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第十一章

白銀の世界へようこそ

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 最初の冒険者が来たのは昼を少し過ぎた頃だった。

 なじみの冒険者が肩を震わせながら扉を開けて入ってくる。

 身に着けた金属製の鎧が冷たそうだ。

「はぁぁ、温かい。」

 わかる、わかるよその気持ち。

 外が寒ければ寒いほど温かいところに入ったときに声が出ちゃうよね。

 かぶっていたフード付きの外套には雪がうっすらと積もっていた。

 まだ降り止まないみたいだな。

 シルビアは話が長引いているのかまだ帰ってきていない。

 この感じだと予想通り定期便は遅れたと見るべきだろう。

 ついでに情報収集もしてしまおうか。

 状況が分からないのなら聞けば良い。

「いらっしゃいませ、寒い中御来店ありがとうございます。あったかいお茶を用意していますのでまずは一口召し上がってください。」

「助かります!急にこんなに寒くなって、勘弁してくれって感じですよ。」

「いきなり真っ白ですからね。定期便も遅れたとか。」

「そうなんです。途中で急に雪が深くなった場所があって、雪をどけるのに乗客総動員でした。」

「そんな事があったんですか。」

 この辺りはうっすらと積もる程度だし、サンサトローズは雪こそ降れど積もってはいないと聞いている。

 にもかかわらず全員で雪かきしなければ通行できないほど雪が積もった場所があるというのはおかしな話しだ。

 やはり何かあると考えるべきか。

「お待たせしました、お茶をどうぞ。」

「ありがとうございます!」

 会話の隙をついてユーリがお茶を差し入れてくれる。

 セレンさんは予定通りお休みしてもらっているので、今日の宿の業務はユーリにお任せだ。

 その分ダンジョンの管理が滞るが、まぁこの客数だし終わってからでも問題ない。

「はぁ・・・美味しい。」

「ダンジョンに着く前から疲れてしまいますね。」

「暑いのは得意なんですけど寒いのはちょっと。でもダンジョンの中は暖かいんで問題ないです。」

「そうだ、新しく出来たダンジョンにはいかれましたか?今はどんな感じなんでしょう。」

「そろそろ終盤って感じですね。」

「野良ダンジョンにしては階層が深いとか。」

「そうらしいですね、出てくる魔物も急にできたダンジョンにしては強いとか。魔力溜まりでもないのに変だよなってみんなで噂してます。」

「確かにあの辺は魔力が溜まるような所じゃないですね。」

「それなのに俺なんて中盤で逃げ出しましたよ。」

 この人は珍しくソロでダンジョンに潜る冒険者だ。

 たしか中級だったと思うけど、随分と変なダンジョンができたものだ。

「それに、転移門もないんで一から潜り直しっていうのもきついですね。」

「それは辛い。」

「そのせいで序盤の魔物が駆りつくされちゃって、初心者は専ら荷運びか別のダンジョンに移ってます。ここももうすぐ戻ってくるんじゃないですかね。」

「そうだといいんですけど。」

「イナバ様のダンジョンが一番安心して潜れますよ。」

「あはは、ありがとうございます。」

 なんせ初心者用のダンジョンだからね。

 中級冒険者なのにこの人がここに来ている理由は無理をせずに生活費を稼げるからだそうだ。

 毎回現状の最下層付近まで潜って帰ってくる。

 一番奥まで行けばダンジョン制覇報酬が入った宝箱があるのだが、一人で階層主である強力な魔物を倒すことは難しいようだ。

 ガンドさんぐらいの上級冒険者なら楽勝なのかもしれないけど、複数人で攻略するように魔物の配置とかを決めているから仕方ないかもしれない。

「さてっと、身体も暖まったので今日も頑張ってこようかな。」

「休息日明けで魔物が増えていますから気を付けてくださいね。」

「あはは、大丈夫ですって。あ、携帯食料1日分だけお願いします。」

「ご購入有難うございます。どうぞお気をつけて。」

「お茶、ご馳走様でした!」

 食料を腰にぶら下げた袋に押し込むと、愛用の武器を担ぎ冒険者は戦場へと向かっていった。

「相変わらず御一人のようですね。」

「そうみたいです。」

「何か事情があるのでしょうか。」

「一人のほうがやりやすいのか、はたまた他人とあわせるのが苦手なのか。その辺は人それぞれって奴です。」

「御主人様はどうですか?」

「私ですか?私なんかが一人でダンジョンに入ろうものならすぐに殺されてしまいますよ。みんなの後ろで応援しているのが一番です。」

「指示を出すならまだしも応援だけとは、御主人様らしいです。」

 ヤレヤレといった感じでユーリが肩をすくめる。

 仕方ないじゃないか。

 異世界に来たものの、無双とか能力とかそういうの一切貰ってないんだから。

 転生じゃなくただの転勤だからなぁ。

「今戻った。」

「お帰りなさいませシア奥様。」

「寒い中ご苦労様でした。」

 冒険者と入れ違うようにシルビアが村から戻ってきた。

 外套を脱ぐも髪の毛に雪が積もっていたので軽く払ってあげる。

「あぁ、すまない。しかしこれほど雪が積もるとは、このまま降り続くと移動に支障が出るかもしれんぞ。」

「そんなにですか?」

「ここ程積もってはいなかったが、村に着くと突然前が見えないぐらいに降りだしてな。すぐに止んだがその後はずっとこの調子だ。定期便が足止めされた件もある、街に人を出して備蓄を増やすように進言しておいた。」

「足止めの件は私も聞きました。通行できないぐらいの雪が積もっていたとか、異常気象にしては局地的過ぎますね。」

「村に来る労働者が乗っていなかったら到着すらできなかったそうだ。入植を控えてこの状況はあまり良いとはいえないな。」

「雪が強くなれば作業にも支障が出ます。冒険者もダンジョンに来るのをためらうでしょう。」

 そうなれば売上は下がり、魔力は集まらず、目標は一気に遠退く。

 目標が達成出来なければ来年の夏で俺も終わりだ。

 今までが好調だっただけにいきなりこの感じはよろしくない。

 異常気象なのかそれとも別の要因なのか。

 うぅむ、わからん。

「雪が強い間は宿の仕事を休んで貰うようセレン殿にも話は通してある。身重の身体に何かあってからでは遅いと釘をさしておいた。」

「助かります。」

「この調子ならセレン殿の手を借りる必要も無いな。」

「リア奥様とニケ様が同時に食事に出られても問題ないぐらいですので。」

 さっきの冒険者が最初のお客さんだ。

 閑古鳥が鳴くというレベルを超えている。

 なんせあとで使用と思っていた薪割りをもう終えてしまったんだから。

 誰か来たら呼んでとお願いして結局呼ばれなかったっていうね。

 ひどいもんだ。

「ここの備蓄はどうする?」

「いざとなったらエミリアにお願いする予定ですが、今の状況を考えると早めに手配したほうがよさそうですね。」

「シュウイチならそう言うと思い村の分と合わせて手配してある。」

「さすがシルビア、助かります。」

「どのぐらい手配されたのでしょうか。量によっては家の倉庫も片付けねばなりません。」

「念のために二期分だが、まずかったか?」

「「二期分!」」

 それはちょっと、予想外です。

 備蓄なんでせめて半月ぐらいかなとは思っていたんですが・・・。

 倉庫に入りきるかな。

「確かにそれだけあれば冬の間中雪に閉ざされえても何とかなりますが、少々多すぎます。」

「やはり多かったか。」

「無いよりはマシですよ。それに、この状況が続けば他の人も同じことを考えます。需要が急増すれば穀物価格は高騰して、かなりの出費になるでしょうから良い判断だったと思います。」

「そう言ってもらえると助かる。」

「では店は御主人様にお願いして倉庫の片づけをして参ります。シア奥様お手伝いいただけますでしょうか。」

「無論だ。自分でしでかした責任はしっかり取らねばな。」

 あ、責任感じてるのね。

 むしろファインプレーなんですけど。

 まぁいいか。

「穀物価格の高騰か、この前の企画で大量発注してる分は大丈夫かな。」

 この秋はどこも豊作だった為穀物価格は下降傾向にあった。

 それを見越して冬用の備蓄を買うように手配しておいたんだけど、ここで高騰してしまうと必要以上に寄付金を使用することになる。

 そうなれば予定していた支援を行えなくなってしまうわけで・・・。

 世の中なかなかうまくいかないようだな。

「まぁなんとかなるか。」

 あまりにも情報が少なすぎてこの先どうなるかが全く見通せない。

 来るかもわからない不安に押しつぶされるぐらいなら、気楽に構えているほうが良いだろう。

 もちろん、出来る限りの備えはするけれどそれで身動きが取れなくなったりしては何の意味も無い。

 何事も臨機応変に。

 何とかなるさの精神でいくしかないだろう。

 結局その日は最初の冒険者以外に客が来る事は無く、早目の店じまいとなった。

 外に出て息を吐くと白い息が夕日に照らされながら空へと昇っていく。

 雪は少ないながらも降り続いている。

 いつもは砂利で覆われている道も今は白い雪の下だ。

 その場にしゃがみこみ、雪の中に人差し指を差し込んでみる。

 積もったは指の第二関節ぐらい。

 元の世界で首都が混乱するといわれるぐらいの積雪量だ。

 温泉で有名な酸っぱそうな地名の場所で降る量と比べればまだまだぜんぜんだけど。

 それでも人の動きを制限するには十分すぎる。

 ダンジョンの冒険者が出てくるのが明日のお昼頃として、出てきたときにびっくりするだろうなぁ。

 ダンジョンを抜けるとそこは雪国でした。

 見たいな感じかな。

「はー、さむ。今日のお風呂は熱めがいいなぁ・・・。」

 そこで俺は思い出した。

 今日の風呂焚き担当俺じゃね?

 マジか。

 この雪の中風呂焚きするのか。

 焚き火で暖かいとはいえ、風邪引かないようにしなきゃ。

「シュウイチさん確認終わりました。」

「売れたのが携帯食料だけなのですぐに終わっちゃいましたけど。」

 外に出たまま戻ってこない俺を心配してエミリアとニケさんが外にやってきた。

「この天気じゃ仕方ありません。」

「明日は来てくれるでしょうか。」

「わかりませんねぇ。明日の朝どれぐらい積もっているかによりますし・・・。」

 この調子で降ると明日の朝には足首が埋まるぐらい降る計算になる。

 そうなると村まで雪かきして道を確保しないと食料すら届かなくなってしまう。

 村までの道全部雪かきか・・・。

 ウェリスに言って人を借りようかなぁ。

「一体どうしてしまったんでしょう。」

「わかりません。エミリア、サンサトローズは積もってないんですよね?」

「今も雪は降っていますが積もるほどではないそうです。」

「となると、降っているのは村とこのあたりだけですか・・・。」

「精霊様にきいてみますか?」

 おぉ、その手があった。

 すっかり忘れていたよ。

 この辺で何か起きているのならばドリちゃんかディーちゃんに聞けば分かるはずだ。

 自然現象以外であれば気付くだろうし、分からないのなら天気のせいって事になる。

 一つの見極め材料としては非常に重要な情報になるだろう。

「では早速聞いてみましょう。」

 森の精霊であるドリちゃんことドリアルド。

 彼女と連絡を取る方法は非常に簡単だ。

 ただ、名前を呼ぶだけ。

 精霊の祝福を賜っているのでその場で読んでも来てくれるだろうけど、一応商店横のマナの樹を経由する取り決めになっている。

 この森にあるもの全てがドリちゃんに繋がっている。

 文句を一つでも言えばすぐに伝わる事だろう。

 そんな状況だが、別に文句を言うほど接点があるわけではないのでさっきのように存在そのものを忘れていたりもする。

 ごめんね、ドリちゃん。

 雪を踏みしめながらマナの樹まで行くと俺は樹の幹にそっと手を触れた。

「ドリちゃん聞こえる?聞こえてたら来て欲しいんだけど・・・。」

「シュウちゃん呼んだ!?」

 ってはや!

 呼びかけた次の瞬間、しゃがみこんだ少女が下から俺を見上げていた。

 なんだろう、前よりも若干年齢が上がったように見えるのは気のせいだろうか。

「え~、だってシュウちゃん子供よりも大人のほうが良いみたいだし?でもドリちゃんこの格好気に入ってるから少しだけシュウちゃんの好みに合わせてみたんだ。どう、結婚したくなった?」

「こっちのドリちゃんも可愛いけど、結婚したくなるのはまだかな。」

「え~、もっと年齢が上がるとオバチャンになっちゃうよ。」

「そんな事ないよ、どんなドリちゃんでも可愛いと思うな。」

「えへへ、シュウちゃんったらお世辞が上手いんだから。」

 え、精霊『様』なのに随分となれなれしい話し方だって?

 いや、それは分かっているんだけど普通に話すと怒られるんです。

 なのでドリちゃんと話すときはどうしてもこんな口調になってしまう。

「ディーちゃんも少し大人びた格好にするって言ってたから今度また泉に見に行ってみてね?」

「わかったそうするよ。」

「絶対だよ、明日にでもいかないとすねて水を止めちゃうかもしれないから。」

 いや、勘弁して下さい。

 うぅ、どれだけ寒くて雪が降っていても泉に行く事は確定か。

 でもそうしないとガチで泉の水を止められそうだし・・・。

 ちなみにディーちゃんこと水の精霊ウンディーヌ。

 前までの見た目は女子高生ぐらいだったけど、さらに年上ってことは女子大生ぐらいか?

 おっとり系女子大生・・・。

 二十歳超えたら犯罪じゃないよね?

「忘れずに行くよ。」

「それで今日はどうしたの?シュウちゃんからお誘いなんて珍しいね。」

「うん、この状況について何か知ってる事があったら教えて欲しいんだ。」

「この状況って、この雪?」

「そう、この雪。」

 回りは一面の雪景色。

 マナの樹の下だけは葉のお陰か地面が見えている。

 っていうかこの樹仄かに温かい気がするんだけど気のせいかな。

 樹だけに。

「うーん、ただの雪だよ?魔力も何も感じないいつもと変わらない雪、今年は少し降るのが早いかなって思ったけど別に何も問題ないよ?」

「そっかぁ。」

 俺の思い過ごしだったか。

 という事はこの雪はただの異常気象で一時的なものだと想定できる。

 備蓄もそんなにいらなかったかもね。

「あ、でもお昼ぐらいにすごい魔力が森を通り過ぎるのは感じたよ?あの子とも違う不思議な魔力だった。シュウちゃんのお店のほうに向かって消えちゃったけどお店に誰か来てるの?」

「店に?」

「今は何も感じないけど、懐かしいような暖かいような魔力だったなぁ。」

 雪なのに暖かいんだ。

 まったくわからん。

 お昼に来たのはいつもの冒険者だけだし、もしあの人が原因なら毎回雪が降らないとおかしい。

「雪が強くなったのもお昼過ぎですね。」

「ならその不思議な魔力が原因なんでしょうか。」

「さぁ、今は感じないしドリちゃん分からない。」

「別にドリちゃんが悪いわけじゃないよ、大丈夫有難う。」

 俺はシュンとしてしまったドリちゃんの頭を優しく撫でる。

 ドリちゃんはくすぐったそうに目を細めた。

「何か分かったらまたすぐ教えてあげるね。」

「うん、お願いしておくよ。」

「まかせておいて!」

「それじゃあドリちゃんまたね。」

「ディーちゃんの件忘れちゃダメだよ~、怒らせたら怖いんだからね~!」

 肝に銘じておきます。

 ドリちゃんは手を振りながら森の奥へと消えてしまった。

「精霊様は相変わらずでしたね。」

「うん。でも、この雪は普段と何も変わらないそうです。」

「すごい魔力がこちらに向かってきたとも言ってました。」

「エミリア何か感じた?」

「申し訳ありません感じませんでした。」

 なら余計に分からないなぁ。

 偶然だろうか。

「とりあえず中に戻りませんか?身体が冷え切ってしまいます。」

「そうですね、お付き合い有難うございました。」

 ちょっと外の様子をみるだけだったので厚着をせずに外に出ていた。

 日が暮れると一気に冷えてくるなぁ。

「ユーリとシルビアはどうしていますか?」

「シルビア様は先に家に戻って夕食の準備を、ユーリ様は日中出来なかったダンジョンの整備をしておられます。」

 今日の夕食当番はシルビア様か。

 ダンジョンの整備も中に入っているのがあの人だけだからすぐに終わるだろう。

 こんな日は早く帰って暖かくして寝るに限る。

 急ぎ中に戻り玄関を施錠したその時だった。

「御主人様大変です!ダンジョンに雪が!」

 商店のバックルームからユーリが慌てて飛び出してくる。

 ダンジョンに雪?

 いや、あそこは隔離空間だから雪なんて降るはずないんだけど・・・。

 どうやら何かがダンジョンで起きている事は間違いないようだ。

 まったく、勘弁して欲しいよ。
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