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第十一章

イナバの上級ダンジョン:キマイラ殲滅戦

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「ウワァァァァァァ!」

 思わず声が出た。

 全く何も考えて居なかったが、なぜか大声が出た。

 突然の声に魔物がこっちを振り向き、いぶかしそうな顔をする。

「グギギ?」

 小さなオーグルのようだ。

 子供かもしれない。

 子供といっても中学生ぐらいの背丈はあるし、口からは牙も見える。

 それに、その手に持つ歪な骨の棒には鮮血が付着しており玩具でない事が分かる。

 あいつは魔物だ。

 人を殺す魔物だ。

 二人を殺す魔物だ。

 どうにかしなければ。

 そう思った俺は咄嗟に腰の短剣を抜き、武器を振り上げてもう一度大声を出す。

「どうした、来いよ!俺が相手だ!」

 なんとかしてこっちに意識を向けなければ。

 武器を振り上げながら大きく動かして威嚇する。

「グガガガガガ!」

 笑われた。

 魔物が俺を見て口を開けて笑っている。

 馬鹿にされているようだがそんな事はどうでもいい。

 俺のほうを向いた。

 それで十分だ。

 武器を振り上げたまま魔物に向って走り出す。

 途端に魔物の目が代わり、向こうも武器を構えた。

 かかって来い。

 それしか考えてなかった。

 一歩二歩三歩。

 どんどんとお互いの間合いが近くなる。

 あと10mも無い。

 すると向こうも武器を振りかぶったままこっちに向って走り出した。

 よし!

 それを確認すると足を止め、襲い来るオーグルの動きに全神経を集中させる。

 シルビアに教えてもらった事を思い出せ。

 俺みたいな弱い奴が格上の相手とどう戦うのか。

 まずは逃げる。

 でも、逃げられないのなら・・・。

 オーグルが右手に持った武器を振りかぶり力いっぱい叩きつけてくる。

 それに合わせるように俺は短剣を左から右に動かし受け流した。

「受けるな流せ、受けるな流せ。」

 まるで呪文のように無意識に口から言葉がこぼれる。

 力任せの攻撃を受ければひ弱な俺は絶対に力負けする。

 だから

 そうすれば時間を稼ぐ事ができる。

 これがシルビアに教えてもらった戦い方だ。

 短剣は火花を散らしながらも攻撃を綺麗に流した。

 反動でオーグルがたたらを踏む。

 ざまあみろ!と思ったのもつかの間、受け流された事に怒ったオーグルが再び襲い掛かってきた。

 まるで子供のように右に左にと武器を叩きつけてくる。

 それに合わせる様に俺も短剣を振るうがあまりの勢いに受け流しきれず、二三歩後退した後その場にしりもちをついてしまった。

 オーグルがニヤリと口角を持ち上げて笑った。

 そして舌なめずりをしてじりじりと近づいてくる。

 それにあわせて俺もしりもちをついたまま後ろに下がる。

 獲物を追い詰める興奮からか、それとも人間を殺せるからか。

 オーグルの目がらんらんと輝き、そして、

「ギャーハハハ!」

 高笑いをして武器を振り上げた。

 スローモーションのように振り下ろされる武器が迫ってくる。

 オーグルの向こうにはガンドさんとジルさんの姿が見えた。

 さっきと違うのは二人が顔を上げてこっちを見ている事。

 俺は間に合ったんだ。

 それがとても誇らしかった。

 そして、俺は諦めたように上体を倒し・・・。

「爆ぜなさい!」

 倒した目の前を火球が通り過ぎ、息の根を止めんと振り下ろされた武器ごとオーグルの手を吹き飛ばした。

「ギャアアアアアアア!」

 右腕を吹き飛ばされたオーグルの絶叫が通路に木霊する。

「よく時間を稼いだわね!」

「間に合わないかと思いましたよ。」

「頭でっかちの貴方にしては上等よ。」

 仰向けに倒れた頭のすぐ上にメルクリア女史が仁王立ちしている。

 助かった。

 そう安堵したのも束の間、俺は慌てて顔をそむけた。

「ちょっと貴方こんな時に!」

「見てません!何も見ていませんから!」

 決して勝負的な純白のやつなんて見ていませんから。

 そもそもそこで仁王立ちするのが悪いんじゃないですかね。

 どう考えても見てくださいといわんばかりなんですけど!

「グギャァァ!」

「煩い!」

 吹き飛ばされた右腕を庇いながらオーグルがつっこんでくるも、スカートを抑えながら片手間に出された火球の直撃を浴び断末魔の叫びを上げることも出来ず絶命した。

「本当に見てませんから!」

 慌てて上体を起こし、怒りで我を忘れそうなメルクリア女史のほうを振り返る。

 土下座する勢いで構えたんですが、メルクリア女史の顔は怒りではなくむしろ羞恥に染まっていてですね。

 えっと、そんな表情されるとどう反応して良いか分からないんですけど・・・。

「見たのね?」

「だから見ていません。」

「本当に?」

「本当ですって。」

「・・・そう、ならいいわ。」

 そういいながら少し残念そうに見えるのは俺の目がおかしいからだ。

 きっとそうだ。

「とにかく助かりました、ありがとうございます。」

「エミリアに守るって約束したんだもの、当然よ。」

「そう思って頑張った甲斐がありました。ってそうだガンドさん達が!」

 俺は慌てて立ち上がり二人の所にまで走る。

 通路の奥、小さな小部屋の奥で二人とも傷だらけのまま地面に倒れこんでいた。

 だがその顔は真っ直ぐ俺を見つめている。

 というか信じられないという顔をしているんだけど。

 どうしてだろうか。

「大丈夫ですか!」

「イナバ様、どうしてここに。」

「お二人が逃がしてくれた冒険者の皆さんに聞いてやってきました、安心してください皆さん無事です!」

「そうですか・・・。」

 安心したように二人が身体の力を抜く。

 他の冒険者は無事だが。二人はどう見ても重傷だ。

 身体のいたるところに裂傷や切り傷があり、返り血や自分の血で染まっていない部分が無いぐらいだ。

 ジルさんは比較的傷は少ないがぐったりして動けない様子。

 そしてなによりガンドさんの傷がひどい。

「ともかく治療をしないと!」

「俺は良い、俺よりもこいつを先に。」

「馬鹿なこといわないの、貴方のほうがよっぽど重傷よ。」

 メルクリア女史が腰にぶら下げていたカバンから何かを取り出しジルさんに投げ渡す。

「これは・・・?」

「貴女癒し手でしょ、ポーションなんかじゃこの傷は治らないわ、自分の男を助けたかったらさっさと手伝いなさい!」

「は、はい!」

 あのジルさんが敬語になった!

 ってそうじゃない!

 俺も手伝わないと!

 同じくカバンに入れておいたポーションを取り出しガンドさんの傷に振りかけていく。

 切り傷や擦り傷はこれで何とかなる。

 でも、骨まで切断され辛うじてぶら下がっている状態の右腕はポーションなんかじゃ治しようがない。

 酷い傷のわりに出血が少ないのはどうしてだろうか。

「馬鹿ね、傷口を焼くなんて正気の沙汰じゃないわよ。」

「こうしないと俺は死ぬ、俺が死ねばこいつは死ぬ、痛みなんざとっくに忘れ・・・いってぇな!」

「痛みを忘れたですって、どの口がいうのかしら。」

 あろうことかガンドさんの右腕を叩くメルクリア女史。

 普通千切れかけの腕を叩く!?

「ガンドさん!」

 と、すぐさまジルさんが駆け寄り傷口に回復魔法をかけ始めた。

「お前、大丈夫なのか?」

「魔力が切れていただけだから。それよりはやくしないと、あぁそんな。」

「どうせガタの来てた腕だ、どうしようもねぇよ。」

「でも、私のせいで。」

「お前のせいじゃねぇ、キマイラの強さを過った俺の甘さだ。そうだキマイラは!」

 回復魔法を受けったからかそれともジルさんが元気になったからか、ガンドさんの顔に生気が戻ってくる。

 よかった、本当に良かった。

「今別の場所で戦っています。」

「戦っていますって、すぐに助けにいかねぇと。」

「そんな腕で来た所で足手まといよ、そこで大人しく癒してもらってなさい。」

「だが!」

「邪魔だって言ってるのよ。キマイラは私と彼で何とかするわ。」

「メルクリアさんの言うとおりです、お二人はここでゆっくり休んでいてください。」

 いくら上級冒険者とはいえ、その腕では何も出来ない。

 いや、俺以上には動けるかもしれないけれど怪我人であることに変わりは無い。

 今動けば命に関わるかもしれないんだ、折角助けたのに死ぬなんて上で戦っている冒険者達にも合わす顔が無い。

「でも、私でしたら多少は・・・。」

「ジルさんが癒すのをやめたらガンドさんは死にますよ?」

「その通り、二人揃って大人しくしている事ね。全部終わったら迎えに来てあげるわ。」

「・・・すまない。」

「そこは侘びじゃなくてお礼をいう所よ。貴方達を助けに行こうって言い出したのはその男なんだから。」

「私だけじゃありませんよ、冒険者全員の総意です。」

 全員が助けたいと思った。

 だから俺達はここに居る。

 そしてその思いは見事実を結んだ。

 後はガンドさんの腕をこんなにした落とし前を付けるだけだ。

「さっさと行くわよ。」

「そうですね。」

「奴は手ごわい、こんな腕で言うのもなんだが普通の魔物じゃなかった。気をつけろ。」

「大丈夫よ、ここにはこの男が居るんだから。」

「そうだったな。イナバ様、宜しく頼む。」

「お任せ下さい。」

 俺に何が出来るかわからないが仇は取るつもりだ。

 二人と別れ急ぎ来た道を戻る。(もちろんあの道は俺が先行してだが)

 元の道に近づくに連れ戦いの音も大きくなってきた。

 どうやらまだ戦いは続いているようだ。

 細い通路の角から恐る恐る顔をのぞかせるとちょうど獅子がカムリに襲い掛かるところだった。

 鋭い爪がカムリを引き裂こうとするも空を切る。

 体中のいたるところに傷を負っているものの、まだまだ致命傷には遠そうだ。

 ついでヤギが奇声を上げ、その途端に氷の刃が空中に現れた。

 嘘だろあいつ魔法まで使うのかよ。

「氷とは愚かな。」

「でもどこか懐かしい感じのする氷だよね。」

 氷の刃がカムリとリュカさんを狙うもエフリーの炎に解かされ空中で霧散する。

 状況は一進一退、決着はまだつきそうにない。

 懐かしい感じがするのはおそらくルシウス君の気配を感じてだろう。

「もどりました!」

「遅いわよ!」

 隙を見てリュカさん達に合流する。

 二人とも怪我は無いものの表情に疲労の色が濃い。

 本当に二人で何とかしてしまったみたいだ。

 さすがだな。

「申し訳ありません倒すまでには至りませんでした。」

「御無事で何よりです。」

「ちょっと!魔法を使ってくるとか聞いてないんだけど!何なのよあいつ!」

「魔物が魔法を?」

「残念ながら本当だ。だが、私の炎を越えるほどではない。」

「そう、じゃあ敵じゃないわね。」

 戻ってきて早々敵じゃない宣言ですか。

 さすがというか何と言うか。

「ガンドさん達は何とか無事でした。今は奥で休んでいます。」

「では残るはこいつを倒すだけ、と言いたい所ですが決め手に欠ける状況です。今までの魔物と違い強化されているような感じですね。」

「でも蛇は倒せたんですね。」

 よく見ると尻尾の先が切れている。

 なんとか蛇は倒せたようだ。

「かなり硬かったけど僕の敵じゃないよ。」

「そんな事言って、噛まれかけて本気出したくせに。」

「生意気にもこの僕に噛み付こうとしたんだよ?当然の報いだよ。」

「私が戻ったんだから本気出せるわよね?」

「もちろんだ。一瞬にして灰燼に帰すだろう。」

 メルクリア女史が戻った途端、エフリーの炎に輝きが戻った。

 やはり二人で一つという奴のようだ。

「約束どおり守ってくれたようだな、礼を言う。」

「助けてもらったのはこちらの方ですよ。」

「そうよ。私が居なかったら死んでたんだから。」

「口ではそう言っているが心ではそう思っていないぞ。」

「ちょっとエフリー黙ってて!」

 ほぉ、どう思っているんだろうか。

 とニヤニヤしてたらものすごい顔で睨まれてしまった。

 こわやこわや。

「それで、どうするの?」

 今の所はお互いににらみ合ったままの膠着状態だ。

 だがこっちにはメルクリアという駒が増えた。

 戦況は覆せる。

「一気に焼き殺すわ。その代わり時間を稼いで欲しいの。」

「ちょっとフィフィ!?」

「どのぐらい稼げば良いでしょうか。」

「少し長い詠唱だけどその間エフリーも居なくなるから、その間守って頂戴。」

「仕方ないなぁ、ちょっとだけだよ。」

 どうやらとんでもない魔法で片付けるようだ。

 で、ちょっとってどれぐらい?

「アンタはそこで大人しくしていなさい。」

「もちろんそのつもりです。」

「ではリュカ様、もうひと頑張りお願いできますか?」

「も、もちろん!」

「それじゃあ僕も本気出しちゃおうかな~。」

 今まで本気じゃなかったんかい!

 っていうツッコミは無しの方向でお願いします。

 様子を伺っていたキマイラも不穏な気配を感じたのかじりじりと後退している。

 今ここで大部屋まで逃げられると、他の魔物に襲われる可能性が出てきてしまう。

 倒すなら今しかない。

「行かせないよ!」

 すかさずシルフィーが裏に回りこみ逃げ出すのを防ぐ。

 退路をふさがれたキマイラは覚悟を決めたのか、猛然とこっちに向ってつっこんで来た。

「先程と違い随分と雑ですね。」

 獅子が口を開けてカムリに襲い掛かるも軽やかにそれをかわし、お返しとばかりに無防備な瞳に剣を突き刺した。

 いくら頑丈な皮膚とはいえ瞳までは硬く出来ない。

「ギャオオオオン!」

 右の目を潰され獅子が聞いたことのない叫び声を上げた。

 その場で闇雲に手を振り回すも当るはずも無く恨めしそうに左の目でカムリを睨みつけている。

「メェェェェ!」

 今度は暴れる獅子の仕返しとばかりに山羊が空中に何十もの氷の矢を作り出した。

 狙うのは後ろで詠唱を続ける無防備なメルクリア女史。

 だがその矢が放たれるよりも早く、リュカさんの詠唱が終了していた。

「荒々しい風よ、彼の者を襲いその身を切り裂け!」

 暴風が空中に浮遊する氷の矢を巻き込みながらキマイラに襲い掛かる。

 砕かれた氷の矢が鋭利な刃になって山羊の身体を引き裂いていく。

「いい加減耳障りなのよ!」

 まさか相手の魔法まで巻き込んで攻撃するとは思わなかった。

 もしかしてリュカさんってすごい魔術師でもあるんだろうか。

「なんか失礼な視線を感じるんですけど!」

「ちょっとリュカ集中してよ!」

「でも!」

 絶妙な連携でエフリーが抜けた穴を埋めていく。

 後退する事もできず、かといって攻め込めるわけでもない。

 上級冒険者を苦しめたあのキマイラを絶妙な連携で翻弄している。

 もしかして俺はとんでもない戦いを目撃しているんじゃないだろうか。

 そしてとうとうメルクリア女史の詠唱が完了した。

「エフリーの名の元に我ここに粛清を誓う、煉獄より湧き上がる炎にて眼前の敵を滅ぼさん、我と汝の力を持って邪悪なる者に浄化の炎を!」

 キマイラを中心に地面が真っ赤に光り始める。

 その光が広がるに連れだんだんと熱気がこちらにも伝わってきた。

 恐らくあの光の中はものすごい高温になっているんだろう。

 でも、光るだけだったら逃げられてしまうんじゃ。

「シルフィー!」

「わかってる!」

「今のうちに退避を。」

 リュカさんとカムリが距離をとりこちらに戻ってきた。

 シルフィーがキマイラの動きを封じ込めている間に光は少しずつひろがり、直径5m程、ちょうど通路の端から端までを覆うほどの大きさに広がっている。

 その間にも肉の焼ける音と共にキマイラの叫び声がダンジョン中に響き渡る。

 それもそうだろう、生きたまま足元から焼かれているんだから。

 一体どれだけの高温になっているんだろうか。

「もうそろそろ限界だよ!」

「いいわ!」

 メルクリア女史の合図でシルフィーが姿を消した次の瞬間、光の輪の端から白い光が天井へと伸びキマイラを円柱状の檻で封じ込めた。

 鋭い爪が光の壁を切り裂こうとするも逆に爪の先から焼け焦げる。

「これでおしまいよ。」

 光の色がだんだんと黒く染まっていく。

 通常温度が上がれば上がるほど白くなっていくのが一般的だが、これはそれすらも越えまるで太陽の黒点のようになっているのかもしれない。

 檻のおかげでこっちに熱気は向ってこない。

 まさに地獄の業火、煉獄の炎というのはあながち間違いではないようだ。

 叫び声ももう聞こえてこない。

 圧倒的熱量を以て本当に浄化いや浄火してしまったのだろう。

 恐るべき火力だ。

 これが精霊の力を使った魔法というやつなのだろうか。

 ゲームの中でしかあり得なかったものが現実に目の前で起こっている。

 VRのゲームを見ているみたいだ。

「終わったようですね。」

「フィフィの魔法を受けて倒れないはずが無いわ。」

「これが精霊師様の力、ですか。聞いてはいましたがまさかこれほどまでとは。」

「私の力じゃなくてエフリーの力よ。」

 またまたそんな謙遜しちゃって。

 それで光の檻はまだキマイラを焼き続けているんだけど、これっていつ終わるの?

 戦いの興奮が冷め遣らずしばしの間お互いの健闘を称えあう。

 ゆっくりと消えていく光の檻の後に残されたのは、そこに何かが居たという黒い影だけだった。

 消し炭も残らないなんて、これからは怒らせないように気をつけないと。

「このまま奥まで行くことも出来ますがどうしますか?」

「私達の目的はキマイラを倒すこと、それが終わった以上あの二人を回収してさっさと戻るべきよ。」

「フィフィの言うとおりよ、帰りましょ!」

「残してきた部下が気になります。私もすぐに引き返すべきかと。」

 やっぱそうなりますよねぇ。

 怪我をしている二人の事を考えると一刻も早く地上に戻るべきなんだけど、俺としては残りたい事情もあるわけでして。

 ひとまずメルクリア女史が二人を呼びに行き、俺達と合流する。

 治癒魔法のおかげかガンドさんの顔色も少し良くなっていた。

「騎士団長まで来てくれるとは、俺達の為に申し訳ない。」

「御礼は地上に戻ってからです。今は一刻も早く上の仲間と合流し地上に戻りましょう。」

「他の奴等はまだ戦っているのか?」

「ティナギルド長、それとバーグさんという上級冒険者が一緒ですので恐らく大丈夫だとは思いますが恐らくは。」

「さぁ皆の為にも早く戻らないと!」

 カムリがガンドさんに肩を貸しリュカさんがジルさんに寄り添う。

 いつのまにかシルフィー様は消えてしまったようだ。

「待って。」

 さぁ戻ろうと道を戻りかけた時、メルクリア女史が俺達の動きを制した。

「どうしました?」

「何か聞こえない?」

「ちょっとフィフィやめてよ。」

「いえ、私にも聞こえます。」

 ガサガサともガチャガチャとも聞こえる小さな音だが、確かにダンジョンの奥から音がする。

 方向からすると大部屋からだ。

「ガンドさん、大部屋の魔物ってどうなりましたか?」

「逃げるので精一杯だったからわからねぇが、あいつが出てくる時にはまだ残っていたはずだ。」

「それってかなり大量ですか?」

「奥までいけなかったから実際どれぐらい居るか検討もつかねぇ。」

 ですよねぇ。

 大部屋の地図は途中で途切れどれぐらい広いかは分かっていない。

 仮に大部屋がダンジョンの半分ぐらい合ったとするならば・・・。

「ねぇ、嫌な音がするんだけど。」

 怖がっていたリュカさんにも同じ音が聞こえるようだ。

 全員が同じ音を聞いている。

 幻聴なんかじゃない。

「カムリ、リュカさん、二人を連れて早く上に。」

「ちょっとアンタはどうするのよ。」

「私はここに残って様子を見ます。」

「様子を見ますってアンタ戦えないでしょうが!」

「いいからはやく!」

 今は言い争っている時間がない。

 音は大きくなりこちらに近づいてくるのが分かる。

「貴方どうするつもり?」

「メルクリアさんも早く上に。私も精霊の祝福を受けた一人ですからね、私だけ働かないわけにはいきません。」

「死ぬ気?」

「ご冗談を、そんなことしたらエミリアに何をいわれるかわかったものじゃありません。お忘れですか?私はダンジョンの攻略の腕を変われてこの世界に呼ばれたんですよ。」

 俺の腕を買って俺をここに呼んだのは商店連合だ。

 それを知らないメルクリア女史ではない。

「手は貸さなくても良いのね。」

「一人だけのほうが動き易いんです。それに、さっきの魔法で召喚できないぐらいに消耗しているんですから居られるだけ邪魔なんです。」

「上司に向って随分な言い方だこと。」

「本当の事を言ったまでです、違いますか?」

「貴方にもわかるようじゃ私もまだまだね。」

 先程の魔法の後、明らかにメルクリア女史の顔色が悪くなった。

 それだけじゃない。

 かすかに感じる精霊の力も感じられない。

 あれほどの魔法を使ったんだから仕方ないといえば仕方ないよな。

 戦力にならない以上、カムリたちといってもらうほうが良い。

 大丈夫だ、なんとかなる。

「ガンドさん達を宜しくお願いします。」

「わかってると思うけど死ぬんじゃないわよ。」

「もちろんですよ。」

 何とも言えない表情をしてメルクリア女史がカムリたちを追いかけて行く。

 残されたのは俺一人。

 上級冒険者でも苦労するダンジョンにただの商人が一人でいる事など今まであっただろうか。

 いや、ない。

 というか来ない。

 ガチャガチャという音がさらに大きくなり、そしてその姿を現した。

 武装したオーグルを先頭に、その他大勢の魔物たちがこちらに迫ってくる。

 一難去ってまた一難。

 世の中上手く行かないものだなと、ドンドンと増えていく魔物を見つめながら俺はため息をついた。
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