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第九章
怒りの行方
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その老人は真っ直ぐ俺を見ていた。
何か用があるんだったらこっちまで来るとおもうけど、なぜ玄関先から動かないんだろう。
あれか、年寄りを敬えって奴か?
入口まで迎えに来いこの若造が!とかそんな奴か?
よろしい、ならば戦争だ。
年寄りとはいえ容赦はせんぞ。
「どうされましたか?」
とか何とか言いつつ迎えに行く俺って偉いよな。
褒めてくれてもいいですよ。
「こちらはシュリアン商店でお間違いないですかな?」
「そうですよ。」
「では店長様をお呼びいただきたい。」
「店長ですか?」
「こちらにイナバ=シュウイチという方がいると聞いて参った次第です。お呼び出しいただけますかな?」
ふむ、俺を探しているのか。
お前の目は節穴か!
目の前にいるではないか!
とか言ったら怒られるんだろうな。
落ち着け俺。
「イナバ=シュウイチでしたら私がそうですが・・・。」
「なんと、主人自ら掃除を!」
「えぇ、掃除は店の基本ですから。」
「成り上がったばかりの強欲な商人とばかり思っておりましたが・・・これは大変失礼を致しました。」
「あ、いえ別に・・・。」
俺ってそういう風に思われているのか。
確かにこの半年で急に知名度が上がったからそういう風に思われても致し方ないけど、何かショックだなぁ。
強欲な商人。
腹が大きく出て美人を侍らしているイメージだ。
腹は出てる。
美人もいる。
でも侍らしているわけじゃないからセーフかな。
と馬鹿な事を考えていると、突然視界から老爺が消えた。
な、何処行った!
「イナバ様にお願いがございます!どうか、どうか我等がレティシャ様をお救いください!」
消えたと思ったら今度は下から声が聞こえてくる。
慌てて下を向くと先程の老爺が土下座をしていた。
いや土下座って言うかほぼ五体投地だこれ。
正座をして両手を地面につけるように頭を下げる。
たしか古代インドの最敬礼ってこんな感じじゃなかったっけ。
って冷静に考えている場合じゃない。
「ちょ、なにをしているんですか頭を上げてください。」
「いいえ、イナバ様に助けていただけるまで私はこの場から動きませぬ!」
「いや動きませんって言われましても。」
「レティシャ様をお救い出来るのはイナバ様だけなのです、その為ならばわが身が朽ち果てようと魔物に喰われようと構いませぬ。どうかどうかお願い致します!」
額を床にこすりつけるように老爺が俺に何かをお願いしてくる。
誰を助けろだって?
俺はただの商人で人助けなら騎士団か冒険者にお願いするのが筋じゃないでしょうか。
っていうか世間体が悪いのではやく頭を上げて欲しい。
一体何者なんだこの爺さん。
「シュウイチさんどうしたんですか?」
と、困っているところにエミリア登場。
ナイスタイミングですエミリアさん。
「いえ、この方がここから動かなくてですね。」
「これはエミリア様!どうかエミリア様からもイナバ様を説得していただけませんでしょうか。イナバ様のお力をお借りできなければレティシャ様は一生籠の中の鳥と同じ!あの方をこの素晴らしい世界に放てるのはイナバ様しかおりませぬ!どうか、どうかお力を!」
「エミリアはこの方を御存知ですか?」
「いえ、まったく・・・。」
知らんのかーい!
これはエミリア様!とか言うからてっきり知り合いなのかと思ったんだけど。
参ったなぁ。
「とりあえずそこをどいていただかないと扉も閉められません、それに世間様の目もあってですね。」
「ならばお受けしていただけるという事ですな!」
「そういうわけじゃないですけど・・・。」
「年寄りが困っているというのにあー嘆かわしや、この身をもってしてもレティシャ様のお力になれぬとは。もう死んでお詫びするしかありませぬ!」
老爺はそう言うと懐から長剣を取り出し・・・。
ちょっと待て。
今何処からその剣を取り出したんだ?
「もちろん懐からですが、何かおかしいですかな。」
「いや、普通はそこから出てくる長さではないと思います。」
「ブレイム家の執事たる者これぐらい出来なくてどうします。」
「執事だから出来るという話じゃないと思いますが・・・。」
「そんな事はございません、私が師事しますテナン様など何も無い所から槍を取り出しますぞ。」
テナンさんといえばププト様のお屋敷の執事長だ。
確かにあの人なら出来そうだけど、比べちゃいけない。
「とりあえずそこは他のお客様の御迷惑になりますのでお退き下さい。ブレイム家の執事という貴方がそのような事をしては、大切な家の顔に泥を塗る事になりませんか?」
「む、言われるとそうですな。」
「受ける受けないは別として話は聞かせていただきます。エミリアお席までご案内お願いします。」
「どうぞこちらです。」
エミリアに促されて老爺がスッと立ち上がる。
おい、さっきまでその腰曲がってなかったか?
THE老人という見た目は何処にいった。
まさか俺の気を引く為にあんな真似を?
「話を聞いてもらうためにそこまでするか?」
キビキビと歩く老爺の後姿に思わず苦笑いをうかべしまう。
とりあえず店を閉め、閉店作業をニケさんにバトンタッチしておこう。
「そうだニケさん、ブレイム家って知っていますか?」
「名前は聞いた事ありますが、詳しくは・・・。」
「執事を雇っているぐらいですから貴族って言う事になるんでしょうか。」
「裕福な商家には執事や召使が多くいますので絶対に貴族というワケでは無いと思います。」
うーむ。
ますますわからん。
「ありがとうございます、あとお願いしますね。」
「わかりました。」
店内カウンター越しに奥を見ると老爺がエミリアと何か話しをしている。
なんだろうナンパしているように見えるのは気のせいだろうか。
ちょっとイラっとしながら俺は二人のところに戻った。
「すみませんお待たせしました。」
「なんの美味しい香茶に美人とお話しまでさせていただきましたので問題ございません、忙しいのはいい事ですな。」
「おかげさまで多くのお客様に御利用いただいています。それで、お話というのは一体なんでしょうか。」
「詳しくお話しするとなると受けていただかねばなりませんが、構いませんな。」
「では結構です。」
そんなめんどくさい話し聞いていられるか。
「そんな、話が違いますぞ!」
「受けるか受けないかは別にして話は聞かせてもらいますと言ったはずです、受けること前提の話であればどうぞ他を当たってください。人助けであれば私の所よりも先に騎士団や冒険者ギルドに行くべきではありませんか?」
「どちらにも行けませぬ、行けばレティシャ様が殺されてしまう。」
「殺される?」
「と、とにかくイナバ様に助けていただかなければならんのです。どうか年老いた爺の為に力を貸して頂けませぬか。」
殺されるとかまた物騒だなぁ。
折角商店を再開したばかりだというのに面倒事は勘弁してほしい。
明日は収穫もあるしなぁ。
「なぜ私なんですか?世間では色々と言われているようですが私はただの商人です、人助けましてや殺されそうになっている人を助けるというのは流石に荷が重い。」
「そんなことはありません、現に一度助けてくださったではありませんか。」
「何の話です?」
俺が人を助けた?
そのレティシャとかいう人は冒険者なのか?
「あの日、イナバ様が身を挺して守ってくださらなければレティシャ様は死んでおりました。籠の中の鳥とはいえ今命があるのは全てイナバ様のおかげなのです。」
「シュウイチさんがですか?人違いなのではなく?」
「人違いなどあり得ませぬ、助けてくださった代わりにイナバ様の腕は動かなくなってしまわれました。それに関しては誠に申し訳なく思っております。」
「待ってください、私のこの腕はシルビアを守ったからであって貴方の言う人を守ったからではありません。やはり人違いじゃないんですか?」
意味が分からない。
俺のこの腕は見知らぬ人を守ったから動かなくなったのか?
そんなはずがない。
俺はシルビアを助ける為に身を投げ出したんだ、赤の他人を守る為なんかじゃないぞ。
「いいえ、助けてくださったのはイナバ様で間違いございません。あの日卑劣にもレティシャ様を狙った凶弾は、イナバ様の肩にめり込むような形で止まりました。もしあれが貫通していたかと思うとゾッとします。」
「それはどういう・・・。」
「世間ではシルビア元騎士団長を狙った暗殺だと言われておりますがそれは偽の情報でございます。本当は暗殺計画に隠れ我らがレティシャ様を狙った卑劣な賊によるものなのです。」
な、なんだってー!
と、ひと昔前のネタを思い出してしまった。
そんなバカな話があるか?
騎士団長を暗殺すると見せかけて別の人間を殺そうとするとかどんな暗殺者だよ。
わざわざ自分を追う人間を増やす必要がどこにある。
狙うなら一人で十分じゃないか。
「それは何の冗談ですか?」
「冗談なんかではございませぬ!尊きレティシャ様の命が狙われたのですぞ!」
「いや、そんな人知りませんし。」
「なんと、レティシャ様を知らぬとはいったいどこの穴倉から出てこられたのですかな。」
「すみませんね、所詮はダンジョン商店の店主でして穴倉の中しか知らないんですよ。」
なんだこのジジイ、言わせておけば好き放題言いやがって。
受けない、絶対受けないからな!
人助けなんて頼まれてもしてやらねぇ!
「思い出しました!」
と、クソジジイの話を大人しく聞いていたエミリアが突然大声を出して両手を叩いた。
ピコーンと頭の上に豆電球が光ったように見えたのは気のせいじゃないはずだ。
「どうしたんですか?」
「ブレイズ家ってどこかで聞いた事があると思ってずっと考えていたんです。でもなかなか出て来なくって、それでレティシャさんという方のお名前を思い出していたんですけど・・・。」
「けど?」
「もしかしてブレイズ家のレティシャ様というのはレティーシャ第三王女の事じゃないですか?」
「おや、そう言いませんでしたかな。」
言ってねぇよ!
どんだけ耄碌しているんですかこの爺さんは。
「えっとよくわからないんですが・・・。」
「ブレイズ家というのは現国王に嫁がれたお后様の生家の名前です。国王陛下には現在六人のお子さんがいらっしゃいますが、三番目の王女様が確かレティーシャだったはずです。」
「その通り、エミリア様は博学でいらっしゃいますな。」
「いえ、私も聞いた事がある程度です。ですがレティーシャ第三王女は病を患われて治療院に入っておられるはずじゃ。」
「いかにもレティシャ様は心の病を患い、王家を出て旧家であるブレイズ家へと戻られました。この事は国王陛下を含めごくわずかな人間にしかしらされておりません。ですので、聞いたからにはお受けしていただきますと言ったのです。」
いや言ったのですって自分から暴露しといてそれはないでしょ。
聞いたからには受けていただきますってドヤ顔してるけど、俺から聞いたわけじゃないからな!
「よくわかりませんがその王女様はなんで命を狙われているんですか?治療院に入っていたという事は世間と関わりなかったんですよね、狙われる理由がわかりません。」
「賊はレティシャ様の持つ第三王女の身分を狙っているのです。」
「身分を?」
「はい、レティシャ様が消えて喜ぶ人間がいる。その人間が賊を雇いレティシャ様を狙ったに違いありません!」
それってドロドロのお家騒動とかじゃないんでしょうか。
どう考えても俺みたいなただの商人が関わっちゃいけない内容でしょ。
関わったが最後速攻で消されるやつじゃないですか。
無理です。
「誠に申し訳ありませんが私には荷が重すぎます。そういう難しい事はよそでやってくださいませんか。」
「なんと、レティシャ様が死んでもいいと言うのですか!」
「死んでもいいと言いますか、私のような商人に持ってくる話じゃないと言っているんです。私は魔物が住み冒険者が挑む穴倉の横にあるただの商店の店主です。王族のごたごたは王族で片づけてください。」
「そんな、イナバ様が居なければレティシャ様はいったい誰に頼ればいいのですか!」
「ですから騎士団でもどこでも行けばいいじゃありませんか。騎士団長暗殺未遂事件は王族のごたごたから起こった事ですと世間に知らせれば犯人も慌てるはずです。むしろ被害にあった本人としては事実を公表するべきだと思いますね。」
王族がどうのとか知ったこっちゃない。
どこか遠くでやってくれ。
っていうか命を狙われている人間がなんで外に出て来るんだよ。
大人しく隠れていれば俺の右腕もこんなふうにならなかったんじゃないのか?
「それではレティシャ様が狙われていることが知られてしまいます。ただでさえ心を患われておられるのにこれ以上の心に傷を負えばどのような事になるか・・・。」
「そもそもなんで命を狙われているのに外に出たんですか。」
「それはレティシャ様がシルビア様を一目見たいと仰ったからです。いつもは自分のしたいこと全てを我慢しているあのお方が、退団式にはどうしても出たい、会えなくなる前に一目だけでもと涙を流して訴えられたのです。それに応えない執事がどこにいましょうか。」
「でもその結果狙撃された。」
「私共もできるだけ狙撃されにくい場所、安全な場所を探して参加いたしました。」
「それがシルビアの後ろだったわけですね?」
「まさかシルビア様ごと狙って来るとは・・・。」
そして俺がその狙撃に気づき、シルビアが狙われていると思って咄嗟にかばった。
俺はてっきりシルビア様が狙われていると思っていた。
シルビアを助けるためならこの腕の一本ぐらい安いものだと、そう自分に言い聞かせていた。
だが、違った。
シルビアが狙われたのではなく、シルビアは巻き込まれた。
もちろん、俺も。
「この腕がこうなったのはそれが原因ですか。」
やり場のない怒りがふつふつと湧き上がってくる。
俺達は完全に被害者じゃないか。
良くもわからない王族のごたごたかなんかに巻き込まれ、シルビアは死ぬところだった。
全く関係のない事で妻の命が危険にさらされた。
それは決して許されることじゃない。
王族が狙われているとか大変な事だ。
だがそんなことはどうでもいい。
「・・・帰ってください。」
「今なんと?」
「だから帰れって言っているんだ!」
怒りが爆発した。
俺の怒鳴り声が宿、そして商店の中に響き渡る。
この世界に来て初めてかもしれない。
怒りで感情がコントロールできない。
これ以上この人の顔を見ていると、俺がこの人を殺してしまいそうだ。
「勘弁してくれよ、俺がいったい何をしたっていうだよ。完全に被害者じゃないか、返してくれ、俺の右腕を返してくれ。平穏な時間を返せっていってるんだよ!」
怒りがすべてを支配する。
その後も俺は溢れてくる感情を吐き出し続けた。
何か用があるんだったらこっちまで来るとおもうけど、なぜ玄関先から動かないんだろう。
あれか、年寄りを敬えって奴か?
入口まで迎えに来いこの若造が!とかそんな奴か?
よろしい、ならば戦争だ。
年寄りとはいえ容赦はせんぞ。
「どうされましたか?」
とか何とか言いつつ迎えに行く俺って偉いよな。
褒めてくれてもいいですよ。
「こちらはシュリアン商店でお間違いないですかな?」
「そうですよ。」
「では店長様をお呼びいただきたい。」
「店長ですか?」
「こちらにイナバ=シュウイチという方がいると聞いて参った次第です。お呼び出しいただけますかな?」
ふむ、俺を探しているのか。
お前の目は節穴か!
目の前にいるではないか!
とか言ったら怒られるんだろうな。
落ち着け俺。
「イナバ=シュウイチでしたら私がそうですが・・・。」
「なんと、主人自ら掃除を!」
「えぇ、掃除は店の基本ですから。」
「成り上がったばかりの強欲な商人とばかり思っておりましたが・・・これは大変失礼を致しました。」
「あ、いえ別に・・・。」
俺ってそういう風に思われているのか。
確かにこの半年で急に知名度が上がったからそういう風に思われても致し方ないけど、何かショックだなぁ。
強欲な商人。
腹が大きく出て美人を侍らしているイメージだ。
腹は出てる。
美人もいる。
でも侍らしているわけじゃないからセーフかな。
と馬鹿な事を考えていると、突然視界から老爺が消えた。
な、何処行った!
「イナバ様にお願いがございます!どうか、どうか我等がレティシャ様をお救いください!」
消えたと思ったら今度は下から声が聞こえてくる。
慌てて下を向くと先程の老爺が土下座をしていた。
いや土下座って言うかほぼ五体投地だこれ。
正座をして両手を地面につけるように頭を下げる。
たしか古代インドの最敬礼ってこんな感じじゃなかったっけ。
って冷静に考えている場合じゃない。
「ちょ、なにをしているんですか頭を上げてください。」
「いいえ、イナバ様に助けていただけるまで私はこの場から動きませぬ!」
「いや動きませんって言われましても。」
「レティシャ様をお救い出来るのはイナバ様だけなのです、その為ならばわが身が朽ち果てようと魔物に喰われようと構いませぬ。どうかどうかお願い致します!」
額を床にこすりつけるように老爺が俺に何かをお願いしてくる。
誰を助けろだって?
俺はただの商人で人助けなら騎士団か冒険者にお願いするのが筋じゃないでしょうか。
っていうか世間体が悪いのではやく頭を上げて欲しい。
一体何者なんだこの爺さん。
「シュウイチさんどうしたんですか?」
と、困っているところにエミリア登場。
ナイスタイミングですエミリアさん。
「いえ、この方がここから動かなくてですね。」
「これはエミリア様!どうかエミリア様からもイナバ様を説得していただけませんでしょうか。イナバ様のお力をお借りできなければレティシャ様は一生籠の中の鳥と同じ!あの方をこの素晴らしい世界に放てるのはイナバ様しかおりませぬ!どうか、どうかお力を!」
「エミリアはこの方を御存知ですか?」
「いえ、まったく・・・。」
知らんのかーい!
これはエミリア様!とか言うからてっきり知り合いなのかと思ったんだけど。
参ったなぁ。
「とりあえずそこをどいていただかないと扉も閉められません、それに世間様の目もあってですね。」
「ならばお受けしていただけるという事ですな!」
「そういうわけじゃないですけど・・・。」
「年寄りが困っているというのにあー嘆かわしや、この身をもってしてもレティシャ様のお力になれぬとは。もう死んでお詫びするしかありませぬ!」
老爺はそう言うと懐から長剣を取り出し・・・。
ちょっと待て。
今何処からその剣を取り出したんだ?
「もちろん懐からですが、何かおかしいですかな。」
「いや、普通はそこから出てくる長さではないと思います。」
「ブレイム家の執事たる者これぐらい出来なくてどうします。」
「執事だから出来るという話じゃないと思いますが・・・。」
「そんな事はございません、私が師事しますテナン様など何も無い所から槍を取り出しますぞ。」
テナンさんといえばププト様のお屋敷の執事長だ。
確かにあの人なら出来そうだけど、比べちゃいけない。
「とりあえずそこは他のお客様の御迷惑になりますのでお退き下さい。ブレイム家の執事という貴方がそのような事をしては、大切な家の顔に泥を塗る事になりませんか?」
「む、言われるとそうですな。」
「受ける受けないは別として話は聞かせていただきます。エミリアお席までご案内お願いします。」
「どうぞこちらです。」
エミリアに促されて老爺がスッと立ち上がる。
おい、さっきまでその腰曲がってなかったか?
THE老人という見た目は何処にいった。
まさか俺の気を引く為にあんな真似を?
「話を聞いてもらうためにそこまでするか?」
キビキビと歩く老爺の後姿に思わず苦笑いをうかべしまう。
とりあえず店を閉め、閉店作業をニケさんにバトンタッチしておこう。
「そうだニケさん、ブレイム家って知っていますか?」
「名前は聞いた事ありますが、詳しくは・・・。」
「執事を雇っているぐらいですから貴族って言う事になるんでしょうか。」
「裕福な商家には執事や召使が多くいますので絶対に貴族というワケでは無いと思います。」
うーむ。
ますますわからん。
「ありがとうございます、あとお願いしますね。」
「わかりました。」
店内カウンター越しに奥を見ると老爺がエミリアと何か話しをしている。
なんだろうナンパしているように見えるのは気のせいだろうか。
ちょっとイラっとしながら俺は二人のところに戻った。
「すみませんお待たせしました。」
「なんの美味しい香茶に美人とお話しまでさせていただきましたので問題ございません、忙しいのはいい事ですな。」
「おかげさまで多くのお客様に御利用いただいています。それで、お話というのは一体なんでしょうか。」
「詳しくお話しするとなると受けていただかねばなりませんが、構いませんな。」
「では結構です。」
そんなめんどくさい話し聞いていられるか。
「そんな、話が違いますぞ!」
「受けるか受けないかは別にして話は聞かせてもらいますと言ったはずです、受けること前提の話であればどうぞ他を当たってください。人助けであれば私の所よりも先に騎士団や冒険者ギルドに行くべきではありませんか?」
「どちらにも行けませぬ、行けばレティシャ様が殺されてしまう。」
「殺される?」
「と、とにかくイナバ様に助けていただかなければならんのです。どうか年老いた爺の為に力を貸して頂けませぬか。」
殺されるとかまた物騒だなぁ。
折角商店を再開したばかりだというのに面倒事は勘弁してほしい。
明日は収穫もあるしなぁ。
「なぜ私なんですか?世間では色々と言われているようですが私はただの商人です、人助けましてや殺されそうになっている人を助けるというのは流石に荷が重い。」
「そんなことはありません、現に一度助けてくださったではありませんか。」
「何の話です?」
俺が人を助けた?
そのレティシャとかいう人は冒険者なのか?
「あの日、イナバ様が身を挺して守ってくださらなければレティシャ様は死んでおりました。籠の中の鳥とはいえ今命があるのは全てイナバ様のおかげなのです。」
「シュウイチさんがですか?人違いなのではなく?」
「人違いなどあり得ませぬ、助けてくださった代わりにイナバ様の腕は動かなくなってしまわれました。それに関しては誠に申し訳なく思っております。」
「待ってください、私のこの腕はシルビアを守ったからであって貴方の言う人を守ったからではありません。やはり人違いじゃないんですか?」
意味が分からない。
俺のこの腕は見知らぬ人を守ったから動かなくなったのか?
そんなはずがない。
俺はシルビアを助ける為に身を投げ出したんだ、赤の他人を守る為なんかじゃないぞ。
「いいえ、助けてくださったのはイナバ様で間違いございません。あの日卑劣にもレティシャ様を狙った凶弾は、イナバ様の肩にめり込むような形で止まりました。もしあれが貫通していたかと思うとゾッとします。」
「それはどういう・・・。」
「世間ではシルビア元騎士団長を狙った暗殺だと言われておりますがそれは偽の情報でございます。本当は暗殺計画に隠れ我らがレティシャ様を狙った卑劣な賊によるものなのです。」
な、なんだってー!
と、ひと昔前のネタを思い出してしまった。
そんなバカな話があるか?
騎士団長を暗殺すると見せかけて別の人間を殺そうとするとかどんな暗殺者だよ。
わざわざ自分を追う人間を増やす必要がどこにある。
狙うなら一人で十分じゃないか。
「それは何の冗談ですか?」
「冗談なんかではございませぬ!尊きレティシャ様の命が狙われたのですぞ!」
「いや、そんな人知りませんし。」
「なんと、レティシャ様を知らぬとはいったいどこの穴倉から出てこられたのですかな。」
「すみませんね、所詮はダンジョン商店の店主でして穴倉の中しか知らないんですよ。」
なんだこのジジイ、言わせておけば好き放題言いやがって。
受けない、絶対受けないからな!
人助けなんて頼まれてもしてやらねぇ!
「思い出しました!」
と、クソジジイの話を大人しく聞いていたエミリアが突然大声を出して両手を叩いた。
ピコーンと頭の上に豆電球が光ったように見えたのは気のせいじゃないはずだ。
「どうしたんですか?」
「ブレイズ家ってどこかで聞いた事があると思ってずっと考えていたんです。でもなかなか出て来なくって、それでレティシャさんという方のお名前を思い出していたんですけど・・・。」
「けど?」
「もしかしてブレイズ家のレティシャ様というのはレティーシャ第三王女の事じゃないですか?」
「おや、そう言いませんでしたかな。」
言ってねぇよ!
どんだけ耄碌しているんですかこの爺さんは。
「えっとよくわからないんですが・・・。」
「ブレイズ家というのは現国王に嫁がれたお后様の生家の名前です。国王陛下には現在六人のお子さんがいらっしゃいますが、三番目の王女様が確かレティーシャだったはずです。」
「その通り、エミリア様は博学でいらっしゃいますな。」
「いえ、私も聞いた事がある程度です。ですがレティーシャ第三王女は病を患われて治療院に入っておられるはずじゃ。」
「いかにもレティシャ様は心の病を患い、王家を出て旧家であるブレイズ家へと戻られました。この事は国王陛下を含めごくわずかな人間にしかしらされておりません。ですので、聞いたからにはお受けしていただきますと言ったのです。」
いや言ったのですって自分から暴露しといてそれはないでしょ。
聞いたからには受けていただきますってドヤ顔してるけど、俺から聞いたわけじゃないからな!
「よくわかりませんがその王女様はなんで命を狙われているんですか?治療院に入っていたという事は世間と関わりなかったんですよね、狙われる理由がわかりません。」
「賊はレティシャ様の持つ第三王女の身分を狙っているのです。」
「身分を?」
「はい、レティシャ様が消えて喜ぶ人間がいる。その人間が賊を雇いレティシャ様を狙ったに違いありません!」
それってドロドロのお家騒動とかじゃないんでしょうか。
どう考えても俺みたいなただの商人が関わっちゃいけない内容でしょ。
関わったが最後速攻で消されるやつじゃないですか。
無理です。
「誠に申し訳ありませんが私には荷が重すぎます。そういう難しい事はよそでやってくださいませんか。」
「なんと、レティシャ様が死んでもいいと言うのですか!」
「死んでもいいと言いますか、私のような商人に持ってくる話じゃないと言っているんです。私は魔物が住み冒険者が挑む穴倉の横にあるただの商店の店主です。王族のごたごたは王族で片づけてください。」
「そんな、イナバ様が居なければレティシャ様はいったい誰に頼ればいいのですか!」
「ですから騎士団でもどこでも行けばいいじゃありませんか。騎士団長暗殺未遂事件は王族のごたごたから起こった事ですと世間に知らせれば犯人も慌てるはずです。むしろ被害にあった本人としては事実を公表するべきだと思いますね。」
王族がどうのとか知ったこっちゃない。
どこか遠くでやってくれ。
っていうか命を狙われている人間がなんで外に出て来るんだよ。
大人しく隠れていれば俺の右腕もこんなふうにならなかったんじゃないのか?
「それではレティシャ様が狙われていることが知られてしまいます。ただでさえ心を患われておられるのにこれ以上の心に傷を負えばどのような事になるか・・・。」
「そもそもなんで命を狙われているのに外に出たんですか。」
「それはレティシャ様がシルビア様を一目見たいと仰ったからです。いつもは自分のしたいこと全てを我慢しているあのお方が、退団式にはどうしても出たい、会えなくなる前に一目だけでもと涙を流して訴えられたのです。それに応えない執事がどこにいましょうか。」
「でもその結果狙撃された。」
「私共もできるだけ狙撃されにくい場所、安全な場所を探して参加いたしました。」
「それがシルビアの後ろだったわけですね?」
「まさかシルビア様ごと狙って来るとは・・・。」
そして俺がその狙撃に気づき、シルビアが狙われていると思って咄嗟にかばった。
俺はてっきりシルビア様が狙われていると思っていた。
シルビアを助けるためならこの腕の一本ぐらい安いものだと、そう自分に言い聞かせていた。
だが、違った。
シルビアが狙われたのではなく、シルビアは巻き込まれた。
もちろん、俺も。
「この腕がこうなったのはそれが原因ですか。」
やり場のない怒りがふつふつと湧き上がってくる。
俺達は完全に被害者じゃないか。
良くもわからない王族のごたごたかなんかに巻き込まれ、シルビアは死ぬところだった。
全く関係のない事で妻の命が危険にさらされた。
それは決して許されることじゃない。
王族が狙われているとか大変な事だ。
だがそんなことはどうでもいい。
「・・・帰ってください。」
「今なんと?」
「だから帰れって言っているんだ!」
怒りが爆発した。
俺の怒鳴り声が宿、そして商店の中に響き渡る。
この世界に来て初めてかもしれない。
怒りで感情がコントロールできない。
これ以上この人の顔を見ていると、俺がこの人を殺してしまいそうだ。
「勘弁してくれよ、俺がいったい何をしたっていうだよ。完全に被害者じゃないか、返してくれ、俺の右腕を返してくれ。平穏な時間を返せっていってるんだよ!」
怒りがすべてを支配する。
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ダンジョンが出現し20年。
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