろう?」

「それを支払いに充てるというのならお断りします。」

「意固地な奴め。」

何と言われようとそれはそれ、これはこれ。

もちろんどうにもならなかったときは頼りにさせてもらおうかなとは思っているし、本人にもそれとなく伝えてあるけれどまだその時ではない。

まだ春の一期が終わっただけだ。

まだ二期ある。

大丈夫。

何とかなる。

いや、なんとかするさ。

「では、明日も早いですし今日はゆっくり休んでください。明日朝一番の便でサンサトローズに行きます、よろしいですね?」

「「「「はい。」」」」

大変な時だからこそ息抜きは大切だ。

もちろん豪遊はできないけれど決して遊べないわけではない。

ネムリから指輪の利用料も貰えるし、それを使えば食料や日用品をしてもおつりがくる。

残りを目標のために貯金すればいいさ。

でもなぁ・・・。

片づけを終え早めに家に戻り食事を済ませる。

明日があるからという理由で先に自室に戻らせてもらい、そのまま机へと向かった。

ドンと机の上に置いたのは今期の帳簿。

こんな集客ではあるけれどおかげさまで今期も黒字だ。

まぁ、素材の買取をしていれば絶対に利益が出るし、商売の方もなかなかの利率なのでよっぽどのことがないと失敗しないようになっている。

問題は利益額だ。

今期の利益が金貨1.5枚。

元の世界のお金にして150万の黒字と考えればかなり優秀な成績と言えるだろう。

そこに今までの貯蓄とネムリの使用料を合わせれば今手元にあるのはおおよそ金貨4枚か・・・。

残された時間は後二期、それまでに何としてでも金貨6枚いや8枚は稼いでおきたい。

多少右肩上がりの売り上げとなって金貨2枚の利益を稼げたとして残り金貨4枚か・・・。

不可能な数字じゃない。

でも余裕があるわけでもない。

少しでも問題が重なればすぐに足りなくなってしまうだろう。

気がかりなのは店の売り上げだけじゃない、冒険者減はうちだけじゃなく村の宿やシャルちゃんのお店にも暗い影を落としている。

特に宿は食品などのロスもあるし人を雇う以上賃金を払わないといけない。

その補てんもしなければならない。

村に余裕がない以上、その補てんをするのも俺だ。

え、なんで自分でするのかって?

目標の一つが宿の誘致だ、その宿が経営不振で潰れてしまったら何の意味もなくなってしまう。

したがって誘致した俺には存続させる義務が発生する。

今期の最終利益はまだ確認していないけど、先週の時点でなかなかの赤字だったからなぁ。

金貨1枚、下手したら2枚の赤字も考えられる。

特に今期は開店するにあたってそこそこの経費をかけているのでそれが結構きついんだよなぁ・・・。

世の中ままならないものだ。

家賃がかかってないのがせめてもの救いだよな。

まぁ、そんなこんなで残された時間で稼がないといけないのが金貨8枚から10枚。

おかしいなぁ、春が始まった時もそのぐらいだったと思うんだけど・・・。

ままならないものだなぁ。

「はぁ・・・。」

帳簿を閉じ大きく伸びをしてからたまりにたまった重たい息を吐き出す。

皆の手前俺が暗い顔をするわけにはいかない。

俺は店主だ。

店主が暗い顔をしているとそれが従業員に伝わりそしてお客に伝わる。

それはよろしくない。

シュリアン商店はいつも明るく元気にがモットーだ。

そうだった気がする。

その為にも俺は常に明るく元気でいなければならないんだ。

暗い顔なんてしてはいけない。

それに明日は休息日、せっかくの休日なんだから明るく楽しくいかないとね!

買い物もあるけれど例のお呼び出しもあるし・・・。

ま、いつもの事だろう。

「さー、寝よ寝よ。」

考えていても仕方ない。

帳簿を閉じ立ち上がるとそのままベッドにダイブする。

木枠がいい感じに悲鳴を上げるが気にしない。

スプリングが無いので飛び込んだ瞬間痛かったのは内緒だ。

目を閉じ大きく息を吐いて考えることを放棄する。

そうすればほら、気づけばもう意識は夢の淵からこぼれるように落ちていって・・・。


「で、お前を呼び出したのは他でもない、仕事をしないか?」

「はい?」

翌日。

手配した馬車でサンサトローズに向かい、買い物は皆に任せて一人ププト様の屋敷へと向かった。

理由は一つ、呼び出されたから。

てっきりこの前の件でなにか進展があったのかなと思ってきたわけなんだけど・・・。

どうしてこうなった?

「もう一度言う、仕事をしないか?」

「あ、いや、それはわかるのですがどういういきさつからそうなったのか教えて頂けませんか?」

「金が無いのだろう?」

「いやまぁ、ありませんけど。」

「春節も種期が終わり利益も確定した。だが例の件もありこれと言って売り上げが伸びず目標まで届かないどころか宿の収益悪化を補填しなければならなくなっている。違うか?」

到着早々仕事をしないかといわれ、さらにはうちの売り上げ状況をディスられている。

しかも的確に。

「なぜそこまで?」

「私にわからないことがあると思うのか?」

「では私の好物は何でしょう。」

「肉だ。」

「違います。」

「なに、違うのか!?」

昔はそうだったけど最近はお肉食べると胸やけが・・・。

なので半分正解だけど半分不正解ってやつだな。

「冗談はさておき、いったいどういう事かご説明頂けますか?」

「言ったであろう、お前に仕事を頼みたいのだ。」

「ですから何故?」

「是非お前に任せたい、いやお前にしかできない仕事だと思っている。」

「私にしかできない仕事?」

「報酬は金貨8枚、期限は一期だが場合によって最長二期まで延びる可能性はある。」

「その期間で一個人に頼む仕事としては高すぎませんかね。税を納めている領民にどう説明するおつもりですか?」

「これは領主としての依頼ではない、個人としての依頼だ。だから税金は全く関係ない。」

一個人の依頼で一か月800万って、それだともっとおかしくなるんですけど・・・。

いや、この人にそれを言っても無駄か。

「私が受けないという可能性は?」

「ない。先ほどお言ったように今の状況を考えればお前は受けざるを得ないだろう。」

「私にもいくつかアテはあるのですが・・・。」

「魔術師ギルドに預けている融合結晶の支払いか?それは無理だぞ。」

「何故ですか?」

「春節は各ギルドの会計報告が行われる時期だ。この時期に支払いをしようものなら監査委員会になんていわれる事か・・・。支払われるとしても夏節に入ってからになるだろうな。」

まさかそんなことが!

だからあの時俺に会ってくれなかったのか?

急な出費を想定してありもしない来客って事に・・・。

いや、それをいまさら言っても遅いか。

決算前に経理部が厳しくなるのは俺にも経験がある。

あの時はよっぽど緊急性のある経費しか落とさせてくれなかったもんなぁ・・・。

うーむ。

一番あてにしていたのが一つなくなってしまった。

だけどまだ弾はある。

「ですがまだ手段はあります。」

「いい加減意固地になるな。お前が自分の力でどうにかしたいという気持ちは痛いほどわかるが、それを家族や同僚に強いるのは別の話ではないか?」

「別に強いているわけでは。」

「いくらお前が明るく振舞っていても店の人間なら自分たちがどれだけ追い込まれているか肌で感じているはずだ。それを後二期、続けさせるのか?」

何も言い返せない。

確かに俺がどれだけ明るく元気にふるまっていても帳簿を見れば売り上げがどれだけあって利益がどれだけ出ているのか一目でわかる。

そこから逆算すればどれだけお金が足りないのかも一目瞭然だ。

今期はまだ後二期あるよね、なんて言えるけど。

時間が経てば経つほど追い込まれていき、どんどん不安は大きくなるだろう。

そんな状況で本当にいいのか?

明るく楽しく仕事が出来るのか?

そう、ププト様は言っているんだろう。

それが良くないことは痛いほどわかっている。

俺が意固地になればなるほど、皆に迷惑が掛かってしまう。

口では大丈夫と言うけれど、心にはどんどんとストレスが蓄積されていくことだろう。

それはだめだ。

じゃあ、どうする?

答えは一つしかない。

「・・・内容をお聞きしても?」

「なに簡単な事だ、一人王都へ行き見聞を広めてもらいたい。」

「はい?」

本日二回目の間の抜けた声。

ごめん、ちょっとよくわからない。

この人は何を言っているんだ?

それだけに800万も出すって?

バカじゃないの?

「もちろんそれだけではないぞ、知人の所に行き話を聞いてきてほしいのだ。この街から出ることが出来ない私の代わりに力を貸してやってくれないか。」

「それを先に言ってください。」

「それもそうだな、すまんすまん。」

『ついでに見聞を広めてこい』だったら器が広いな!って思ったのに順番が逆になっただけでこの人バカか?ってなる。

言葉って難しいね。

「でも、私に頼むって事は面倒な事なんですよね?」

「それは直接本人に聞いてくれ。もちろん、やるよな?」

「受けるにあたり条件はありますか?」

「行くのはお前ひとりだけだ。」

「え?」

「店を閉めるわけにはいかんだろう。商売を続けなければどちらにせよ目標には届かない、だが今の客数ではどう考えてもお前は不要だ。なら、空いた体で金を稼げば問題解決だ。」

俺一人で王都へ?

そりゃ売り上げを考えればニケさんとエミリアは必須、ユーリももちろんだ。

例の連中が来ることを考えるとシルビア様もつれていけない。

あぁそうか、必然的に俺一人が浮いてくるわけか。

今の現状を考えれば仕事を受けないという選択肢はない。

お金を貸すって言ったら俺が断るのをわかって仕事を依頼してきたんだ。

この策士め、それを狙って俺に依頼してきたな。

「回答の期限は何時までですか?できれば皆に相談した・・・。」「今だ。」

今!?

NOW?

即決?

マジですか。

この手の事は出来れば皆に聞いてからの方が色々と有難いんですけど・・・。

だめですか?

「理由をお聞きしても?」

「相談すれば誰かがついてくると言い出すだろう?」

「いやまぁそうなんですけど。」

「先方の都合で受け入れられるのはお前だけだ。」

「それってどう考えても面倒な内容ですよね?」

「それに関して俺の口から言えることはない。」

はいダウト。

どう考えても真っ黒です。

でもなぁ、お金が無いのもまた事実。

最長二期、何かあっても期限までに帰って来れるわけか。

ん?

まてよ?

「それって成功報酬ですか?」

「もちろんそう考えてもらいたいが、お前の手が入って二期かかっても難しい場合は私もあきらめよう。その場合も予定通りの金額は支払わせてもらう。」

「わかりました、やらせていただきます。」

エミリア達に無茶苦茶怒られるだろうなぁ。

そう思いながらも俺はププト様と固い握手を交わすのだった。

諦めない。

その為の第一歩だから。

そうじぶんにいいきかせて。
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