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第十四章

新米冒険者と行くダンジョン体験ツアー:入門編

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そして迎えた翌日。

天候は晴れ。

そこそこの冷え込みではあるが道が凍る事も無く穏やかな朝を迎えた。

昨日は遅くなる前に帰宅出来たので体調はそれなりに良い。

自分で企画しておきながら体調不良とか非常に恥ずかしいので、これも主催者の義務というやつだ。

もちろん急に風邪をひいたとかは致し方ないので誤解しないようにお願いしたい。

あくまでも自己都合で体調不良になるのはよろしくないという話なので一つよろしくお願いします。

「シュウイチ寒くないか?」

「問題ありません、今日は風もないので太陽が心地いいです。」

「ダンジョンの中はここよりも暖かいのでどうぞご安心を。」

「あれってどういう原理なんですか?」

「ここではない別の場所だからとしか申し上げることはできません。」

ダンジョンの不思議だなぁ。

今更だけどダンジョンがどうなっているのかって今一原理が分からないんだよな。

入り口発電の方法もそうだし、自然発生分の魔力はいったいどこから生まれているんだろうか。

またオーブを介して整備できるのは非常に助かるけど、それがどういう仕組みになっているのかもいまいちわからない。

ダンジョンマスターでありながら知らない事ってまだまだあるんだなぁ。

あ、今は元マスターか。

「ダンジョン妖精である私にもわからないことがございます。」

「ユーリにもですか?」

「えぇ。ですがそれはダンジョンに限らずこの世界にも言える事、ご主人様はこの世界の摂理を全てご存知でしょうか。」

「あぁ成程そういう事ですか。」

「そういう事です。」

「またシュウイチが難しい話をしているぞ。」

「一度考えると気になってしまうものですから・・・でも納得しました。」

この世界に不思議がいっぱいなように、ダンジョンに不思議があってもおかしい事ではない。

それをすべて知ろうとすることがそもそも間違いというわけだ。

全てを知らなくても何とかなる。

それで十分という事だな。

「あ、見えてきましたよ!」

ちなみに俺達がいるのは商店を出てすぐのダンジョンへとつながる街道の上。

え、なんでそんな所にいるかだって?

お客様をお出迎えするために決まってるじゃないですか。

街道の向こうに人影がいくつか見える。

時間的に定期便に乗ってきた冒険者と考えていいだろう。

参加者以外の冒険者も乗っているだろうけど、あれだけ固まって向かって来るのは警戒しているからだ。

こんな森に出る魔物なんてたかが知れているけれどそれを警戒するほどの実力しかない。

だから群れて行動しているんだな。

ふむふむ、これもまた自然の摂理というわけか。

「ってあれ?先頭にいるのって・・・。」

だんだん近づいてくる集団から外れて足早にこちらに向かって来る人影が一つ。

近づいてくるその人影はよく見た顔をしていた。

「ティナさんどうしてここに?」

「昨日御依頼のありました初心者冒険者13人、お届けに上がりました。」

「お届けに上がりましたとはいうがギルド長自ら来られるとは思いもしなかったな。」

「ギルドの方は大丈夫なんですか?」

「陰日も終わりましたしこの時期は特にすることもありませんから。」

「でも昨日打ち合わせがどうのって仰ってませんでしたっけ。」

「向こうはグランが滞りなく業務を行っていますから。それに彼女もギルド長補佐なんですからあれぐらいの事出来てくれないと困ります。」

どうやら昨日に引き続き今日も仕事を押し付けられるグランさん。

他にも職員が大勢いるから大丈夫だと思うけど、とりあえず手を合わせておこう。

合掌。

「本当はあと10人程参加希望があったんですけど、あまり数が多いと困ると思いましてこちらで勝手に選別させていただきました。今日来ているのは前向きに冒険者になろうと思っている子達ばかりです。」

「あれからそんなに希望者が出たんですね。」

「それはそうですよ!あのシュリアン商店が直々にダンジョンを案内してくださるんですから、中級冒険者からも参加希望があったぐらいなんですよ。」

「中級冒険者もですか?」

「ダンジョンに潜らず別の場所で魔物と戦ったり依頼をこなしている冒険者は多いですから、そんな彼らにしてみればダンジョンは未知の世界なんです。屋外に罠が仕掛けられているなんてことありませんしね。」

「商隊の護衛や住み着いた魔物を退治するのも冒険者の仕事です、私としたことがダンジョンばかりに気を取られていてそういった人たちの事を考えていませんでした。」

エミリアが思いつかないのも致し方ない。

商店連合はあくまでもダンジョン運営を生業とする企業だ。

そこに所属する社員がダンジョンの事しか考えないのは当然の事と言えるだろう。

だって冒険者は何もしなくてもダンジョンにやって来るお客様だ。

わざわざ他所から呼んでくる必要が無い。

確かにそれ以外の顧客を呼び込むことが出来ればよりダンジョンが繁盛するよな。

こんな所で新たな商機が見つかるとは思いもしなかった。

今度そんな彼らをどう相手にするのか前向きに検討するとしよう。

でも、今回はまず目の前にいる未来のお客様を大切にしないとね。

そうこうしているうちに遅れていた彼らがティナさんに追いついてきた。

ティナさんの後ろに並んだ総勢13人の若者が期待と不安に混じった目をして俺を見て来る。

ターニャさんがいるのでおそらくこの中の数人は昨日言っていたお仲間なのだろう。

「皆さんようこそシュリアン商店へ、店主のイナバシュウイチです。今日は我が商店が主催するダンジョン体験にご参加いただきありがとうございました。定期便で来られたとはいえ長旅疲れたでしょうからまずは中へどうぞ、暖かいお茶の準備が出来ています。」

「え!?す、すぐ入らないんですか?」

突然の歓迎に目を丸くする冒険者達。

そうか、ダンジョン体験ってきいてかなり緊張してきたんだろうな。

ティナさん曰く前向きな冒険者だということだし、気合十分だったんだろう。

「まずは皆さんの事を教えてください。ダンジョンという場所はただ闇雲に入って帰ってこれる場所ではありません。他の場所と違い一歩間違えばそれがすぐ命にかかわる危険を秘めています。ダンジョン体験と銘打ってはいますが、皆さんの身の安全を保障する体験会ではありませんのでそこはお間違えの無いようにお願いします。」

「すみません、出しゃばったことを言って・・・。」

「それを知らない皆さんだからこそ、こうして遠い所来ていただいたんです。気合を入れて来たでしょうがまずは気持ちを落ち着けてください。さぁ!外は寒いですから中へどうぞ。」

「先頭の方からどうぞこちらへ、ようこそシュリアン商店へ。」

萎縮してしまった冒険者達をエミリアの天使のような笑顔が解きほぐしていく。

その笑顔に吸い込まれるように彼らが商店の中へと入っていった。

「なかなかいい目をした者達ばかりだな。」

「そうですね、気合十分という感じです。」

「だが気負いすぎも良くない。ここからはシュウイチの腕の見せ所だな。」

「頑張ります。」

何事も出だしが肝心だ。

なんせ未来ある13人の若者の命を預かるんだからこっちも気を抜くことはできない。

いつものダンジョンと違い俺の管理下にない状況だ。

その状況で初心者も初心者、新米冒険者の面倒を見ないといけないんだから・・・。

今更だけど結構大変な事やろうとしているんじゃない?

「それをわかって始めたのではありませんか?」

「いやまぁそうなんですけど・・・。」

「御主人様でしたら何のも問題もありません。いつもの通りにしていただければ結構です。」

「そうですよね。」

「さぁ、何時までも待たせるわけにはいかないぞ。」

シルビア様とユーリに背中を押されて俺達も商店へと入っていく。

さてまずは座学から。

シュリアン商店店主改め、シュリアン学校教師イナバシュウイチ張り切って参ります!


「では準備が出来た所で早速始めましょうか。」

中に誘導して一息ついたところで商店の一角を貸し切って講義を始める。

生徒は参加した13名・・・と、その周りにいるその他大勢の冒険者達。

えぇっと立ち見での聴講は認めていないんですけど・・・。

まぁいいか。

「皆さんのお手元にはいくつかの道具を置かせていただいております。これは後で実際にダンジョンで使いますので好きに触っていただいて結構です。」

「これは何に使うんですか?」

「ダンジョンの中で生き抜く道具といった所でしょうか。もちろん日常生活で使う物でもありますので見たことはあると思います。」

「ランタンにロープ、大きな袋、これは何だ?」

「私知ってる!細工道具ね。」

「こんな細い金属すぐに折れないかな。」

「さぁ・・・。」

彼らの前に置いたのはダンジョン内で使う道具一揃え。

必需品といった所だろうか。

ちなみに店頭でも個別販売しておりますが、本日は参加者の皆様に限り特別に『無料』にてお渡しさせていただいております。

え、それじゃ赤字だって?

さてそれはどうかな?

「ダンジョン内は入り口こそ明るいものの、内部はどんどんと暗くなっていきます。そんな中で魔物に襲われでもしたらひとたまりもありませんよね?これはただのランタンですが、中には持続時間を大幅に増やした省燃料型の物もございます。深く潜り出せば燃料を持ち歩くのも一苦労ですから、そう言った者もいずれ使うと良いでしょう。」

「中ってそんなに暗いんだ。」

「じゃあ、この紐や袋も?」

「紐は荷物をくくったり落とし罠に落ちた仲間を助けたりするのに使えますし、罠を回避するのにも役立ちます。また、せっかく魔物を倒して手に入れた素材も持ち運べなければただのゴミになってしまいますから、こういった袋をいくつか持ち歩くのが一般的です。中は消臭魔法が施してあり素材から出た血や体液が漏れ出す心配もありませんし水洗いすればまた再使用も可能です。最初はこの中に必要な道具を入れ、順次使いながら袋が開けばそこに素材を入れているという流れが一般的でしょうか。細工道具があれば宝箱を開けたり、罠を解除したりする事も出来ます。無くても何とかなりますが、場所も取らないので一つは携帯すると良いでしょう。」

「たったこれだけなのにそんな使い方があるんだ・・・。」

「俺、道具なんていらないと思ってた。いつもみたいに武器と防具さえあればなんとかなるもんじゃないんだな。」

その通り。

ダンジョンは普通の空間とは全く違い軽く入って何とかなるような場所ではない。

事前準備こそがダンジョンを攻略するのに最も重要と言い切れるぐらいだ。

だからこそ奥に潜るようになると昔のシャルちゃんやティオ君の様に奴隷を荷物持ちとして連れていく冒険者もいる。

荷物だらけで戦う事が出来なければ本末転倒だしね。

そして倒した魔物から剥ぎとった素材も全部が全部持って帰れるわけではない。

価値の高いかさばらないものが好まれ、そうで無い物は集める事さえしない。

そういった事も自分たちで経験もしくは先輩たちから教わって行く必要があるだろう。

「それじゃあ次にいきましょうか。この中でダンジョンに潜ったことがあるよという方はどのぐらいいますか?」

先ほどまでと違い真剣に道具を触り出した冒険者達。

しばらく好きにさせてから彼らについていろいろ聞いてみることにした。

手を上げたのは三人。

思ったよりも少ないな。

「ちなみにいつ、どこまで行きました?」

「冬の初めにサンサトローズ近くで見つかったダンジョンに荷物持ちで入りました。3階層ぐらい進んだところで実入りが悪いからって戻されました。」

「貴女は?」

「私はこのあいだこのダンジョンに、でも一階層で怖くなっちゃって・・・。」

「恥ずかしがる必要はありません、ダンジョン内では他の依頼と違い明確な結果を求められませんから引き返すのもまた大切な事です。」

生きて帰ってこそのダンジョン攻略。

深追いこそが一番やってはいけないことだ。

余裕がある時に引き返せるようになって初めてダンジョンで一人前と言えるだろう。

「私は一人で三階層まで行きました!」

最後の1人はもちろんターニャさん。

自信満々な感じで応えてくれたけど、到達地点はまだまだかわいい物だ。

おそらく罠にかかってあの三人組に見つかったのもその辺りなんだろう。

それでも参加者の中では一番最下層まで潜っているので周りの参加者が羨望のまなざしでターニャさんを見つめている。

大丈夫、君達もこの体験会を終えればそこぐらいまでは潜れるようになるさ。

多分。

「それは素晴らしい。10階層まで行き階層主を倒せば冒険者ギルドが中級冒険者として認めてくれますので皆さんはまずそこを目指して頑張ってください。」

「「「「はい!」」」」

「ですが、口で言うのは簡単ですけどそこに行くまでにはかなりの危険を潜り抜けなければなりません。多くの魔物と戦い、たくさんの罠を潜り抜け、体力と気力を見極めながら潜っていく。初回ですべて行く必要はないんです、皆さんの周りで話を聞いている先輩達もそうやって少しずつ先に進んでいます。どうか無理だけはしないでください。死ねばそこですべてが終わります。生きてここに戻って来る事がダンジョンの基本、それだけは忘れないように。」

周りで話を聞いていた冒険者達がうんうんと頷いている。

勇敢は褒められても無謀は決して褒められない。

自分一人ならともかく仲間を危険にさらす事だけは許されるものではないからね。

「では、次に三人一組を作ってもらいましょうか。できれば知り合い同士でない方がいいですね、それとバランスも重要です。せっかくここに集まったんですから自己紹介をしながらごゆっくりどうぞ。その間に別の準備をしておきます。」

「この人数じゃ一人だけの人が出ますけど・・・。」

「そうでしたね、ではターニャさん抜きでお願いします。」

「じゃあ私はどうすればいいんですか!?」

「経験者であるターニャさんには出来上がった班をまとめる班長をお願いします。」

「えぇ!?」

「先輩が見ていますから頑張ってくださいね。」

「うぅ・・・、そう言うの苦手なんだけどなぁ。」

そうだと思う。

でも彼女に必要な物を学ばせるにはこれが一番の方法だと思っている。

一人でダンジョンに潜る実力がありながら先に進めないのは誰かと合わせるという事が彼女は苦手だからだと考えている。

協調性を学ぶいい機会だとおもえばいい。

それに、未経験者で班を組むのがやっぱり面白いからね!

班が出来たらいよいよ体験会スタートだ。

周りで話を聞いていた冒険者達も道具の有用性を再確認したのか足りない備品を買い求めにカウンターに殺到している。

準備が一番大切だという事を再確認してくれたようで何よりだ。

そう、これが道具を配った一番の理由。

損して得取れという奴だな。

「御主人様、人数分の携帯食料と水準備できました。」

「その他は手筈通りの場所に搬入するようバッチさんにお願いしてください。」

「そちらの手配も完了です。設営もしておくと張り切っておられましたよ。」

「できればその辺りも彼らにやらせたい所ですが・・・、工程を考えると体力的に難しいでしょうからお願いしておきましょう。」

「畏まりました。」

ダンジョンに潜るうえで一番大切な物。

いや、ダンジョンに潜らなかったとしても一番大切な物。

それが食料だ。

それを班づくりでワイワイ盛り上がっている彼らの机の下にそっと忍ばせておく。

一泊二日分の食料。

それを持った彼らがどんな反応をするのか。

楽しみだなぁ。

「シュウイチ楽しそうだな。」

「そう見えますか?」

「商人を辞めてそっちの道でも食べていけるんじゃないのか?」

「褒めていただけて嬉しいですが、やっぱり私には商人が一番性に合っています。」

「それもそうか。こんなやり方で金を稼げるのはシュウイチぐらいの物だからな。」

カウンターに押し寄せる冒険者を見ながらシルビア様が苦笑いをしている。

お褒めにあずかり光栄です。

「思っていた以上に初心者のようですので、道中の護衛どうぞよろしくお願いします。」

「さっき護衛についてくれた別の冒険者と打ち合わせをしておいた。彼らなら問題ない。」

「お知り合いですか?」

「会えばわかるさ。」

それは楽しみだ。

時間に限りもあるし準備ができ次第現地へと移るとしよう。

ダンジョン体験ツアー、いよいよスタートだ。
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