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第十五章

コレクションは大切に

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エミリアと共にシャルちゃんの店に行くと先に到着したウェリスが難しい顔をして出迎えてくれた。

なんだなんだ?

怖い顔がさらに怖くなってるぞ。

入ってきたのが俺だとわかると大きく息を吐き出して、頭を下げる。

「シャルが面倒をかけた。」

「あたまをあげてください。こちらも気づくのが遅くなり申し訳ありませんでした。」

「こっちは借りる立場だからいいが、お前も金が必要なんだろ?」

「私はまだ時間がありますから。では、これが契約書になります確認してください。」

エミリアが差し出した契約書をウェリスが軽く受け取り、軽く読み流すように確認するとそのままシャルちゃんに手渡した。

「え、え?」

「お前の契約書だ、自分でしっかり確認しろ。」

「はい!」

「いいんですか?」

「何か細工しているのか?」

「滅相もない。」

「なら後はこいつが決めることだ。呼ばれたから来たが、俺は何も言わねぇよ。」

これがウェリスの親心なんだろう。

シャルちゃんを一人の大人として扱い、自分の事は自分で考えさせる。

もちろん何か危険があれば真っ先に駆け付け助けるつもりで入るだろうけど・・・。

将来シャルちゃんが結婚する時あーだこーだというタイプだぞこいつは。

なんて思いながらウェリスを見ているとすごい目で睨まれてしまった。

怖い怖い。

「何だよ。」

「別に何も。」

「柄でもないとか思ってんだろ?」

「そんなことありません。見習うところが多いと思っていただけです。」

「ケッ、よく口が回る男だよお前は。」

「それはどうも。」

「褒めてねぇよ。」

あ、そうなの?

それは失礼しました。

「読みました、これでお願いします。」

「よろしいですね?」

「お金を貸してもらうからには頑張ってお店を大きくしてお金を返します。どうかよろしくお願いします。」

「では書類に署名を。終わりましたらウェリスもその下にお願いします。」

恐る恐るといった感じでシャルちゃんが署名を終えるとホッと息を吐いた。

その後殴り書きのようにウェリスが署名をして、ぶっきらぼうに書類を渡してくる。

それを受け取り俺、エミリアの順で署名を終えた。

「これにて契約締結です。これは私が、控えをシャルちゃんがお持ちください。」

感圧式の複写技術ではないのだが、今書いたペンの魔力に反応して下の紙に複写するようになっているらしい。

ホント魔法って便利だなぁ。

「確かに受け取りました。」

「エミリアお願いします。」

「はい。」

革の子袋をシャルちゃんに差し出し中身を確認してもらう。

シャルちゃんの手のひらに転がって出てきたのは金色の硬貨が三枚。

これで300万円分の価値がある。

「すごい、初めて持ちました。」

「これからもっと多くのお金を扱うようになりますよ。その分扱いは慎重に、お金は凶暴ですからね。」

「シャルをビビらせるんじゃねぇ。それにこいつは金に溺れたりなんかしねぇよ、絶対にだ。」

「大変失礼しました。」

「でも気を付けます。」

神妙な面持ちで金貨を握りしめるシャルちゃん。

ウサミミがいつも以上にピンととがっているのが可愛らしい。

って、そんな顔で睨むなよ。

ほんと親バカなんだから。

「また後日帳簿の書き方やお店の回し方など細かな部分をニケさんが教えてくれますから、わからないことがあったら遠慮なく聞いてください。」

「私も出来るだけお手伝いしますから何でも言ってね?」

「はい!エミリア様宜しくお願いします!」

「そんじゃまこれで終了だな、俺はいくぞ。」

「すみません忙しい所呼び出しまして。」

「あとは水路の確認ぐらいしかねぇ、忙しくもないさ。」

とか何とか言ってるけど他にもいろいろ仕事を任されてること知ってるんだぞ。

最初こそ犯罪奴隷だからなんて言ってみんな怖がっていたけれど、今じゃこの村になくてはならない存在だもんな。

これもウェリスが自分で築き上げてきた実績だ。

村の誰もが安心して頼れる存在。

ドリスのオッサンの相棒としてこれからも活躍してくれることだろう。

そんな男が俺を信じて仕事をこなしてくれているんだ。

俺もその期待に応えないわけにはいかないよな。

「今度街に買い出しに行くんだろ?」

「次の聖日に行く予定です。」

「セレンに頼まれた買い物もあるんだ、シャルの護衛がてら一緒に行くが構わないよな?」

「もちろんです。」

「本当にいいのか、こんな簡単に奴隷を自由に遊ばせてさ。」

「逃げるんですか?」

「馬鹿野郎、逃げるわけないだろ。」

それが分かっているから自由にさせているんだ。

ま、今度行くときはみんな一緒だし問題ないだろう。

「それでは私達も失礼します。」

「今日はありがとうございました!」

「次の納品が最後になるかな?また明日お願いねシャルちゃん。」

「はい!」

そうか、自分の店を出すという事はポーションの納品依頼は終了するのか。

それもそうだよな、あんだけ売れるってわかってるのに安く卸す必要はない。

自分で作って自分で売る。

それが一番儲かるしね。

俺も何か出来ることないかなぁ・・・。

そしたら少しは店の打ち上げに貢献できるのにさ。

シャルちゃんの家を出て商店へと続く街道を進む。

一人でいるときは二回ともあのよくわからない場所に飛ばされたけど、エミリアと一緒だとそんなことないんだな。

偶然なのかそれとも誰かといると飛ばされないのか・・・、検証する必要があるか。

でもなぁ、そのためにはまたあの世界に飛ばされないといけないわけだし、出来れば遠慮したい。

「どうかしたんですか?」

「いえ、何でもありません。」

「昨日まではいつもと変わらなかったのに、大変なことになってしまいましたね。」

「まぁ起こるべきして起きたと言えるでしょう。むしろここまでよくこれたと思います。それに大変なことが急に起きるのは今に始まったことじゃありませんから。」

「シュウイチさんと出会ってから一年、本当にいろんなことがありましたね。それはもう私の今まで人生はなんて平和だったんだろうって思うくらいに。」

「そんなにですか?」

「それでも、大変ですけど今はとっても幸せです。シュウイチさんだけじゃなくてシルビア様もユーリもニケさんも、皆と一緒にいられることがこんなに楽しいなんて、昔の私に教えてあげたいです。」

仕事にトラブルと皆には無理ばっかりさせた一年だったけど、そういってもらえると嬉しいなぁ。

「私も今の生活がとても幸せです。それこそ元の世界にいたらこんな気持ちにはなれなかったと思います。」

「本当ですか?」

「もちろん。ですからこれからもよろしくお願いしますね。」

「はい!宜しくお願いします、シュウイチさん。」

夕暮れの街道を二人手をつないで歩く。

この幸せな日々がいつまでも続けばいいな。

そんなことを願いながらいつもよりゆっくりと家路に・・・。

「ん?」

「どうしました?」

「いえ、気のせいだったようです。」

視線を感じて後ろを振り返るもそこには誰もいなかった。

おかしいなぁ。

時刻は黄昏時。

誰ぞ彼から黄昏に言葉が変化したんだって何かの本で読んだ気がする。

誰かがいればそう思ったかもしれないけど誰も居ないし。

絶対誰かに見られてると思ったんだけどなぁ。

「色々あってお疲れなんだと思います。今日はゆっくり休んでください。」

「ゆっくり休んでいいんですか?」

「え、それはその・・・。」

「冗談です。」

「もぅ、意地悪言わないでください。」

「あはは、すみません。でも疲れているのは確かなのでしっかりご飯を食べて明日に備えます。」

「そういえば今日は私が当番でした!」

「それはまずいですね、早く帰りましょう。」

ゆっくりと帰るはずが結局急ぎ足で街道をゆく。

その背中をじっと見つめる二つの瞳。

それは夕暮れの闇に紛れるようにどこかへと消えていった。


そして迎えた翌朝。

昨日と同様に目覚めのいい朝を迎えることが出来た。

いやぁ幸せだなぁ。

いつもと変わらない時間に起きて、いつもと同じようにみんなとご飯を食べて。

変化はもちろん大切だけど、変わらないことも大切だと思う。

この時間をずっと続けていくために。

今日は重要な一日になるだろう。

もっとも、最初は話を聞いに行って足りなければ自前の蜜玉を売る。

ただそれなんだけどね。

あぁ時間があればネムリの所に行ってシャルちゃんの件を交渉しておきたい。

聖日に行くとは言え事前に話を通しておけば後々楽だからね。

さてっと、忘れ物はないな。

一応エミリアを通じてギルドには連絡してもらっているからアポなしで怒られることも無い。

むしろ話のタネは豊富にあるのでそれをネタに無理やり話をすることも出来る。

情報は何物にも勝る武器になる。

素晴らしいなぁ。

「シュウイチ準備は出来たか?」

「すみませんすぐ行きます。」

なんてことを考えていたらシルビア様が迎えに来てしまった。

慌てて机の上に広げた荷物をカバンに詰め込む。

蜜玉、財布、契約書、短剣は腰にぶら下げてあるし服も少しいいやつを着てる。

後は外套を羽織れば準備オッケーだ。

机の上に入れそこなったものもない。

心配性なのでそれからもう一度指差し確認をしてドアを開けると深紅のハーフプレートに身を包んだシルビア様が今か今かと待ちわびていた。

あれ?

なんでばっちり装備なの?

「シルビアその恰好は・・・。」

「あぁこれか?最近本格的な整備に出しておらんかったからな、ついでに頼もうと思っているのだ。」

「この冬はずいぶんと酷使しましたからね。」

「まったくだ。これからはあまり使わなくていいことを祈るぞ。」

ディヒーアの襲撃にダンジョンツアーとシルビアには前線でかなり無理をしてもらった。

本人曰くいい運動になったとのことだが、それでもせっかく騎士団をやめたのだから戦わないに越したことはない。

何事も平和が一番だ。

「それじゃあ行きましょうか。」

「忘れ物はないか?」

「さっきも聞きましたよ。大丈夫、三回確認しました。」

「そうか、すまなかった。」

「どうかしたんですか?」

「どうも嫌な予感がしてな。」

「できればその予感には外れてほしい所です。」

これから大一番に挑もうかというのに勘弁していただきたい。

エミリア達はもう商店に向かったので、火の元を確認して施錠をする。

指差し呼称よし!

「いつも思うのだがシュウイチのそれは面白いな。」

「指差し呼称ですか?」

「あぁ、自分がいましたことをもう一度確認するなんて最初は二度手間だと思ったが、自分でやってみると案外安心するものだ。」

「そうなんですよね。習慣付いていることはついやったはずという思い込みが発生しますから、意識して確認することで間違いを防ぐことが出来ます。」

「今度騎士団でも真似するよう進言しておこう。」

「昔からやっている人がいるんじゃないですか?」

「確かにいるだろうがそれを義務付けるのと付けないのとでは結果が随分と変わってくる。良い事は真似をしていくべきだ。」

異世界でよくある『そんなものは知らなかった!』系のやつじゃないが、元の世界の文化が受け入れられるのはうれしい限りだ。

魔法陣設置よし!

とかいう日が来るんだろうか。

それはそれで面白いかもしれない。

昔からやってきた人がこれを機に認められると嬉しいなぁ。

裏口から商店に入り、軽く打ち合わせをしてから出発する。

そろそろ定期便が到着する時間だ。

急いだほうがいいだろう。

「順番は昨日言っていた通りか?」

「はい。先に魔術師ギルド、それからコッペンの所へ行って空き時間があればネムリの店にも寄りたい所です。」

「ギルドの後に鎧を預けに行っても構わないか?」

「そうですね順番的にはそれがいいと思います。」

昨日は二度程あの世界に飛ばされたけど、どうやら今日は大丈夫のようだ。

エミリアといるときも問題なかったしもしかして誰かいたら飛ばされないのかな?

そうだとしたら今まで以上に誰かと過ごす時間を増やさなければ。

うぅむ、一人が好きってわけじゃないけど四六時中誰かと一緒ってのはさすがに疲れる。

その辺も意識して過ごすようにしないと。

一人の時間で一番問題が出るとしたらトイレだけど・・・。

まぁ昨日大丈夫だったしそれは無いんだろう。

「ん?あれは・・・。」

村への街道を進んでいると前から大勢の人が歩いてくるのが見える。

一人や二人ではない。

かなりの大人数だ。

おそらく冒険者だと思うけど定期便から降りてきたにしても多すぎませんかね。

「お、イナバ様にシルビア様じゃねぇか。どこか行くのか?」

「ガンドさん!」

大勢の冒険者を率いてやってきたのはガンドさんだった。

あれ?宿に入ってもらうのは春節からだったお思うんだけど。

それに後ろの皆さんは一体なんでしょうか。

「おや、ジル殿の姿がないようだがどうかしたのか?」

「あいつには引っ越しの準備を任してる。荷物なんてないだろうと思ってたんだが、案外出てくるもんだなぁ。」

「よくある話ですね。」

俺も経験ある。

男の一人暮らしなんてそんなに荷物はないだろうと思っていたら、用意した段ボールが足りなくなった。

気づかないうちに漫画やゲームが増えていって部屋を圧迫していたのですぐに断捨離をして不要なものを売り払ったっけ。

それでも売れない漫画やゲームもあって、結局想定以上の荷物になってしまったと。

ガンドさん達もおそらくそんな感じだろう。

「それで随分大人数だが、まさかダンジョンにいくのか?」

「いや、ダンジョンに用はないんだが・・・。」

おや、ガンドさんには珍しく歯切れの悪い返事だ。

何事だろう。

「頼み事ですか?」

「恥ずかしい話なんだが、荷物が多すぎて住まわせてもらう予定の部屋に入りそうになくてな。そこで、イナバ様の倉庫を貸してほしいんだ。」

「お願いします!」

「このままだとせっかく兄貴が集めた武器が全部売られちまうんです!」

「姐さんに今日中に何とかしろって言われてて・・・。」

「お願いします!兄貴を助けると思って場所を貸してください!」

ガンドさんが頭を下げるのと同時に後ろの屈強な冒険者たちも一斉に頭を下げる。

まるで昔見た仁侠映画のワンシーンのようだ。

もちろん、中身はそんなかっこいい物じゃないけれど・・・。

大切なコレクションが売られそうっていう事だけはわかった。

はて、どうしたもんか。

「うち倉庫も空きはないんですよね・・・。」

「そうか・・・。なら店の近くに小屋か何かを建てさせてもらいたいんだが・・・ダメか?」

「建てるって今からですか?」

「これだけいれば今日中に何とかなるだろ。隅の方でいい、頼むこの通りだ!」

再び頭を下げるガンドさん。

その姿にいつもの威厳は感じられなかった。

よっぽど大事なコレクションなんだろうなぁ・・・。

そして、それを容赦なく売ろうとするジルさん。

うん、あの人ならやりかねん。

「倉庫の裏手ならまだ空き地がある、そこじゃダメなのか?」

「あそこは今の倉庫が手狭になった時の為に開けてあったんですが・・・、ある意味今がそのときみたいですね。」

「それなら・・・。」

「私は今からサンサトローズに出るのでお手伝いできませんが、それでも良ければどうぞお使いください。」

「「「「ありがとうございます!」」」」

森中に屈強な男たちの声が響く。

あまりに野太い声に少しだけ地面が震えた気がした。

「な、言っただろイナバ様なら許してくれるって。」

「でも資材とかどうするんですか?これから準備すると今日中には間に合わないと思いますが・・・。」

「大丈夫です!イナバ様は絶対許してくれるって信じて準備してきましたから!」

「よし!予定通り半分は組み立て、もう半分は街に戻って助けに行くぞ!」

「了解です!」

「俺らに任せといてください!」

この人数を連れてきた理由はそれでしたか。

しかも資材まで準備してるって・・・。

その覚悟に敬意を表するよ。

「定期便にはこいつらを乗せるからイナバ様は俺の用意した馬車に乗っていってくれ。」

「いいんですか?」

「超特急で送ってやるよ。さぁいこうぜ!」

バシバシと嬉しそうに俺の方を叩くガンドさん。

途中、用意されていた資材をのせた馬車とすれ違ったときガンドさんの本気度に目を疑った。

こりゃあとんでもない倉庫が出来そうだ。

そんなこんなもありながら、今日の戦場となるサンサトローズへと向かうのだった。
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