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第十二章

妖精に守られし村

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 村に入った俺達に一番最初に気付いたのはやはりシルビアだった。

 もちろん偶然だとは思うがなんだかちょっと嬉しい。

 だが、まるで魔物と戦った後のような俺の見た目に何とも言えない表情をしている。

 ですよねー、そんな顔しますよねー。

「状況から考えて魔物に襲われたわけではないと思うが、随分と派手にやったな。」

「あはは、いい年してこけてしまいました。」

「すぐに手当てを。それが終わったらすぐ父上の所に向かおう。」

「手当は大丈夫です先に向かいましょう。」

「馬鹿を言うな。そんな状態で父に会せようものなら私が何を言われるかわからん。」

 ニッカさんの事だ、治療をしないと話すら聞いてもらえないだろう。

 でも困ったなそんな時間も惜しいんだけど・・・。

「イナバ様これ!」

 と、そんな俺達のやり取りを遮るように横から差し出されたのは見覚えのある緑色の液体。

 売価一万五千円もする初心者冒険者にはちょっとお高いポーションだ。

「シャルちゃん!」

「魔物がいっぱい来るんですよね?だったらこれ使ってください。」

「まだいっぱい来るとは限らんぞ?」

「いえ、来ます。数についてはこれから答え合わせをしますがかなりの数のディヒーアが来ることは間違いないでしょう。」

「種類まで特定したのか、わかったすぐに向かうとしよう。とりあえずそれを飲んでからな。」

「お代は後で渡しますね。」

 知り合いとはいえさすがに商品をただでもらうわけにはいかない。

 全部終わったらちゃんとお支払いします。

 差し出されたポーション瓶を口に含み上を向いて一気に流し込む。

 薬草が原料になってはいるが加工する際に変質するのか青臭い味は一切しなかった。

 どっちかというと爽やかなミントな感じ。

 飲んだ瞬間にその軽い刺激が体全体に広がるのが分かった。

 右肩の痛みが嘘のように引いて行き、擦り傷までが無くなっている。

 試しにぐるぐると右肩を回してみても痛みが嘘の様に感じられない。

 すごいなポーション、そりゃ高いだけあるわ。

 前に飲んだのは疲労を回復する為だったし、実際にケガをしてみるとそのありがたさが身に染みる。

 冒険者にとって怪我は命の危険に直結するが、これ一本でその危険を回避できるのだから高くても買う価値あるよな。

「御主人様よろしいですか?」

「えぇもう大丈夫です行きましょう。」

「まだまだいっぱいありますから必要だったら言ってください!」

「そうならない様に万全を尽くします、ありがとうシャルちゃん。」

 ウサミミ少女の頭を優しく撫でるとくすぐったそうに目を細めて笑ってくれた。

 この笑顔の為に大人が出来る事は一つ。

 出来る事をやる。

 それだけだ。

 その足でニッカさんの家に向かうと中では村の重役達が熱い議論を交わしていた。

 俺達を除いて総勢6名。

 小さい村だからみんな顔見知りだ。

「遅くなりました!」

「これはイナバ様ようこそお越しくださいました。」

「遅いぞ兄ちゃん、それで詳しい事は分かったのか?」

「それも含めてこれからお話しします。あ、紹介します雪の精霊ルシウス君です。」

「「「「「せ、精霊様!」」」」」

 オッサンがやっと来たみたいな顔をして主導権をこちらにぶん投げてきたので、とりあえず初対面のルシウス君を紹介してみたんだけど・・・。

 精霊ってものすごい珍しい存在で、一生に一度会えるか会えないかの存在だっていうのすっかり忘れてたよ。

 おもわずいつものようにルシウス『君』って説明してしまった。

 村側の全員が一斉に土下座しそうな勢いで頭を下げる状況にルシウス君と顔を見合わせて苦笑いを浮かべる。

 まぁやってしまったものはしょうがない。

 良い感じで会話の主導権が渡ってきたのでそのまま話を進めてしまうとしよう。

「ルシウスですよろしくお願いします。」

「精霊様にお会いできその上お力までお借りできるなど身に余る光栄でございます。私はこの村の長を務めておりますニッカと申します、どうぞよろしくお願い致します。」

「早速ですが新たに判明した内容を含めて、最初からお話しします。あ、頭を上げて気楽にしてください。」

「気楽にと言われましても・・・。」

「僕の事は空気だと思ってくれれば大丈夫です!」

 いや、それができないんだよルシウス君。

 一番最初に出会った人間がドリちゃんたちの影響があったせいもあってこの調子だからこんなに畏まられることはなかったんだろうな。

 それに関しては俺が悪いと言えるだろう。

 祝福をくれた三人は皆精霊『様』としてあがめられるべき存在なのだ。

 その相手に対してため口で会話をしているのだから俺も大概なんだけど・・・、本人たちにフランクに接しろと言われているんだから仕方ないよね。

 おずおずと言った感じで全員が顔を上げ助けを求めるような顔で俺を見て来る。

 大丈夫です取って喰われることはありませんよ。

 そう伝わる様に最高の笑顔でその視線を受け止めた。

「シルビアからある程度聞いているとは思いますが、まず最初にこの村の置かれている状況からお話しいたします。理由は後でお話ししますが現在この村は大量のディヒーアという鹿の魔物に狙われています。私達が選ばなければならない選択肢は二つ、一つは全員でこの村を脱出するという物。二つ目は、何かしらの方法でその魔物を迎えうつという物です。」

 話は簡潔に。

 必要な情報だけを提示して整理しやすくする。

 何でもかんでも情報を出すだけじゃ質のいいプレゼントは言えないからね。

「ディヒーアって言えば臆病で有名な魔物だったな。そいつがどういてここを襲うんだ?」

「それに関しては今は何とも。」

「なんだそりゃ、理由もわからず襲って来るのかよ。」

「それはまた別に説明します。それと、連日村を悩ませてきた一連の悪戯騒動ですがこちらもひとまず解決できそうです。」

「皆神経をすり減らしておりましたからな。小さな悪戯とはいえ相手がわからないことがこんなに苦痛だとは思いもしませんでした。」

 ニッカさんがホッとしたように胸をなでおろす。

 この悪戯のせいで村が二分されようとしていたんだから当然か。

 今もその種火はくすぶっているだろうけど、今回の騒動が解決した時には一緒に無くなってくれることを祈るしかない。

「悪戯の犯人は、この村にいる妖精でした。」

「「「「妖精?」」」」

「彼らは目には見えませんが今もこの空間のどこかにいて、私達の話を聞いている事でしょう。普段は別に悪さをすることはありませんし、妖精がいるからと言って何かを変える必要もありません。」

「その妖精ってやつがなんであんな悪戯するんだよ。嫌がらせか?それともほかに理由があるのか?」

「誤解の無いようにお話ししておきますが、普段は悪戯や悪さをするような存在ではありません。ですが今回は悪戯をすることで私達に危機が迫っていることを知らせようとしてくれていたのです。」

「本当かよ。」

 信じられないという顔で俺を見てくるオッサン。

 そんな顔されても事実なんだから仕方ないじゃないか。

 しかたない、こんな時は直接本人に説明してもらうとするか。

「そう思うのも無理ないので、直接妖精に話を聞き説明してもらおうと思っているんですけど・・・。ルシウス君、精霊がいれば妖精と話ができるって聞いてきたんですけど可能ですか?」

「妖精と?えっと、誰の話を聞けばいいんでしょうか。」

「沢山いるんですか?」

「イナバ様には見えないんでしたね。」

 ルシウス君の視線を追う感じでは部屋のいたるところに妖精がいるみたいだ。

 それもそうか、自分より上の存在が来たら挨拶ぐらいしに来るよね。

 その中で誰の話を聞くべきか・・・。

 確かバッチさんは、ある程度力を身に着けた妖精なら話ができるって言ってたな。

「では妖精の皆さんに質問します、この中で事情を理解しつつかつ一番力のあるのは誰でしょうか。」

 姿が見えないので適当な場所を見ながら本人たちに聞いてみる。

 と、先ほどまで動き回っていたルシウス君の視線が一か所を見てピタッと止まった。

 どうやらあそこにいる?妖精がそうらしい。

 さっきは精霊がいれば話ができるって聞いてたけど、実際どうすればいいんだろう。

 ルシウス君は知ってるんだろうか。

「君だね、うんそれぐらいなら渡しても大丈夫かな。」

 なにやら二人で話をしているようだけど・・・おや?

「ルシウス様ありがとうございます!」

「なんだ、声が聞こえるぞ?」

「聞こえる?やったやっと話ができるよ!」

 部屋の中にすこしハスキーな声が響き渡る。

 姿は見えないけどどうやらルシウス君が話せるようにしてくれたようだ。

 声の感じじゃ性別はわからないけど、まぁいいか。

「あなたが今回悪戯を仕掛けた本人ですか?」

「んー、僕一人でやったわけじゃないけどそうなるのかな?」

「先ほどの話は聞いていたと思いますが、魔物が来る事を知らせようとしていた、そういう事で間違いありませんね?」

「そうなんだよ!なんであれだけ悪戯しかけたのに怖がってくれないのかなぁ君たちは!」

 あ、あれ?

 さっきまでの声と同じなのに急に雰囲気が変わったぞ?

「最初は悪戯して脅かせば逃げると思ってたのに全く逃げないし、逃げないどころか今度は犯人探しまで始めるしさ。昔はちょっと脅かせば人間なんてすぐに逃げたのに一体どうなっちゃったんだよ。魔物が襲って来るんだよ?大切そうな板にいっぱい書き込んで絵まで描いたのにさ、どうして気付いてくれないのさ!」

 どうなっちゃったんだよといわれても困るんだけど。

 なんだよこの昔は良かった的な発想は。

「申し訳ありません、なにぶん妖精文字を読める人がいないものですから。」

「え、読めないの!?」

「今はもう読める人間は殆どいないでしょう。」

「そんな、たかだか100か200年前はみんな普通に読めたのに。じゃあさ、どうやってあれを解読したの?」

「ダンジョン妖精に読んで貰いました。」

「じゃあ、ほんとに読めないの?」

「読めませんね。」

 さっきの威勢はどこへやら、どんどんと声が小さくなっていく。

 そりゃ読めもしない文字で知らせても分かってもらえないよな。

 脅かして逃げなくなったのも妖精という存在が希薄になりすぎたからだろう。

 正直に言って誰もわからなかった。

 だから悪戯されても君が悪いだけでアクションを起こせなかったんだな。

「『何か変わった事が起きたらそれは妖精が悪さをしているのだよ』と、昔祖父が言っていた事を思い出しました。本当に妖精は身近にいたのですね。」

 なるほどと言った感じでニッカさんがうなづいている。

 ニッカさんの祖父という事は逆算してざっと100年ぐらい前になるのかな。

「ずーーっと、ずーーーっと一緒にいたのにどうりで最近僕達の話をしないわけだよ。精霊様の話をしだししたのも最近だし、まぁそれでそこの君に何とかして貰おうとしたわけだけどさぁ。」

「私ですか?」

「君さ、祝福を三つも持っているのにどうして僕達の事がわからないんだよ!」

「それに関しては私も教えて欲しいぐらいです。」

 三精霊の祝福をもらっているのは恐らくこの世界で俺一人だろう。

 メルクリア女史やリュカさんのように一精霊で絶大な力を使えるようになるはずなのに、俺と来たら一ミリも使える気配がない。

 これはあれか?

 ゼロにいくらかけてもゼロと同じ理論なのか?

 素質の問題なのだろうか。

 そうだとしたら残念な話だ。

「本当に見えないの?」

「えぇ、これっぽっちも。」

「本当は祝福なんてもらってないんじゃ・・・。」

「イナバ様のことを悪く言うのは止めなさい。」

「ご、ごめんなさい!」

 ルシウス君の鋭い視線に妖精の声がこわばるのがわかった。

 こらこらそんなに睨まないの、気にしてないから。

「そういえば先ほど私に何とかしてもらおうとした、そう言ってましたね。」

「う、うん。」

「一体何をしたんですか?」

「え?知り合いみたいな人の家にびっしり文字を描いたんだよ。そしたら驚いて真っ直ぐ君の家に向かったでしょ?脅かされたらやっぱりあんなふうに反応するのが普通なんだよ。」

「あぁ、それでメッシュさんの家を文字だらけにしたんですか。」

「でもお陰でこうやって君と話が出来たんだから悪くなかったでしょ?」

 いやまぁそうなんだけど、メッシュさんのあの怖がり様を考えると不憫で仕方が無い。

 あとで悪戯だった事をしっかり説明しておかないとな。

「なぁ、一つ質問があるんだけどいいか?」

「何?」

「なんで村に悪戯なんかしたんだよ。最初からこいつに話を持っていけばはやかったんじゃないか?そうすれば明日までにどうするか決めなくちゃならねぇ状況にもならなかったはずだ。」

 確かにオッサンの言うとおりだ。

 最初からうちに来て悪戯なりなんなりしていればもう少し早く状況がわかっていたかもしれない。

 そりゃ村が襲われるんだから村に知らせるのが普通だというのもわかるけど、脅かして逃げなかったんならさっさと方法を変えたらよかったのに。

 そうオッサンは言ってるんだろう。

 周りの重役たちもウンウンとうなずいている。

 そうすれば長期間にわたって不可解な減少に悩まされう事も無かったし、仲たがいが生まれる事も無かった。

 まぁ、仲たがいに関しては種火としてくすぶっていただろうから早めに発覚してよかったのかもしれないけどさ。

「だって僕たちこの村の妖精だし。」

「はぁ?」

「だから、この村の妖精なんだから他に言うわけないじゃん。」

「でも、メッシュさんには・・・。」

「そうしないとここ潰れちゃうでしょ?だから仕方なく他の妖精にお願いしたんだよ。結構恥ずかしいんだからね、お願いするのって。」

 いや、その気持ちはわからなくはないけど・・・。

「妖精様はこの村に住んでおられるんですか?」

「んー、住んでるっていうか生きてる?僕たちにとってここは家でもあるし働く場所でもあるから無くなると困るんだ。」

「いつも私達を見守ってくださったのですね、ありがとうございます。」

「そうそう、そうやって感謝してくれたら僕達ももっと手伝いできるからさ、お願いね!そしたら来年も頑張って野菜とか成長させるから!」

 おぉ、そう言う関係になるのか。

 面白いな。

「それにさ、そっちは魔物に襲われないし精霊様がいるからさ。僕達みたいな妖精が出しゃばっちゃ失礼になるでしょ。」

「確かにドリちゃんは怒るかもしれないですね。」

「え、そうなの?」

「三人の中で一番イナバ様の事を心配しているのはドリちゃんですから。その次が僕ですね。」

「あれ、ディーちゃんは?」

「ディーちゃんはなにかが起こるまで動かないと思います。でも、それが起きたら一番頑張るんじゃないでしょうか。」

 あー、うん。

 なんとなくそれはわかる。

 怒らせたら一番怖いタイプだよね、ディーちゃんって。

「とりあえず理由は分かった。気づかなくて悪かったな。」

「ほんとだよ!次からは気づいたらすぐに何かしてよね!」

「何かってなんだよ。」

「この人を呼んだりとか、いろいろ出来る事あるでしょ!」

 いや、結局俺を呼ぶんかーい!

 うちの精霊『様』もそうなんだけどさ、なんでここの妖精もちょっとチャラい感じなんだろうか。

 でもルシウス君はそんな感じしないなぁ。

 あ、もしかしてルシウス君は別の場所で生まれたからか?

 でもそんなチャラい妖精が守ってくれているその事実を知ったとたんに、なんとなく他の皆の空気が変わった気がした。

 今まではよくわからない何かが悪戯をしているとばかり思っていたけれど、それも全て自分たちの為だった。

 その事実が分かっただけでもこれからの捉え方が変わってくるもんな。

 妖精が守ってくれる村。

 今後はそんな風に思いながら暮らしていくんだろう。

 ま、うちは精霊に守られてるお店ですけどね!

「お話の途中申し訳ありませんがまだ大切な事が分かっておりません。」

「ユーリの言う通りだ、ディヒーアがどれぐらい襲って来るかや詳しい時間など、他にわかってことはないのか?戦うか逃げるか、今はそっちの方が大切だろう。」

 二人の仰る通りです、すっかり忘れておりました。

 今回の本命はこっちでした。

 話は簡潔になんて言っときながら随分と脱線してしまいました。

 申し訳ありません。

「それじゃあ次にその話だけど・・・。」

 妖精の説明はまだまだ続く。

 ここからがこの村の存続をかけた大切な話だ。

 気合入れて行かないとな。
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