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第十三章

脱出するために手段は選んでいられない

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 翌朝。

 ジュニアさんとアベルさんが再び王城に向かったのを確認して行動を開始する。

 昨日聞いた話を含めてもう一度考えていたが、出た結論は一つだけ。

 俺には全く関係のない話、ということだ。

 ヤーナさんの件は残念だと思うしラーマさんも大変だとは思う。

 でもそれとこれとは話が別だ。

 無理やり結婚させられそうになっている俺からしたら迷惑なだけで、話を聞いたからといって何かが変わるわけではない。

 ならば俺の取るべき行動は一つだけ。

 このままここに居て無理やり結婚させられるぐらいなら逃げ出して見せる。

 もちろんメルクリア女史に言われたことを忘れたわけじゃない。

 無茶はしない。

 でも、それって無茶じゃない範囲でならして構わないという事だよね。

 幸い荷物もないし体一つあればどうにかなる。

 ネムリも含めて逃げ出した俺をかくまってくれそうな人もいるし、しばらくはそこにかくまってもらうとしよう。

 後はあの法律にどうやって対処するかだが、それは追々考えれば大丈夫だろう。

 要は過半数を取らせなければいいだけの話だ。

 外堀を埋めるようにすこしずつ対処していけばきっと何とかなる。

 一先ず現時刻をもって脱出大作戦準備段階の開始だ。

 え、一体何事だって?

 まぁまぁ何も言わずについて来てよ。

 お目付け役はいない。

 監視役もいない。

 今のうちに脱出に使えそうなものを集めておくとしよう。

「そもそもこの部屋って地上何メートルぐらいの高さに作られているんだ?」

 準備段階で必要なのは長い布。

 長ければ長いほどいいが、細いのは良くない。

 あ、ナニの話じゃないですよ?

 これが無いとそもそも始まらない。

 次いで路銀だ。

 こっちに関してはいくらあっても困ることはないけど、そう簡単に手に入れる事はできない。

 サンサトローズならお金がなくても顔パスでいろいろできるがここは王都だ。

 慎重に行動する必要があるだろう。

 とりあえず簡単に手に入りそうな大きな布から行きますか。

 俺は大きく伸びをしてから部屋の扉に手をかける。

 ゆっくりと引いて隙間から廊下を確認。

 よしよし、誰もいないな。

 外出禁止とは言われたけれど部屋から出ちゃいけないと言われたわけではない。

 っていうか部屋にトイレがないんだから部屋から出るのは致し方ない。

 そう、仕方のないことだ。

 そう考えるだけで心が幾分か軽くなったので思い切って部屋の外へ一歩足を踏み出すと・・・。

「イナバ様どちらに?」

 一歩。

 本当に一歩足を出した所でマオさんに見つかってしまった。

 おかしい、確かにそこには誰もいなかったはずなのにいったいどこから出てきたんだ。

「ちょっとトイレに。」

「その割には随分と気合を入れておられましたね。」

「そんなことありませんよ。」

「そうですか?」

「すみません、ちょっと急いでいるのでまた後で!」

 このままでは埒が明かないので漏れそうなフリをして慌ててその場から逃げ出した。

 見つかってしまったとはいえ作戦そのものに変更はない。

 第一目標布の確保。

 あるとしたら洗面所かお風呂場か倉庫か、とりあえずその辺りから攻めてみるか。

 マオさんの追跡は無い様なのでありそうなお風呂場にお邪魔してっと・・・。

「え?」

「え?」

 辺りを確認しながら後ろ向きでお風呂場に入ると背中の方から何やら驚いた声がする。

 まさかマオさんが?

 でも声のトーンはもうすこし高めだし別人だろう。

 じゃあこの声の主はいったい誰だ?

 恐る恐る後ろを振り向いた俺の目に飛びこんできたのは、真っ赤な顔をして胸元を隠すラーマさんだった。

 胸元を隠したのはいいけれど、布の面積が少なすぎて下半身を隠しきれていない。

 いつぞや猫目館から送られて来たような普通とは違うセクシーな下着がチラチラと見えている。

 見ちゃいけない。

 心ではわかっているはずなのにどうしても目が離れないのは男の性という奴だろう。

 俺は悪くない。

 そこにいるのが悪いのだ。

 とは、絶対に言えない状況だった。

「し、失礼しました!」

 叫ばれる前に大慌てで風呂場から飛び出し扉を閉める。

 シルビア様じゃないけれど朝からいい物を見せてもらったなぁ。

 ってそうじゃない。

 幸い中からラーマさんの叫び声は聞こえてこなかったが、早くも第一目標確保に暗雲が立ち込めてきたぞ。

 ここを探せないとなると次は倉庫になるわけで・・・。

「倉庫なんて一体どこにあるんだ?」

「倉庫でしたら食堂のそのまた奥にございますがトイレはそこにありませんよ。」

「ですよね。」

「お風呂場はただいまラーマ様が使用しておられますので今しばらくお待ちください。」

 言うのが遅い!

 っていうかさっき部屋の前で別れたはずのマオさんがなんでこんな所にいるんでしょうか。

 いくら何でもここに来るのが早すぎませんかね。

「それと、いくら将来を誓い合う予定とはいえ淫らに男性に肌を晒すことはよろしくありません、旦那様がお留守だからこそ、そういった事は慎んでいただかねば。もしどうしても我慢できないようであれば娼館から人を出してもらう事も出来ますので一度ご相談ください。」

「いや、そこまでは大丈夫です。」

「子供が出来るのはありがたい事ですがせめて婚約が成立してからでお願いいたします。」

 なんで俺がラーマさんを抱くこと前提何ですかね。

 確かに間違って中に入っちゃいましたけどあれは不可抗力という奴でして・・・。

「な、何か用ですの?」

 マオさんに諫められていると真っ赤な顔をしたラーマさんが扉の隙間からこちらを覗き込んでいた。

「先程は失礼いたしました。」

「札を出していなかった私も悪いんです、仕方ありませんわ。」

「おや、トイレに行くと言って覗きに行ったのではなかったのですか?」

「覗きに来たんですの!?」

「違いますよ!」

「そうでしたか。てっきりそうだとばかり、これは大変失礼いたしました。」

 何が悲しくて朝一番で覗きをせねばならんのだ。

 流石にそこまで飢えてないぞ。

「そうだ、貴方今日からどうするつもりなの?」

「どうするも何も外出禁止を命じられていますから大人しくしておきます。」

「じゃあ暇よね?」

「いや、暇って訳では。」

「なら何かする予定があるのかしら?」

「これといってありませんが。」

「それなら私の手伝いをして頂戴、構わないわよね?」

 いや、これから脱出大作戦の準備があるんですけど・・・。

 だけどここで断るような理由も無いわけで。

 参ったねこりゃ。

 早くお目当ての布を探したいんだけどなぁ。

「必要な物がございましたら用意いたしますが?」

「あ、いえ大丈夫です。」

「長さはいかほど用意すればよろしいでしょうか。」

「ですから大丈夫です、気にしないで下さい。」

 いかんいかん、心の声が駄々漏れだ。

 気をつけないと。

「とにかく半刻ほどしたら呼びに行くから、その後はマオについていってちょうだい。」

「お迎えに上がりますのでどうぞ自室でお待ち下さい。」

「・・・わかりました。」

 仕方ないまだ機会はあるしここは部屋に戻るとしよう。

 マオさんに先導され自室へ戻り、待つこと少し。

 すぐに扉がノックされマオさんが戻ってきた。

 あれ、服装がさっきと違う。

「お待たせしました、着替えを用意いたしましたのでこちらにお着替え下さい。」

「今ですか?」

「今すぐにです。」

「わかりました。」

 ここ数日準備してもらっていた服とは明らかに素材が違う。

 俺がいつも着ているような庶民が着る服のようだ。

 一体何をさせられるんだろうか。

 マオさんも何時のようなメイド風ではなく何処にでもいる街娘のようだ。

 ここで働いてなかったらあんな感じなのかな?

「準備できましたね、さぁ行きましょう。」

 とりあえずささっと着替えて部屋を出ると振り返りもせずにマオさんが屋敷の奥へと歩き始めた。

 少し進んでは止まり、また進んでは止まる。

 まるで何かを警戒しているような感じだ。

「一体どこへ行くんですか?」

「今はお静かに願います、すぐにつきますので。」

 うぅむ。

 まさかアベルさんに独房へ入れるように言われているとか?

 だからこんな普通の服に着替えさせたのか。

 なるほど!

 ってなるほどじゃないよ!

 なんて一人ノリツッコミをしているうちにどんどんと人気の無い屋敷の奥へと連れて行かれる。

 これマジなんじゃないですか?

 だってどう見てもここ普段使ってませんよね。

 ほら、ホコリがこんなに残っていましてよ?

 屋敷には埃一つ落ちてなかったというのに壁を指でそっとなぞると真っ黒になってしまうぐらいに汚れている。

 どう考えても手を入れられた形跡がない。

 やっぱり独房行きか。

「ラーマ様ここでしばしお待ちください。」

「大丈夫だと思うけどよろしくね。」

 しばらく進むと通路は真っ黒い壁に阻まれてしまった。

 その壁に向かってマオさんが手をかざすと鈍い音を立てて壁がゆっくりと横に動く。

 あ、これ知ってる!

 ミド博士の研究等の入り口にあるやつとおなじだ!

 まさかこんな所で同じ技術を使っているとは。

 うーむ、金かかってるなぁ。

 壁が動くと同時に真っ黒だった通路に光が差し込んでくる。

 冷たい風が吹く。

 どうやら外に繋がっているようだ。

 完全に開いた壁の向こうにマオさんが飛び出し周りの状況を確認する。

 おそらく今の通路はホンクリー家の非常用通路か何かなのだろう。

 敵が襲って来ることはないだろうけど暗殺者とか、命を狙われない保証はない。

 そういった事態から逃げられるように作ってあったんだな。

「大丈夫です。」

 どうやら問題ない様だ。

 ラーマさんに続いて通路の外に出ると人気のない古びた小道に出た。

 独房ではなく外に連れてきてもらったみたいだけど・・・。

「あの、外出禁止ではなかったのでしょうか。」

「もちろんそうなっております。」

「ですがここは・・・。」

「外出禁止を命じたのは確かにお父様ですけど、それよりも先に街を案内すると約束したのは私ですわ。私約束は守る主義ですの。それにホンクリー家の人間がこんな格好をするはずないですもの、今ここに居るのはただの一般人、そうよねマオ。」

「仰る通りですラーマさん。」

 あ、ちゃんと様付けからさん付けに変わってる。

 徹底してるなぁ。

「いや、それでいいなら私は構わないのですが・・・。」

「お嬢様ひとまず大通りへ、ここは目立ちます。」

「それもそうね詳しい話は後でしましょう。」

 こんな細い通路に大人が三人、確かに目立つ。

 マオさんを先頭に細い道を抜けると昨日歩いた大通りへとたどり着いた。

 聖日ではないにも関わらずこの人の量。

 さすが王都って感じだな。

「約束をしていたのは市場だったわね。」

「はい、その約束でございました。」

「聖日の市は見れなかったけど、普段の市でも十分楽しめるはずですわ。」

「まさか外に出れるとは思いもしませんでした、本当にありがとうございます。」

「べ、別に御礼なんていりませんわ。私はただ自分の約束を守りたいだけですし、お父様とジュニアは王城にいるし夕刻までに戻れば問題ありませんもの。」

「ですが私達がいないとわかれば屋敷からすぐに連絡が行くでしょう、一応イナバ様のお部屋で逢引されている事になっておりますのでだいじょうぶだとはおもいますが・・・。」

「あ、逢引!?」

「大きい声出さないでくださいます?別に夫婦になるのですからおかしいことありませんわ。」

 いや、十分おかしいでしょ。

 まだ結婚もしていないような男女が半日以上同じ部屋にいるとか、どう考えてもすることしてる様にしか見えないじゃないか。

 まだエミリア達ともしていないのに!

 って、そうか実際はしていないんだから別に問題ないか。

 焦った焦った。

「さぁ市場はすぐそこです、参りましょう。」

 その後連れて行ってもらった市場はサンサトローズの二倍、いや三倍はあろうかという広さだった。

 区画は整備されているようで自分たちの持ち場でそれぞれが思い思いの品を売っている。

 食料品が多いけど、よく見ると雑貨屋日用品なんかも売っていた。

 どう見ても冒険者って風貌の人が魔物の素材だろうか、そんなものを店頭に並べていた。

 それに通りかかった冒険者が気付き、店主に話しかけていた。

「店を出すのは自由なんですか?」

「管理組合に手続きをして、所定の代金を支払えば誰でも店を出すことが出来ますわ。」

「何を販売しても構わない?」

「ご禁制の物は無理ですけど大抵の物は取引できるはずです。」

「それはすごい!」

「もちろんやりたい放題を避ける為に、ほらお客に交じって警備が巡回しているでしょう?」

「本当ですね。」

 よく見るとお客とは違う動きをしている人たちがいる。

 私服警官ならぬ私服警備員が巡回をして商品を確認しているのか。

 なるほどなぁ。

「それにしても市場について詳しいんですね。」

「あたりまえですわ、この市場を管理しているのが我がホンクリー家なんですもの。」

「ラーマさん、今はただの一般人です。」

「そ、そうだったわね。」

「自由に出店させることで出店を増やして利益を出し、そこから犯罪の温床にならないようにしっかりと取り締まるだけの警備にお金を回す。最終的な売り上げに応じてお金を徴収したりするんですか?」

「そんなことしたら誰も出店してくれなくなくなりますわ。」

「それはすごい!通りで皆さんやる気に満ち溢れているわけだ。聖日や休息日の市も見てみたいなぁ。」

「毎回連れて出れはしないけど、お父様がおられなければ偶に来てさしあげますわ。」

 あれ?

 結婚したらとか言い出さないの?

 てっきりそう来るのかと思ってたのに・・・ってそうか。

「マオさんから聞かれたんですね。」

「えぇ、貴方に全て話したと聞きましたわ。」

「それでどうしてここに?」

わたくし約束を破るのは嫌いですの。」

「それだけですか?」

「それ以外に何かありまして?マオが話さなかったとしてもいずれ私の口から直接貴方にお話していましたし、何がどうであれ私の気持ちに変わりはありません。貴方は私と結婚するに相応しいお方、その事実は何も変わりませんわ。」

 まっすぐな目で俺を見るラーマさん。

 その眼は最初に出会った時とは明らかに違っている。

 自信に満ち溢れ、俺を信頼しきっている目だ。

 でも、そんな目をされても俺の決意は変わらない。

 俺はこの街を出て皆のいる村へ、商店へ帰る。

 その為には手段を選ぶことはない。

「あ、あれ良いですね。」

「あれは・・・ただの布ですわよ。」

「長さといい厚さといいいい感じです。」

「いったい何につかいますの?」

「当分はこうやって外出できませんからね、暇つぶしに使うんです。」

「いらっしゃい、この布なら銀貨1枚だよ。」

「じゃあ・・・ってそうでした。」

 しまった。

 ついいつもの癖で買い物するつもりでいたけどお金持ってきてなかった。

 っていうかそもそも持ってなかった。

 困ったなぁ。

「マオ、お支払いして。」

「かしこまりました。」

「毎度あり!」

「いいんですか?」

「何に使うか知りませんけど、あの部屋から出れないのは確かに苦痛ですもの。それで気が晴れるのなら安い物ですわ。」

「ありがとうございます。」

 ここで恩を感じてはいけない。

 俺はこの街から出る。

 その為にはラーマさんたちだって利用する。

 そももそ俺を攫ってきた人たちなんだ、遠慮する必要はない。

「さぁ、他も見て回りますわよ。」

「よろしくおねがいします。」

 そう理解しているはずなのに、どうして心の奥が痛むんだろうか。

 出れないと思っていた矢先の自由時間。

 嬉しいはずの時間は何とも言えない気持ちと一緒に過ぎて行ったのだった。
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