213 / 548
第七・五章
番外編~冒険者モアがんばります~
しおりを挟む
騎士団をやめて後悔しているか聞かれたけど、別に後悔してない。
だってあそこでは出来ないことがたくさんあったし、正直思い出したくないものが多すぎる。
だから冒険者にならないかと誘われた時、目が飛び出すぐらいに驚いた。
あそこをやめる選択肢が僕にはなかったから。
その選択肢をくれた仲間には感謝している。
冒険者になってよかった。
今は心からそう思える。
まず第一に早起きしなくていい。
正直に言って当直でもないのに日の出前に起きるとか最低だ。
陽が登ったら起きて陽が沈んだら寝る。
そいう子供のころから教えられた人間にとっては日直も当直も苦痛以外の何物でもない。
だから好きなだけ寝て、好きな時に起きれると聞いた時は涙が出そうになった。
ちがう、実際に涙は出た。
第二に自由だ。
騎士団にいるときは数々の規律に縛られて自由なんて何もなかった。
したいことはできないし、食べたいものも食べられない。
欲しいものは買えないし、買い物にも行けない。
何をするにしても『騎士団員』として行動しないといけないことが苦痛だった。
だけど冒険者になってその規律からも解放された。
もちろん犯してはならないモノはあるけれど、それ以外の事は何をしても自由だ。
好きな時に買い物をして、好きな時に好きなものを食べれる。
たったそれだけのことに感動するなんて、よっぽど自由がなかったんだなぁ。
「おーい、そろそろ起きないと二日目始まるよ?」
「ん・・・、そろそろ起きる。」
天幕の外から聞き覚えのある声がする。
この声はジュリアか。
昨日元同僚たちにたらふく呑まされたから頭が痛い。
胸やけもするし。今日のご飯は少なめにしよう。
「おはようモア、顔色悪いけど大丈夫?」
「吐き気と頭痛が交互に襲って来る。」
「あはは、昨日すごい呑まされていたもんね。食事場の横に簡易の救護室があるからそこで薬を貰えばいいよ。」
「・・・そうする。」
「僕は先にご飯食べて来るね。」
「ネーヤは?」
「もうとっくの昔にご飯食べに行ってるよ。お腹いっぱい食べられるの久々だからね、食いだめするんだって。」
うっぷ。
想像しただけで吐き気がひどくなってきた。
さっさと薬を貰ってこよう。
テントから這い出てわざと遠回りをしながら救護室へ向かう。
少しでも食べ物の匂いから離れないとすぐに胃の中の者をぶちまけそうだ。
太陽は樹の上から顔を出してこちらを照らしている。
今日も暑くなりそうだなぁ。
「すみません、酔い覚ましと頭痛止めはありますか?」
「二日酔い?」
「はい、昨日しこたま飲まされたので・・・。」
「あぁ、君が騎士団を抜けて冒険者になったっていう奇特な子か。話は聞いているよ。」
そんなに噂になる事なのかな。
別に冒険者になる理由なんてなんでもいいと思うんだけど。
救護室にいたのはイナバ様位の冒険者だった。
でもよく見ると神官の格好をしている。
神官なのに冒険者?
「そんなに珍しい事ですか?貴方と同じだと思うんですけど。」
「確かにそうだね気に障ったなら謝るよ。冒険者になるのに前の職業なんて関係ない、自由と平和を愛する気持ちがあるならだれでも歓迎さ。」
「自由わかりますけど、平和もですか?」
「当たり前じゃないか。人々の依頼をこなして時に魔物を狩り時に素材を探す、これもすべて世界平和の為だよ。」
「それって神官様の考えじゃ・・・。」
「神官も冒険者も中身は一緒さ、要はどうやって平和を維持しているかってことだよ。そういう意味では騎士団も冒険者も同じかもしれないね。」
騎士団と同じ。
確かにそう言われればそうだけど、それだと冒険者になった意味がないような気がする。
「僕は僕の可能性を試したくて冒険者になったんです、別に平和の為なんかじゃ・・・。」
「おっと次の患者が来たようだ。酔い覚ましと頭痛止めだったね、食後にこれを飲むと良い。なんでもいいからちゃんとお腹に入れてから飲むように、そうじゃないと胃に穴が開いても知らないからね。」
「は、はい!」
胃に穴が開くとかどれだけ強力なんだ。
でも背に腹は代えられない。
今日は何としてでもイナバ様の所にたどり着かなければ。
「あれ、モアじゃないこんなところで何してるの?」
「ちょっと薬を貰いに行ってたんだ。」
「たったあれっぽっちのお酒で二日酔い?元騎士団員もまだまだね。」
「そういう君こそ朝早くから調理場に向かったって聞いたけどもう終わったの?」
「腹ごなしに散歩しているだけ、予選までまだまだ時間はあるしもう少ししたら3回目のご飯かな。」
三回目・・・?
うん、聞かなかったことにしよう。
「それじゃあネーヤまたね。」
「そんなしけた面じゃ頑張れないよ?さっさといつものモアに戻ってよね。」
「とりあえず頑張るよ。」
ネーヤは俺を誘ってくれたジュリアの相棒だ。
元々二人で冒険者をしていたが先日の失踪事件の時に二人そろって攫われてしまった。
イナバ様が助けた後傷心の僕の所にお礼を言いに来てくれたのが始まりだった。
勝気だけど人情味のある弓士だ。
ちなみにジュリアはというと・・・。
「あれ、もう大丈夫なの?」
「薬を飲むなら飯を食えだってさ。」
「それなら軽いものの方がいいね、取ってくるからそこで待ってるといいよ。」
誰にでも優しく面倒見の良い魔術師だ。
「助かるよジュリア『ン』。」
「それ、もう一回言ったらこってりしたご飯に変更ね。」
「わかったわかったってジュリア。」
「わかればよろしい。」
見た目は女だけど中身は男だ。
あー、心も女だからこの場合はどっちになるんだ?
可愛いものとかっこいい男をこよなく愛する魔術師。
ちなみに本名で呼ばれるとさっきみたいに豹変する。
わざわざ彼女の機嫌を損ねる必要はない。
損ねた時の事は二度と忘れないだろう。
触らぬ神に祟りはないって騎士団員の誰かが言ってたっけな。
と、ジュリアの持ってくるご飯を待っている時だった。
天幕広場のあたりから怒鳴り声が聞こえてきた。
なんだ、喧嘩か?
「おい、向こうで騎士団員に喧嘩売ったやつがいるってよ!」
「馬鹿だなぁ、失格になるかもしれないのに何してんだか。」
「ちょっと見に行こうぜ。」
「おう!」
騒ぎを聞きつけたやじ馬がゾロゾロと天幕広場の方に向かっていく。
みんな騒ぎが大好きだなぁ。
まぁ、俺にはもう関係ないし。
どうせ冒険者のくせにとか騎士団員の方からちょっかいをかけたんだろ。
僕が言うのもなんだけど騎士団員は冒険者の事を見下している。
何もできないやつ、とか無能の集まりとか、言い放題だ。
もちろん僕も昔はそう思っていたわけだけどさ。
ジュリア達と一緒に行動するようになって冒険者への見方が全く変わった。
別に何もできないわけではない。
むしろ騎士団員よりもできることは多い。
確かに集団行動は苦手だけど、イナバ様の言うようにうまく指示を出せば騎士団員よりも臨機応変に動いてくれる。
そういう意味では冒険者の方が優秀じゃないかなとも思えてきた。
一緒に依頼をこなした冒険者がたまたま優秀だったのかもしれないけれど、今の僕にはもう彼らを見下すことなんてできない。
「向こうがにぎやかだけどモアはいかなくていいの?」
「別にもう僕には関係ないことだし。」
「そんなこと言って、本当は気になるんじゃないの?」
「しつこいなぁ、またあの名前で呼ぶよ?」
「冗談よ、そんなに怒らないでよ。はい、これでも食べて機嫌直してよ。」
ジュリアが持ってきてくれたのは無料の食事、ではなくて有料のソーラーメンだった。
「これ、後で請求したりしないよね。」
「これは僕のおごり。君に元気がないとネーヤの機嫌が良くないんだよね、だからそれを食べて薬を飲んでいつものモアに戻ってよ。」
「ん、ありがとう。」
「今日こそはイナバ様に声かけるんでしょ?」
「うん。昨日はなかなかその機会がなかったから今日こそはちゃんと挨拶しないと。」
「始まる前に挨拶に行けばいいんじゃないの?」
「イナバ様は始まる前はいつも忙しくしているから・・・。」
イナバ様の事だ、あれこれ考えて忙しくしているに違いない。
そこに僕が言って集中を切らすのも失礼な話だ。
せめて休憩時間に会えればと狙ったけれど昨日は会う事はできなかった。
「それで会えなかったら意味ないんじゃない?」
「会えなかったら最終日があるよ。後夜祭でなら気兼ねなく挨拶できるし。」
「でもそれじゃ遅いんでしょ?」
「そうなんだよね・・・。」
終わってから話しかけたんじゃ意味がない。
ちゃんと冒険者としてやっていることを先に伝えないと・・・。
「おい、シルビア様が出てきたぞ!」
「マジか、こりゃ失格者出るんじゃねぇか?」
「俺達も行こうぜ!」
シルビア様が仲裁に入るなんてよっぽどだな。
食事をしていた半分以上が天幕広場へと向かっていった。
そしてもう一人。
「え、シルビア様がいるの!」
俺と話をしていたジュリアまでもが天幕広場へと走って行ってしまった。
おかしいな、かっこいい男が好きなはずなのにシルビア様だけは別らしい。
まてよ、中身は男なんだからかっこいい女性に惹かれるのは普通なのか?
うーん、わからない。
まぁ、この件に関しては深く考えない方がよさそうだ。
とりあえず俺は薬を飲むために食事を続けよう。
さっさとこの状況からおさらばしないと頑張れるものも頑張れない。
「あれ、アンタまだ食べてたの?」
何とか食事を胃に流しこみ、薬を飲んで一息ついているとネーヤが戻ってきた。
「何とか食べ終わった所。」
「スッキリした顔してるじゃない、これで今日も頑張れるわね。」
「ごめんね心配かけて。」
「別にアンタの心配なんてしてないわよ。ジュリアが心配そうにしてたから気にかけてあげただけだから。って、そのジュリアはどこ?」
「さっきシルビア様が来たらしくて走って行っちゃった。」
「あー、うん。シルビア様が来たなら仕方ないか。」
「ねぇ、なんでジュリアはシルビア様が好きなの?その、中身があれなのに。」
本人がいない今ぐらいしか聞く機会はない。
今後の為に聞かせてもらっておこう。
「そんなの簡単よ、綺麗でかっこいいから。」
「それだけ?」
「それだけ。それ以上にわかりやすい答えがあると思う?」
「いや、無いね。」
女性としてカッコいいのが好き、そして男性として綺麗だから好き。
可愛い所もあるらしいからそこも好きなんだろう。
厳しい所しか知らないから僕にはわからないが、イナバ様に言わせると可愛らしい所があるらしい。
あの戦乙女に可愛い所があるなんて想像できないけど・・・。
「あ、かえってきた。」
「おかえりジュリア、堪能できた?」
「最高だった、もう死んでもいい・・・。」
「それはよかったね、それで結局どうなったの?」
「両者痛み分けってことでとりあえず丸く収めてたよ。一応イナバ様に報告してどうするか検討するんだって。」
さすがシルビア様と言ったところか。
イナバ様の事だからきっとうまく対処してくれるだろう。
「朝から面倒な奴らね、死ねばいいのに。」
「そんな物騒なこと言わない方がいいよ。」
「ジュリアは何とも思わないの?」
「むしろシルビア様を呼んでくれてありがとうと言いたいぐらいだよ。」
「聞いた私が悪かったわ。」
「あはは。」
騎士団では仲の良い団員がいなかったし、素の自分を出すようなこともなかった。
だから僕の目の前でこうやってふざけている二人を見るのがとても楽しい。
あぁ、僕の本当の居場所はここなんだ。
ここで実力を積んで大きくなればきっと、あの時のような悔しい思いはもうしなくてよくなる。
「なによ、随分と間抜けな顔して。」
「ちょっとね。」
「どうせよからぬこと考えてたんでしょ?これだから男ってやつは・・・。」
「それは僕達への暴言と取っていいのかな?」
「こんな時だけ男面しないでよジュリア!」
「あはは、ごめんごめん。きっと、ネーヤが可愛すぎたんだよ、ねぇモア。」
「あ、うん、そうだね。」
「そこ、棒読みで言わない!」
騎士団での一番の後悔。
それはあの日最後までイナバ様を守れなかったこと。
僕に実力があれば、あの日あの場所でイナバ様を置いてダンジョンを出るなんてことはなかった。
守るべき対象に守ってもらう。
護衛としてこれほど屈辱的な事はない。
あんな悔しい思いはもう。二度としたくない。
だから僕は、いや俺は冒険者になったんだ。
「あ、そろそろ時間だよ。」
「そうだね、行こうか。」
「ちょっと、無視しないでよ!」
ネーヤがまだ突っかかってくるけれど、ジュリアがそれを優しくなだめる。
俺の大切な仲間。
どん底にいた俺を救ってくれた仲間。
だから俺はこの仲間と一緒に絶対に成長して見せる。
そしてまずは、その始まりとしてイナバ様に報告するんだ。
冒険者になったことを。
「いこうか、ジュリア、ネーヤ。」
「うん。」
「ちょっと、何主導してるのよ。この班の一番はジュリアでしょ?」
「ほら、私はか弱い魔術師だから一番は立派な男の子にしてもらわないと・・・。」
「か弱い・・・?」
「そこ、つっこまないの!」
さぁ、二日目の始まりだ。
冒険者モア、がんばります!
だってあそこでは出来ないことがたくさんあったし、正直思い出したくないものが多すぎる。
だから冒険者にならないかと誘われた時、目が飛び出すぐらいに驚いた。
あそこをやめる選択肢が僕にはなかったから。
その選択肢をくれた仲間には感謝している。
冒険者になってよかった。
今は心からそう思える。
まず第一に早起きしなくていい。
正直に言って当直でもないのに日の出前に起きるとか最低だ。
陽が登ったら起きて陽が沈んだら寝る。
そいう子供のころから教えられた人間にとっては日直も当直も苦痛以外の何物でもない。
だから好きなだけ寝て、好きな時に起きれると聞いた時は涙が出そうになった。
ちがう、実際に涙は出た。
第二に自由だ。
騎士団にいるときは数々の規律に縛られて自由なんて何もなかった。
したいことはできないし、食べたいものも食べられない。
欲しいものは買えないし、買い物にも行けない。
何をするにしても『騎士団員』として行動しないといけないことが苦痛だった。
だけど冒険者になってその規律からも解放された。
もちろん犯してはならないモノはあるけれど、それ以外の事は何をしても自由だ。
好きな時に買い物をして、好きな時に好きなものを食べれる。
たったそれだけのことに感動するなんて、よっぽど自由がなかったんだなぁ。
「おーい、そろそろ起きないと二日目始まるよ?」
「ん・・・、そろそろ起きる。」
天幕の外から聞き覚えのある声がする。
この声はジュリアか。
昨日元同僚たちにたらふく呑まされたから頭が痛い。
胸やけもするし。今日のご飯は少なめにしよう。
「おはようモア、顔色悪いけど大丈夫?」
「吐き気と頭痛が交互に襲って来る。」
「あはは、昨日すごい呑まされていたもんね。食事場の横に簡易の救護室があるからそこで薬を貰えばいいよ。」
「・・・そうする。」
「僕は先にご飯食べて来るね。」
「ネーヤは?」
「もうとっくの昔にご飯食べに行ってるよ。お腹いっぱい食べられるの久々だからね、食いだめするんだって。」
うっぷ。
想像しただけで吐き気がひどくなってきた。
さっさと薬を貰ってこよう。
テントから這い出てわざと遠回りをしながら救護室へ向かう。
少しでも食べ物の匂いから離れないとすぐに胃の中の者をぶちまけそうだ。
太陽は樹の上から顔を出してこちらを照らしている。
今日も暑くなりそうだなぁ。
「すみません、酔い覚ましと頭痛止めはありますか?」
「二日酔い?」
「はい、昨日しこたま飲まされたので・・・。」
「あぁ、君が騎士団を抜けて冒険者になったっていう奇特な子か。話は聞いているよ。」
そんなに噂になる事なのかな。
別に冒険者になる理由なんてなんでもいいと思うんだけど。
救護室にいたのはイナバ様位の冒険者だった。
でもよく見ると神官の格好をしている。
神官なのに冒険者?
「そんなに珍しい事ですか?貴方と同じだと思うんですけど。」
「確かにそうだね気に障ったなら謝るよ。冒険者になるのに前の職業なんて関係ない、自由と平和を愛する気持ちがあるならだれでも歓迎さ。」
「自由わかりますけど、平和もですか?」
「当たり前じゃないか。人々の依頼をこなして時に魔物を狩り時に素材を探す、これもすべて世界平和の為だよ。」
「それって神官様の考えじゃ・・・。」
「神官も冒険者も中身は一緒さ、要はどうやって平和を維持しているかってことだよ。そういう意味では騎士団も冒険者も同じかもしれないね。」
騎士団と同じ。
確かにそう言われればそうだけど、それだと冒険者になった意味がないような気がする。
「僕は僕の可能性を試したくて冒険者になったんです、別に平和の為なんかじゃ・・・。」
「おっと次の患者が来たようだ。酔い覚ましと頭痛止めだったね、食後にこれを飲むと良い。なんでもいいからちゃんとお腹に入れてから飲むように、そうじゃないと胃に穴が開いても知らないからね。」
「は、はい!」
胃に穴が開くとかどれだけ強力なんだ。
でも背に腹は代えられない。
今日は何としてでもイナバ様の所にたどり着かなければ。
「あれ、モアじゃないこんなところで何してるの?」
「ちょっと薬を貰いに行ってたんだ。」
「たったあれっぽっちのお酒で二日酔い?元騎士団員もまだまだね。」
「そういう君こそ朝早くから調理場に向かったって聞いたけどもう終わったの?」
「腹ごなしに散歩しているだけ、予選までまだまだ時間はあるしもう少ししたら3回目のご飯かな。」
三回目・・・?
うん、聞かなかったことにしよう。
「それじゃあネーヤまたね。」
「そんなしけた面じゃ頑張れないよ?さっさといつものモアに戻ってよね。」
「とりあえず頑張るよ。」
ネーヤは俺を誘ってくれたジュリアの相棒だ。
元々二人で冒険者をしていたが先日の失踪事件の時に二人そろって攫われてしまった。
イナバ様が助けた後傷心の僕の所にお礼を言いに来てくれたのが始まりだった。
勝気だけど人情味のある弓士だ。
ちなみにジュリアはというと・・・。
「あれ、もう大丈夫なの?」
「薬を飲むなら飯を食えだってさ。」
「それなら軽いものの方がいいね、取ってくるからそこで待ってるといいよ。」
誰にでも優しく面倒見の良い魔術師だ。
「助かるよジュリア『ン』。」
「それ、もう一回言ったらこってりしたご飯に変更ね。」
「わかったわかったってジュリア。」
「わかればよろしい。」
見た目は女だけど中身は男だ。
あー、心も女だからこの場合はどっちになるんだ?
可愛いものとかっこいい男をこよなく愛する魔術師。
ちなみに本名で呼ばれるとさっきみたいに豹変する。
わざわざ彼女の機嫌を損ねる必要はない。
損ねた時の事は二度と忘れないだろう。
触らぬ神に祟りはないって騎士団員の誰かが言ってたっけな。
と、ジュリアの持ってくるご飯を待っている時だった。
天幕広場のあたりから怒鳴り声が聞こえてきた。
なんだ、喧嘩か?
「おい、向こうで騎士団員に喧嘩売ったやつがいるってよ!」
「馬鹿だなぁ、失格になるかもしれないのに何してんだか。」
「ちょっと見に行こうぜ。」
「おう!」
騒ぎを聞きつけたやじ馬がゾロゾロと天幕広場の方に向かっていく。
みんな騒ぎが大好きだなぁ。
まぁ、俺にはもう関係ないし。
どうせ冒険者のくせにとか騎士団員の方からちょっかいをかけたんだろ。
僕が言うのもなんだけど騎士団員は冒険者の事を見下している。
何もできないやつ、とか無能の集まりとか、言い放題だ。
もちろん僕も昔はそう思っていたわけだけどさ。
ジュリア達と一緒に行動するようになって冒険者への見方が全く変わった。
別に何もできないわけではない。
むしろ騎士団員よりもできることは多い。
確かに集団行動は苦手だけど、イナバ様の言うようにうまく指示を出せば騎士団員よりも臨機応変に動いてくれる。
そういう意味では冒険者の方が優秀じゃないかなとも思えてきた。
一緒に依頼をこなした冒険者がたまたま優秀だったのかもしれないけれど、今の僕にはもう彼らを見下すことなんてできない。
「向こうがにぎやかだけどモアはいかなくていいの?」
「別にもう僕には関係ないことだし。」
「そんなこと言って、本当は気になるんじゃないの?」
「しつこいなぁ、またあの名前で呼ぶよ?」
「冗談よ、そんなに怒らないでよ。はい、これでも食べて機嫌直してよ。」
ジュリアが持ってきてくれたのは無料の食事、ではなくて有料のソーラーメンだった。
「これ、後で請求したりしないよね。」
「これは僕のおごり。君に元気がないとネーヤの機嫌が良くないんだよね、だからそれを食べて薬を飲んでいつものモアに戻ってよ。」
「ん、ありがとう。」
「今日こそはイナバ様に声かけるんでしょ?」
「うん。昨日はなかなかその機会がなかったから今日こそはちゃんと挨拶しないと。」
「始まる前に挨拶に行けばいいんじゃないの?」
「イナバ様は始まる前はいつも忙しくしているから・・・。」
イナバ様の事だ、あれこれ考えて忙しくしているに違いない。
そこに僕が言って集中を切らすのも失礼な話だ。
せめて休憩時間に会えればと狙ったけれど昨日は会う事はできなかった。
「それで会えなかったら意味ないんじゃない?」
「会えなかったら最終日があるよ。後夜祭でなら気兼ねなく挨拶できるし。」
「でもそれじゃ遅いんでしょ?」
「そうなんだよね・・・。」
終わってから話しかけたんじゃ意味がない。
ちゃんと冒険者としてやっていることを先に伝えないと・・・。
「おい、シルビア様が出てきたぞ!」
「マジか、こりゃ失格者出るんじゃねぇか?」
「俺達も行こうぜ!」
シルビア様が仲裁に入るなんてよっぽどだな。
食事をしていた半分以上が天幕広場へと向かっていった。
そしてもう一人。
「え、シルビア様がいるの!」
俺と話をしていたジュリアまでもが天幕広場へと走って行ってしまった。
おかしいな、かっこいい男が好きなはずなのにシルビア様だけは別らしい。
まてよ、中身は男なんだからかっこいい女性に惹かれるのは普通なのか?
うーん、わからない。
まぁ、この件に関しては深く考えない方がよさそうだ。
とりあえず俺は薬を飲むために食事を続けよう。
さっさとこの状況からおさらばしないと頑張れるものも頑張れない。
「あれ、アンタまだ食べてたの?」
何とか食事を胃に流しこみ、薬を飲んで一息ついているとネーヤが戻ってきた。
「何とか食べ終わった所。」
「スッキリした顔してるじゃない、これで今日も頑張れるわね。」
「ごめんね心配かけて。」
「別にアンタの心配なんてしてないわよ。ジュリアが心配そうにしてたから気にかけてあげただけだから。って、そのジュリアはどこ?」
「さっきシルビア様が来たらしくて走って行っちゃった。」
「あー、うん。シルビア様が来たなら仕方ないか。」
「ねぇ、なんでジュリアはシルビア様が好きなの?その、中身があれなのに。」
本人がいない今ぐらいしか聞く機会はない。
今後の為に聞かせてもらっておこう。
「そんなの簡単よ、綺麗でかっこいいから。」
「それだけ?」
「それだけ。それ以上にわかりやすい答えがあると思う?」
「いや、無いね。」
女性としてカッコいいのが好き、そして男性として綺麗だから好き。
可愛い所もあるらしいからそこも好きなんだろう。
厳しい所しか知らないから僕にはわからないが、イナバ様に言わせると可愛らしい所があるらしい。
あの戦乙女に可愛い所があるなんて想像できないけど・・・。
「あ、かえってきた。」
「おかえりジュリア、堪能できた?」
「最高だった、もう死んでもいい・・・。」
「それはよかったね、それで結局どうなったの?」
「両者痛み分けってことでとりあえず丸く収めてたよ。一応イナバ様に報告してどうするか検討するんだって。」
さすがシルビア様と言ったところか。
イナバ様の事だからきっとうまく対処してくれるだろう。
「朝から面倒な奴らね、死ねばいいのに。」
「そんな物騒なこと言わない方がいいよ。」
「ジュリアは何とも思わないの?」
「むしろシルビア様を呼んでくれてありがとうと言いたいぐらいだよ。」
「聞いた私が悪かったわ。」
「あはは。」
騎士団では仲の良い団員がいなかったし、素の自分を出すようなこともなかった。
だから僕の目の前でこうやってふざけている二人を見るのがとても楽しい。
あぁ、僕の本当の居場所はここなんだ。
ここで実力を積んで大きくなればきっと、あの時のような悔しい思いはもうしなくてよくなる。
「なによ、随分と間抜けな顔して。」
「ちょっとね。」
「どうせよからぬこと考えてたんでしょ?これだから男ってやつは・・・。」
「それは僕達への暴言と取っていいのかな?」
「こんな時だけ男面しないでよジュリア!」
「あはは、ごめんごめん。きっと、ネーヤが可愛すぎたんだよ、ねぇモア。」
「あ、うん、そうだね。」
「そこ、棒読みで言わない!」
騎士団での一番の後悔。
それはあの日最後までイナバ様を守れなかったこと。
僕に実力があれば、あの日あの場所でイナバ様を置いてダンジョンを出るなんてことはなかった。
守るべき対象に守ってもらう。
護衛としてこれほど屈辱的な事はない。
あんな悔しい思いはもう。二度としたくない。
だから僕は、いや俺は冒険者になったんだ。
「あ、そろそろ時間だよ。」
「そうだね、行こうか。」
「ちょっと、無視しないでよ!」
ネーヤがまだ突っかかってくるけれど、ジュリアがそれを優しくなだめる。
俺の大切な仲間。
どん底にいた俺を救ってくれた仲間。
だから俺はこの仲間と一緒に絶対に成長して見せる。
そしてまずは、その始まりとしてイナバ様に報告するんだ。
冒険者になったことを。
「いこうか、ジュリア、ネーヤ。」
「うん。」
「ちょっと、何主導してるのよ。この班の一番はジュリアでしょ?」
「ほら、私はか弱い魔術師だから一番は立派な男の子にしてもらわないと・・・。」
「か弱い・・・?」
「そこ、つっこまないの!」
さぁ、二日目の始まりだ。
冒険者モア、がんばります!
11
お気に入りに追加
204
あなたにおすすめの小説
転売屋(テンバイヤー)は相場スキルで財を成す
エルリア
ファンタジー
【祝!第17回ファンタジー小説大賞奨励賞受賞!】
転売屋(テンバイヤー)が異世界に飛ばされたらチートスキルを手にしていた!
元の世界では疎まれていても、こっちの世界なら問題なし。
相場スキルを駆使して目指せ夢のマイショップ!
ふとしたことで異世界に飛ばされた中年が、青年となってお金儲けに走ります。
お金は全てを解決する、それはどの世界においても同じ事。
金金金の主人公が、授かった相場スキルで私利私欲の為に稼ぎまくります。
特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった
なるとし
ファンタジー
鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。
特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。
武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。
だけど、その母と娘二人は、
とおおおおんでもないヤンデレだった……
第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。
勇者一行から追放された二刀流使い~仲間から捜索願いを出されるが、もう遅い!~新たな仲間と共に魔王を討伐ス
R666
ファンタジー
アマチュアニートの【二龍隆史】こと36歳のおっさんは、ある日を境に実の両親達の手によって包丁で腹部を何度も刺されて地獄のような痛みを味わい死亡。
そして彼の魂はそのまま天界へ向かう筈であったが女神を自称する危ない女に呼び止められると、ギフトと呼ばれる最強の特典を一つだけ選んで、異世界で勇者達が魔王を討伐できるように手助けをして欲しいと頼み込まれた。
最初こそ余り乗り気ではない隆史ではあったが第二の人生を始めるのも悪くないとして、ギフトを一つ選び女神に言われた通りに勇者一行の手助けをするべく異世界へと乗り込む。
そして異世界にて真面目に勇者達の手助けをしていたらチキン野郎の役立たずという烙印を押されてしまい隆史は勇者一行から追放されてしまう。
※これは勇者一行から追放された最凶の二刀流使いの隆史が新たな仲間を自ら探して、自分達が新たな勇者一行となり魔王を討伐するまでの物語である※
どうしてこうなった道中記-サブスキルで面倒ごとだらけ-
すずめさん
ファンタジー
ある日、友達に誘われ始めたMMORPG…[アルバスクロニクルオンライン]
何の変哲も無くゲームを始めたつもりがしかし!?…
たった一つのスキルのせい?…で起きる波乱万丈な冒険物語。
※本作品はPCで編集・改行がされて居る為、スマホ・タブレットにおける
縦読みでの読書は読み難い点が出て来ると思います…それでも良いと言う方は……
ゆっくりしていってね!!!
※ 現在書き直し慣行中!!!
転生貴族のハーレムチート生活 【400万ポイント突破】
ゼクト
ファンタジー
ファンタジー大賞に応募中です。 ぜひ投票お願いします
ある日、神崎優斗は川でおぼれているおばあちゃんを助けようとして川の中にある岩にあたりおばあちゃんは助けられたが死んでしまったそれをたまたま地球を見ていた創造神が転生をさせてくれることになりいろいろな神の加護をもらい今貴族の子として転生するのであった
【不定期になると思います まだはじめたばかりなのでアドバイスなどどんどんコメントしてください。ノベルバ、小説家になろう、カクヨムにも同じ作品を投稿しているので、気が向いたら、そちらもお願いします。
累計400万ポイント突破しました。
応援ありがとうございます。】
ツイッター始めました→ゼクト @VEUu26CiB0OpjtL
性的に襲われそうだったので、男であることを隠していたのに、女性の本能か男であることがバレたんですが。
狼狼3
ファンタジー
男女比1:1000という男が極端に少ない魔物や魔法のある異世界に、彼は転生してしまう。
街中を歩くのは女性、女性、女性、女性。街中を歩く男は滅多に居ない。森へ冒険に行こうとしても、襲われるのは魔物ではなく女性。女性は男が居ないか、いつも目を光らせている。
彼はそんな世界な為、男であることを隠して女として生きる。(フラグ)
無限に進化を続けて最強に至る
お寿司食べたい
ファンタジー
突然、居眠り運転をしているトラックに轢かれて異世界に転生した春風 宝。そこで女神からもらった特典は「倒したモンスターの力を奪って無限に強くなる」だった。
※よくある転生ものです。良ければ読んでください。 不定期更新 初作 小説家になろうでも投稿してます。 文章力がないので悪しからず。優しくアドバイスしてください。
改稿したので、しばらくしたら消します
異世界は流されるままに
椎井瑛弥
ファンタジー
貴族の三男として生まれたレイは、成人を迎えた当日に意識を失い、目が覚めてみると剣と魔法のファンタジーの世界に生まれ変わっていたことに気づきます。ベタです。
日本で堅実な人生を送っていた彼は、無理をせずに一歩ずつ着実に歩みを進むつもりでしたが、なぜか思ってもみなかった方向に進むことばかり。ベタです。
しっかりと自分を持っているにも関わらず、なぜか思うようにならないレイの冒険譚、ここに開幕。
これを書いている人は縦書き派ですので、縦書きで読むことを推奨します。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる