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第十一章

イナバの上級ダンジョン:完結編

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 古今東西津々浦々、敵を前に一人残るというシーンは数あれどこれほどまでに使えない人間はいないだろう。

 戦闘経験は無いしもちろん武器だって立派な物は無い。

 手元にあるのはダマスカスの短剣だけ。

 それこそチートだなんだと持て囃される異世界系であればここから主人公の無双がはじまるんだろうけど、残念ながらそういう力は与えられていない。

 ただのTHE商人である。

 それでいて眼前に迫る敵は万を越え・・・。

 すみません冗談ですそんなに居ません。

 でも俺からしたらそれに匹敵するぐらいの戦力差だ。

「さて、どうしたものか。」

 諦めとも取れるような独り言が口からこぼれる。

 決して死ぬ為に残ったわけじゃない。

 何も出来ない俺が残った所で時間稼ぎにもならないんだから普通ならみんなと共に逃げるところだ。

 でもそれをしなかった。

 理由はただ一つ、この奥に用があるから。

 ここで戻るという選択肢は今の俺には無い。

 じゃあどうするかって?

 そこはほら、手に入れたチート級のあれがあるじゃないですか。

 出てくるとは限らないけど、ここで出てこなかったらちょっと恨んじゃうぞ。

 この前のように手元に触媒は無い。

 だけど置かれている状況は似たようなものだ。

 違いがあるとすれば掌に穴が開いてるか空いてないかだけ。

 開けた方が良いのかもしれないけれど痛いのは勘弁願いたい。

 魔物たちは俺に気付いているようだがその勢いは止まらない。

 どうしてこんなに出てきたのかって?

 それは聞いてみないと分からないけど、おそらくキマイラっていう壁がなくなったからじゃないかなぁ。

 喧嘩まではしないまでもキマイラによって抑圧されていた魔物達が、崩れた堤防よろしくそこから一気になだれ込んでくる感じ。

 俺達の天下だ!

 とか言っているのかもしれない。

 まぁその天下も一瞬ですよっと。

「ドリちゃん、ディーちゃん聞こえる?」

 俺は最後のカードを切るべく祝福を授けてくれた二人に問いかける。

 リュカさんやメルクリア女史が呼び出せたんだ俺も出来るだろうなんて思っていたわけですが・・・。

 返事は無い。

「ドリちゃん、ディーちゃん助けて欲しいんだけど!」

 魔物が迫ってくる中焦り気味に二人を呼んでみる。

 が、同じく返事は無い。

 あのー、マジですか。

 ここにきて本当に出てこないのはちょっと。

 もう目と鼻の先まで魔物が迫ってきている。

 ヤバイ。

 ヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイ!

「聞こえてる?聞こえていますか?ねぇ聞こえてるー!?お願いします出てきてくれませんか!」

 必死になって呼びかける。

 いや、こっちとしたらかっこつけた手前命がかかっているわけでして。

 このままだと間違いなくひき殺されて死んじゃうんですけど!

 ちょっとお二人さん!

「そんな頼み方じゃドリちゃん出てきてあげなーい。」

 と、必死になっていたらドリちゃんの声だけ聞こえてきた。

 なんだよ聞こえてるんじゃないか!

「お願いしますドリアルド様、ウンディーヌ様出てきていただけませんでしょうか!」

「うん、いいよ?」

「ダーメ!もっとちゃんとお願いしてくれないと出て行っちゃダメ!ほら、シュウちゃんにしか出来ない事あると思うんだけどな~。」

 いや、今ディーちゃんがいいよって言ったよね!?

 なのに何で遮るのさ、ドリちゃん!?

 俺が一人でアタフタしていても魔物達には関係ない。

 今や手に持っている得物の輝きすら分かるぐらいになっている。

 あの鈍い光。

 切れ味は期待できないけど刺されると間違いなく痛いだろうなぁ。

 苦しいだろうなぁ。

 ってそんなに冷静になっている場合か!

 俺にしか出来ない事。

 出来ない事って何だ!

「お菓子あげるとか!」

「ブッブ~ちがいまーす!」

「頭撫でてあげるとか!」

「ブッブ~、うーんもうちょっとかな~!」

 もうちょっとって何だよ!

 この状況でまだ足りないといいますか!

 このギャル精霊め!

「じゃ、じゃあギュってしてあげるからそれで出てきてお願いします!」

「それにキスもしてくれるんだったらいいよ!」

 パニック寸前の俺に浮かんだ最後の選択肢。

 なぜか浮かんできたエミリアとシルビア様の顔を見て思いついたのがそれだった。

 俺のお願いに応えるように目の前の空間が歪み、二人の少女がポンと姿を現した。

 緑色の髪をした女子高生と、紺色の髪をした女子大生。

 ちなみにどっちも『風』である。

 あの、ハグだけのはずなんですけど何でキスまで増えているんでしょうか。

「お待たせシュウちゃん!」

「お待たせ、シュウちゃん。」

 森の精霊ドリアルドと水の精霊ウンディーヌ。

 俺に精霊の祝福を授けてくれた精霊『様』。

 まさかこの場において接吻を要求されると思わなかったけど、俺の切り札が無事姿を見せてくれた。

「待ってたよ二人とも。」

「えへへシュウちゃんがキスしてくれるんだって。やってねドリちゃん!」

「嬉しいな、キスしてくれるって事は、お嫁さんに、してくれるんだよね?」

「いやさすがにそれは・・・。」

「え~、じゃあ帰る。」

「帰らないで!?」

「じゃあお嫁さんに、してくれる?」

 いや、だからそれは勘弁してくださいと何度もお話したはずなんですが。

 精霊と結婚って、一体何をすれば良いんでしょうか。

 恐れ多くて勘弁願いたいんですけど。

「それよりも今はこの状況を何とかしないと。」

「何とかしたら考えてくれるの!?」

「前向きに検討しつつ善処します!」

「聞いた!?ディーちゃんやるよ!」

「まかせてシュウちゃん、すぐ終わるからね。」

 お決まりのどっちつかずの発言でお茶を濁したのが申し訳ないぐらいにやる気になってしまわれた。

 あ、あの検討するだけですからね。

 するとは言ってませんからね?

 なんて俺の動揺をよそに、我等が精霊『様』はやる気満々で迫り来る魔物達の前に立ちふさがる。

「とりあえずこいつ等をどうにかしたら良いんだよね?」

「全部メッ、しちゃうね?」

 メッて言うレベルなんでしょうか。

 でもまぁいいや、何でもやっちゃってください。

「よろしくおねがいします!」

 夏の風物詩宜しく全力でお願いをする俺。

 今回も全力で他力本願です。

 俺の合図と同時に二人の周りに何かが集ってくるのを感じる。

 魔力センス0の俺でもそれがすごいものだというのだけはわかった。

「よーし、張り切っちゃうぞ!」

「どっちが沢山倒すか、競争だよ?」

「じゃあ勝った方が多めにキスしてもらうんだよね!」

「負けないよ?」

 普段は大人しいディーちゃんがやる気満々です。

 えっと、これでキスしないって言ったら俺が危険なんじゃないでしょうか。

 もう好きにしてくれ。

 目の前に現れた少女二人に臆する事無く魔物達は進んでくる。

 え~っと、とりあえパッと見で10体以上。

 数えればもっといるだろう。

 そんな数の魔物を前にして、二人の背中はとても楽しそうに見えた。

「じゃあおっ先に!」

 先手を取ったのはドリちゃんだ。

 武器を構えつっこんでくる魔物に向ってクラウチングスタートのようなポーズをとったかと思うと、次の瞬間にはボーリングのピン宜しく魔物達が跳ね飛ばされていた。

 姿は見えない。

 だが、集団の奥から悲鳴とも絶叫とも取れるような声が聞こえてくる。

 体当たり、になるんだろうか。

 ドリちゃんがポーズを取った場所には頑丈そうな蔦が残されていた。

 恐らくあれを足場にした若しくは射出されたと見るべきだろう。

 突然の出来事に魔物達の動きが止まる。

 そうだよな、普通はそうなるよな。

 いきなり自分の横に居た仲間が吹き飛んだんだもんな。

「私も、負けないよ?」

 真剣な顔をしたディーちゃんが後ろを振り返りそう宣言すると、腕をゆっくりと持ち上げはじめた。

 持ち上げると同時にディーちゃんの足元から水が湧き出してくる。

 最初は小さな湧き水だったはずなのに腕が真上に上がる頃には人の背丈ほどの水の壁が出来上がった。

 通路を完全に塞ぐほどの水。


 もしかして・・・。

「皆、流れちゃえ。」

 不謹慎だがあの大地震の津波を思い出した。

 普通の波と違い津波は膝の高さぐらいで動きを困難にする。

 それ以上になるといとも簡単に物を押し流してしまう。

 まさに津波の如く襲い来る水によって、迫ってきた魔物は種族や大きさに関係なく皆等しく流されていった。

 魔物の姿が見えなくなっていく。

 そして見えなくなってからしばらく、ダンジョンを揺るがすようなドーン!という轟音と振動が俺を襲った。

 おそらく大部屋を奥へ奥へと流されていった魔物達が壁にぶつかった音だろう。

 まさに一網打尽だ。

「えへへ、シュウちゃんやったよ。」

 小さくガッツポーズをしながら振り返り微笑むディーちゃんに俺はどういう顔をすれば良いんだろうか。

 別に弱い魔物というわけではない。

 上級冒険者が連携とって初めて倒せるような魔物ばかりだ。

 それをたった一回の攻撃で無力化してしまうなんて。

 ウンディーヌ恐ろしい子!

「あーずるいずるいずるいー!」

 ダンジョンの奥を疾走していたドリちゃんが慌てて帰ってくる。

「競争は、私の勝ち、だよ?」

「全部押し流しちゃうのは反則だよ!ねぇ、シュウちゃん反則だよね?もう一回やり直し!」

「やり直しって言っても魔物はもう居ないし・・・。」

「じゃあもう一回起こしてくるから!」

 いや、起こさないで下さい。

 せっかく全部倒せたのにわざわざ起こしてくるとか、どんな仕打ちですか。

「ドリちゃん、メッだよ。」

「でもでもでも~~~!」

 まるで子供のように地団駄を踏むドリちゃん。

 その姿は何処からどう見ても精霊『様』には見えない。

 それを大人の余裕と言わんばかりに微笑んでみるディーちゃん。

 二人の力関係がここに凝縮されているな。

「シュウちゃん、キス、してくれるんだよね?」

「えっ?」

「私が負けたのは認めるけど、私もキスしてくれるんだよね!」

「ドリちゃんの、負けだよ?」

「だって、『多めにキス』って言っただけだから負けてもしてもらえるはずだよ!」

 確かにしないとは言っていない。

 あくまでも回数が多いか少ないかだけの競争だ。

 なるほど賢いな!

 で、多めにって何回するの?

 その辺設定されてないんですけど。

「えっと、しなきゃだめ?」

「シュウちゃんもメッする?」

 いえ、しません。

 そんな顔で見られてしますなんて言えるはずが無い。

 言ったが最後何が起こるか・・・。

 わかったわかりました、やりますー!

 真剣な顔をして見つめてくるドリちゃんの近くまで行くと、俺はそっと両方の頬に唇を当てた。

 最初は右、次いで左。

 中学生のファーストキス宜しくほんの少し触れるだけのキス。

 たったそれだけのはずなんだが、終わった後にみたディーちゃんの顔は天にも上りそうな笑顔だった。

「えへへ、シュウちゃんの、キス。両方にキス、えへへ。」

「あーいいないいないいなーーー!私も、ねぇ私も!」

 どうやらこんなキスで大満足のようだ。

 それならお安いご用とドリちゃんの右頬にそっと唇を当てる。

 これにて無事にお題クリアだな。

 今思えばキスだけで命が救われたというのは非常に格安なのでは?

 問題はこれで嫁にもらってくれと言い出さないかだけど、今の二人の感じだとそれは無さそうだ。

「えへへ、私もキスしてもらっちゃった。」

「これで赤ちゃん、できるね。」

「ちょっとまって!どういうこと!?」

「え、できないの?」

「いや出来ないと思うけど。」

 やめてよ、キスで子供が出来るとかどれだけメルヘンなんだよ。

 いや、精霊の存在が十分メルヘンなんだけど。

「じゃあどうやって赤ちゃんできるの?」

「できるの?」

「えっと、それはですね。」

 まさか子供を持つ親が一番悩む問題を子供を持たずして投げかけられるとは。

 こんな時の解決法は一つ!

「エミリアやシルビアなら知っていると思から今度聞いてみて。」

 秘技他人に丸投げ!

 二人には後で怒られそうだが上手くやってくれるに違いない。

 頑張れ二人とも。

「うん、そうする!」

「教えてもらったら、今度してくれる?」

「丁重にお断りします。」

 精霊と子作りとか、まだ自分の奥さんともしていないんですけど。

 勘弁してください。

「まぁいっか、キスしてもらったし。」

「うん。」

「これでやっと奥に行けるよ、ありがとう二人とも。」

「奥に何があるの?」

「ディーちゃん恐らくだけど、ルシウス君が眠っていたのはここだよね?」

「うん、この奥で寝てたんだよ。」

 予想通りだ。

 ここにいた魔物は皆精霊様を守る為に配置されていた魔物なのだろう。

 キマイラが魔法を使えたのも特殊な魔物だからだ。

 精霊を守る主として配置されていたんだろう。

 俺の予想が正しければ、この階層が最下層になり大部屋の奥にルシウス君が眠っていた。

 だが、冒険者がここまで来たから慌てて逃げ出したというのがこの間の結果につながったんだと思う。

 じゃあ奥に何があるか。

 それは見てのお楽しみだ。

 二人と共に大部屋を進み目的の部屋を目指す。

 随分と広い部屋だ。

 こんな大きな部屋で乱戦になりしかもキマイラまで出てきちゃそりゃあガンドさんといえども無事ではすまないよな。

 むしろよく命が助かったという所だろう。

 あの魔物の量、そしてキマイラ。

 精霊には近付けさせないぞという意思を感じる。

 歩く事数分、やっとたどり着いた大部屋の壁にはおびただしい数の魔物が叩きつけられ積みあがっていた。

 一撃でこれだもんなぁ。

 よく見るとまだ生きている奴が居るようで、魔物の山が動いているのが分かる。

「ねぇ、トドメさしたらまたキスしてくれる?」

「それはダメ。」

「えー、ケチ!」

「だってそれでキスしちゃったらさっきの勝負の意味がなくなっちゃうよ?」

「あ、そうか。残念だなぁ。」

「大丈夫だとは思うけど、危ないようだったらお願いね。」

「シュウちゃんには、触れさせないよ。」

 ユルフワ系の外見ながら発言が中々男らしいディーちゃん。

 頼りにしています。

 壁伝いに移動すると予想通りさらに奥へと続く細い通路を発見した。

 魔物の気配は無い。

 さっきの水が流れ込んでいるだろうけど、まぁ大丈夫だろう。

 細い道は緩い下り坂になっており、先程の水がちょろちょろと足元を流れて滑り易い。

 慎重に坂を下ったその先には、見たことも無いような光景が広がっていた。

 見渡す限りの宝石の山!

 だったら良かったのだが、そこにあったのはおびただしい数の魔石の山。

 正確には天然の水晶のように尖った魔石が地面から幾重にも重なって突き出ていた。

 その真ん中に石造りの台座が一つ。

 ちょうど大人が一人横になれるような大きさだ。

 恐らくここでルシウス君は精霊になる時を待っていたんだろう。

 周りにある魔石からゆっくりと魔力を吸収し、100年は眠っているはずだった。

 ここに残ってるのは本来吸収されるべき魔石の山だ。

「ねぇ、これ全部魔石!?」

「そうみたいだね。」

「じゃあじゃあこれがあれば!」

「ルシウス君の魔力は満たされ、精霊になれるんじゃないかな。」

 普通に考えればそうなる。

 だが、俺の目的はこれを使ってダンジョンの魔力を復活させることだ。

 それを本人も含めてこの二人が許してくれるかが問題なんだよな。

「ディーちゃん、ルシウス君を呼ぶことは出来る?」

「呼んでるけど、怖いからいきたくないって。」

「もぅ!子供なんだから!」

「仕方ないよ怖い思いをしてここから逃げ出したんだから。」

「でもどうするの?来ないと精霊になれないよ?」

「そこで二人に相談なんだけど・・・。」

 タイミングは今しかない。

 本人がいないのであれだがまぁ良いだろう。

「どうしたの?」

「この魔石はダンジョンで生まれたものだから、魔力の無くなったうちのダンジョンにも良くなじむそうなんだ。本人には申し訳ないんだけど、これをいくつか貰ってダンジョンの魔力にしちゃだめかな?」

 本来はルシウス君のものだ。

 だが、彼がダンジョンの魔力を食べてしまったばっかりに現在は存亡の危機に瀕している。

 それを知らない二人じゃないからこそ、このお願いの意味を理解してくれるはずだ。

「いいんじゃない?」

「え、いいの?」

 そんなにあっさり?

「元はあの子のでも、今は、シュウちゃんの、だから。」

「それに、時間が経てば精霊になれるわけだし。早いか遅いかだけだよ。」

「でも元は彼の魔石だよ?」

「でも逃げ出したのはあの子だもん。知らない冒険者に取られるぐらいならむしろシュウちゃんが使ってくれるほうが良いよ。」

 確かに冒険者としても魔石は高く売れるから喉から手が出るぐらい欲しい物だ。

 ダンジョンに潜るからには何かしらの見返りが必要だし、これ目当てに潜ってきたといっても過言では無い。

 一番最初にここに来たのは俺なんだし、確かに俺に権利があるわけか。

「それじゃあこうしよう、一度全部貰って後で分け合うのはどうかな?」

「どういうこと?」

「うちとしては無くなった魔力さえ補充できれば十分だから、余った分はルシウス君がもってってくれたら良いよ。」

「シュウちゃんはそれでいいの?」

「その方がお互いの為になるかなって。」

 仮に彼に取られた魔力が3だとしよう。

 うちとしては3だけ返してもらえば十分なので、残りを彼にあげれば彼が精霊になれる日がずっと近づく。

 単純な足し算引き算で考えれば今彼が持っている3に差し引いた7を加えれば10になるんだけど、イラーナ助手が言っていたように親和性はあっても魔石を還元する時に若干の無駄は出てしまう。

 結果として10が8になるぐらいで終わってくれればルシウス君としてもマイナスが少なくて済むだろう。

 うちとしても魔力さえ戻れば何の文句も無い。

 むしろ、ガンドさんとジルさんを助ける事につながったと考えればプラスとも言える。

「シュウちゃんの好きにして良いよ?でもどうやってもって帰るの?」

「そうだなぁ、黒ちゃんを呼ぶとかは?」

「黒ちゃん、呼ぶ?」

「できるの?」

 忘れている人も居るかもしれないが、黒ちゃんとは元々ディーちゃんの泉から魔力の塊をちょろまかしていたスライムのことだ。

 今は二人の荷運びとして活躍している。

 元はダンジョンで生まれたはずなんだけど今は完全にディーちゃんに使役されているようだ。

「黒ちゃんおいで。」

 何も無い空間に向ってディーちゃんが手招きをすると、見覚えのある黒いフォルムがひょっこり登場した。

 お久しぶりって言ってわかるんだろうか。

「黒ちゃん、ここにある魔石を全部シュウちゃんのダンジョンに運んでもらえる?」

 ドリちゃんのお願いにフルフルと小刻みに震える黒ちゃん。

 どうやらアレが返事のようだ。

 黒ちゃんはゆっくりとダンジョンの一番端に移動すると突然縦に身体を伸ばし、一番手前の魔石にのしかかった。

 音も無く魔石が黒ちゃんの身体に吸収される。

 ホント便利だなぁ。

 ゆっくりとだが確実に魔石が黒ちゃんに回収されていく。

 全部食べ終わるまではすることが無いので床に座ってくつろいでいたのだが、ここまでの強行軍の疲れが出たのか気付けば底で眠ってしまった。


「・・・ナバ様!イナバ様!」

 気持ちよく寝ているところを邪魔する誰かが居る。

 ここまで頑張ったんだから少しぐらい寝かせて欲しいんだけどなぁ。

「起きなさい、起きないと燃やすわよ!」

「いや、燃やさないで下さい!」

 不穏な台詞に慌てて飛び起きると目の前にはメルクリア女史、それとティナさんが居た。

 あれ?

 確かみんなと逃げたはずじゃ。

 どうしてここに?

「おはようございます。」

「なに寝ぼけてるのよ、無事なの?怪我は無いの?」

「おかげ様で怪我一つありませんが・・・皆さんどうしてここに?」

「どうしても何も貴方を迎えに来たんですよ。あの魔物の中一人で置いて返ったとなればシルビア様に何を言われるかわかりませんから。」

「騎士団長は悪くねぇ、俺が無理を言って助けに行ってくれと頼んだんだ。」

 後ろからガンドさんが申し訳無さそうに出てくる。

 そしてその後ろには騎士団と冒険者の皆さん。

 怪我人は居るが誰も抜ける事無く戦い抜いたようだ。

「そうでしたか。」

「ねぇ、まさかと思うんだけどあの魔物を一人で?」

「え?」

 周りを見るも二人の姿も黒ちゃんの姿も無い。

 大量にあった魔石はかけら一つ無く回収されていた。

 俺を起こす事無く帰ったんだろうか。

「嘘でしょ!だってアンタ何も出来ないはずじゃ・・・。」

「「「「うぉぉぉぉ!!!」」」」

 リュカさんとのやり取りを聞いていた冒険者達が突然歓声を上げる。

 いや、まて別に俺は一人でやったわけじゃ。

「さすがイナバ様だ!」

「騎士団長ですら逃げ出す魔物達を一人で!」

「あの壁際に溜まってたのが全部そうだろ?」

「信じられねぇ、あの数を一人でって噂は本当だったんだ!」

「もう不死身どころじゃねぇ、無敵のイナバ様だ!」

 いや無敵とか止めてください。

 俺は何もしてないんだって。

「まさか本当に一人でやったんじゃないわよね。」

「そんな事できないってメルクリアさんは良くご存知のはずでは?」

「さぁ、エミリアに聞いた話じゃ出来なくもなさそうだし。」

「えっと、どういう話を聞いているんですか?」

「なによ嫁の惚気を聞いてどうするつもり?」

「いや、どうするも何も。」

「とりあえず無事でよかったわ。何かあったらあの子に何を言われたかわかったもんじゃないから。あぁ見えていう時は言うのよ、あの子。」

 俺も帰ったらものすごく怒られるんだろうなぁ。

 ダンジョンに一人で残りましたなんて言った日には・・・。

「一人で残った事を黙ってもらうわけには行きませんよね?」

「この状況でそれが出来ると思う?」

 後ろでは冒険者達がお祭り騒ぎの状態だ。

 うん、絶対に無理だね。

「あはは、無理ですね。」

「大人しく叱られてきなさい。でも本当に良かったわ。」

「心配してくれたんですか?」

「これでも貴方の上司なのよ?心配しないはずが無いわ。」

「それは嬉しいお話です。」

 本当にホッとした顔でメルクリア女史が俺を見る。

 この人にも心配かけちゃったなぁ。

 ニケさんも心配しているだろうし、戻ったらみんなに謝らないと。

 そんな中お祭り騒ぎをしている冒険者の隙間を縫うようにジルさんとガンドさんがこちらに向ってくる。

「イナバ様本当にありがとうございました。」

「ジルさんはもう大丈夫ですか?」

「魔力切れだけですから。」

「改めて礼を言わせてくれ、俺がこうしていられるのもイナバ様のおかげだ。」

「でも腕が。」

「腕一つでこいつの命が救えたのなら安いもんだ。それに、もともと冒険者はそろそろ潮時だと思っていたんでな、良いきっかけになった。」

 豪腕のガンドも引退か。

 上級冒険者が減ってティナさんも大変だな。

 って思い出した!

 ラナス様からジルさんに託を頼まれているんだった。

「そうだジルさん!」

「なんでしょう。」

「教会のラナス様より伝言です『貴方の好きなようにしなさい。』だそうです。」

「ラナス様が・・・。」

「確かに伝えましたからね。」

 何か分からないが俺はちゃんと伝えたぞ。

 生きていてくれなかったら伝えられないところだった。

 本当に良かった。

「さて、そろそろ帰りましょうか。」

「怒られに帰るのね。」

「心配かけたままですから。もちろん無事なのは伝えてくれるんですよね?」

「さぁ、どうしようかしら。」

「可愛い部下の頼みですよ?」

「別に貴方は可愛くないもの。」

 全くうちの上司と来たら。

 口ではこう言っているけど、伝えてくれているに違いない。

 色々あったがこうして無事に俺のダンジョン攻略は幕を閉じるのだった。
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