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第七・五章

公平である事

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やってきました本日二回目の魔術師ギルドinギルド長の尖塔。

ついさっきのはずなんですが、何でこんなにお久しぶり感があるんでしょうか。

これも全てやらなければならないことが多すぎるせいです。

でもここが終わればほぼコンプリート。

さぁ、空腹を我慢してイザ決戦!

「おそーい!」

「すみませんリュカさん。」

「どうせその男がまた別の女の人を誑かしていたんでしょ!」

「特にそういった事をした覚えは無いのですが・・・。」

「無自覚にやってるからたちが悪いのよ!」

いや、だからなんで誑かしていること前提なんでしょうか。

この人に関しては訂正しても認めてくれないからなぁ、困ったものだ。

悪い人じゃないんだろうけど、俺とは相性が悪いらしい。

「シュウイチさんと冒険者ギルドに行っていまして、それで遅れてしまったんです。」

「冒険者ギルド?」

「ギルド長と打ち合わせがありまして。」

「ほら、やっぱり女関係じゃない!」

「御存知なんですか?」

「ティナちゃんとは子供の頃からの知り合いよ!あの子にも手を出したらタダじゃおかないんだからね!」

ティナちゃん・・・!?

いや確かにこの人の方が年上だろうけど、世間は狭いというか何と言うか。

この人どれだけ交友範囲が広いんだろう。

いや、守備範囲というほうがいいかもしれない。

「ティナさんとは対等な仕事仲間として良い関係を築かせていただいております。」

「後で毒牙にかからないように釘を刺しておかなくちゃ。」

「それよりもリュカさん、フェリス様は今大丈夫ですか?」

「まだ来客中だけど難しい話は終わったみたい。」

おや、まだ来客中だったのか。

てっきり帰ったから呼ばれたと思ったんだけど、何か嫌な予感がするなぁ。

「来客中によろしいんですか?」

「なんでもそこの男に用があるんだって。」

「シュウイチさんにですか?」

「紹介する手間が省けたってフェリス様は言ってたけど、アンタいったい何したの?」

「特にこれといった事はしていないと思いますが・・・。」

ほら来た。

身分の高そうな人を紹介されるといつも大変なことになるんだよな。

今回は催しまで時間が無いし面倒な事にならなければいいんだけど・・・。

「と・も・か・く、フェリス様がお待ちよさっさと行きなさい。」

「はい!」

リュカさんに促されて階段を上り、見えない壁にそっと触れる。

え、見えないのに何でわかるのかって?

壁が何処にあるのかわかっていれば造作も無い事だよ。

フハハハハハ。

ウソです冗談です石投げないで下さい。

「フェリス様、魔術師エミリアと商人のイナバが参りました、今よろしいでしょうか。」

「やっと来たね、開いてるよ入っといで。」

「失礼します。」

見えない壁を通り抜けて階段を一番上まで上がる。

何度きてもここは変わらないなぁ。

相変らず書類の積みあがった机。

床には無造作に古い本が積まれている。

あれって貴重な本だったりするのが定番だよな。

そして机の前に置かれた応接セットにはギルド長と一人の男性。

「お忙しい所お邪魔致します。」

「邪魔するなら帰っていいよ。」

「では失礼します。」

「シュウイチさん!?」

え、これってそういうノリを求められているんじゃないの?

ネタを振られたら返さないといけない文化圏にいたものでつい・・・。

「アーッハッハッハ!」

突然そのやり取りを見ていた男性が大声で笑い出した。

見た目60~70代。

白髪で中肉中背。

座っているから身長は不明だが、見た目にヨボヨボじゃなく元気そうだ。

傍目には老人の集まりという感じだけど、役職で見ると空よりも高いところにいるんだろうな。

あまり下手な事しない方がいいか。

「これは面白い。フェリス殿を前にしてこのような事が出来る人間がいるとは思わなかった。」

「世界広しといえどこの男ぐらいなもんだよ。」

「いやいや、面白い物を見せてもらった。まさかこんな面白い物を見られるとは、長生きはするものだな。」

「長生きってたって、たかが100年ぐらいなもんじゃないか。」

「フェリス殿から見れば私もまだまだひよっこですなぁ。」

「何年経ったって男は皆ガキだよ。」

ガキで申し訳ありません。

偉い人にネタを振ってしまうほどに未熟な人間でございます。

というかさ、100歳って十分長生きだと思うんですけど、違うんですか?

それをひよっこって言うギルド長は一体何歳なんだろう。

そう思いながらフェリス様を見るとものすごい目で睨まれた。

コワ!

おかしい、心の声は漏れていないはずだ。

まさか読まれた?

「いやいや急に笑ってしまって申し訳ない。」

そんなやり取りを見ていた男性は穏やかな顔で俺の方を向いた。

「こちらこそ失礼致しました。」

「なんだい帰らないのかい。」

「帰りたいのは山々ですが、こちらも今日中に終わらせなければならない仕事がございまして。」

「ついで仕事でここに寄るなんていい度胸じゃないか。」

「それだけでは有りませんが、ひとまずお時間よろしいでしょうか。」

「仕方ないね、うちの可愛い子に免じて聞いてあげようじゃないか。」

「ありがとう御座います。」

やれやれ、相変らず聞いてくれるところまでが長い。

でも聞いてくれるだけすごいんだよな。

なんてったって魔術師ギルドのトップだし、そもそもアポも取ってないんだし。

歓迎されているみたいだけど、はてさてどうなる事やら。

「まずは先日のお礼から、私達夫婦に素敵なお祝いをありがとうございました。」

「そういえばそんな物も送ったねぇ、それでどうだったんだい?」

「どうだったとはどういうことでしょう。」

「何言ってるんだい、渡した精力剤の効果を聞いてるんだよ。」

あれって精力剤だったのか!

禍々しい雰囲気がすごすぎて安全な場所に保管してるけど、よかった使わなくて。

「一口飲めば三日は頑張れる代物だけど、なんだい使ってないのかい。」

「申し訳ありません、凄い物という物だとはわかりましたがあまりの雰囲気に使用をためらいました。」

「その調子じゃいつ孫の顔を見れるかわかったもんじゃないね。」

「孫ってそんな・・・。」

声の雰囲気でなんとなくわかるけど、エミリアが顔を赤くしている。

この人からしてみればエミリアは可愛い孫みたいなものなんだろう。

あー、曾孫?それとも玄孫?

まぁどっちでもいいか。

「なんだ、新婚さんか。」

「うちの可愛い子を掻っ攫っていった泥棒だよ。」

「そいつはめでたい。どれ、私も一つ祝いをやらないと。」

「そんな、見ず知らずの方にまでお祝いしていただくわけにはいきません。」

「若いのに遠慮する事なんてないよ。あげるって言うんだから大人しくも貰っときな。」

「ですが・・・。」

「いちいちうるさいねぇ、この男が誰かを祝うなんて夏に雪が降るより珍しい事だ、いいから貰っておきな!」

そこまで言われたら断りづらい。

何処のどなたか知らないがありがたく頂戴させていただこう。

「では、ありがたく頂戴させていただきます。」

「うんうん若いし度胸もある、なによりその目がいい。ただ神経が図太いだけの馬鹿じゃない、相手が誰なのかをしっかりと見据え、思慮の深い目だ。未来のある『人間』はやっぱりいいねぇ。」

そう言いながら男は胸元から紫色の小さな箱を取り出す。

あれだ、プロポーズする時にパカッとあけるあの箱ぐらいの大きさだ。

紫色の箱といえば昔某MMORPGで一攫千金を狙ったことがあったなぁ。

「おやまぁ、太っ腹だねぇ。」

「未来のある『人間』には目をかけておかないと。」

「アンタ、大変な奴に目をつけられたね。せいぜい頑張りなよ。」

まさに魔女の如くイッヒッヒと笑うギルド長。

大変な奴・・・。

そういえばこの人が何者なのか全然知らないな。

とりあえず貰うものはもらっておくけど、一体何者なんだろう。

エミリアが静かにしているって事はエミリアも知らないようだ。

「それは家に帰ってから開けるといい。でも決して外で開けないように、何があっても私は責任をとらないからね。」

何その鶴の恩返し的な奴。

貰うのが逆に怖いんですけど。

机の上に置かれた紫色の箱。

特に模様も何もない分余計不気味に感じる。

恐る恐る手を伸ばし、両手で持ち上げてみる。

思っていた以上に軽かった。

中に何も入っていないみたいだ。

振ってみたいけど振るのも怖いな。

「ありがとうございます。」

「君達の未来に安寧と光明そして漆黒なる闇が訪れる事を祈っているよ。」

男性が箱を手にとった俺に不思議な言葉をかける。

安寧と光明はわかる、でもなんで漆黒なる闇ってなんだ?

何か理由があるんだろうか。

「それで、今日はそれだけじゃないんだろ?」

「そうでした、もう一つお願いがあるんです。」

「あの馬鹿娘から聞いてるよ、例のブツについてだろ?」

「そうなんです。」

例のブツ。

ワザワザこんな言い方をするのには何か理由があるんだろう。

この男性に知られてはいけないのかもしれない。

まぁ世界に一つしかない国宝級のお宝なワケだし、むやみやたらに広めるのもおかしな話だ。

ここは濁したままにするほうがいいだろう。

「何でも金の無心に来たって話じゃないかい。」

「そんなつもりは無いんですが・・・。」

「金ならつい先日渡したはずだろ?」

「それはお話した通り彼女を買い受けるお金として使わせていただきました。」

「それで今度はなんだっていうんだい。また女を買いたいっていうんならお門違いもいい所だよ、他を当たっておくれ。」

「別に女性を買いに来たわけではありません、今回は馬です。」

「馬だって?」

「はい、馬です。」

ポカンとした顔をするギルド長。

ほらほら、威厳と立場がある方なんですからそんな顔しちゃいけませんよ。

「君、馬を買いにくるのもお門違いじゃないのかい?」

「正確に言えば馬を買うお金を頂きに来たんです。」

「一応聞いておくが、彼女が魔術師ギルドの長である事は知っているわけだね。」

「もちろんです。」

間違えるはずが無い。

ギルドのトップ、老齢の魔女フェリス様だ。

「その彼女にお金を無心するというのかな。」

「先ほども言いましたように無心しに来たわけではありません。預けておりましたお金を返してもらいに来た次第です。」

「そのお金は君のものなのかい?」

「今はまだギルドのお金になるでしょうか。」

「つまり自分のものじゃないお金を貰いに来たと。」

「はい、預けておりますので。」

しかし物の名前を出せないのは非常にめんどくさい。

さらに、その原因を作っている張本人だから余計に相手がしにくい。

精霊結晶の代金を貰いに来たといえば済む話なのになぁ。

「フェリス殿、彼はこのように言っているが間違いないのかな。」

「間違いというわけではないね。」

「ではギルドは彼のお金を預かっていると。」

「そういうふうにもとれるね。」

「つまり彼は自己の正当性を主張しているだけで間違いないと?」

「まぁ、そうなるね。」

なんだか俺を置いて話が進んでいくんだが・・・。

「話は分かった。彼は自己の正当性を証明しフェリス殿もそれを認めている。よって、彼には『馬を買うだけの金銭を受け取る権利』がある事を私が認めよう。」

いったい何なんだ?

まるで遠〇の金さんの名裁きみたいじゃないか。

この人はいったい何者なんだ?

「アンタがそう言うのなら私は従うしかない、馬を買うだけの金銭を準備しよう。」

「うむ、正当な主張には正当な返答が望ましい。私は彼が非常に気に入ったよ。」

「そうかい、そう言う事ならここに呼び寄せた甲斐があったねぇ。」

「あの、申し訳ありませんが私にもわかるように説明していただけると助かるのですが・・・。」

「おぉ、そう言えば自己紹介がまだだったね。私はジュジェ、この世界の公平をつかさどる神だ。」

お前だったのか。

っていうボケは置いといて。

えっと、神様?

さっきは100歳だって聞いてたけど神様ってそんなに若いの?

「申し訳ありません、私の頭が足りないばっかりに良くわからないのですが、神様という事でよろしいのでしょうか。」

「如何にも君たちが神と呼ぶ存在で間違いない。」

うん、全くわからない。

わからないときはわかる人に聞いてみよう。

「フェリス様、申し訳ありませんが私やエミリアにわかるようにご説明頂けますでしょうか。」

「やれやれ若いのに頭が固いねぇ。」

頭が固いとかそういう話じゃないと思うんだけど。

「まだ100歳程だけどこの子が神様だってのは間違いないよ。私が昔ヤンチャしてた時に偶々起こしちまった神様だ。良く拝んどきな、次はいつ会えるかわからないからね。」

「あの時はいきなりだったからねぇ、しかも起こされたと思ったらよくわからないことで説教されるし。君はさ生まれたての赤ん坊に説教とかするかな?しない?普通はしないよねぇ。」

「あんな所で横になってるのが悪いんだよ。先には進めないし後ろは戻れないし、そうなったら目の前にいるこいつを起こすしかないじゃないか。」

「と、言うわけでこのこわーい魔術師に起こされてしまったわけなんだよ。神様って言ってもそんなに偉い物じゃないんだ、ちょっと人より長生きで変わったことができるぐらいだし。」

「まさか私も起こせるとは思っていなかったけどね。アンタは目覚めて私は生きて帰れた、それでいいじゃないか。」

えっと神様って寝てるものなの?

っていうか神様に対してそんな態度でいいの?

そもそも100年前にこの人はいったい何をしでかしたんだろうか。

もうヤンチャっていうレベルじゃないと思うんですけど。

「まぁそう言うわけだから僕は神様で君はその神様に認められたという事だ。良かったね、これで馬が買えるよ。」

「あ、ありがとうございます。」

「私が起こしたんだから息子みたいなもんだけど、神様であることは変わりないからね。神様の命令には従うさ。」

「馬はいくら位なのかな。」

「金貨10枚ほどあれば足りるはずです。」

「じゃあ金貨を11枚支払うように。」

あの、聞いてました?

10枚でいいんです。

「金貨11枚!そりゃ多すぎじゃないのかい?」

「さっきも言ったように私は彼が非常に気に入ったんだ。」

「それでも11枚は多すぎだよ。そこまで気に入ってるならアンタが半分出しな!」

「確かにそれは公平だね。金貨5枚は私が、残りの6枚はフェリス殿でよろしいかな。」

「公平をつかさどる神様っていうなら逆じゃないかい?」

「やれやれ、貴女は本当に私を神様だと思っているのかなぁ。」

「言っただろ、私にとっちゃいつまでも息子でガキさ。」

うん、なんかよくわからないけど馬が買えることはわかった。

わかったけど、この二人が斜め上の事ばかり話すからついていけない。

じゃあ、ついて行けないときはどうするのか。

あきらめるしかない。

「それじゃあ私からは金貨6枚。」

そう言いながら俺の手を取ると、気づいた時には金貨を6枚握っていた。

「まったく、その金はどこから湧いてくるのかね。」

「ちゃんと私の資産から出しているよ。何もない所から出すと最近うるさいんだ。」

「ほれ、会計室にこの紙を出しな。すぐに引き換えてくれるだろうよ。」

「ありがとうございます。」

「うんうん、公平な取引は素晴らしいね。」

「なにが公平な取引なもんかい、私からしたら大損だよ。」

「彼の権利からすると公平だから問題ない。世界全てを公平に裁こうなんて神である私にもできないことだからね。」

神様なのにできないんだ。

なんだかいきなり話がファンタジー過ぎて頭が追い付かない。

世の異世界主人公はなんで神とか悪魔とかと簡単に話ができるのかな。

普通無理だよ。

「さぁ、さっさと行きな。残念なことに私はまだこいつと話をしなくちゃならないんだ。」

「そうなんだよ、まだまだこの世界の公平について話し合うことが多くてね。」

「それではお邪魔致しました。」

「言っただろ、邪魔するならさっさと帰りな。」

追い払われるように慌ただしく部屋を後にする。

階段を慌てて降りると、下で待っていたリュカさんが不思議そうな顔でこちらを見ていた。

「随分と早かったのね、話はできたの?」

「できたと言いますかなんといいますか・・・。」

あれは夢とか幻じゃないんだよな。

現実なんだよな。

「エミリア、私の頬をつねってもらえますか?」

「えぇ!」

「お願いします。」

「わ、わかりました。」

エミリアがおずおずと手を伸ばし俺の頬をぎゅっとつねる。

うん、むっちゃ痛い。

という事は夢でも幻でもなく現実という事だ。

「痛い・・。」

「つねられたら痛いに決まってるでしょ当たり前じゃない。ちょっと大丈夫?」

「大丈夫なようで大丈夫じゃありません。」

「エミリア、貴女の旦那大丈夫なの?」

「私も同じような感じなので、おそらく大丈夫だと思います。」

「ちょっと、しっかりしなさいよ。」

後ろで話を聞いていたエミリアも同じような感じのようだ。

そうだよな、普通神様が出てきたとか信じられないよな。

「エミリア、世の中は不思議がいっぱいですね。」

「シュウイチさん、本当ですね。」

「ちょっとちょっと、いったいどうしたのよ!」

「リュカさん、フェリス様はいったい何者なんでしょうか。」

「何物も何も魔術師ギルドのギルド長でしょ?」

「それ以外に何か知っていますか?」

「昔すごいことをした魔術師だってことは知ってるけど、それ以外は私も良く知らないわ・・・。」

「すごい事ってなんでしょうね。」

「エミリア、深く考えるのはやめなさい。それはきっと考えちゃいけないことなのよ。」

触れてはいけない領域がある。

エルフでも長寿ではないこの世界で、最低100歳を超える年齢だという存在。

もしかすると、あの人自身もう人間じゃないのかもしれない。

私が神だ。

私も神だ。

お前だったのか。

みたいな感じで。

「とりあえず行きましょうか。」

「そうですね、まだまだやらないといけないことばかりですもんね。」

考えを放棄したいけど今はそれどころじゃない。

気持ちを切り替えて、やるべきことをやらなくちゃ。

「とりあえず会計室へ。」

「こっちですシュウイチさん。」

エミリアに連れられて魔女の尖塔を出る。

精霊がいるんだから神様がいてもおかしくない。

だってここはファンタジーの世界なんだから。


その後会計室でお金を受け取り、その足でバスタさんに紹介された馬主さんの所へ向かった。

時間はちょうど夕刻。

よかった、何とか間に合いそうだ。

「イナバ様こちらです!」

南門の城壁付近でバスタさんが手を振っている。

「すみません遅くなりました。」

「私も今来たところです、それで首尾はいかがでしたか?」

「冒険者の前日出発は何とかなりそうです。」

「それはよかった!後は馬だけですね。」

バスタさんを先頭に城壁の外に出る。

城壁の外だからいきなり魔物がいるわけではない。

城壁の外は内部で売買ができない大型の動物や荷物を使う人でにぎわっていた。

「イナバ様こちらが今回ご紹介するミナルさんです。」

「はじめましてイナバ様、噂はかねがね。」

「イナバシュウイチと申します、この度は馬をお譲りいただけるという事で参りました。」

「今回お譲り出来る馬は合計6頭、若馬が4頭に成馬が2頭ですがよろしいでしょうか。」

「ぜひ拝見させてください。」

「どうぞこちらへ。」

ミナルさんに連れられ、城壁沿いに進んでいく。

そこは馬や牛、羊などの家畜が柵の向こうにひしめいていた。

あー、動物園の匂いだ。

いや、牧場?

「馬だけじゃないんですね。」

「この時期は農繁期ですので牛などの貸し出しも多いのです。牛は乳を出しますし、羊は毛を刈れます。エサいらずで富をもたらす優秀な家族ですよ。」

確かにえさになりそうな草は山ほどあるもんな。

こういう世界では家畜は貴重な労働力だ。

商店じゃなくて家畜関係の仕事をした方が儲かったりして。

まぁ、元手がないか。

「どうぞ、こちらが今回お譲り出来る馬です。」

通されたのは一番奥に作られた屋根付の一画。

そこには話の通り6頭の馬がこちらをみていた。

正直馬の良し悪しはわからない。

だが、一目惚れというものがあるのであればそれに従うのがオタクというものだ。

なにごとも一期一会。

出会った同人誌は出会った時が買い時です。

その法則に従うべき馬が目の前にいた。

若馬のうち一頭は際立つ栗色の毛並み。

そして、もう一頭。

漆黒のようま黒い毛並みをした馬がいた。

栗毛と青毛っていうんだっけ?

この二頭が欲しい。

心の底からそう思った。

「どれも良い馬ですがまだ年が若く気性が荒い子もいます、時間をかけて教え込めばよい馬になることは間違いありません。」

「イナバ様、もしわからない場合はあたしがお選び致しますが・・・。」

「大丈夫です、もう決めました。」

俺はゆっくりと二頭に近づいていく。

馬は人の心が読めるらしい。

そして気持ちも伝染する。

俺の気持ちが伝わったのか、真っ先に目が合ったのは栗毛の一頭。

まっすぐな目で俺の目を見て来る。

「お前、うちに来るか?」

馬は言葉がわかったかのように上下に一度頭を振った。

そしてもう一頭に近づく。

青毛の馬は最初俺の方を見なかった。

わざとだと思う。

いや、違うな。

こいつ、エミリアを見てる。

「エミリアが好きなんだって。」

「私ですか?」

「うん、触ってごらん。」

エミリアが恐る恐る近づき、青毛の顔にそっと手を伸ばす。

まるで王子様がお姫様の手を膝をついて取る様に、自分から頭を下げてエミリアの手を迎え入れた。

「この二頭でお願いします。」

「よろしいのですか、黒い方は気性が荒くなかなか馴染まないかもしれませんが・・・。」

「バスタさんはどう思いますか?」

「どちらも良い馬ですね、足の筋肉もいいですし体の線も非常に綺麗だ。」

「なら、大丈夫でしょう。ミナルさんがお勧めしてくださった馬に間違いはないでしょうし。」

「もちろんです、私達が愛情込めて育て上げた子たちですから。」

生き物の気持ちはわからない。

本当はここから逃げ出したくて調子よくしているだけかもしれない。

でも、俺はこの二頭に惚れた。

「この子たちでお願いします。」

「わかりました、まだまだ若く将来有望な馬ですので一頭金貨6枚と言いたいところですが、イナバ様の思い切りの良さとバスタ様のご紹介という事で金貨11枚でお譲りさせていただきます。」

「ミナルさんいいんですか?」

「こんなに気に入ってもらえたのであれば馬主冥利に尽きるという者です。いやいや、噂で聞いていた以上の方ですね。」

「とんでもありません、私はただの商人。皆さんのような人に助けてもらっているだけですよ。」

他力本願全開男だ。

今回もそれは変わらない。

公平の神様が言ったようにきっかり金貨11枚で俺の所に馬がやってきた。

「バスタさん、この子たちをお願いします。」

「責任もってお預かりします。」

「陰日までいう事よく聞くんだぞ。」

ブヒヒンと二頭揃って返事をする。

この子たちは言葉がわかるようだ。

生き物ってすごいなぁ。

「やれやれ、何とか今日中に終わりました。」

「一時はどうなる事かと思いましたが、何とかなりましたね。」

「これもみんなのおかげです。」

「いいえ、シュウイチさんだからできたんですよ。」

エミリアが言うとそう思えるんだから不思議だな。

俺だからできる。

今日だけじゃなく、これからも。

明日はいよいよ本番前日。

忙しくなるぞ。

「ユーリ達が待っています、帰りましょうか。」

「はい、シュウイチさん。」

エミリアの手をそっと握る。

俺の手を包むようにエミリアが握り返してくる。

本番まであと一日。

さぁ、家に帰ろう。

夕日に見送られるように、長かった聖日はこうして幕を閉じた。
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